奈落の峡谷
-時は少し遡り······。
「······遅いわね」
エト君が空間の亀裂に入っていってから十五分。一向に戻ってくる気配がない事を私は不安に思っていた。······不安に思っていた? そう、私はいつの間にか彼を慕っているようなのだ。敵対していた筈なのに、今では彼を心配する程までに気にかけている。
「んん〜。何かあったのかなぁ······」
どうやらミーアちゃんも心配のようで、さっきから『異界門』が開かれていた場所に座り込んでいる。一方のルカはあまり心配していないのか、落ち着いた様子で腕を組みながら木にもたれかかっている。······いや、間違いだったみたい。もの凄い速さで足を小刻みに振るわせている。やっぱり心配なんだ。
-と、その瞬間···。
なんの前触れもなく、遥か遠方で巨大な稲妻が地面に落下した。
「ちょっと! 何よあれ!?」
驚きのあまり、声を荒らげてしまった。落雷なんて不思議では無い。しかし、今目の前で見えているのは落雷というより、光の柱だ。遥か上空の天から真っ直ぐに伸びている。それも異常なまでの規模だ。威力だって、離れたこの場所からでもわかる程に凄まじい。
このままでは〝大陸自体が〟破壊されかねない。
「ルカさん! あれ! ど、どうにか出来ないの!? ルカさんはエト君〝よりも〟強いんでしょ?」
「はい!? わ、吾輩がエト様より強い!? そんな訳がないでしょう!」
私の言葉にルカさんは、なんだか酷く動揺している。ルカさんの方が魔力値が高い。そうシルフィーさんが言っていたのだ。彼女は『魔力視』という魔力のオーラが見えるスキルを持っていた。それで見た結果、ルカさんの方が強そうだと言っていた。
「全く。滅多な事を仰る。〝そんな事〟よりも今はエト様です」
「なっ!?」
ルカさんもミーアちゃんも目の前で起こっている状況に全く関心がない。そんな事? 大陸規模の災害が今まさに起こっているというのに、そんな事!?
興味が無いにも程がある。人類の危機、多くの人命の危機だと言うのに、彼らは何故ここまで無関心で居られるのか······。いや、ミーアちゃんは吸血鬼で人間の奴隷として扱われていたから分からなくもないが、ルカさんは何故なのだろう。
もしかしたらエト君だって危険な目にあっているかもしれないのに······。
心配を他所に、立て続けに大きな地震が起きた···。
「ッ! ちょ、今度は何!?」
今度は大規模な地鳴りが響いている。目視出来る程に大地がうねりを上げている。大地が割れる勢いだ。流石にこれは不味いと思い、ルカさんとミーアちゃんに視線を移した。しかし、二人とも全く動揺していない。二人共にエト君の事の方が重要なようだ。
「···な、なんなのよホントに······」
驚きを通り越して呆れ始めた。まるで人間なんて〝どうでもいい〟みたいな反応だ。
-数分後。
ようやく光の柱が消え、大地が静まった。
安堵した私は、その場にへたり込んでしまった。一体世界で何が起こっているというのか······。
「もぉー。エト様、遅い〜。あーいーたーいーっ」
ミーアちゃんは相変わらずエト君に会いたいと駄々を捏ねている。ルカさんも木にもたれかかるのを止めてウロウロと忙しなくしている。
なんなのよこの二人!
