妹を探して
「す、すみません!······た、〝助けて下さい〟」
教会を出た辺りで突然、俺達は引き止められた。助けて下さい-そう訴えて来たのは、聖堂で涙を浮かべていたSランクの少女だった。既にどこかに行ったと思っていたのだが、どうやら教会の外で出待ちをしていたようだ。迷惑この上ない。
忘れてはいけない。こんな少女だろうと、パーティー云々と言っていた。つまりは〝冒険者〟だ。美少女だろうが、絶世の美女だろうが、俺には等しく冒険者だ。助けてやる義理なんてない。コイツだって金の為に魔獣を殺し、私欲の為に盗賊紛いな事をする輩と同類だ。
俺は少女の言葉を無視して、歩みを進めた。
隣のルカも躊躇無く、俺に従って俺の後をついてくる。まぁ、俺以上に人間に興味がないルカの事だ。存在すら気にも止めて居ないだろう。「なんか喋ってるなー」-くらいのものだ。
「お、お願いします!」
何度頼まれようが、俺の気持ちは変わらない。というか、袖口を掴む手をそろそろ離して欲しい。段々鬱陶しくなってくる。俺が振り払う前に、自分から離して欲しいものなのだが······。
「な、なんでもしますから! お願いです。助けて下さい······〝妹〟を助けて下さい!」
その言葉に俺は歩みを止めてしまった。うん。〝妹〟という単語を出されると弱い。必死に訴える瞳······。それを見て後悔した。
見るんじゃ無かった。
この目は、十年前の誰かさんと同じ目だ。助けたいのに助けられない弱い自分自身を恨んでいる目。それでもどうにかしたいと願っている目。俺は心の中で大きく溜め息をついた。
「さっき聞こえてたけど、あんたSランクの冒険者なんだろ? 自分で何とかしろ」
そう少女に告げた。薄情なんて思わない。酷いなんて思わない。救いなんて、そう都合よくは現れない。助けを願えば助けて貰える? そんな訳がない。だってそうだろう? ならあの時、何故俺の願いは聞き届けられなかったのだ。
この世界に救世主なんていない。神なんてのも大したことが無い。たった一人、八歳の少年の願いも叶えないのだから。
「·········お願い···です」
弱々しく呟いた少女は、ようやく袖口から手を離してくれた。塞ぎ込んだ表情を見ることなく、俺は再び歩き始めた。見なくても分かる。俺も同じ表情をした事があるのだから···。
「主、よかったのですか? 吾輩にはどうでもいい事ですが、あの娘は主の同族なのでは?」
歩きながらルカはそんな事を問いかけてきた。彼なりに気を使ったのだろう。だが、これでよかったのだ。第一、妹を助けて欲しい······なんて-。
「······ルカ。俺には···無理だ。自分の妹も救えない俺が、他人の妹を救える訳が無い。そうだろ?」
「······主」
俺の言葉にルカは黙り込んでしまった。···分かっている。これは俺の〝わがまま〟だ。ただのこじつけだ。俺の言葉は、無理やり自我を通す為の言い訳でしか無い。自分が酷く醜く思える。多分、今の俺なら助けられるかもしれない。しかし、自分の妹が未だ助けられないまま、他人の妹を助けたとして······俺はあの少女の笑顔を見て「よかったね」-なんて言えるだろうか。いや、言えはしない。
こんな時、イルミならなんて言うんだろう。優しいイルミの事だ。妹を助けるついでに助けてあげれば? なんて言うのかもしれない。ふと振り返ると、未だに教会の前で膝をついて肩を震わせている。
