本拠地を目指して
「なるほど。シュトロハイムというお店ですか···」
「あぁ。多分嘘は言ってないと思うよ? ちょっとだけ脅しといたから」
「確かに。あの時のエト様は怖かったです〜」
「ミーア殿、エト様はとてもお優しい方ですよ?」
ウイングローラー王国を出た俺達は、ロア王国に続く街道を進んでいた。ちなみに入国審査官には、急な予定が入ったから国を出ると伝えた所、快く了承してくれた。そして、次にウイングローラー王国に入る時は、改めて手続きを行わなければいけないと忠告を受けた。
「エト様、この辺りは上位魔獣が縄張としている場所です。注意してくださいね?」
「あぁ。ありがと、シルフィー」
とは言ったものの、全く心配していない。俺もいるし、何より神獣であるルカがいるのだ。魔獣の上位種である神獣に喧嘩を売る馬鹿な魔獣はそうそういない。
というか、樹海を出た時はルカと二人だったのに、あっという間に四人になってしまった。シルフィーはすぐに別れるとして、ミーアはそうはいかない。どこかのタイミングで俺とルカの事を話すべきだろう。いつまでも正体を隠しておくのは正直しんどい。
「エト様ぁ〜。えっとぉ〜···そのぉ〜」
「······ダメ」
「ちょ、まだ何も言ってないじゃないですかっ」
「どうせ血だろ? 第一、お前がシルフィーに自分が吸血鬼だって事は言わないでって言ったんだろ?」
「うぅ〜···エト様の意地悪」
ミーアはさっきからこればっかりだ。タイミングを図っては血を吸いたいと言ってくる。ちなみにシルフィーに黙ってて欲しい理由というのは、吸血鬼は冒険者の討伐対象で、報酬がめちゃくちゃ高いかららしい。まぁ多分シルフィーは大丈夫だと思うが、俺も冒険者を全体的に信用していないので、その願いを聞き届けたわけだ。
「なんでもしますよ? 本当に〝な・ん・で・も〟」
「却下。第一色気が足りない。出直して来なさい」
「うっ······。それを言われると辛いですぅ」
そしてようやくミーアは大人しくなってくれた。本当に世話のやけるお嬢様だ。
「あるッ-······あーる···」
一人で何やってんだコイツ。
「···ゴホン。エト様。このままロア王国を向かいますか?」
あー。主って呼びそうになって頑張ってたのね。···いや、誤魔化すの下手過ぎんだろ! 別に従者って事になってるから主でもおかしくはないんだけどな。
「そりゃ行くだろ。シルフィーも早く妹の事、助けたいだろうし」
「エト様······。ありがとうございます。よろしければこのままお願いします」
「分かりました。では歩きながら夕食といたしましょう。エト様、昼のうちにウイングローラー王国の店で買っておきました」
そう言うと、ルカはサンドイッチを取り出した。いやいや、ずっと俺といたよね? いつの間にこんなもの買ってたの? というか、気が利きすぎて怖ーよ!
「ささっ。シルフィー殿」
「わぁ! ありがとうございますっ!」
「ルカ、俺はまだいいよ。ミーアは?」
「私もまだ大丈夫です!」
なんだかピクニック感が凄いな。もっと切羽詰まった感じでもいいと思うんだけど。妹連れ去られてるってのに意外と悠長だな。本当に攫われたんだろうな?-なんて思ってしまうのは俺だけだろうか。まぁいいけどさ?