なんて思いながらも、エト君を待つこと一時間。
ようやく『異界門』からエト君が姿を現した。
「おっ。戻ってこれた」
「「エト様ぁーっ!」」
『異界門』を潜り、俺は元の場所に無事に帰って来れた。いやぁー、良かった。ループするようならあの岩壁を登ってやろうと思っていたが、どうやらそんな面倒をしなくて済んだようだ。
溜め息混じりに戻って来れた事を安堵していると、ルカとミーアの声が聞こえた。一時間以上も離れていたんだ。心配をかけたんだろう、ルカもミーアも嬉しそうに笑顔をみせている。
俺は走り寄ってきたミーアを抱き締めながら、ルカに手を振った。ルカはただ、微笑み返し、「おかえりなさい」-とだけ言ってくれた。
「エト様ぁ〜。私、寂しかったんですよ〜?」
「あぁ、うん。ごめんね?」
「ご無事で何よりです」
「まぁ······一応ね」
ミーアとルカに声をかけると、ルカが俺の言葉から何かを感じ取ったのか、ミーアを俺から引き離し、「少し一休みしましょう」-と気を使ってくれた。本当に出来た奴だよ全く。
街道から少しそれた木陰で、俺達は一休みする事にした。先程から胡座を組んだ俺の足の上に、乗るように座っているミーア。正直邪魔なんだが、めちゃくちゃ嬉しそうにしているので、今回は放っておくことにした。
「エト君、大丈夫だったの? 一時間くらい前に、もの凄い規模の天災が起こったんだけど」
うっ···。やっぱり見えてたのね······。
どうするべきか。今後、行動を共にするなら隠しておくわけにもいかない。まぁ、いい機会なので、ミーアにも色々と話しておく事にしよう。
「···え? あ、あ〜···あれね。うん、あれ···〝俺がやった〟んだ。···あははっ」
「·········は?」
「な、なんと!? では至高の力を使われたのですか!?」
ちょ、ちょっと待った! 先走って話すんじゃないよルカさん!
「ちょ、ちょっと待って。状況が読み込めないわ。順を追って話してくれる?」
「あ、うん。そうだね。まず、『異界門』を使った結果だけど、西方大陸には行けなかったんだ」
「そうなの? でもどうして?」
「いや、それは俺にも分からないんだ。多分、何かしらの妨害にあったんだと思う」
「···ふーん。スキル···いや、結界かしら?」
俺の言葉にアヤは妨害手段の可能性を考え始めた。スキルや結界、多分いい線をいっていると思う。だが、知っての通り、スキルや結界も強度や威力は魔力値に比例している。つまり、俺以上の存在が関与している事になる。やはり、イルミが昔から言っていた通り、上には上がいるようなのだ。
「俺もそのどっちかかなって思ってる。まぁそんな訳で着いたのは〝奈落の峡谷〟だったわけ」
「な、なんですって!? あそこは、一度入れば〝絶対に〟生きて帰って来れないと言われているのよ!」
そりゃあ、あんなのがいれば帰って来れないだろう。俺だってあれが何体もいたらと思うとゾッとする。多分、死にはしないが、帰っても来れなかっただろう。
「うん、そうだろうね。めちゃくちゃ強い奴がいたから。それを黙らせる為に使った力が、アヤの見た〝天災〟ってわけなんだ」
「······いやいや。あんなのが人の力なわけないじゃない!」
「エト様はそれができる方なのですよ。アヤ殿」
「あのねー。はいそうですかって納得出来ると思う?」
「ならば、アヤ殿の目は節穴という事ですね。至高であるエト様を理解出来ないとは」
「なっ!? はぁ······。はいはい、分かったわよ、一応納得してあげる。それより、なんなの? その至高の力って。聞いた事もないんだけど?」
至高の力、それは俺にも詳しい事は分からない。ただ、一つ言えるのは、エクストラスキルよりも遥かに高位の上位スキルで、ユニークスキルよりも希少だ。それに絶大な威力を誇っているという事。
そんな曖昧な説明しか出来なかったが、それで納得してもらうしかない。
「···そう。とりあえず、化物スキルって事は分かったわ。エト君がそれを使える異常者だって事もね。それで? 倒せたの?」