通行人達が、わらわらと群がっているというのにお構い無しだ。そんな姿を見ながら俺の中で葛藤が始まる。助ける? 助けない? そんな自問自答がキャッチボールのように永遠と繰り返されている。
そんな時、ふと妹の笑顔が脳裏に浮かんだ。それと同時に妹がよく言っていた言葉を思い出した。
『お兄ちゃんは優しいの! ユーリの自慢のお兄ちゃんなの!』
その言葉が俺の頭を駆け抜けていった。すると、不思議と俺の足は動きを止めた。そして、自然と笑みが零れる。妹と再開出来たとして、今の俺に妹は同じ言葉を言ってくれるだろうか? いや、言ってはくれない。ならどうすればいい。
そう。自分のちっぽけなわがままなんて〝捨てればいい〟。妹の自慢の兄でいなければならない。何とも単純だ。妹の為なら憎い冒険者でも助けてやってもいいと思ってしまう。おかしくて笑いが止まらない。
「···ルカ。あの子、連れて来てくれ。とりあえず話を聞くことにするよ」
なんて言いながら、俺は妹の事を思いつつルカに微笑みかけた。
「はい! すぐに! あ、それと主、今の笑顔···とても素敵でしたよ!」
「けっ。はいはい。行った行った」
ルカは笑顔で少女を迎えに行った。なんでお前が嬉しそうなんだよ-なんて思いながら俺は、近くのベンチに腰掛けた。
-そして。
ベンチに腰掛けた俺の前に、ルカがニコニコしながら先程の少女を連れて戻って来た。だから、なんでそんなに嬉しそうなんだ······。
「あ、あの······」
少女は俺と視線を合わし、恐る恐るといった具合に話を切り出した。が、俺は言葉途中にそれを遮った。
「先に聞いておきたい事がある」
「はっ、はい。···な、なんですか?」
「あんた、聖堂で俺の事見て、驚いてたよな? ありゃなんでだ? それと、俺はあんたと関わるのは初めてだと思うんだけど、どうして俺に助けを求めたんだ?」
聖堂にもこの街にも、あちこちに屈強な冒険者は沢山いる。なのにどうして俺を選んだのか。自慢じゃないが、俺は背も低いし女顔だ。体だってか細い。それなのに彼女は俺を選んだ。
妹の笑顔の為に彼女を助ける事は決めた。だが、それでもその謎が解けるまでは手を貸せない。何か裏があるんじゃないか-と疑問に思うのは当然のことだ。
「えっと···。私、〝見える〟んです···」
「······は? え、何? どういうこと?」
「それは······」
俺の問いに少女は口篭ってしまった。なんだ、助けを求めるくせに自分の秘密は言えないという事なのだろうか。まぁそれでもいいが、それならこの件は白紙に戻させてもらうだけだ。
「まぁ言いたくないならそれでもいいよ。だけど、助けるって話は無しだ」
「えっ······」
「えっ-じゃねーよ。そうだろ。なぁルカ?」
俺の呼び掛けにルカは首を縦に振った。
「娘。この街には〝麦粒程〟には役に立つ冒険者が多く見受けられる。その中で何故、ある······ゴホン。エト様に声をかけた? エト様も当然、同じ事を思っておられる。正直に言おう。お前は〝怪し過ぎる〟のだ。正直に話さないのであれば、こちらとしてもお前を信用出来ない」
そうだ! そうだ!-と心の中で共感する。というか、ちゃんと人前で〝主〟って言わないように気が配れたんだね。感動だよ! 本当に初めの頃とは比べ物にならない成長っぷりだ。ただ、麦粒程って言うのはちょっとね。どうかと思うぞ?
