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見上視点。



僕は教室から出て行ってしまった猫田君を思い浮かべながら一人で窓側の席に座る三山君を横目で見た。


(彼は…猫田君とどんな関係なんだろう……。)


ほんの少し、猫田君は気付いていなかったようだけど。僕は耳がいいんだ。

地獄耳っていうのかな、聴力と視力は中々に自信がある。


『なにたくらんでるのか知りませんけど…俺の大事なものに手を出すって言うんだ、自分の大事なものにも手を出される覚悟があるんですよねぇ、もちろん』


『攻撃される覚悟もない奴が、他人の想いの重みもわからない奴が、偉そうに人様のテリトリーに入ろうなんて笑わせないで下さいよ』


だから、聞こえてしまった。

表情は背に隠れてしまったせいで見えなかったけど…聞いてしまった。


普段の優しい、穏やかな猫田君の声と思えない程の冷たい声。


その声に含まれた少量の怒りと、嘲笑。

ほんのすこし垣間見えた猫田君の歪につりあがる口元を僕は瞼の裏に焼き付けてしまった。


(あんなの……僕の知らない猫田君…ううん、あれはきっと見間違いだよ!!)


だって今日も猫田君は普通だった。

だけど僕の見ている普通が本当の「普通」なのかはわからない、確証がないのだ。


不確かなものほど脆いものはない。


ふ、と。三山君と視線が合わさった。


それに何故か焦ってしまった僕は無理矢理乾いた喉で言葉を連ねる。


「えっと…あ…う…み、三山君…その…足、だ、大丈夫?」


「…あ?なんのこと言ってんだ」


「え?…だってその足…怪我してるんじゃないの?」


指がさしたのは三山君の右足の、足裏。

先ほどから動いているのは左足ばかりで、右足はぴくりとも動かないから僕はてっきりそうだと思っていた。


僕の指摘に三山君はどんどん顔を顰めていく。

三山君はゆっくりと右足を椅子の下に隠した。


「その……えっと…」


「言うなよ」


「っ!」


明らかな、警戒の色。黒い瞳から光が消えた。

毛先が方々に跳ねた前髪から覗くその瞳に背筋に何かつめたいものが走った。


「小豆には、何も言うな」


「ど、どうして?普通に怪我したんなら別に…っ!!!」


そうだ、普通に怪我したのならいえないわけがない。

自分で怪我したなら、の場合に限る。


それを拒むという事は他者からの、意図で…。


くるくると回転する脳。

僕はゆるく頭を振ってその考えを消し去った。


(…知りすぎていい事はなにもない。)


僕が知っていればいいのは、気に食わない三山君はいつも通りだという事と、猫田君はいつも通り優しいという事だけだ。


僕が知って出来る事なんて何もない。


「もし、もしだよ?もし僕が猫田君に言ったら…」


伺うようにちら、と三山君を見つめれば酷く、酷く冷たい目で一瞬として視線を外されないままに


「もし、なんてありえない。もしがあれば只じゃおかねーから」


な?


なんて淡々と抑揚のない声で言われて僕は背筋に走るものが恐怖だと確信した。

僕は今までだって一度たりとも、こんなに自分の足元が不安定だと思わなかった。

 


「んで、隔離されちゃってる志摩に俺はどーやって会うんですかー」


「あ?登んだよ」


屋上を出て校舎の裏にまわった俺達は目の前のでかい壁を見つめている。平坦な壁にはいくつかの窓。

赤井はどこかに電話をすると「それ」を上からたらしてもらった。


ぱらりと下ろされた縄に俺は固まる。


「………ちょ、待て待て待て」


「あ?んだよさっさと登れよ」


「いや無理っしょ、無理っしょこれ」


ついでに上に誰がいるんだ、ときけば都留さんだ、と返された。

てめ、本気で殴るぞコラ。


これだよちょっと甘い顔すればこれだよ。

軽く笑っていた俺の腕をつかんで屋上から早々と出たと思ってついてくればこれだよ、これだよ!


とろいんだよ、という視線をこちらに向けてくる本気の馬鹿赤井のケツを無言で蹴った。


「うおっ」っという短い悲鳴が聞こえてくる。

俺は非常に冷めた目で赤井を見つめた。


(お前なんかもうぜってー君付けしてやんねぇ、のたれ死ね。)


「っにしやがんだ!!!!」


「ふざけろよ、は?お前馬鹿?ちょ、これ登れとかどこのスパイだ俺は」


上からたれてきた「それ」はロープ。それは壁を伝い地面にぶら下がっている。

赤井はこのロープで志摩のいる三階まで登れと言っているのだ。


これを阿呆といわずなんという。


「んなもん簡単に登れんだろ!!」


「登れませーん、普通の人は登れませーん」


「のぼんねぇと志摩さんに会えねーんだよさっさと登れ!」


「てめーが先に上りなさいよ」


「……俺が登ったら意味ねーだろが、中に入れねーんだからよ」


……はあ?

唖然と俺は目の前の奴を凝視した。中に入れない?



それはあれか?

ロープに掴まって壁に足おきながらプルプル状態で傷心中の志摩と対談しろといってるのか。


はい、せーの。


「はぁい処刑」


「い゛っ~~~っ」


ゴリッっと音がなった。音のなった場所は股間だ。


痛みに膝から崩れ落ちた赤井はぴくぴくと体を痙攣させている。

俺は欠伸をひとつもらしながら赤井が復活するのを待った。


今のは間違いなく潰す勢いだったね、もうお前玉無しで生きてけよ。

みたいな。


数分後漸く復活した赤井はそれでもまだ立てないのか股間を抑えながら若干涙の滲んだ目で俺を見上げた。


その息が荒いのは見てわかる。


「っく……テメェ…こんな所で鬼畜発揮すんじゃねぇよっっやん、ならベッドだろが…別に俺ぁ公開プレイも羞恥プレイも青姦でもなんでもできるがよぉ…志摩さんに会う前だぜ…終わってならなんでもやってやるからよ!!」


「誰も発揮してねーし望んでないんだけどそんなに望んでんなら今度お前の金で翻訳機首輪につけた奴買ってきてつけてやるわ」


俺は壁に近づくとロープを何度か強く引っ張る。

固定をたしかめると壁に足をつけた。


「っよ!!!」


「あ?」


ぐ、ぐ、とロープを握る両腕で上半身を支え、下半身を壁で支える。

上半身をそらせばそこまでキツイとは感じない。


俺は腕に乳酸がたまる前に登って行った。

身軽ってわけじゃないけど、運動神経も悪いってわけじゃない。


元バスケ部の体力を舐めてもらっちゃこまる。


「んだよ結局登んじゃねーかよっ!!」


「うっせーよお前ちょっと黙りなさいよ都留さんが上にいるんでしょーが、あんな頭のネジ緩む以前にねー奴に目ぇつけられたらどうしてくれる」


すいすい登っていく俺。

目当ての窓にたどりつくと開けられた窓から俺は入り込んだ。


下で赤井の怒声が聞こえるけど無視だ。

元バスケ部をそんなに凄いと思ってもらっちゃこまる。


一年もバスケに関わってない俺をなめんなよ!!

体力落ちてんのよ、昔に比べて。


俺はポケットに入っている10円玉を手に持つと俺に背を向けている相手に投げつけた。5円と10円の違いは小さいようで、大きい。

だって10円あればうまい棒一本買えるのだ。


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