6
「さっさと起きろ!!!!」
翌朝、哲平の容赦のない叩き起こしに俺は瞼を開けた。
「…うん?」
「うん?じゃねーよお前今何時だと思ってんだ!!」
「……何時?」
うっすらとぼやけた視界には既に制服を着ている哲平の姿。
充電器をさしたままの携帯を開いて時間を見るともう午前8時25分過ぎだ。授業が40分からだが…いやいや起こしてくれてもよかったんじゃないの?
しかし哲平のいつも以上にうねっている髪を見たところ、どうやら哲平も先程起きたばかりのようだ。
小豆は気だるそうに数度目を瞬くとベッドの中で丸めていた体を伸ばした。
「てっぺ、、おれ今日休む」
「はぁ?」
「しんどい、寝たいから。沙希ちゃんに言っててー」
「てめっ……はぁ。わかった、ノート取っててやるから後でちゃんと写せよ」
仕方ない、といった感じの物言いに頬を緩ませ小豆は返事をした。
それに満足したのか哲平は部屋を出て行く。
バタン、という音が静かな部屋に響いた。
静かになった部屋で哲平が隣にいたためまだ微妙に暖かいシーツを握り締める。自分の部屋よりもすっきりしている部屋に「ああそういえば昨日そのまま寝たな」と思い出した。
とりあえず節々が痛い体を起こし、ぼりぼりと腹をかく。
ちらりとシャツを捲り上げるとまあ綺麗に出来た痣に引いた。
「あ、飯…や、先風呂風呂」
昨日は結局お昼をすこし食べてその後夕食は食べていない。おそらくいつものように冷蔵庫の中に哲平の作り置きがあるはずだからそれを食べるとして、まずは風呂だ。
俺はカラフルなカップに立てられた黄緑色の歯ブラシと歯磨き粉を片手にとる。
(そういえば志摩どうなったんだろう、助けてすぐつかまったとか洒落んなんないよね~。)
不良の赤井の事だ、どうせ屋上でだべっているかどこかで暇をもてあましているだけだろう。ならば、と枕の下に下敷きにされていた携帯を探り当て、メールを送った。
パンツやらシャツやらを脱ぎ捨てバスタオル片手に俺は鼻歌交じりにシャワーを浴びに行った。
そして風呂をあがり飯を食い、腹を膨らませ未だ濡れた状態の髪で「ふ~」とのんきにリラックスをしていた俺は目の前の恐ろしい形相の相手を見た。
「で」
「俺は赤井君を呼び寄せた、と」
「てっめぶっ殺す!!!!」
えへ、と笑う小豆に額に青筋を浮かべた赤井は小豆に飛び掛った。
メールを送って二十分ほど、ドタバタとやってきた赤井に小豆は全裸で出迎えた。
『猫田テメェ死にそうって…』
ぜぇぜぇと肩が上下しているところを見ると走ってきたらしい赤井に小豆は言ってのけた。
『あ、うん。暇すぎて死にそうって送ったんだけど…あ、暇そうでって所抜けてたけ?』
『……テメェ…』
フルチンで水を滴らせながら笑う小豆に殺意を覚えたが犯行にいたらなかったことをすばらしく思う所だ。
そして今に至る訳だ。
「ちょっと物騒な!」
軽く飛び掛る赤井を避けた小豆はソファから立ち上がると冷蔵庫から牛乳を取り出すと、まだ息の荒い赤井の前に置いた。
「切れやすいのカルシウム不足のせいだよ」
「どっからどうみてもテメーのせいだろがぁあ!!!」
「はいはい俺のせいね、わかったから。わかったからちょっと落ち着きなさいよ、赤井君は落ち着きが足りないからね」
「んで俺が悪いみてーになってんだコラァアア!」
ぎゃんぎゃん喚く赤井君に俺は牛乳を口に突っ込んだ。
途端赤井は動きを止める。
ぽたぽたと顔から垂れる牛乳が床を汚した。
「あ、ちょっと床汚さないでねぐほッッ」
