8
小豆視点
#
『お前さ、なんでそんなに自由なわけ?』
「おいテメェこら、シカトすんじゃねぇ!!!」
「あ、ごめんごめん」
ネクタイをしめながら俺は赤井君にへらりと笑いかける。
「んで、結局俺ァテメェの暇つぶしに呼ばれたって事だな」
「まぁそうなる、かな?」
眉間に皺を寄せる赤井に小豆は笑いながら小瓶に入った飴玉を二つ取り出して、一つを赤井に投げた。
「?」
「北海道ミルク味、イライラしてるときはこれがいーんだよ」
カサ、とミルク色の飴を口に含みころころと舌で転がす小豆。
ふいに赤井はソファの近くにあるごみ箱に目を留めた。
(……いやテメェ…イライラしすぎだろ…人の事言ってらんねー量じゃねぇか。)
溢れんばかりに詰まれた小さな袋の山。
もちろん、表面には北海道ミルクという名前と牛の絵が描いてある。
「…ストレス…たまってんのか」
「ん?んーまぁ、神田と愉快な仲間達が色々鬱陶しいのとファンクラブが連動して忙しくなってきててね」
「テメェ…あーそうか、猫かぶってんだったな」
まーねー、と素っ気無く言う小豆はソファで寝転がると深く息を吐き出した。
中途半端にむすばれたネクタイがだらりとだらしなく垂れる。
制服を着崩し眼鏡をかけないだけでこれほど印象が変わるものか、と毎度赤井は目を見張った。
「……三山ん事心配してんのか」
それは本当に、ふいにでた言葉だった。
どこか疲れているような、いつも以上にけだるげな空気を醸し出す小豆に赤井は問いかけた。ぶらりぶらり、とソファの上で揺れていた足が止まる。
「テメェは志摩さんの事気にいってるみてぇだが本気で心配なんかしちゃいねぇ」
ガリッ、と飴玉を砕く音が静かな部屋に響いた。
「…俺ねー哲平とは中学から一緒だったんだけど、最初は仲よくなかったんだよね」
砕いた飴玉の残りを舌で優しく舐める。ころころとたまに歯に当たる飴の音。
視線は上を向きながら、ぽつりと小豆は零した。
「俺も哲平にそんなに興味があるわけでもないしさー正直なんで友達になったかなんて覚えてないんだけど…なんつーかこう…一緒に居てホッとするっていうか…」
「………ちょっと鳥肌立った」
顔をしかめる赤井に小豆はケラケラと軽快に笑った。一度とまった足はまたぶらりぶらりと揺れている。
「なんも言わなくても隣に居てくれる哲平の隣に居たいって思うのは当然でしょ」
ヘラッとした顔でもなく、いつものような気だるげな顔でもなく、ましておちょくっているような顔でもない。
本当の、優しい顔。
――どくりと心臓が大きく波打った。
「!?」
「哲平は表情も少なくて毒舌できつい顔してるけど…心配性で世話焼きで、志摩によく似てる…って、赤井君?」
赤井の脳の奥深くで、警報が鳴った。
それに抗うように首を振るが、逆らう事は出来ない気がした。
言葉から、その声から、どれだけ二人の絆が強く、そして太いかを見せ付けられた気がして赤井は口の中が苦く感じる。
「正直ちょっと心配。哲平は強いけど、もし哲平が辛かったら俺が助けてやりたいじゃん?」
(……こいつは……そうか、これか…志摩さんの言ってた事の意味か。)
『へ、変人って…俺は猫田いい奴だと思うなあ…。外でもここでもさ、嫌な奴って一杯いるじゃん?いざって時に大概の人は助けてくれないけど、猫田は興味ない顔してちゃんと助けてくれる、いい奴だ』
猫田小豆という男は、ちゃんと見ている。
根性は曲がってるかもしれない、だけどちゃんと見ていて欲しいところは見ていてくれている。
なんとなくそう、感じた。
見てもらえない事の辛さを知っている彼だからこそ、そう感じたのかもしれない。優しさではない温もり、傍でしか感じられないものというものもある。
「何ぼーっとしてんの赤井君?」
「うわっ」
「いや逆にこっちがうわっだよね、何その反応俺ショック」
考えていたからなのかも知れないが、呼びかけられて赤井は直ぐ近くにあった小豆の顔に派手に驚いた。
「テメェちっけええ!!」
「普通じゃね?あっれー赤井君顔赤いよ?ぶふっやーらしー事考えてたんだ?」
「ちげえよ馬鹿!!」
(あ、ちょっとからかいすぎたかね。)
顔を赤くさせ怒る赤井に小豆は危険危険、と少し距離をおいて笑った。
また殴られなんてしたらたまったもんじゃあない。
ニタニタと非常に自分でも性格の悪い笑みを浮かべている自信がある。
「ぶん殴るぞ」