「す、すみません···。そうですよね······。お話します」
「それで?」
「はい。あなたを選んだ理由は、私が持つエクストラスキル『魔力視』で、あなたを見たからです」
なるほど。エクストラスキルを持っているという事を言いたくなかったわけか。エクストラスキルは一般的に希少と言われている。人間の中で持っている者は、冒険者や聖騎士、魔力を扱う者達の中でも、そうはいないだろう。当然だが、ユニークスキルにもなれば、更に希少になる。何せこの世に二つと無い固有スキルだからだ。
彼女曰く、『魔力視』というのは、生物、物体が持つ魔力をオーラとして目視出来る-というものらしい。確かに珍しい力だ。とはいえ、何となくなら俺もルカも、見えはしないが『魔力感知』で知ることは出来る。
つまるところ、聖堂で『魔力視』を使って見た結果、俺に白羽の矢がたったと。だから俺を見て恐怖したのか。······やっぱり失礼だ。
「見える魔力は、当人の魔力値がそのまま見えるのか?」
「い、いえ。魔力を抑えている方も居るので。で、でも普通は抑える必要がないので、私は見えたオーラがその方の力だと思っていますが···」
確かに。普通は魔力を抑える必要なんてない。むしろ自慢気に魔力値をペラペラと話す馬鹿もいるのだ。自己アピールの強い人間らしいっちゃらしいが。
という事は、俺は魔力を抑えた状態で恐怖されたと······。いやぁ、抑えてなかったら失神するんじゃなかろうか。一応気をつけておくことにしよう。
「なるほど···分かった。なら、手を貸す条件として、俺がいいと言った時以外は『魔力視』を使わない事。それから今後俺達に隠し事をしない事。あと、俺達の事は絶対に口外しない事。···守れないというのならこの話は無し。いいね?」
「はい! お約束します!」
「よし。時間も無いだろうし、自己紹介は簡単に済ませるよ? 俺はエト。このイケメン君は、俺の従者のルカ」
「よろしくお願いします。エト様、ルカ様。私はシルフィーと申します!」
こうして、なし崩し感は否めないが、シルフィーの妹を助ける事となった。
-数分後、シルフィーによって、事の事情を説明する説明会が迅速に行われた。シルフィーによると、連れ去られた妹の名前は、リーフィアという名で、金色の髪にエメラルドグリーン色の瞳をしたエルフのようだ。ちなみに、彼女は腹違いの姉妹らしく、シルフィーはエルフでは無い。
そんな彼女の妹を連れ去ったのは、〝クリムゾン〟という奴隷商会の人間だという。そして、一番の問題がクリムゾンのトップが〝魔人〟だと言う事らしい。
というか、よく一人でここまで調べたものだ。素直に賞賛する。
「魔人ね···」
「はい。魔人は魔力値が平均【50,000】を超えています。私一人ではとても······」
「でもキミよりも強そうな人は、俺以外にもいると思うけど?」
「は、はい。そうかもしれません···。でも、ルカ様の······その、オーラが〝強大〟だったので···」
ん? ······んん?
「え? ······え? もしかして!?」
そう言いながら俺はルカの方に勢いよく視線を向けた。俺の視線にルカがビクついて冷や汗をタラタラと流している。
······コイツ、まさか魔力抑えてなかったの!?
「おい、ルカ······嘘だろ?」
「ぬぐっ······も、申し訳ございません!」
「ちょ、ちょっと来いコラ!」
全力で土下座をし始めたルカを連れて、俺はシルフィーから距離を取り、ルカを問い詰める事にした。
「お前、なんて事してくれてんだ!」
「申し訳ございません! 実は-」
まぁなんだ。ルカの言い分を聞いてみると、俺に変な虫がつかないよう威圧する為に、少ししか魔力を抑えなかったらしい。全く気が付かなかった。
一般人に魔力というものは、感じる事は中々出来ない。しかし、圧力や圧迫感に似たようなものとして影響を与える事はある。つまり、一般人にとって今のルカは、凄い威圧感を発したおっかないイケメン-という風に見えているのだ。
だとしても-
「はぁ···。まぁ俺の為っていうならもういいけどさ。もうちょっと気をつけてくれよ? ルカは神獣なんだ。根本的に人間にとっちゃ異質なんだから」
「すみません。以後気をつけます···」
あらら。シュンとしちゃった。多少は抑えていたらしいから、まだ誤魔化せるかな。俺はシルフィーの元に戻り、ルカからどのくらいのオーラが見えたのかを問いかける事にした。
「そうですね、表すとなると難しいんですが、感覚的には【70,000】くらいだと···。本当に凄いです···。こんなオーラ、初めて見ました。十年前に居たと言われている〝伝説の剣士〟にも匹敵するのではないでしょうか」
「う、うん。そうだね。凄いね」
シルフィーの言葉に、ホッと安堵した。【70,000】くらいなら、Sランク冒険者や聖騎士にもいる筈だ。とはいえ、〝伝説の剣士〟······きっとイルミの事だ。昔、そんな世間話をした覚えがある。
「···さてと。んじゃ、行こうか?」
「え? 行くってどこへ?」
「どこって、クリムゾンの本拠地にさ。乗り込みだよ乗り込み。ちゃっちゃと助けちまおう」
そう。さっさと助けて本来の目的に戻らないと。どんどん脱線していく気がする。
「で、でも私、クリムゾンの本拠地なんて···」
「そんなの奴隷商人にでも聞けば分かるだろ?」
「あ、なるほど。分かりました!」
ということで。俺達はこの街にある奴隷売買をしている店に行く事にした。残念だが、この街···というかこの国で奴隷売買は禁止されていない。勿論、人間の奴隷売買は禁止されているが、他種族の奴隷は目を瞑られている。
「エト様、裏街にアンゴラという奴隷商会があるようです」
早速、ルカが情報を持って来てくれた。本当に仕事が早い。頼んでもいないのに自ら動いてくれたようだ。裏街とは、ウイングローラー王国に限らず、ほとんどの国にあるいわばグレー街の事だ。
「んじゃ、そのアンゴラって店に行くとするか」
「はい! よろしくお願いしますっ」
「はいはい」
数十分間、ウイングローラー王国の街を徘徊して、ようやく裏街にあるアンゴラという奴隷商会に辿り着いた。物の見事に辺りには誰もいない。ちょっぴり大人な店やいかにも怪しそうな店も視界に捉えることが出来る。全く······破廉恥だ!
