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四十九話 地方整備局迷宮


 姉の瞳は生気に溢れ、膝をつき祈りを捧げるように手を合わせている。

 その心は晴雲秋月のようだ。

 (晴雲秋月。汚れがなく、澄みきった美しい心)

 いつもの防具を身に纏い、細井双剣弐型を両腰に帯刀している。

 銘には拘らない細井さんだが、これまでと違う工程で作刀したタイプに区別を付ける為、弐型とした。


 一方弟はいつもの防具に、帯刀した太刀にはリトルクロウラウンドという銘がついている。

 武器スポンサーは飛躍的な進歩を続け、細井さんのアドバイスもあって日本刀製作において注目を集め始めている。



 ここは地方整備局迷宮。

 登っていくタイプの全三十五階層。一から五階層まで一般探索者は立ち入り禁止階層となっている。その為に六階層まで直通階段を上りそこからスタートとなる。


 そしてここは国土交通省の出先機関である地方整備局が運営している迷宮である。地方ごとに分局され現在直轄の整備局は東北・関東・北陸・中部・近畿・中国・四国・九州の八局ある。北海道と沖縄は別の管轄となる。

 主に研究開発が目的の迷宮であるが、条件付きで一般探索者にも解放されている。


 その条件とは、

 ・探索者資格A級以上である事

 ・年間納税額が定めた金額以上である事

 ・二十年以上日本国籍を有する者

 となっており、ハードルが高い。その事からダンコミでは精鋭迷宮と呼ばれている。


 この条件をクリアしている探索者には入宮許可証が届く。

 姉弟は毎年の納税額がもう少しの所で条件に届かなかったが、昨年度の納税額は余裕でクリアしていた。

 届けられた入宮許可証を手にエレーナに迫り、少しずつ死んだ魚のような目になっていく姉に折れて、三日間の休息日をドロップしたのであった。


 時刻は午前零時。

 休息日を余すことなく堪能する為にきっちり三日間、七十二時間入宮するべく入宮待ちをしている姉弟であった。


 祈りを捧げ終わった姉が立つ。


「ふふふ、うふふふふ……えへへへへ」


「やばい、姉ちゃんが壊れかけてる。はやくー! 入宮許可早くしてー!」


 姉の足がゆっくりと上がりその場で足踏みを始めた。

 タン、タン、タン……タンタンタン……。

 徐々に速くなって行く。

 タンタンタタタタ……ドンドンドンドドド。


 もはやダッシュ足踏みで足跡が沈下して行っている。

 弟は慌ててスペルを詠み入宮に備えた。


 そして入宮許可が下り……た、と思ったら姉の姿はその場にはなく階段を駆け上っていた。

 着いていく弟に魔物は回ってこない。全て姉が斬り捨てていく。

 そして久しぶりのドロップ品が落ちる。


「あ……あ、ああああああっ!!」


 姉からも涙がドロップした。

 ロシアへ行き、誘拐され、無人島に籠もり……実に九ヶ月ぶりのドロップ品である。 品はサンスケ(三角スケール)(定規)で千円未満の低額品ではあったが、しゃがんで両手で拝むように挟み込み、ありがとうありがとうとサンスケに感謝を伝えている。


「この子は売らない。大切に育てます」


 そう言って胸の谷間に挟みしまい込んだ。


「育てるって……伸びたら(こえ)えよ」


「名前は三助。可愛い」


「そのまんまじゃねぇか。定規に可愛いも何もねぇよ」


 胸の谷間から顔だけ出した三助を愛おしそうに撫でる。

 ひどいパパでちゅねーと言いながら……。


「何かやばい……ね、姉ちゃん! ほら進もうぜ。高額ドロップ品が待ってるよ!」


 高額ドロップ品の言葉に姉が立ち上がる。そして頷いて即座に走り出し魔物を斬り捨てていった。



 十五階層ボス部屋。

 対峙するボスはバンシーV。赤い目、黒く長いストレート髪、灰色のローブを着た女性妖精型魔物だ。

 その叫び声を聞いた者は三分以内にこの世から去り、バンシーの仲間入りをするという死の宣告が主な攻撃である。その仲間入りをした者が悲愴感を漂わせた顔で二十体ほど並び立っていた。

