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四十五話 キャバクラ迷宮


 弟は体の奥から湧き上がる衝動(リビドー)を抑えきれない。高揚感と躍動感に溢れている。つまりテンションペタマックスアイキャンフライ状態だ。

 装備は暗めの紫色のスーツに黒シャツと赤いネクタイ、黒ソックス、そして白いエナメルシューズ、サングラスをかけ、右手には茶色のセカンドバックと、どこぞのチンピラのようである。


 同行するダン調(ダンジョン調律者、探サポ所属)は、黒いパーカーにジーンズ、素足にデッキシューズと普段着のまま気楽に煙草をふかしている。


 今回は更にもう一人、探サポ社長が来ている。白い自社ロゴ入りTシャツの上に紺色のジャケットを羽織り、黒いテーパードパンツ、素足に黒いキャンパスシューズを履いている。靴紐は黄色だ。


 ダン調と社長がラフな格好なので弟が際立って怪しく見える。



 ここはキャバクラ迷宮。

 迷宮法と風営法改正により風俗営業が迷宮内で可能となった。当然のことながら迷宮外店舗のように各都道府県公安委員会の許可が必要となる。

 青少年の入店不可は同じであるが迷宮外店舗と異なる部分が多い。


 ・二十四時間営業の許可

 ・接客をする者は人間不可(魔物のみ)

 ・接客魔物はC級程度の物まで

 ・射幸心を煽るようなシステムや高額ドロップ品不許可

 ・罠の設置不可

 ・迷宮内での武器とスペル使用不可

  となっている。


 接客する者は魔物であるので年齢制限はない。見た目的に危なそうな年齢でも人間ではない為に大丈夫なのだ。これには一部のマニアが歓喜し内閣支持率が跳ね上がった。

 伊崎内閣は当分安泰だ。



 そんなキャバクラ迷宮にダン調から姉弟へお誘いがあったのが、島から戻って二日後の事であった。

 姉弟が現状では日本迷宮に入宮出来なく落ち込んでいると知ったダン調が半ば強引に連れ出したのだ。姉は迷宮の詳細を聞き断った。女性用魔物もいるのだぞと言うダン調の言葉にも頷きはしなかった。

 社長はダン調に引っ張られていく弟と自分を睨む姉の目が怖かった。


 一方弟は初めてのキャバクラにワクワクドキドキが止まらない。その服装、気合い入れすぎだとダン調に言われたが全く気にしていない。コレが俺のキャバクラ正装だ! と言い放った。



「ようこそいらっしゃいませ。三名様ですね。ご指名またはデータをお持ちですか?」


 受付の男性がにこやかに対応する。ダン調は事細かく自分の好みを告げる。弟はわからないのでお任せと言い、社長は黙って俯くだけだった。


 キャバクラ迷宮では管理者が用意した魔物が待機しているが、その他に自分好みの魔物姿を作成しデータとして持ってくることで、それを反映させた魔物をポップしてくれる。

 容姿はもちろんのこと、性格や話す言葉、語尾、種族なども指定出来るのだ。

 ただし版権を持つキャラクターや実在する人物は不可となっている。だが、少しだけ肌の色を変えたり、耳の形を変えたりなど逃げ道は、ある。



 まだかなーと待つ弟がダン調の好みが細かすぎる為に時間を持て余している。


「違う、そうじゃない。顎はもっとこう柔らかめで……そうそう。口元は……いや待てそれじゃない。くそ、ちょっと貸せ!」


 ダン調が受付男性から管理者パッドを取り上げ、自分で操作出来るようにしろと凄む。

 たまにいるんですよねーと受付男性が呆れながら、ダン調にクリエイト権限を付加し任せた。

 ダン調は水を得た魚のように管理者パッドを操作する。その手の動きは眼で追えないほど速い。あなた何者? という受付男性の言葉は無視だ。

 一分ほどで満足したように管理者パッドを返し席へと案内された。



 迷宮内は大ホールとなっており、コの字型の赤いソファーとテーブルが並ぶ。少しだけ暗いかなと思う照明具合で、周りを見渡すとかなりの探索者()が入っているようだ。男性客と女性客の割合は六対四くらいか。思ったより女性客が多い。