店に着き、ガラガラ-と店の扉を開けると、イカつい男が俺の目の前に立ちはだかった。デカイなー···なんて思ったが、違う。俺が小さいのだ。
って誰がチビだ!
「···いらっしゃい。購入? 売却? それとも見物?」
「あぁ。見物で頼むよ」
「···入りな」
意外にもあっさり店に入れてくれた。まぁ客商売だから当然···か。
店に入ると獣臭さが鼻についた。四方に置かれた檻の中で様々な種族の奴隷達がこちらを見つめている。中にはルカに行儀よくお辞儀をしている奴もいる。
流石は神獣だ。獣達には隠しきれない何かがあるのだろう。
「······いない···か」
シルフィーは店を見渡してそう呟いた。妹を探したのだろう。まぁここにいたのなら話は早かったが、そうも上手くはいかない。というか、先程から俺の加護の副作用で獣達の意思が聞こえてくる。まるで念話のようだ。便利な加護である。
「あんた、この店のマスターか?」
「ん? いや、違うが。オーナーにようか?」
「まぁな。ちょっと〝売りたい〟奴がいるんだけど」
俺が耳元でそう呟くと、店の男はニヤリと口角を上げた。そして、あっさりとオーナーを紹介してくれる気になってくれた。案外ちょろいものだ······。
数分後、店の奥から小太り気味の男が足早にやって来た。手のひらを擦り合わせて、俺に媚びを売る気満々のようだ。なるほど、この店は奴隷を買いに来た客よりも、売りに来た客を優遇するらしい。
「ささっ。お嬢様、こちらにどうぞ!」
「あ、悪いけど俺は男なんだ」
「なんと! そうでしたか。では旦那様、こちらに」
「あぁ。ルカ、ちょっと店の外で待っててくれ」
「はい。かしこまりました」
そう言うと、ルカはシルフィーを連れて店の外へと出て行った。その光景を見て、オーナーの男は更に上機嫌になっている。俺とルカの会話を聞いて、ありがたい解釈をしてくれたようだ。俺がどこぞの金持ちとでも思ったのだろう。
オーナーに連れられ、俺は店の奥にある厳重な鍵のかかった部屋に通された。すると、そこには先程の獣達とは比べ物にならない、上位種の奴隷達が俺に視線を集めた。
獣人にエルフ、異形種である虫人や魚人、吸血鬼までいる。よくこれだけのメンツを集めたものだ。
「へぇ。趣味がいいね」
「さっすがは旦那様。驚きもしないとは」
······あれ? もしかして、今試されてたのか? ···うん、試されていたようだ。この部屋に来て驚くようなら大した事がないと判断されていたのだろう。どうやら俺は、この男のお眼鏡にかなったようだ。
「して、旦那様。わたくしめにお売りになりたいというのは?」
「いや、クリムゾンの店を紹介して欲しいんだ。出来ればクリムゾンのトップがいる店を」
「·········旦那様。それはなんの冗談です?」
案の定、警戒されてしまったようだ。男は笑顔から一変、真剣な表情になっている。まぁ否定をしない辺り、確実に知っているらしい。誰もコイツに売るなんて言ってないんだが。ということで、少しばかり怖がってもらうことにしよう。
俺は抑えていた魔力を少し解放した。
「オーナー。俺が売りたいのは神獣だ。ここにいるゴミとは違う。誰がこの店に売ると言った? 俺はクリムゾンを紹介してもらう為にここに来たんだ。お前に神獣が買い取れると? 神獣の価値を判断出来ると?」