「テメェはどうやら死にたいらしい。俺ァ優しい不良だからよぉ、素直に死なせてやろうじゃねぇか、なぁ猫田君よお!!!!」
「いだだだッごめんごめん悪ふざけが過ぎたって!!」
にやつく小豆にぶち切れた赤井は残虐的な笑みを浮かべながら、小豆を引き倒すとその腹を踏みつけた。
「赤井君赤井君痛い!!!!」
「痛くしてんだから当たり前だろーが、なぁ?テメェはちと俺を見くびりすぎだろ、D特攻舐めんじゃねーぞ」
「特攻だが発酵だか絶頂だかなんだか知らないけど痛いから!!」
中々足をどかせない赤井に小豆は焦れて体を捩った。
「あーかーいー、いい加減にしないとお前がドMで蹴られてイクような変態だって憧れの久木さんにチクるぞ」
「……チッ」
憎憎しげに舌打ちをした赤井君はようやく俺の腹の上から足をのけた。
「チッ」じゃねーよチクるぞ。
「本当荒っぽいなぁ、赤井君は」
いたた、と腹を庇いながら起き上がった小豆はソファへとかけなおした。丁度痣を踏みつけられたため冗談でなく涙目だ。
幾分か落ち着きを取り戻したのか赤井は小豆を見つめるとだるそうに声を出した。
「で、なんの用だよ」
「いやぁ、俺あのまま部屋戻ったからさー。志摩どうなったのか気になって」
へらー、と笑う小豆に赤井は顔を顰めた。
『猫田は興味ない顔してちゃんと助けてくれる、いい奴だ』
(あんま信用できねぇ……でも志摩さんがあそこまで言う人だしなぁ。)
むしろこのへらへらと締りのない顔をした男のどこを信用しろというのか。体の半分以上は胡散臭さと他人を苛立たせる笑顔で構成されているというのに。
「…三山が紹介してくれた野郎の所に転がってる」
「哲平の紹介?」
赤井君の歯切れの悪い言葉に俺は目を丸くした。
唇をくっつけたコップから冷たいお茶を飲む。
(哲平の知り合いか…先輩…?哲平に先輩ねぇ…。)
俺の記憶の中では哲平に先輩なんて居た覚えがない。いや、もし哲平が日常生活の中で俺の知らないラブロマンスを繰り広げているというなら話は別だが。
「あーんだっけ…あ、ふぃにあん?とかなんとか三山が最低な顔して言ってた」
「ぶっっ」
俺は口の中の液体を全て吐き出した。
間違えて気管へと運ばれた水分で咽る。
「ごほっげほっおえっ、、え、フィニアン?えーえー…えーっ」
「きたねぇなテメェ…」
小豆は口元を手のひらで拭うと顔を顰めた。
(…哲平が最低な顔って…あれか、鬼畜モードか。)
森崎相手に脅しは通用しないだろう、という事は愉快犯的な部分のある森崎の興味を引く内容を喋った、という事だろうか。
「赤井君も会ったことあんよ、屋上で居たでしょ超綺麗可愛い美人が」
あ、と思い出したように赤井は目を見開いた。
「あの胡散臭ぇ野郎か」
「え、あの人胡散臭く見えた?」
「嫌な臭いがしたんだよ」
「……犬ってより狼だよね、まさに狼だよね」
「んの話してやがんだコラ」
また片手を振り上げる赤井君を落ち着かせながら俺は赤井君人外説を濃厚にした。
耳が動くとか臭いとか、やはりちょっとずれた人間ばかりだ。
それを手懐けるのだから志摩も相当おかしなものだ。
(志摩の事だから変な事して惚れられてなけりゃいーんだけどなー。)
森崎も相当癖の強い人間だ。もしかすると志摩の事だって気に入るかもしれない。
「志摩大丈夫かね」
「テメェも他人を心配とかすんだな」
「見てて面白いしねー、心配だけなら害はないでしょー」
「………………」
にこにこと笑う猫田小豆に本気で呆れと失望を抱いた赤井千草だった。