 立ち並ぶバンシー、その後ろにバンシーV。バンシー達が一斉に動き出し姉弟を円形に囲み、口を開け叫び声を上げた。


≪ギャアアアアアアアアアー!!≫


 二十体の叫び声がこだまし姉弟の耳に入る。三分以内に倒さねば姉もバンシーとなってしまう。男である弟はパンジーとなってボス部屋の賑やかしとなる。見ると床一面にパンジーの花が咲き乱れていた。はらたまきよたま。


「姉ちゃん、はいコレ」


 弟が迷宮鞄から秋野さんに実証実験の委託をされた機器を取り出し姉に渡す。

 それは姉の声に含まれる謎の音を増幅するんじゃないかな、と思われるメガホン。

 三つのボタンがあり、それぞれに手書きで“ふつう”“悲しい”“楽しい”と書かれてある。



 “ふつう”ボタンを押し姉が声を発する。


「無駄な抵抗はやめなさい。私達は完全に包囲されている」


 発する声は何でもいいのだ。

 メガホンから発せられた音にバンシー達の動きが止まった。弟も太刀を構えたまま固まっている。


「ね、姉ちゃん。この機械、強力じゃね? 動けねぇ」



 なるほどと頷き、次に姉が“悲しい”ボタンを押し声を発した。


「借金返済が終わってほっとしてたら、より大きな借金が待っていたのです」


「悲しかった……あれは悲しかった」


 弟の目から涙が溢れる。メガホンによって、より感情が揺さぶられるのだ。

 元探索者であるバンシー達にも借金の辛さはわかるのだろう、声を上げて泣き崩れ始めた。



 次に“楽しい”ボタンを押す。


「国営迷宮ドロップ品買い取りで三十億円を超えたことがあります」


 突然、バンシー達が怒り顔で襲って来た。ここまでの憎悪を向けられたのは初めてだ。

 髪を振り乱し、歯を剥き、眼からは赤い液体を流しながら円陣を狭めてくる。

 姉弟は慌てることなく背を合わせ斬り捨てていった。


「さっきのは自慢じゃね? 楽しかったのは俺らだけだし」


「……そうですか」


 残りはバンシーVのみ。体術も魔法も持たない、声だけが武器の魔物は姉弟にとって敵ではない。すぐに討伐を終えると死の宣告が解除され、バンシーVの消えた後にはドロップ品が残されていた。


「お? 時計?」


「目覚まし時計……」


 バンシーの目覚まし時計取説付き。

 時間が狂う事はなく動力(電池など)はいらない。設定した時間にバンシーの叫び声で起こしてくれる。しかし、叫び声を上げている間に止めないと死ぬ。迷宮内でしか使用出来ない。


「こわっ。使える……のか?」


「博士に差し上げましょう」


「あー、研究に良いかもな」



 次に行った時、実験施設にパンジーが咲いてないといいな、と思いながらボス部屋を抜け階層を登った。

 このドロップ品は配達業者に依頼するつもりだ。自分達で届けることは叶わないだろう。

 エレーナから逃げ切れるとは思えない。持てる手段を全て使って追跡されてはたまらない。唯一、隠れる事の出来そうな無人島に入っても、島の周りを海上保安庁と海上自衛隊の艦艇に囲まれるような気がする。


 配達業者は全員が探索者資格を持つ。各家庭や会社に配達するのはこれまで通りであるが、時に迷宮内の探索者へも配達をする。彼らは人捜しのプロでもあるのだ。

 各迷宮にコネを作り、誰がいつ入宮したかの情報を常に収集している。当然ながら探索者個人情報を扱う資格、プライバシーマーク(探)を配達業者が取得しており、その情報が社外に出ることはない。

 ただ、博士への配達は国営迷宮管理室留めにする。配達業者が百三十一階層まで行くよりも、管理者からパッド操作により実験施設に転送して貰う方が断然早いからだ。この権利は総理から報酬として貰った階層転送許可に付随していた。



