七十八話 天照大御神神社迷宮二
古来、人々に語り継がれる神様の逸話は、どの宗教においても戦いの話は欠かせない。
興味を持ってもらうよう、面白おかしく大袈裟に表現されてあるのだろう。
日本以外の国々で語られる戦の神は、書籍であれ口伝であれほぼ同じ神の名があげられる。
しかし、日本神道の神様システムは恐ろしい。
何しろ軍神、戦神と言われる神が多い、すごく多い、半数以上が戦闘狂なのではないかと思えるほどだ。
さらに一神教ではあり得ない“人が死んだら神様になる”のである。
生きている間に軍神戦神と言われる人間が、死んで神様になるシステムの日本ではこれまでどれだけの軍神が生まれているのか。
よく日本には八百万の神様があられると言われる。この八百万というのは、はっぴゃくまんではなく、無数のという意味だ。つまりとても数え切れない。
晴明が、信長が、五十六が、そして各家庭の守り神であられるご先祖様が日本の行く末を見守っているのである。
さらに人型だけではない。木や山、いろいろな物にまで神が宿り土地神様もあられ、ネット内にも神がいる。という事は謂わば、日本全土が全て神と言っても過言ではない。
ここまでは神道の話であるが、日本は宗教戦争、小競り合いが他国よりも圧倒的に少ない地域であり、現在では各宗教間の隔たりや差別がほとんどない。
人はクリスマスを祝い、除夜の鐘の音に年が明けるなぁと思いつつ、神社へ初詣に行く。
異宗教に対して寛容すぎる日本人は、他国の宗教家から宗教倫理に反すると批判され続けている。
しかしそこが今回の八百万の神参戦に関係してくる。
なんでもありの日本はどのような神でもあり、なのである。
『子らの魂を喰らう神などおらんのじゃ。人間は高天原へ来られず、仏教徒では輪廻に還る事も出来んのじゃ』
全柱参戦宣言をなされた天之神が声を落として言われた。悲しむように慈しむように、我が子らを哀れむように。
さらに言葉を続けられる。
『人間の想いが妾らを創り上げたのじゃ。人間がおらんようになっては妾らも存在出来ないのじゃ。互いが互いを求めておるという事を忘れてはならん』
「チューリンガーの猫な」
弟が難しい言葉も知っているのだぞと得意げに言う。
「それはソーセージ。シュレディンガーだ、阿呆。この場合は少し違うがな」
もうすっかり弟に心を許している伊崎からのするどい突っ込み。
言ってることが伝わればいいの! と弟は照れ隠しをするようにお茶を飲む。
しかし伊崎は先ほど降臨された神が気になってしょうがない。何しろ姉が誘拐されたときにバチカンに降りて来られた神だからだ。
『伊崎よ。御祖様だ。日の本最高神にして創造神、別天津神第一神、造化三神が一柱、最初の神、始原の神であられる天之御中主御祖様じゃ』
伊崎のそんな心を見透かしたのか、アマテラス様が得意満面、誇らしげに天之神の名を告げる。
『うむ。知り置くがよい。じゃが、名を覚える事は許さぬ。妾を降ろせるのはそこの巫だけじゃ』
「はっ! お目にかかれ光栄であります。お声をいただけた、それだけでも畏れ多き事!」
「ねぇ、二柱揃うとじゃーじゃー五月蠅いんだけど?」
ゴツッ!
とんでもない無礼発言をした弟に姉からの裏拳が顔面に入り、椅子ごと倒れる。そこに注目が集まるが姉は何もなかったようにすましている。
「あがっ! いてーよ!」
殺す気で殴ったろ! と姉に向かって文句を言いながら起き上がるが、姉は知らぬ振りだ。
『わ、妾が御祖様の真似をしておる……のじゃ』
恥ずかしそうに少し下を向いて話すアマテラス様。全柱の祖であられる天之神。それはもう、神でさえもアイドルのように崇拝されているのである。決して怖れられているのではない。……ないのだ。
「神が神を崇めるってありなの?」
殴られた顔を押さえながら弟が言う。
『ありじゃ!』
『ありじゃ!』
二柱の声が揃う。二柱は顔を見合わせすぐに顔を逸らして少し照れたような表情をされた。
『神というのは想いが造り上げたものじゃ。想われるほどに存在が強くなる。それはたとい神が神を崇めようとも同じ事でのう。じゃから人間と神に崇められる妾の強さは神懸かっておる。神だけにな!』
「三点」
『妾にしか言えん洒落じゃぞ! もそっと甘くせい』
「じゃ、五点」
厳しいのうと笑う天之神と弟のやり取りを驚愕して見ている伊崎。いつもの会話であるが、最高神とこうも親しげに話せる弟に、ある意味尊敬の念を抱く伊崎だった。
『さて、其方の計画を聞こうか』
笑っていた天之神が表情を戻し伊崎に向かって言う。
「はっ。この姉弟には日本迷宮を踏破してもらいます。自衛隊をサポーターとして追走、数階層毎に拠点を設営、各研究機関で製作した機器と機材搬入車両を投入します。私が内部構造を把握できますので有線通信にてマップを送信し、一定周期で変化する階層については都度伝達致します。我が国総力を挙げて姉弟を支えます」
おお、なんかスゲーと感心する弟と無表情で聞いている姉、うむうむと頷く天之神とアマテラス様。それらを見て伊崎は話を続ける。
「ただ私が構造を把握出来るのは三百階層まで、です。おそらく三百階層までは現世界で造った物、それ以上は迷宮独自で造った物になるからでしょう。しかしこの先も把握を試み続けます。そして最上階のその先が異世界への入り口となるはずです」