「いや、分からない。ひとまずは動きを止めたけど。まず、生物かすらも分からないんだ。巨大な金属の塊だったんだけど」
「金属の塊······聞いた事がないわね」
加えて、今後の為に俺達二人のことを話しておく事にした。
「アヤ、それにミーア?」
「なに?」
「はいです!」
「今後、二人は俺と一緒に居てくれるって事でいいんだよね?」
俺の言葉に二人共に首を縦に振ってみせた。
「もちろんよ。というか、私、行く宛なんて無いし」
「でも故郷があるだろ?」
「もう故郷は無いわ。だから私はクリムゾンに身を寄せていたのよ。あそこ、行いは非人道的だけどお金の回りは良かったから」
「そっか。嫌な事思い出させてごめんね」
「いいわよ。もう何年も前の事だし」
何年も前の事···か。アヤはきっと強い奴なんだ。十年前の事を忘れられない俺とは大違い。まぁ忘れる事がいい事だとは思わないが、忘れるという事は、それなりの覚悟を決めたという事だ。そんな覚悟を決めれる彼女は素直に凄いと思った。
「私は当然、この先一生をエト様に捧げますよっ! 身も心も。えへへ」
「身は大切にしてくれ。というか、ミーアも別に国に帰ってもいいんだぞ? お前を奴隷として買ったのは、建前なんだから」
「いいえ。帰りません! もちろん、帰りたくない訳じゃないですけど、それよりもエト様が大好きですから!」
いやいや、そんな恥ずかしい事をよくも躊躇なく言えるもんだ。······いや、俺も別れ際にイルミに言ったっけ。今更だが、思い出すとものすごく恥ずかしくなって来た······。
「分かった。なら、約束してくれ。これからは極力、俺かルカの傍にいること。それから、自分の命を第一に考える事。俺の為に-なんて無茶な事はやめてくれ。俺はもう誰も失いたくないんだ」
「······主」
「わけあり······みたいね。分かったわ。私も死にたくないもの」
「もちろんです! ずっと傍にいますよっ!」
二人は約束を守ってくれるようだ。俺のわがままだと言うのに、本当にありがたい。
「あと、俺とルカの正体を口外しないこと」
「エト様とルカさんの正体···ですか?」
「もう驚かないから、さっさと言いなさい」
何故か呆れた様子のアヤ。そんな目をされるような事をした覚えはないんだけどな。とはいえ、話を進めよう。俺は初めにルカについて話を始めた。
「まず、ルカは〝人間〟じゃない。ミーアは気付いてたよね?」
「はいです!」
「えぇっ!?」
あれ······。アヤは驚かないって言ってたのに。やっぱり驚いてしまったようだ。まぁいきなり言われても訳が分からないのも分かるが。
「ルカは神獣、白麒麟なんだ。ルカ? 神獣の姿になってくれる?」
「はい!」
ルカは俺の言葉通りに白麒麟の姿を形どってくれた。元々思念体であるルカは、地脈に流れる霊力を核に空気中の魔素で姿を形成している。その説明を踏まえて、二人にルカの正体を話した。
「······なんだかもう···一生分驚いた気がするわ。まぁ、これでさっきの反応には納得したけど。にしても伝説の神獣を見る日が来るとはね。世の中、何が起こるか分からないものだわ」
「吾輩、神獣であったが、今はエト様······いえ、主の契約獣として改めた故、今までと変わらず接してくれて構わない。改めてよろしく頼む。アヤ殿、ミーア殿」
「分かったわ。こちらこそよろしくね」
「は、はいです!」
よし。どうやらアヤはルカが神獣だと言うことを理解してくれたようだ。···と、思った矢先、アヤがくるっとこちらに視線を向けてきた。なんだか言いたげな瞳をしている。
「それで? どうして神獣のルカさんと主従関係にあるわけ?」
「そうだな······うーん。戦った···末?」
「······呆れた。神獣と戦ったの?」
「まぁね。敵わなかったけど」
「そりゃそうでしょ。世界には人間がどう足掻いても勝てない存在がいるんだから。ドラゴンとか精霊とかね」
「···う、うん。そ、そうだな」
苦笑いを浮かべた俺を怪しんだのか、アヤは「ちょっと!?」-と、声を大にして俺の肩に掴みかかってきた。