一通りからかった後、ひーひーと笑いつかれた俺はソファでぐったりとしていた。
「冗談だって、そんなに本気になってたらマジだったって思われるよー」
「……テメェやっぱり殺す」
殺気だった空気を出す赤井君に俺は少し焦った。
何せ一度殴られてるし、赤井君は基本的に一度言ったら実行しそうで怖い。
(赤井君相手に危ない橋は渡れないよねー…。)
「まぁまぁ、あ、んで久木様の機嫌はどうなの?」
思い出したというように急な話に赤井は眉を顰める。
志摩が居なくなった事はもう知っているだろう、俺はまだ学校に行っていないがもしかするとD組の生徒たちが眼を光らせ志摩を探しているかもしれない。
「急降下中」
「うっわー、赤井君飴ちょっと持って帰っていいよ」
「そんな哀れみに満ちた気遣いはいらねぇ」
D組の実態をあまり知らない俺はなんともいえない。志摩のポジションが分からないからどうする事も出来ない。
「でもさー赤井君ドMだから殴られても大丈夫なんじゃないの?」
「大丈夫じゃねーよ、あの人のはもう気持ちいいとかのレベルじゃねぇし。痛みで萎える」
お前くらいで丁度いい、と妙に熱の篭った視線を俺は軽く流した。
暗にそれは俺のパンチは痛気持ちいいって事だろ、ダメージより快感が勝るほど俺ほパンチはへちょいって言いたいんだろ。
「佐藤様は?」
「あの人に体を預けたら最後、性奴隷にされるな確実に」
「…D組ってどういうクラスなんですかー」
「あ?テメェD組がどんなのかしらねぇの?」
「しらねぇよ」
D組は基本的に教師の手に負えない、不良や金持ちでも危ない金持ちの奴等が入れられるクラスだといわれている。
基本的に一般のクラスとD組率いるアブノーマルクラスとは関わりがない。校舎も違うし廊下ですれ違うのも滅多にないのだ。
赤井は心底馬鹿にしたような目で小豆を見下ろした。
身長の差でどうしてもそうなるのだが、小豆は不満げに片眉を吊り上げる。
「まぁ不良が集められたクラスだけどよ、危ない奴等だって糞みてぇに居る」
「そんなのわかってるんだけど」
「今は久木さんが頭やってるけど前までは人見だったんだぜ?」
「え、まじで?だって久木様のほうが歳も上じゃん」
学年的には人見のほうが一つ下だ、それにあのプライドの高そうな男が年下の言いなりになるなんて考えられない。
「久木さんはそんなの気にしないぐらい大雑把な人だからな」
「え、意外」
そこがいいんだよ、と鼻を高くする赤井の鼻を今度こそへし折りたくなった。
ソファに背をあずけ、目の前の赤井を見つめる。久木の事を話す赤井はどこか嬉しそうだった。
「人見は生徒会入りして頭張れなくなったから久木さんに頼んだんだよ、めちゃくちゃ久木さん嫌がってたんだけど佐藤さんが面白そうだからって」
頭の中ににやけている佐藤都留の顔が浮かんだ。
(あーあの人なら喜んで久木にやらせるだろうな……根っからの愉快犯だろなー。)
大概の奴等は単に冷めた"フリ"をしたがる。
だけど佐藤都留は本当に冷めた奴のようだった。
(まぁ…冷めた奴ってのも俺は嫌いじゃないんだけど。)
「んで、赤井君はD組が好きなの?」
頬杖をつきながら赤井を見上げ、そういった小豆を赤井はキョトン、と見る。
「……前は前で好きだったけど今のほうが好きだ」
「ふはっ、志摩のおかげだろ」
「ああ…志摩さんの笑顔に癒されてる奴等ばっかりだ、胃袋もつかまれてるからな」
やはり男は胃袋ということか。かく言う俺も哲平に食わしてもらっている身だ、その心はよぉくわかる。
ふ、と笑った小豆は自分の笑顔が穏やかだったということは知らない。
小豆は漸くソファから腰をあげると、固まった筋肉をほぐすように背骨を鳴らした。
「赤井君授業出るつもりあったりする?」
「あ?なんだよ急に…別にねぇけど」
「んじゃさ、食堂行かない?」
「いいのかよ、俺と行って」
少し驚いたような顔をする赤井に小豆は適当に返事をしながらドアノブに手をかける。時間はすこし早いがすこし食堂でだべっているのもいいだろう。
心配をする赤井君に俺は逆に小ばかにしたような顔で答えた。
「授業中に食堂に居る奴なんていないしょ」
「………………」
「居たら絡まれてたって言えば済む話だしねー」
「お前はほんっっとう、色々台無しにするクラッシャーだな」
時間を共有すればするほど赤井君の視線が痛いのは間違いじゃないだろう。