「ところでエト様? ルカさんって神獣ですよね?」
「······やっぱり分かる?」
「そうですね。人間には分からないと思いますけど。あ、でもでも心配しないで下さいっ。何か事情があるんですよね? シルフィーさんには言いませんから!」
「そっか。ありがとな」
「えへへ〜」
物分りのいいミーアの頭を撫でると、ものすごく嬉しそうに微笑みながら頬を赤くしている。でも流石に他の種族には気付かれるようだ。まぁ人間にさえバレなければいいので、あまり気にする事もないのだが。というか、ミーアは戦えるのだろうか。
「なぁミーア。ミーアはいざって時に戦えるか?」
「はいっ。と言ってもルカさんよりは弱いですよ? 吸血鬼の中でも弱い方ですし···」
「いやいや、そんなに気負わなくていいよ。ルカは神獣だし、戦うって言っても多分人間相手だと思うから」
「それなら問題ありません! あ、ステータスお見せしておきますね!」
そう言うとミーアは俺に自分のステータスを見せてくれた。
名前:ミーア・ベル・フォーラ
年齢:百歳
種族:吸血鬼
加護:真祖の加護【再生速度上昇・限定真祖化(魔力値+200,000)】
称号:-
魔法:-
魔力値:【50,000】
技能:『US契約送還』・『US一撃必殺』・『ES魔力吸収』・『ES自己再生』・『魔力操作』・『気配感知』・『魅了』・『状態異常無効化』・『精神支配無効化』
「こんな感じですっ」
なんだか面白そうなスキルがある。『一撃必殺』とかなんか凄そうだ。それに『契約送還』ってなんだ。ということで、この二つのスキルと『限定真祖化』について聞くことにした。
「えっと、まず加護の『限定真祖化』ですけど、これは日が沈んだ時にだけ真祖化出来るって感じですっ。あと、『契約送還』は、契約したものを目的地に送るスキルですね。私が知らない場所でもイメージして貰えればOKですよっ。それから『一撃必殺』ですが、これが凄いんです! どんな格上相手でも耐性、無効化、あらゆるスキルと魔法を無視して直接攻撃出来ちゃうんです!······まぁでも、私は魔力が足りないので、一度も使った事ないんですけどねっ! えへへ」
「へぇーっ。すごいね! あ、でも『限定真祖化』した状態なら『一撃必殺』を使えるんじゃない?」
「おぉっ! なるほどっ。流石はエト様! 思い付きませんでしたっ!」
とはいえ、中々面白いスキルだ。特に『一撃必殺』。あらゆるスキルと魔法の効果を無視して直接攻撃······それも格上相手に使えるのは凄い。それに『契約送還』、これめちゃくちゃ便利じゃね? まるで転移装置だ。しかし、俺も加護の付与で『異空間魔法』なんてものがあるから似たような事は出来そうだけど。
そのうちいろいろと試さないといけない。ミーアの『一撃必殺』も本当に格上相手に通じるのか気になるし。リーフィアを助け出した後にでも、ミーアとやり合ってみよう。
-翌日、俺達はロア王国に無事到着した。ちなみに今回の入国審査は、ほとんどパスに等しい。というのも、前の旅の際に拠点にしていたのがロア王国だったからだ。そのため、厄介事を避ける為に入国審査官とは物凄く仲良くなっていた。
「おぉっ! リエル君、一ヶ月ぶりじゃないか! 今回は四人でいいのかい?」
「やぁ、ラスター。久しぶりだね! うん、今回はこのメンバーだよ」
「了解。んじゃ通った通った」
「あぁ。ありがとう!」
まぁざっとこんな感じだ。いわゆる顔パスというやつである。シルフィーが挙動不審になっているが、心配しなくてもラスターは信用出来る人間だ。ということで、俺達は早速クリムゾンの店があるというシュトロハイムへと向かった。
一ヶ月ぶりに来てみて思った事だが、一ヶ月前よりも国が活気づいている。街の雰囲気もだが、人の表情が明るい。何かあったのだろうか。
「いい街ですね」
活気に溢れた街の雰囲気を見て、シルフィーが楽しそうにそんな事を口にした。まぁ確かにいい街かもしれないが、俺からすればどうでもいい街だ。
「確かシュトロハイムは、この路地を······っと。あったあった」
街の大通りにある噴水広場を抜けて、路地を進んで行く。すると、店の前に冒険者の集団が、表に置かれた武器を吟味していた。
さて。全員で行ってもいいものか。どんな場所かも分からない為、少人数の方がいい。かと言って俺一人よりも誰か付き人が居た方がいい気もする。何せこんな見た目だ。紹介状があっても跳ね返されるかもしれない。
ならルカを連れて行きたい所だが、シルフィーとミーアという女子二人を置いておくのも少し不安である。
「シルフィー。『魔力視』で、この付近にいる奴らを見て、お前が負けそうな奴がいないか調べてくれる?」
「はい、分かりました! えっと······」
Sランクのシルフィーだが、性格的に好戦的とは思えない。危なそうな輩がいるならルカを傍につけて置きたいのだが···。
「···います。二人。あそこの男の人と···あの女の人」
いるんかい!
