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じんじんと痛む耳。


「まぁ、あれだよ、あんまり周りに言わないでほしいなぁ」


「は、はぁ、…っ、あ?」


全身全霊の死ね、をいったからか萌ちゃんは肩を上下させていた。

いや本当、どんなけ全力で死ねを言ったんだ。


「んでだよ、テメェも副会長みてぇなタイプか?」


「え、ちょ、あれと一緒にしないで欲しいなぁ。てか萌ちゃん副会長の笑顔知ってたんだ?」


あたりまえだ、と少し鼻を高くして言う萌ちゃんに赤井君は首を傾げている。


(やっぱり副会長も周りが見えてないタイプか。)


自分の笑顔が完璧だ、なんて。

ただ周りは言う必要がないから言ってないだけだってのに、誰も気づいていないと思っていい顔をしている。


「あんなもん自分から作り笑いですっつってるようなもんだろが」


「なんの話だよ」


「あー赤井君は知らなくていいよ、それ本人に言ったら面白い事になる気がする」


(ここにも俺の光がっっ、みたいな……うわ、想像して鳥肌立った。)


少しセットの崩れた銀髪から香水の匂いが漂う。

鼻腔をくすぐるように入ってきた匂いは嫌いな匂いじゃなかった。


むしろ…ちょっと好きな匂いかもしれない。

志摩みたいな匂いがする。


「まぁ特に理由はないけどさ、そっちの方が面倒臭くなんないかなぁって思って」


「ふーん、お前馬鹿だな」


「え、俺馬鹿?」


俺と萌ちゃんの話に興味をなくしたのか赤井君は購買で俺の分のパンと一緒に自分のを買っていた。


(あ、俺たらこおにぎり無理って言っておけばよかった…あーサンドイッ…まぁいいか。)



「今のが面倒ェだろ」


「んー…んーっ…んー…」


(いやたしかに無関心を突き通しておくのも別に悪くはないんだけどなぁ、悪くはないけどリスクが高いと思うんだよねぇ。それならちょーっと面倒でも猫かぶってた方がいい気がするしーまぁうーん…あー、あれ?俺なんで猫かぶってんだっけ?ちょ、最近この考え多いなあ…フィニ先輩の言葉でも頭に入れちまったからかな…いやいや落ち着け俺。)



べしっ。


「いたっ」


突然顔にたたきつけられたつめたい袋の感触に驚いて目をぱちくりとさせる。


「鮭おにぎりとベーコンポテトパン」


「え、あ、あー俺なんかぼーっとしてた?」


「一人でぶつぶつなんか言ってたけど」


ん、と手を差し出す赤井君の手には袋。

俺はそれをゆるく笑いながら受け取った。


「あ、萌ちゃんいる?」


袋の中から一番肉が多そうなものを取り出して渡すと八重は顔を顰めて袋を奪い取る。

赤井君は隣で野生的に肉パンを食べているし。


「どーでもいーがよォ、屋上は俺のモンだから」


「え、いや屋上取られちゃったら俺くつろげる場所なくなっちゃうんだけどなー」


「知るかボケ」


(引きこもろうかなぁ…。)