「···まさか戦ったの!? ドラゴンや精霊と!」
「ま、まぁ···えっと······」
アヤさん怖い······。イルミとは別の意味で怖い······。
涙目になっている俺を気遣ったのか、アヤは大きく溜め息を吐いて俺の頭を撫で始めた。まるでイルミのようにだ······。悔しいが、少しドキッとしてしまったのは内緒である。
「はぁ······ごめんなさい。ちょっと動揺しちゃったわ。もう大丈夫だからちゃんと話してくれる? エト君のこと」
「う、うん」
後ろでミーアが猿のようにキーキーと喚いているが、気にすること無く、俺がどういう存在なのかを話した。
十年前に両親と妹を失い、何もかもを諦めた俺を師匠であるイルミンスールが拾い、育ててくれた事。そして、過酷な旅を経て妹を探す復讐者として今に至ること。
旅の詳細は話さなかったが、先程アヤが言ったドラゴンと精霊とは戦ったと話した。そして、旅の結果、自分が相当化け物じみた存在になった事も話した。それに加えて、アヤとミーアに俺のステータスプレートを見せると、二人が唖然としてしまったのは言うまでもない。
「な、なによこれ······」
「流石に···お、驚きました······。でも流石はエト様ですっ!」
···やっぱり、ステータスプレートは見せるべきじゃなかったのかもしれない。ミーアはともかく、アヤは普通の人間だ。いや、俺も普通の人間なのだが、アヤがシルフィー達との別れ際に見せてくれたステータスは-
名前:アヤ・ケイシス
年齢:二十七歳
種族:人間
加護:-
称号:-
魔法:水属性魔法
魔力値:【4,500】
技能:『US記憶操作』・『気配感知』・『隠密』
-だった。ユニークスキル以外はごくごく一般的なステータスだ。それと比べれば、俺はアヤの言う通り異常者だと言える。そんな異常者とは居たくないと思うかもしれない。まぁ、それならそれでいいのだが、少しだけ寂しい気がしなくもない。
そんな俺の気持ちを感じ取ったのか、アヤは呆れながらも少し微笑み、優しく抱き締めてきた。······うん、びっくり。こんな感じで抱き締められるのは、イルミだけだと思っていた。とはいえ、心臓に悪いから、今後は「抱き締めるよ」-と言ってから抱き締めて頂きたい。
「確かに驚いたわ。強いとは思ってたけど、ここまでなんてね。······でも、だからってエト君に畏怖したりしないわ。あなたが優しいのは知ってるから」
「アヤ、あんまりからかうと勘違いするよ?」
「······いいわよ? エト君なら」
「はぁ···。はいはい、わかったよ。何が目的なの?」
俺をたらしこんで何を企むつもりだ!-なんて思いながらも、ちょっと嬉しかったりもする。これは照れ隠しだ。情けないが、こんな雰囲気を耐えられるほど、俺は女性経験が無い。
俺の言葉にアヤは「もう!」-と、ご立腹の様子だ。
「失礼ね。何も企んでなんかないわよ! ただ、安心しただけ。こんなに強いんだもの。どんな奴からでも守ってくれるんでしょ?」
「···ま、まぁ守るけども」
「ちょっとぉ······私を置いて、なんだかいい雰囲気じゃないですかぁ〜?」
突然割って入って来たのは問題児のミーアだ。ミーアは、そう言いながら凄い剣幕で睨んできている。そんなミーアに不敵な笑みを浮かべるアヤが一言-
「あら。お子様にはまだ早いわ?」
「おこ、お子様!? これでもアヤさんよりも長く生きてますよっ!」
まぁね。ミーア、百歳だしね。でも、アヤの言うお子様ってのは精神年齢の方だと思うぞ、ミーア。
そして-。
何はともあれ、俺とルカの事を話して、俺達は本当の仲間になれたような気がした。未だにアヤとミーアはバチバチと火花を散らしているが、そろそろ落ち着いて欲しいものだ。喧嘩するほど仲がいいという言葉もあるが、この二人に関しては、仲がいいのか不安になりそうになる。
「さてと。俺の魔力も戻ったし、先に進もう」
「やはり、疲労されていたんですね。それ程の敵だった···というわけですか?」
「うん。俺じゃなかったら〝一撃で死んでた〟だろうな」
「······それは危険ですね」