「-ッ!? だだだ、旦那様! も、申し訳ございません! し、失礼いたしましたっ! 神獣ともなれば話は別ですとも。えぇ、別ですとも! すぐに手配致しますので、どうぞお抑え下さい!」
「······そうか。理解してくれて助かったよ」
俺の言葉にオーナーの男はバタバタと慌ただしくどこかに連絡をし始めた。それを待つ間、俺は部屋にいる奴隷達を見学させてもらった。
一人一人見ていく中、吸血鬼の少女と目が合った瞬間、少女は驚いた表情を浮かべながら俺に歩み寄って檻に掴みかかった。
《言葉、分かりますか?》
おっと。念話か。意思疎通出来ることは、店に入った時に獣達で確認済みだ。
《あぁ。分かるよ》
俺が念話を返した瞬間、吸血鬼の少女は表情を明るくさせた。
《やっぱり! お兄さんは吸血鬼なんですよね?》
《いや、違うよ。俺は人間なんだ》
《えぇ!? で、でも会話が······驚きです。人間だなんて···》
《これは俺の持ってる加護のおかげでね。〝ティア・バートリー・エリザベート〟は知ってる?》
《も、もちろんです! お兄さんこそ、〝姫様〟をご存知なんですか?》
《まぁね。俺はティアの······友人? みたいなもんなんだ。そのおかげでこうして話す事が出来るんだ》
《うわぁ! 感動です! 姫様のお知り合いに会えるなんて!》
《それで? 何かあったんじゃないの?》
《あ、えっと···。よ、良ければ私を〝買って〟頂けませんか? 姫様のご友人の方になら私、なんでもします! ご命令なら殺しだって、夜のご奉仕だって喜んでさせていただきますっ!》
お、おぅ······。危なくね? この子···。というか、ティアってやっぱり有名人だったんだ。でもあいつ、姫だなんて一言も言ってなかったぞ? ···まぁいいけど。しかし、困ったな。ティアを慕ってる子を見捨てる事は出来ない。かといってイルミがくれたお金も無駄にはしたくない···。
んー···。いや、やっぱり見捨てられないよな。イルミなら許してくれる筈だ。
《···分かった。なら一緒に行こっか》
《わぁ! ありがとうございますっ!》
うん。この笑顔が見れただけで、満足だ。
「だ、旦那様! お待たせ致しました。紹介状を書かせて頂いたので、こちらをお持ちになって〝ロア王国にあるシュトロハイム〟という店を伺ってください!」
「シュトロハイム? 確かあそこは武器屋だった筈だけど?」
「えぇ。表向きは仰る通り武器屋です。しかし、店の地下がクリムゾンの店になっているんです」
「ふーん。そうか。感謝するよ」
「いえいえいえ! とんでもございません! こちらとしても、神獣をお売り下さればわたくしの懐も潤うというもの、こちらこそありがとうございます」
なるほど。紹介料が支払われるわけか。まぁ、残念ながらクリムゾンは無くなる予定なんだけどね。
「あと、あそこの吸血鬼。気に入ったから連れて帰るよ」
「おぉ! お買い求め頂けると? ありがとうございますっ。それではサービス価格ということで、金額五枚でいかがですか?」
え、安っ!? あれ? えっ······安いよな?