「分かった。なら店には俺とミーアで行く。ルカはシルフィーの護衛だ。ちょっかい程度なら手を出すな。威圧だけでも十分だろ。攻撃されたら容赦なく〝殺せ〟。許可する。あ、でも公の場ではダメだぞ?」
「···よろしいので? 吾輩、躊躇しませんが?」
「えっ······エト様? ルカ様も···何もそこまで······」
「構わないよ。敵になるってんなら」
「かしこまりました」
シルフィーには刺激が強い台詞だったかもしれないが、敵対した奴に容赦する必要なんて全く無い。相手も覚悟の上だろう。覚悟もしないで攻撃して来たのなら、それこそ分からせるべきだ。半端な覚悟で人を襲うとどうなるかを。
「んじゃ、ミーア行くか···って何を食ってるんだ?」
「ん? あ、これでふか? 〝リンゴ飴〟ですよ〜?」
「り、りんごあめ?」
なんだそれ? りんごってなんだ? そんな食べ物あったかな······。
「まぁいいか。ミーア? 悪いけど、今からミーアの事を奴隷として扱うけどいい?」
「は、はい! もちろんいいですよ? エト様になら何をされてもご褒美です! 〝乱暴に〟して下さいな?」
「······いや、そういう事はしないんだけど。まぁいっか。んじゃ、ルカ。頼んだよ」
「はい! お任せを」
と、言うことで。俺とミーアはシュトロハイムの店内へと向かった。
「さっ、シルフィー殿。吾輩達は、そこのベンチにでも座って待ちましょう」
「は、はい···」
妹を追ってやっとここまで来れた。クリムゾンの本拠地は通称クリムゾンパークと呼ばれている。それはそうと、エト様とルカ様は一体何者なのだろう。
初めてエト様を見た時、その身に纏う濃密なオーラで〝恐怖〟を感じ、気がつけば涙を流していた。隣のルカ様は、とてつもない量のオーラを纏われていた。あんなのは見た事がなかった。本当に人間? -と失礼ながら思ってしまった。
そして、エト様は何をするにも落ち着いている。歳不相応とも思える。私とあまり変わらない筈なのに···。ウイングローラー王国の奴隷商会でミーアさんを連れてきた時もそうだ。ミーアさんは買われた奴隷だというのに、あんなにエト様を慕い、惹かれている。私だって時々、不思議な魅力に心が揺れる時がある。
でも······。
先程の言葉。エト様は簡単に人を殺すことが出来るのだろうか。ルカ様だってそう、躊躇しませんが-なんて言っていた。怖い······そう思ってしまった。確かに殺られそうになったら私も抵抗するが、人を躊躇なく殺せるかと問われると······多分、躊躇してしまう。
「はぁ······」
「おやおや。どうかしましたか?」
「あ、いえ···。えっと···ルカ様? 一つ聞いてもいいですか?」
「えぇ。構いませんよ」
私はルカ様に問いかけてみた。人を殺すことに躊躇は本当にしないのか、何故簡単に人を殺すことが出来るのか。すると、ルカ様は真剣な表情で答えてくれた。
「シルフィー殿は、お優しいのですね。······そして、〝人間を知らない〟。きっと良い方々に出会われて来たのでしょうね」
「······え? それって」
「例え話をしましょう。ある平凡な家族がいました。父と母、そして兄と妹。そんな普通の家族です。でもある時、子供達は、自分達の目の前で金銭目的の冒険者達に、両親を殺されました」
「えっ······ひ、酷い」
「えぇ。酷いですね。そして、傷も癒えないまま、今度は兄の目の前で妹が、聖騎士に連れ去られました。理由は······そうですね。私的な理由-とでもしておきましょう」
「そ、そんな! 聖騎士が······そんな···」
「あー、勘違いしないで下さい。〝例え話〟ですから」
例え話······本当に例え話なのだろうか。妙に具体的な話だ。これは誰かの話なのだろうか。もしかしてルカ様の? それとも······。
「兄は、当時八歳です。兄は必死に妹を追いかけようとしましたが、体は動きません。シルフィー殿、あなたならどうしますか?」
「わ、私なら······助けを···あっ」
助けを求める? 誰に? 連れて行ったのは聖騎士だ。国を守る秩序の象徴的存在。そんな聖騎士に妹が連れて行かれたと叫んで、誰が耳を傾けるのだろう···。