ルカの危惧は最もだ。自分が一番強いとは思っちゃいないが、それなりに強い方だと思っている。そんな俺でも正直やばかった。『超即再生』が無かったら一瞬で終わっていた。奈落の峡谷を通るのは是が非でも避けるべきだ。俺だけならまだしも、アヤとミーアを連れて···なんて絶対に無理だ。ルカですら、魔素の極端に少ないあの場所では、実体化出来ずほとんど無力だろう。
「でも奈落の峡谷が、実際どういう場所なのかを知れたのはよかったよ。もう二度と行きたくないね」
「それ程ですか。······気をつけましょう」
「って事で、俺達は正式ルートを通って西方大陸に行くことにする」
「ええ、そうね。エト君が危惧する場所なんて絶対行きたくないわ」
「でもどうするんですか? ルカさんは神獣ですよ? 素性を調べられたら···」
そう。問題はそこだった。アヤは境界門を通った事があるようなので、問題はない。同じく、俺も心配は無用だ。ミーアは正式な奴隷として取引している。その為、俺の奴隷として扱われるから、こちらも問題ない。
あとはルカだけだったのだが-
「ルカには実体化を解いてもらう。ただの人間には見えはしないだろ」
「なるほど! なら安心ですね!」
ということで。長々と休憩してしまったが、旅を再開する事にする。街道を歩み始めると、アヤが唐突に疑問を問いかけていた。
「ねぇ? エト君よりも強いの? さっき言ってたイルミンスールって人」
「そりゃもう。俺、勝てた事ないからね」
「あなたが勝てない···なんて。その人、人間じゃないの?」
「本人は人間だって言ってたよ」
「へぇ。おっかないわね」
どうやらアヤは俺の事について聞きたい事が沢山あったらしい。「もう少し質問してもいい?」-なんて言いながら質問攻めにあっている状況だ。
「さっきステータスプレートを見せてもらって思ったんだけど、『痛覚消失』ってどんな感じなの?」
「んー···そうだな。もちろん、痛みは無いよ? でも衝撃とかの反動は感じれるかな」
「なるほどね。殴られる痛みは無いけど、衝撃はあるって感じかしら」
「そうそう、そんな感じ」
へぇ。面白いわね!-なんて言いながら、アヤは確認するように俺の頬をつねったり、こめかみを指で弾いたりしている。まぁ、痛くはないんだけど凄く鬱陶しい。めちゃくちゃ歩きづらいし。
「それじゃあ、ユニークスキルの『超即再生』って?」
「『超即再生』?」
「そう。再生って事は、回復系のスキルなんでしょ? 攻撃を受けてもどの程度なら大丈夫だとか、知っておきたいじゃない? 仲間として」
「うっ······。わ、わかったよ」
仲間として-なんて言われると弱る。素直に嬉しいからだ。嫌な気がするわけが無い。俺は答えるついでに、他にも気になるスキルが無いかを聞いてみた。
「どうせなら一度に話すよ。他に気になるスキルは?」
「そうね。大体は名前で理解出来るし、『超即再生』だけで大丈夫よ。あとは攻撃のスキルでしょ?」
なるほど。アヤは俺の体がどれくらい頑丈なのかを知りたいようだ。つまり、俺はどの程度で命の危機を感じるのか-という事だ。確かに、大丈夫な範囲を分かっていたら無駄な心配をする必要もない。なんだか、俺の身を案じてくれているようで、不思議と笑みが零れる。やっぱりアヤは良い奴みたいだ。
「ありがと。今まで聞いてた事って、俺の事を心配してなんだよね?」
「そうよ。悪い?」
うっ···。否定をせずにすぐ肯定するとは······。動揺させるつもりが、俺が恥ずかしくなって動揺してしまった。
「わ、悪くないです。んー、じゃあアヤ?」
「ん? なに?」
「なんか武器持ってない? 攻撃魔法でもいいけど」
「ちょ、ちょっと······。まさか私がエト君を攻撃する-なんて言わないわよね?」
「そりゃそうでしょ。アヤが知りたい事なんだから、自分で確かめないと。でしょ?」
「うぅっ···わ、わかったわよ!」
よし。今回は動揺させる事が出来たようだ!-なんて思ったが、よくよく考えると自分が凄く小さく見えてしまう。しかし、なんだか、からかわれているようで悔しいのだ。これくらいは大目に見て欲しい。
