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一般的な学校の食堂より遥かに大きい、あけっぱなしのドアの中に入った。勿論授業中に食堂にいる生徒なんてほとんどいない為がらがらだ。


たまにぽつぽつといる生徒は素行の悪そうな者が多い。


「俺プリン好きなんだよね~」


「つーかおいお前そんなに着崩していーのかよ」


「え、ああうん」


赤井君は正面に座った俺を下から上まで見て顔をしかめた。

そんなに、というけどそれほど着崩してはいない。すこしスラックスをずらしてボタンをいくつかあけ、ネクタイを緩めているだけだ。


あとは眼鏡をかけておらず髪もあちらこちらへと跳ねている。


「だってこの食堂でさ、一人だけかっちり着てるのって逆に目立たない?」


その言葉に赤井はなるほど、と頷いた。

たしかにD組でも力の強い方の赤井と真面目そうな生徒が一緒ならいらぬ関心を引きそうだ。


郷に入っては郷に従え。

一般生徒、つまり普段の俺を知らない人間がいない今、むしろ普段の自分でいることのほうがおかしいのだ。


「な、俺プリンすきなんだけど赤井君なんか食う?甘いの好き?」


「…甘いより俺は刺激的な方が楽しめるし興奮するからそっちのが…」


「だれがSMプレイの話しろっつったよ、甘味!!」


「チッ」


仕方なく、といったふうにメニューを覗く赤井君に俺はすこし椅子を離した。

虎視眈々と狙われている気がする…。


もう赤井君が一体何を狙っているのかよくわからない。貞操なのかそれともただいたぶってほしいだけなのか…俺としてはどちらも御免こうむるがまだ後者のがましだ。


「ま、とりあえずプリンプリ……ん?」


さあプリンを頼むぞ、とメニューを押そうと思ったとき、俺は自分の背中に突き刺さる視線に気づいた。

ぴたりと止まった手に赤井君は不思議そうに首を傾げた。


「……あ、あのさぁ赤井君赤井君、今俺の後ろに何かいる?」


「はあ?」


「や、ああごめん聞き方が悪かったね、俺のことめっちゃ見つめている奴いない?」


まさに突き刺さるという言葉がよく似合う。

今まで何故気づかなかったとかというほど強烈だ。


「んなもんテメェで見ろよ」


面倒くさそうに頬杖をつく赤井君に俺は声を焦らせた。

なんだか全く種類の違う視線だ、最近向けられることのなかった視線…。


「いやいやなんか今後ろ向いてそいつと眼が会ったら殺されそうだし!!」


赤井君は顔を顰めたがゆっくりと俺の後ろに眼をやった。

その間も視線は変わらず俺一直線だ。


「あ、」


「あ、いた?」


「あー…居たのは…まぁ居たけど」


「誰?」


「名前忘れた…一匹狼とか言われてる奴」



(一匹狼…?……ああ!!)


赤井君の言葉に俺の頭の中には一人の人物が思い浮かんだ。志摩の同室、そして神田の同室者でもある一匹狼。


『あの転入生、八重君までたらしこんだらしいよ!!』


『うそーだって一匹狼だよ?』


浮かんだのはツンツンしたライオン頭。

銀色に染められた髪、整った顔。


「萌ちゃん…?」


八重萌人やえもえひと


気性が荒く、誰も寄せ付けない不可侵領域の塊。


パーソナルスペースが半径10メートルはあるだろう、という一匹狼的不良の八重萌人は可愛い容姿の生徒たちにそれはそれは人気だった。


荒々しさを押し出す銀髪に切れ長の目。


獰猛な狼を思わせるその姿は近寄りがたく、そして孤高、というイメージが彼には強く根付いていた。



だが。



『ねっ、猫田!!この前突き飛ばしたりしてごめんな…』


『いいよ、驚いたけど。志摩君が悩む事じゃないし』


『うん、なんでだろ。秋には何か色々少しずつ欠けてる気がする……それが悪いってわけじゃないんだけど。でも俺これだけはわかってた』


『っぐ…てめぇ本性丸出しじゃねぇか』


『D組一の馬鹿より俺のが信用あるから、お前が言ったって誰も信じないってわぁってっからね』


(あっの野郎共は屋上は俺のテリトリーだってぇのしらねぇのか!?)


そう、屋上のタンクが置いてある二階に上って寝ていた八重萌人の日常に、風変わりな台風が上陸してきたのはつい数日前の事だった。


そいつらは何故か決まって屋上へくることが多く、また濃い面子ばかりでやってくる。今まで静かに一人を満喫していた八重の日常にやってきた非日常だ。


(クソッなんなんだ志摩の野郎!!!それにあの……。)


『僕が君を怖がる理由に不良だから、という理由は関係ないよ』


猫田小豆。

かつてクラスで担任から押し付けられた委員長をしていた小豆と八重は実は同じクラスだった。

もちろん小豆にその記憶なんてもう欠片もないし、覚えていたのは八重だけである。


「……くそ…」



――珍しく…いい奴だと思ったのに…。


心底忌忌しい、と小豆の背中を睨む八重。

自分が知っていたその姿は全て嘘だった。忘れもしない桜の木の下、高に上がって編入してきた編入生はいつもにこにことしていた。


温和だと、そして話もよくわかる奴で悩みだって聞いてくれる。

そんなどこかの聖人君子のような少年に、自分はすこし相手を風変わりだと思っていながらも一目置いていた。


なのに…。


容姿端麗、しかし今は人を軽く射殺す勢いで小豆を睨んでいるので端麗も糞もない。

ふ、と色あせた記憶に眉をピクリ、とひそめた。


『テメェ毎回毎回ウゼェ』


『それはすいません、だけど僕も先生に言われてしまったから…』


その記憶に被さるようにごく最近の記憶が被さってきた。



『ここで聞いた事、他言すると僕。ファンクラブ会長の立場利用してなにかしちゃうかもしれないなぁ』


独り言にしてはやけに大きな声で、その赤毛は呟いた。

視線も上には向いていないし自分に向けられているとは思えない。



が。


『あっ、もしかしたら家の立場利用しちゃうかもしれない、なぁ?』


(…俺の縄張りなのにズカズカズカズカ…殺しても殺したりねぇ。)


あれは完璧に悪だ。

あの笑っているのか笑っていないのか分からない微笑はまごう事なく、悪だった。


(秋に癒してもらおうと思えば生徒会の奴等がウゼェし…志摩はいねぇから飯もくえねぇし!!)


ここ数日の八重萌人のストレスはピークだった。


しかしそのストレスは名の挙がりすぎた八重には喧嘩相手も出来なければ、だれかれかまわず手を出すほど理性がないわけでもない。



その矛先は、



「ちょ、赤井君なんか視線が強くなった!!どうなってんの?俺死ぬの?何?視線に殺されちゃうの?」


「るせぇな」


「へー赤井君は俺があの視線のせいでMに目覚めてもいいんだ?」


「ぬ!?」



(猫田……小豆…。)



ギリッ。


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