3
赤井視点。
#
「それじゃあ三山、俺達は戻るな」
「ああ、大丈夫か?」
「本格的に監禁される前に逃げれたから大丈夫」
「…それって大丈夫っていえるのか?」
苦笑する三山に俺は内心同意した。
今志摩さんはなんてことないという顔をしているが久木さんが志摩さんをあきらめるわけがない。そして逃げたことはもうばれている。
(でもまさか…数日で逃げられるとは思ってなかっただろうな…。)
おそらく乱心中だろう。
結局誰も居ない教室に、三山は残ると言って俺と志摩さんだけが教室を出た。
瞬間、志摩さんが勢いよく息を吐き出す。
「はあああ……」
「どうしたんすか」
苦笑しながら志摩さんは俺を見上げて、「疲れた」とだけ言った。
目尻の赤い、すこし腫れた眼で志摩さんはいつものような笑みを浮かべた。
「……あの…猫田ってどんな野郎なんですか?」
「え、猫田?」
自分の腕に巻かれた包帯を見て、思った。
ひねくれ者だということはわかった、だけどあの佐藤さんにも物怖じしない目、自由奔放かと思えば案外他人を気遣う所。
一言で言えば、変な野郎、だ。
「うーん…猫田はなぁ…うーん………ちょっと我侭でちょっと優しい普通の奴かな」
「…あれ普通って言わないんじゃねぇ?」
ふっ、と含み笑いを洩らす志摩さん。
俺は益々わからなくなって首を傾げるばかりだった。
「ここじゃ変かもしれないけどさ、他の学校じゃ普通なんだよ。他の学校じゃ容姿なんてそこまで重要視されないし、家柄だってそんなに関係ない。生徒は教師より偉くないし、犯罪行為が見つかればそのまま警察行きだ」
当然の事だ。だがここにいればそれはすこし自分の世界とは違うものに見えてくるのもまた事実。
「………ああ」
幼稚舎の頃からここえ居た。
厄介払いされるようにここへ入れられて、俺は出来が悪いからと莫大な金だけ置いて親と兄貴は海外へ行った。
たまに家に返っても、あるのはでかい家と定期的に送られてくる金だけ。
俺が傷害起こしたら金でもみ消される。
それが俺と、この学校の生徒全員の普通だと思っていた。
「猫田は外でもそんな好かれる部類じゃないと思うけど…外の奴等も俺や猫田と対してかわらない性格の奴等ばっかりだよ」
優しく笑いかけてくれる志摩さんは、特別だと思っていた。
他の奴等みたいに媚びない、いい奴だと思っていた。
「……もしかして俺等…世間知らずって奴ですか」
「ぶっ!!あははっ、そうかも…うん、多分そうだよ。でもこれから知っていけばいいと思うし、俺は何も出来ないんだけど…猫田は色々教えてくれると思うよ」
「…十分、志摩さんも教えてくれてますよ…猫田は変人って事で」
「へ、変人って…俺は猫田いい奴だと思うなあ…。外でもここでもさ、嫌な奴って一杯いるじゃん?いざって時に大概の人は助けてくれないけど、猫田は興味ない顔してちゃんと助けてくれる、いい奴だ」
どこか柔らかい表情をする志摩に、赤井はそういうものなのか、と納得した。
自分の知らない事がまだまだありすぎて、全てが曖昧だ。
だけどそれでもまだいいのかもしれない、漠然と赤井はそう感じた。
「せめて俺が特別だとは思われなくないなぁ」、と志摩さんは溜め息交じりに呟いた。
もちろんD組のやつ等の大半は志摩さんを特別だと思っている。だがそれは一応秘密ということにしておこうと心に決めた。
「しかし…まさかなあ…あの先輩の所か…」
「あ、三山が言ってた野郎ですか」
「うん、てかさ、敬語やめない?なんか…怖い」
「あーそれは無理す」
「なんで!?」
隣で騒ぐ志摩さんを宥めながら、頭の端で猫田の嫌味のない笑顔を思い浮かべた。
そうか、あれが普通か。
#
がらがら、と閉められたドア。
「……はぁ…」
短い溜め息を吐き出すと俺は机に腰を下ろした。
上履きを脱いで、足裏を確認する。
「…チッ…滲んでるし…」
ぐるぐるに巻いたにも関わらず、ガーゼを通りこして包帯、最後には靴下にまで血が滲んでいた。
慢性的な痛みが襲ってくるそれは地面に足をつけるとより一層痛んだ。
(………絶対。)
包帯をきつく巻きなおしながら靴下を履いた。
靴下を脱ぐと上履きにまで血が付着してしまう。
それは避けたい。
『猫田は三山に心配かけたくないんだと思う』
頭の中で志摩の声がリピート。
「んなの…こっちだってそうに決まってんだろ」
これから俺への、小豆への報復としての嫌がらせについては絶対に口が裂けても言わないと決めた。
小豆に伝わることによって徐々に身動きがとれなくなってくるだろう、そうすれば最悪の結果が訪れるかもしれない。
何も伝えない。それが頭のいい考え方だ。
握り締めた手のひらの白さが物語るのは決意だ。
『あ、俺猫田小豆ね。よろしく?』
『……別によろしくいらねーよ』
『あれ、酷い』
『性格悪い不良となんか誰がよろしくしたがるか』
『不良じゃないんだけどなー、まま、よろしく』
『てっめ人の話聞いてねーだろ!?』
『うん』
『うんじゃねーよ!!!』
ブーッ、と携帯が鳴った。
「!!」
その振動にハッ、とした俺は携帯を開く。
すると見上からメールが来ていた。
『これ、フィニ先輩のアドレスだけど…何に使うの?』
『別に、用事。ありがとう』
パタン、と閉じた携帯をポケットに押し込み、上履きを履くと机から飛び降りる。
(物思いにふけるなんて…らしくねーな。)
くしゃり、と元から癖毛な髪を掻いて誰も居ない、静かな教室を出た。
なんだか一人置いていかれたような気分になった。
喋ってほしかった。俺にお前の心配をさせて欲しかった。
お前は俺に自分の事も言えないような存在なのか。
言いたいことは色々ある、だが俺はそれを全て飲み込んだ。
「…っはぁ…」
口から出た溜め息とも吐息とも、妙に熱くて、妙に冷たかった。