「あれ? はず、なの? 確定じゃなくて」
「何かが広がっているのはわかる。が、迷宮外となると把握出来ないのだ」
伊崎は疑問を口にした弟に向かって説明する。
「そこで二人は異世界入り口と思われる所から外を確認後、連絡を入れろ。その後、こちらの行動を開始する」
「あの、質問いいでしょうか?」
黙って聞いていた姉が伊崎に言った。それを頷きで返す。
「有線連絡という事は五百階層全部にケーブルを引くのでしょうか?」
「そうだ。無線の開発は間に合いそうにないし検証時間が足りん。有線は迷宮素材で作った丈夫な物だ。傷もつかんし軽くて細い、中継点もいらん。国営二百階層を五往復させた長さでも問題がない事を特A級三人がかりで確認している。それを念の為、三本引く。もちろんサポーターがやるから二人の負担にはならん」
そうですかと納得した姉が、後日そのケーブルを本当に切れないか試しにと斬撃を繰り出し、さくっと切断してしまう。研究者達はもっと改良が必要だ! とあわてて予算追加申請をする事になる。
神の腕をも切断する姉の技、神剣鍛冶師と公認された細井が打った神剣を用いたのだ。当然と言えば当然。
そんな事情を知らぬ研究者達はこれから何度も切断されるケーブルに悩まされる。
ご愁傷様。
「そして二人が踏破し異世界であると確認後、こちらの行動は日本全土を迷宮化し日本ごと異世界へ侵攻する」
「はい! 伊崎兄!」
「何だ?」
「そんな事できんの?」
「出来る。魔王となった今ならば迷宮を支配下に置き、それを動かすことなぞ児戯に等しい!」
「おおお、かっけー!」
『して、異世界へ行った後、何をするつもりじゃ?』
答えはわかっているという表情で天之神が問う。
伊崎はアマテラス様と天之神を見て居住まいを正しはっきりと告げた。
「異世界神、いや悪魔共を根絶やしにします」
『ほうほう? どうやってじゃ? 自ら神と名乗る者達じゃ、そう簡単に相対できるとは思えんのう。ましてや根絶やしとは、のう』
「迷宮を把握出来る私です。異世界の迷宮をも支配下に置き、その痕跡から見つけ出します。そしてこちらにはバロウズという者がおります。奴との協力を取り付けております」
「バロウズって……」
「伊崎兄、それ敵じゃなかった!?」
『ほう……創世のモノか。アレならば出来るやもしれんのう。信用できれば、な』
「奴と私の目的は同じ。必ず達成します」
そのバロウズは今、メッセージに既読がつかないからと再び直接会う為、総理官邸迷宮執務室で紅茶を飲み、伊崎の帰りを待っていた。
……出張で戻らないかもという考えは頭になかった。
『アレと協力するのは忌々しいが、妾も全てにおいて力を貸そう。迷宮内も異世界神討伐も、じゃ』
「はっ。有り難く存じます」
天之神はうむ、と強く頷く。そろそろ長い話に飽きてきた弟はアマテラス様にお茶のおかわりを貰いながら、そう言えばと伊崎に疑問を投げかけた。
「伊崎兄は迷宮を支配出来るんでしょ? ささっと最上階まで送れないの?」
「出来るぞ」
「は? じゃ、サポーターとかいらねぇし、楽だよね?」
「異世界へ行くためには一階層から順に昇る必要があるようだ。それは各階層が迷路のようになっていて、三百階層までその迷路の順路を重ねると立体的な魔方陣のようになる。どうやらそれが鍵のようだ。さすがにその魔方陣を再現させる事はできん。という事は三百一階層から先は半分異世界であるといえる」
「はぁ、よくわかんねぇ」
「お前は俺の言う通り歩けばいいんだよ。駒だ、駒」
「うわ、ひでぇ」
『作戦開始はいつ頃じゃ』
「はっ。下層階はすでに特殊部隊が拠点設営に入っております。二人が入るのは一年後。その辺りが最適かと思われます」
『あいわかった。妾らもそのつもりでいよう』
『母上とゆるりと話をするつもりがとんだ事になってしもうたな。すまぬのう、母上』
「いいえ! よ、よろしければ、ご都合が良ければ、叶うならば、再度お目にかかりたいと思います!」
『もちろんじゃ。そうじゃ、めっせーじあぷりの交換をしようぞ。それで言葉を交わせる』
「高天原に電波届くの?」
『建御雷に中継させておる。大丈夫じゃ』
「……建御雷様かわいそう」
『なに、このような御業はお前しか出来んのうというたら喜んでおったわ』
「また騙されてる……」
そしてその会談は終わる。天之神、アマテラス様の順に見送った後、三人は神社迷宮から外へと出た。
長く話をしていたようで空が白み始め太陽が昇らんとしていた。
「あー疲れた。帰って寝よ」
「おう、俺も寝るか。お疲れ!」
お疲れ様でした、と姉も返事をし伊崎が手配した車、護衛付きで山荘迷宮まで戻る。
官邸に戻った伊崎、そこには不機嫌な顔で仁王立ちのバロウズの姿があった。
「はぁ……なんでコイツいるんだよ」
「伊崎総理、自治会会長室とホットラインを繋いでおきました。これでもう無視出来ないでしょう」
「誰だよ、そんな事を許可したの」
独り言のように呟き、どっと疲れが押し寄せる伊崎。魔王としての成長が加速されていく。
執務室ではナアマとホットライン接続確認をする滝川の姿があった。
伊崎よ、獅子身中の虫がいるようだぞ。