奴隷の単価や基準なんて知らないが、白金貨一枚くらいは覚悟してたんだけど···。ちなみに、今の所持金は白金貨にして五十枚分くらいだ。
「あぁ。それでいいよ」
「ありがとうございますっ! ほら、さっさと歩け! 旦那様に感謝するんだな! 恩を仇で返すようなマネはするなよ? 店の評判が下がる」
「············」
オーナーの男の言葉にペコりと頭を下げた吸血鬼の少女は、俺の傍に駆け寄ってきた。俺はそんな彼女の頭を優しく撫でて肩に手を回した。
「オーナー。世話になったね」
「いえいえ、滅相もない。またのご利用をお待ちしております!」
「ああ」
隣で吸血鬼の少女が嬉しそうに微笑みながら俺の手を握っている。うん、可愛いものだ。とはいえ、問題がある。それは彼女とのコミュニケーションの取り方だ。ずっと念話だけでというのは不便過ぎる。
《キミは念話でしか話せないの?》
《えっと、成熟した吸血鬼なら人間の言葉を話せるんですけど、私はまだ成熟の儀を行ってなくて···》
《あぁ〜。ティアもそんな事言ってたな···。それで? 成熟の儀って具体的にどうするの?》
《え、えっと······。あの······》
なんだろう。急にモジモジし出した。いや、可愛いけどね。
《·········つ···です》
《ん?》
《···吸血···です》
《なんだ、そんな事? いいよ。ほら?》
《えぇ!? い、いいんですか!?》
少女に首元を見せると、目を見開いて驚き出した。そんなに驚く事だろうか。キミのいう所の姫様は、俺から馬鹿みたいに吸血してたんだけど······。
《き、吸血って凄く魔力を消費するんですよ? 人間では、吸血に耐えられなくて死んじゃうから私達の国では同族間で吸血していて···》
ふーん。なるほど。だからティアは馬鹿みたいに吸血してたって訳ね。人間の血なんてそうそう吸えないから。あの野郎、次会ったら一発ぶん殴ってやる!
《心配ありがと。でも、大丈夫だよ。ティアにも吸われたことあるから》
《きゃあ! って事は姫様と関節キス···ジュル。それにお兄さんを通して〝吸血姉妹〟······えへへ〜》
《·········》
吸血姉妹···。なんか嫌だなそれ······。
《ほら、早く》
《あ、はい! えっと···いただきますっ。はーむっ》
-ちゅー············。
数分後-。
「ぷはぁ···。おいひぃ······」
「おっ。普通に話せてるね」
なんだかんだ言って容赦なく吸いやがったな。まぁ全く問題無いのだが。これでひとまず、この子の問題は解決だ。クリムゾンの本拠地も分かった事だし、早速ロア王国に向かうとしよう。
「ルカ、お待たせ」
「エト様、おかえりなさいませ」
「お任せしてすみません」
店を出ると、ルカとシルフィーが出迎えてくれた。そして、二人の視線は自然と吸血鬼少女へと向けられた。
「初めまして。エト様の〝愛人〟のミーアです!」
「·········はい!?」
「おぉ! エト様、それはおめでたい。吾輩、エト様の従者のルカと申します。よろしくお願いします、ミーア殿」
「······エト様···あ、愛人···だなんて。ふ、不純ですっ!」
「ま、待て待て待て! いつ俺の愛人になった!?」
「え? だって、成熟の儀をさせてくれたじゃないですか」
「いや、だから! それでなんで愛人になるんだよ!」
「なんでって言われても···。成熟の儀の相手が人間だったら愛人になるんだよって······姫様が」
やっぱりアイツの仕業だったのか! どうせ、人間が吸血に耐えられないからって適当な事を教えてやがったな···。くっそォ···マジでぶっ飛ばしてやる······。
「と、とにかく! そんな決まりないから! 引き取ったからにはちゃんと面倒は見るけど、愛人とか言うなら今後一切口を聞かないからな!」
「えぇ〜。嫌です! エト様とお話したいです! 愛人じゃなくてもいいです! 〝都合のいい女〟でいいのでそんな事言わないで下さいぃーっ!」
「うおーい! もお、お前マジで喋んじゃねえっ!」
「うむ。よい心掛けですね。何がなんでもエト様と共にありたいとは。ミーア殿は見所があります」
「······エト様···鬼畜です」
「·········勘弁してくれ」
この後、誤解やらミーアの説明やらで小一時間程かかった。······ミーア、助けるんじゃなかったよマジで。