 姉弟はさらに上を目指す。ドロップ品がある度に姉の顔がパンジーになっていく。

 姉の喜びように右半身の魔物達の動きも活発になり、いつもより右腕で斬る速度が速い。

 左腕とのバランスが取れなくなり、マナ心臓が動きを合わせる為により濃いマナを速く強く押し出す。それにより弟にさえ見切れない動きで魔物を斬り捨てていった。



 二十五階層ボス部屋ではマッチョゾンビがダブルバイセップス(筋肉ポージング)をして待ち受けていた。

 ゾンビなのに筋肉質だ。魔物なのにすごくいい笑顔だ。全身こんがり焦げ茶のいい色にテカっている。

 筋トレには一家言ある弟が装備を脱ぎだしパンツ一枚になる。


「ふんっ!」


 気合いの言葉と共にサイドチェストで対抗した。腕の太さと背中、足の美しさを見せるポーズだ。

 しかし、マッチョゾンビと比べると筋肉量が少なく、筋肉プロからすると見劣りしてしまう。

 その様子にニヤリと笑ったマッチョゾンビはポーズを変えた。


 ラットスプレッドからアブドミナルアンドサイへ変化、腰を落としてからのサイドトライセプス。立ち上がってモストマスキュラーの前傾姿勢から流れるように、通常規定ではあり得ない逆立ちのバックダブルバイセップスだ! すごい! キレてる! ヒュー!


 美しいルーティーンに思わず拍手をしている弟。その瞳は感動で潤んでいる。


 そんな者達を余所に姉はトコトコとマッチョゾンビに近づき、双剣を一閃して斬り捨てた。


「ね……姉ちゃん。なんて事を……美しかった。あまりの衝撃に録画するのを忘れてたのに」


 姉はがっくりと肩を落とす弟にドロップ品をそっと手渡した。


 マッチョゾンビの三角パンツ。

 赤い三角形の極小パンツ。筋肉を美しく見せる効果がある。股間にフィットし金的カップの役割も果たす。


 弟は三角パンツを手に涙をそっと拭った。



 装備をつけ直した弟は姉と共に走り出す。もちろんマッチョゾンビの三角パンツも穿いている。ぴったりとフィットした三角パンツに心強さを感じていた。

 スポンサー契約にあるように、自分で使う装備には会社ロゴを入れて貰わなければならないので、いったん会社へ預けることになるであろう。

 ちゃんと洗って預けるのだ、弟よ。



 三十五階層ボス部屋。

 最上階ボスは公営迷宮の決まり事なのであろうか、黒竜だ。

 黒竜イプシロンだ。


 下層階のボスの方が面白かったなぁ、と思いつつ弟は黒竜イプシロンを斬る。

 吉田脱サラ迷宮四階層(日本迷宮十階層)で鍛えさらに五階層を増層、日本迷宮三十階層を模して作った場所で技を研ぎ澄まし、無人島で鍛錬してきた姉弟には敵ではない。

 弟一人で黒竜を撃破した。


 ドロップ品は黒竜イプシロンの角。

 防具や武器の素材となり得る物だ。細井さんに預けようと迷宮鞄にしまった。


 それから姉弟は階層を行ったり来たりしてドロップ品収集に努めた。

 マッチョゾンビの三角パンツは七色揃えることが出来た。

 赤橙黄緑青藍紫せきとうおうりょくせいらんしだ。屈折しそうだ。

 一週間履き続けていられるぜ! という弟の後頭部に姉の平手が舞っていた。



 七十二時間後。ドロップ品を買い取りに回し、借金返済に充てた。

 姉の鬱憤も少し晴れて死んだ魚の目ではなくなった。

 ただ、三十五階層というのはまだ物足りない。次は誰もやったことの無い国営迷宮裏ルート制覇をするしかないと思い、地方整備局迷宮出口で仁王立ちしていたエレーナに願い出る。



「延長、お願いします」



大変混雑して(予定が詰まって)おりますのでお断りしております」


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