そんな事を考えながら赤井君から渡された鮭おにぎりに手を伸ばしたときだった。それは元から俺たちが人気のない静かな場所に移動していたからか、それは不意に訪れた。


「ここらへんでいいかなぁ」


「いいと思いますよ」


高く間延びした、甘い声。


その声を聞いた瞬時に壁に隠れる俺、必然的に両手で萌ちゃんと赤井君を掴んで一緒に隠れさすと茂みに座って息を潜めた。


「「あァ!?」」


「ちょ、そこハモらなくていいからちょっと静かにしててねー」



聞こえる声は酷く耳障りだ。

変声期も終わっているけど無理矢理高い声を出してるような、いや他の奴等が聞けばそうじゃないかもしれないけど俺が好きな声じゃない。


そして、嫌な思い出しかない。


「久しぶりですね、貴方が表に出るのは」


「そういう和泉もそうじゃぁん」


「僕と貴方は違うでしょう、春野さん」


――春野さん…。


和泉、春野。


その単語にしらずしらずの内に眉間に皺が入る。

それを不思議そうな目で見てくる赤井君のシャツを力いっぱい握り締めた。


和泉は知っての通り、副会長のファンクラブ会長だ。そしてもう一人…。


春野彩はるのあや

生徒会長、敷島揚羽のファンクラブ会長。ここ数十年歴代一位の醜悪さを誇るその所業。傲慢で愛らしく愚かで我侭で聡明。


春姫。

それがあの男につけられた名前だった。

『君が猫田君?色々なファンクラブに入ってるらしいけどぉ…どうして揚羽様のファンクラブには入ってなにのぉ?』


『え?いえ、僕は敷島様の事をとても尊敬しているんですよ、ですがこれ以上入ると手が回らなくなってしまうので…』


『手ぇ?…ふぅん、いいけどぉ…まぁ気が向いたらおいでよぉ、ねぇ?』


ふわふわとしたボブ、薄い桃色のような髪はファッションデザイナーの血か、モデルの血か。春野彩は芸能系の家系だった。


いつも風船ガムを噛んではふくらまして、潰してを繰り返している。

アシンメトリーにされた前髪はいやみな程に似合っていた。



俺は神田が好きじゃない。

むしろ嫌いだ。


だけど神田と春野彩、どちらが嫌いかといわれれば即答で春野彩だと言おう。

いうならば春野彩と一緒の空間にいるぐらいならバ神田と同棲したほうがマシだということだ。



そんな春野が副会長のファンクラブ会長の和泉と一緒にいるっていうんだ、まぁなんて嫌な話だろうか。


春野は気まぐれでプライドも高い。

会長のファンクラブに入ってないってわかった時は次の日から会長ファンの子達に軽いいやがらせを受けた。


軽い嫌がらせですんだのは確実に奇跡だ。猫をかぶっていた事をあの時ほど感謝したことはない。



ファンクラブ会長の会議にも滅多に現れない春野と和泉が一体こんな場所で何を話すことがあるのか…。


(…興味深いね…。)



「で、一体なんの話ですか?」


「転入生の話に決まってるじゃぁん?揚羽様ったらさぁ、あぁんな平凡のどこがいいのかさっぱりなんだよねぇ」


「それは…貴方がこの前のときに来ないからでしょう」


転入生、という言葉に隣の八重の体が反応した。

萌ちゃんが神田に惚れた、というのは本当の事のようだ。


ぷぅ、とふくらませていた薄紫色の風船が割れる。


「だぁってぇ、あれって猫田君のでしょぉ?僕関係ないしぃー猫田君好きじゃないもん」


(まぁそりゃそうだわな…。)


嫌いな奴には近づきたくない、好きな奴には近づきたい。

ごく当たり前の事だ。


「お前すげぇ嫌われてんな」


赤井が楽しそうに小豆に笑いかける。

小豆はいつものようにヘラ、と笑うと頷いた。


「ところでなんでそんな楽しそうなの赤井君」


「あ゛?お前が辛そうな顔するかなって思ってがんみしてんだよ」


「心底しょうもない事してんのね赤井君」


ニッ、と笑う赤井から視線を外して二人に戻す。すると春野が随分和泉に近づいていた。近づく、というより密着に近いかもしれない。


そしてうっそうと春野は笑みを浮かべた。




「神田秋、潰してぇ?」




息がふきかかるほどの距離で春野は和泉を見上げる。その眼には僅かな怯えがあった。


隣の八重がいよいよ暴れだしそうな雰囲気にそろそろ腰をあげるか、と思った瞬間だ。



「っ、ぼ、僕は今は三山哲平の排除に忙しいんです!!!」


――僕は今、三山哲平の排除に忙しいんです。


(………は…?)


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