「······分かりません」
「そうですね。たった八歳の子供には何も出来ないでしょう。その兄も何も出来なかった筈です。そんな兄が大人になった時、あなたは先程の問いかけをその兄に、問いかけられますか?」
「·········」
ルカ様の問いに私は答えられなかった。いや、答えは出ていた。否だ。問いかけられない。人を殺すことに躊躇しないのは-躊躇をしていたら、大切なものや大切な人が〝奪われる〟からだ。
人を簡単に······簡単な訳が無い。人を殺す覚悟があるからだ。失う痛みを知っているからだ。それ故に大切なものを守る為に必死なのだ。
「すみません。···簡単じゃないですよね」
「何度も言いますが、例え話です。まぁつまるところ、人を殺す時は、それなりの覚悟がある-という事です。吾輩も、エト様に何かあれば躊躇なく、その原因を消すでしょう。···まぁ、世の中には快楽殺人者なんて輩もいるようですがね」
ルカ様の言葉を聞いた私は、自分を見つめ直した。さっきまでの私は、自分の身が危険になった時の場合を考えた。他の···妹や大切な人が危険な目にあった時の場合なんて思いつかなかった。それは私が大切な人を失った事がないからだ。
もしも妹が目の前で殺されたら···。考えるだけでも気分が悪くなる。自分の気持ちが信じられなかった。大切なものの為なら私も〝躊躇なく〟人を殺めると思ったのだ。
「まぁこの話は、このくらいにしましょう。···? すみません、ちょっと失礼しますね?」
塞ぎ込んでいる私に気を使ってくれたのか、ルカ様が私にクッキーを手渡してくれた。そして、ルカ様はベンチから立ち上がると少し離れた場所に移動した。そんなルカ様を見つめながら大きく深呼吸した。
どうか妹が無事でいますように-と願いながら。
-時間は少し遡り···
シュトロハイムの店に入ると、またもゴツイ大柄の男が俺を招き入れてくれた。なんだか、今日はエラくデカい男に会う日だ。なんだ···喧嘩売ってんのかコラ。
「ご主人様···?」
「···あぁ。大丈夫」
上目遣いで〝ご主人様?〟なんて言われたから、少しときめいてしまった。···よし。リーフィアを助け出したら血を吸わせてやろう-そう思った。甘やかすのは良くないかもしれないが、仕方が無い。
可愛いは正義なのだっ!
「いらっしゃい! 嬢ちゃん、どんな武器がいい?」
だからっ!
「悪いが、俺は男なんだ。武器じゃなくて、これを見てもらいたくてな」
「うぇ! 男だったのかよ。ん? なんだこりゃ。·········なるほどな。兄ちゃん、奥の部屋に行きな。隣の嬢ちゃんは?」
「俺の奴隷だ」
そう言って俺は、乱暴にミーアの首を掴み引っ張り寄せた。···ぬっ。俺の良心がズキズキと痛み出している。ごめんよミーア······なんて思ったのだが、当の本人はめちゃくちゃ嬉しそうにしてやがる。
「ご、ごちゅじんさま〜」
「············」
まるで酔っ払いのように顔を赤くしながら、色っぽくヨダレを口元で輝かせている。···演技だよな? 演技なんだよな!? そうだと言ってくれっ!
「そうか。奴隷なら構わん。早く行け」
「あぁ。ありがとう」
俺はミーアを引きずって店の奥へと向かった。勘違いしないで欲しいのだが、俺が引きずろうとした訳じゃない。ミーアが動かなくなったから〝仕方なく〟引きずっているのだ。
奥の部屋に入ると、突如として床に描かれた魔法陣が光を放ち始めた。
「っ! おいおい···転移魔法陣かよ!」
あの小太り野郎、店の地下って言ってたくせに! これで別の場所に転移でもされれば、ちょっと···というかだいぶ面倒だ。
せめて何かあった時ようにルカに念話を飛ばす事にした。
《ルカ》
《はい、主。どうなさいました?》
《悪いけど、クリムゾンの本拠地に行く為に転移される事になった。俺達の心配はいいから、一時間経っても俺から連絡が無かったら、シルフィーを連れてシュトロハイムの店に来てくれ。店の奥の部屋に魔法陣がある。多少強引でも構わないから!》
《はい! かしこまりましたっ! お気をつけて》
《うん!》
そして、光に包まれるまま、俺とミーアはどこかに転移された-。