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軽くも重くもない足取りで俺は歩く。
視聴覚室ってやっぱベタだよな、とか。リンチされんのかな、とか。
強姦かな、とか。結局まあどれもないだろう、と思いながら。
今更眼鏡を忘れてきたことを悔やみながら俺は視聴覚室のドアをノックした。
じんわりと背中に汗が浮く。
ほら俺も緊張しない凄い子じゃない。
まして相手は権力者だ。
(あ~あ、最近まじで災難だ…。)
「はいっていいよ」
中から低い声が聞こえた。
「失礼します」
乾いた唇を舐め湿らせ、ドアを開けた。
「久しぶりだね~猫ちゃん!」
「ほら早く中に入って入って」
「昨日ぶり、かな、猫田君」
上から双子のファン隊長の如月、副会長のファン隊長の和泉、おなじみ人見のファン隊長の森崎。
それぞれまぶしいほどの容姿を持つ生徒たちだ。
「お久しぶりですね如月先輩、失礼します。今日もまた綺麗ですね森崎先輩」
「おいおい俺には挨拶なしかお前は」
「そんな事ないですよ不動先輩」
俺に入室を促す唯一美人や可愛い中の男前、美化のファン隊長の不動。
バ会長のファンにだけ入っていない俺。
俺はバ会長もそのファン隊長も嫌いだからよろしくしたくなくて入っていない。昔ちょっとしたいざこざを起こしたのが問題で仲は険悪とまではいかないがあまりよくないのだ。
ふわっふわの髪を俺の腕に擦り付けてくる如月先輩。天使のような金糸の髪。大きな少し垂れた目。純白とか似合うって感じの天使だ。
もちろん、見た目だけ。
「ねっ!猫ちゃんはそこに座って~」
「あっはいありがとうございます」
んしょ、んしょ、と高校生男子にあるまじき掛け声を出す如月先輩。
素直に椅子に腰を下ろすと副会長ファンの和泉先輩が話を切り出した。
「昨日の食堂での件の話だけど」
副会長に似た雰囲気、和風美人とはこの事だ。
目尻の黒子がいい。
黒髪さらさら、長めの髪に華奢な体は女っていっていいと思う。そういうとここにいる森崎と不動を除けばそうなるんだけど。
森崎先輩は顔はぴか1なんだけど案外身長が高いから。
175の俺だってでかい方だ、でもその上をいくからね森崎先輩は。
肩をすくめた俺に森崎先輩が少しにやけた。
うわぁ…。
頭の中で森崎が笑いながら『ファック!』と連発してるよ。
ドン引きですよ、そんな顔でそんな言葉をはかないで。
「生徒会の皆様と接触した事はまぁ正直に言えば憎らしいけど…ギャラリーの意見だとどうやら神田秋が君に飛び掛ったみたいだね」
「ええ、普通に友人と夕食をしていたんですが…神田君が飛びついてきて…」
「それでお顔にオムライス?だっけ?べちゃってなったんだよねー!」
まぁ、はいそうです。
楽しそうな如月先輩に比べて和泉先輩は酷く冷静だ。
どれだけ副会長が和泉先輩に何かを言っていたとしてもあの大衆が全てを見ているのだから無意味だ。
これが、俺と神田の違い。
やたらむやみに他人の中に顔つっこんでひっかきまわして自己満足ではいさようならの神田と、相談も乗るし話もきく、他人との境界線を優しくひく俺。
どっちが好かれるか、なんて愚問だ。
まあそれはこんな学校だから俺が好かれるわけであって、一般では神田はうざがられつつも受け入れられるタイプの奴だろう。
ここが特殊なんだよ。
恥ずかしいです、と俯いてもごもごと消え入りそうな声で呟く俺に如月は「可愛いーっ」と抱きつく。
それに真っ赤に顔を染める俺。顔染めるって自力で出来るの凄いと思わない?
え、思わない?あ、そう。
「まあ他の生徒が見ててそうならそうなんだろう、俺の目から見ても猫田は人望もあるし性格もいいから」
不動先輩は優しく低い声で言った。俺の周りにはいない爽やか美形だ。
こんないい人っぽいのがなんで美化?、なんて思うけどこの人びっくりするぐらいの粘着質で執着とか固執とか独占欲が半端ない人だからそこ、だまされないように。
爽やかなのは素だけど素で病んでる人だから。
いまはやりのあれだ、ヤンデレ?
いや俺はどう考えたってヤンデルの間違いだと思うんだけど。
爽やかでヤンデレって怖いだろ、苦手だよ。
「それには僕も賛成だね、猫田君は皆から好かれる子だから…それに今回は神田君に問題があると思うんだけど…」
おず、と天然っぽい(似非)森崎先輩の言葉に他の三人は大きく頷いた。
嫉妬の念がびしびし伝わってくるよ。
それでも他の生徒とは違うのがやはりファンのトップという事だろうか。
トップに立とうと思えばそれなりの頭も器量もいる。
ファンクラブの会長ともなればそれらがそろっていて当然なのだ。そこに様々な付属品がついてくることがひとつの問題ではある。
たとえば、不動先輩はただイってるとしか思えない。
如月先輩はえぐい。
和泉先輩は盲目的すぎて手段を選ばない。
森崎先輩は……ある意味一番男前だ。
他人を蹴落とす事も、策を練るのも、喧嘩をするのも、なんでも出来る。
だけどきっと森崎は誇りとかプライドとか絶対崩さないだろう、その姿勢はこの学校内にはほとんどない。
清清しいタイプだ。
敵にまわしたくないのは如月先輩と不動先輩ですよねー。
やり方もする事もえぐいし、不動先輩に至っては人殺しとか簡単に出来そうだからやだ。
森崎除きの三人が嫉妬に目をゆらめかせている間俺はそんな事をのんきに考えていた。
(やっぱこのキャラだと色々都合がいいなー。)
これで生徒達に俺が手を出されることもないだろうし、そんな事を考える奴もいなくなって同然だ。
ただ俺へのベクトルは全て神田に注がれる。
志摩はD組に守ってもらえるのだろう、よかったな志摩。
「じゃあ猫ちゃんは不問!、神田君には色々と知ってもらわなきゃね」
「ああそうだな、俺は神田秋と…志摩幸助、かな」
「志摩君?」
どうして、という森崎の問いに不動は目が眩むような笑顔で呟いた。
「久木と佐藤が穂波に手を上げたから、狙うならそいつ等の弱みをつつくのは常識だろ?」
なにいってんだよ、と軽口でもたたくような雰囲気を纏う、自分が異常だと気付かないこの男。
如月は不動に文句を言う。
「もーっフィニに汚いこと吹き込まないでよ!」
と。
(いやその先輩とっくに黒いからね、腹ん中ブラックホールだからね。)
俺の考えている事がなんとなくわかったのか森崎は俺にむかってニッコリと笑いかけてくれた。
わーい、胃が痛い。