「じゃ、じゃあいくわよ?」
そう言うと、アヤは両手を合わせ、俺に向けて掌を突き出した。その行動を見たミーアが、アヤを止めようとしたが、ルカがそれに待ったをかけた。
「ちょっとルカさん!」
「大丈夫ですよ。主には何か考えがあるのでしょう。まぁ無かったとしても、主にはあの程度の攻撃、なんの支障にもなりませんが」
「な、ならいいですけど···」
「ありがと、ミーア。心配してくれて。でも大丈夫。今ちょっと『超即再生』の説明してるだけだから!」
「そうですか、わかりました!」
ということで、アヤに視線を戻す。すると、アヤの掌に魔素が集まりだし、水に変化している。流石に性質変化が早い。どうやらアヤが放とうとしているのは水属性魔法のようだ。
魔法の元は魔素である。それを己の魔力によって属性の性質変化を行い、形状、質量、威力など、様々な情報を術式として組み込んでいく。中々に手間な流れだが、慣れれば一瞬だ。
「水属性魔法···『水刃』っ!」
そうしてアヤから放たれた魔法は、高速で回転しながら振動している水の刃だ。大きさは大体両腕で輪を作った時の輪の大きさくらい。俺は何もせずにそれを受け入れようとした。
すると、魔法を放ったものの、心配になったようで、アヤが「本当に大丈夫なのよね!?」-なんて言っている。の割に、狙っているのは俺の首元だ。ちゃんと急所を狙っているじゃないか。
「大丈夫だい-ッ丈夫! な?」
俺がアヤに大丈夫と言っていた間に、水の刃は俺の首を切り落として行った。言葉の途中で首を飛ばされたもんだから、言葉が少し途切れてしまったが。
ともあれ、切られると同時に『超即再生』が発動された為、切られた箇所から瞬間的に再生されて行った。傍から見れば、まるで攻撃が通り抜けて行ったように見えるだろう。俺の首を切り落として行った水の刃が、背後の木を真っ二つにしている。
「···え? 今···当たった······わよね?」
「うん、当たったよ。間違いなくね」
「で、でも···」
そう言いながら、アヤは足早に歩み寄り、俺の首元を覗き込んで手で触り始めた。······近い。そしてくすぐったい。というか、間近で見るとアヤは結構な美人さんだ。くそっ、またドキドキしてしまった······。
「不思議······。ちなみに、切られるんじゃなくて弾け飛んだ時は?」
「弾け飛んだ瞬間に元に戻るよ。前に師匠が俺の胴体を真っ二つにした事があったけど、その時もすぐに再生したし。再生スピードは大体、コンマ一秒くらいかな」
「······一瞬ってわけね」
「まぁ不死身では無いし、全身が吹き飛ぶ程の即死急の攻撃を二回、コンマ一秒未満で続けられると死ぬかな。あと、全身を消滅させる魔法を喰らい続けても死ぬと思う」
「···ふふふっ。わかったわ。それじゃあほとんど〝不死身〟だって訳ね。安心した」
あれ···。不死身じゃないって言ったんだけど。まぁ安心してくれたのならよかった。
「あのぉ〜···ルカさん?」
「なんでしょう?」
「今、アヤさんの魔法······エト様を通り過ぎませんでした? 外したんですかね?」
「ちゃんと当たりましたよ。当たった瞬間から『超即再生』が発動したので、貫通したように見えたのでしょう」
「あー、なるほど! 凄いですぅ!」
「ええ。主は凄いのです」
何やら外野が盛り上がっている。······じゃなくて! こんな所で道草を食ってる暇はないんだってば! 気を抜くとすぐに道草を食ってしまう。まぁ説明はいつかしないととは思っていたからしょうがないのだが。そろそろ、本当に先に進まないといけない。
「ほら。満足してくれたんなら先を急ぐよ!」
「ええ。ありがとっ」
「あっ! アヤさん、今度は私がエト様の隣です!」
「まぁまぁ。お二人共、主が困っておられます」
何はともあれ、これで本当にようやく旅を再開出来る。早く境界門に行って北方大陸へと渡るとしよう。北方大陸に行くとなると〝アイツ〟とも会うことになるかもしれないが、今は会わない事を願うばかりだ-。