 ダン調を真ん中に三人並んで座る。


「おいおい、ちょっと間を開けて座れよ。この間に女の子(まもの)が座るんだよ!」


 わかってねぇな、と言いながら社長と弟を離す。


 しばらく待つと三体の魔物が弟達の席へやって来た。

 社長の相手は妖艶な三十台前半くらいの人間女性を模した魔物で、社長と同じ銀髪の腰まであるストレート。真っ赤なロングドレスにスリットが腰の辺りまで入っており、背中と胸が大きく開いている。巨乳だ。外人男性に受けそうな容姿である。


 ダン調にはウサギ耳で顔は美しい人間女性だが体はウサギそのもの。バニースーツを着た二足歩行の獣系魔物である。


「ダン調ってケモナーだったのかよ!」


「そうだっ! 悪いか!」


 そんなやり取りをしながら弟は自分に付いた相手を見ると、肌は青くボンデージ服のような服装で黒髪ストレート。背中から翼が見えるサキュバスタイプの魔物だ。

 その顔を見て弟が固まる。


「チェ、チェンジ! この子チェンジして!」


 弟が焦った様子で黒服(店のウエイター)に叫ぶ。


「なんだよ、可愛いじゃんか。なんでチェンジだよ」


「ダン調よく見てよ……この顔、姉ちゃんだぜ」


 そう、今や人気絶頂の姉弟はこのキャバクラ迷宮においても人気ナンバーワンなのだ。

 よく見渡すと姉と弟の顔立ちをした魔物がそこら中にいた。受付男性はよかれと思って姉の顔を模した魔物を付けてくれたのだ。


 不満そうに姉魔物は引き返していき、次の魔物がやってきた。

 編み込みがしてある黒髪で肩まであるストレート。顔立ちは可愛い。オレンジのワンピースにはイチゴ柄が散りばめてある。足元は何故か裸足だ。

 初めましてぇ、よろしくお願いしますと少し舌足らずに言葉を発する。

 しかし背は弟の半分くらいしかない。


 そう、幼女だ。


「……」


「にーに、かっこいいネ!」


 そう言いながら幼女魔物が弟の膝の上に座る。対面座位だ。

 これじゃないこれじゃないと言いながらダン調を見る。


「なんだよ、また不満かよ。いいじゃんか、楽しめよ。幼女オッケー、人間じゃないから大丈夫! 俺は忙しいの!」


「なんだよ、俺の息抜きに連れ出したんじゃねぇのかよー」


「楽しんだモン勝ちだ!」



 弟は周りを見て姉と自分の顔をした魔物達に気が休まらない。視点を下げ幼女魔物を見るとじっと顔を見つめられていた。


「にーに、何飲む?」


「……コーラ」


「はーい。黒服さーん! コーラ割りー」


(ちげ)えっ! ただのコーラ!」


「えー? 飲めないのぉ?」


「いや飲めるけど」


「じゃ、いいよネ! あたしも頼んでいい?」


「ああ、いいよ。何? 牛乳?」


「いやーん、セクハラー! 黒服さーん! 焼酎お湯割り八対二にしてね!」


「焼酎かよ! ちゃんとそのキャラ通せよ! しかも濃いぃよ! ここは単価高いの頼んで売り上げ貢献じゃねぇのかよ! 本気(マジ)飲みかよ!」


「にーに、うるさい」


 ほおをふくらませ、ぷんぷんと怒ったように腕を組んで睨む。……あざとい。

 はぁ、疲れる……と思いながら社長を見た。



「ねーえ? 緊張しているのかしら? 大丈夫よ。何か飲むわね?」


「ええ、ウォッカかワインをお願いします」


「まぁ、ロシアの人かしら? 美形だわぁ。食べ物もいるわね? すみませーん、ウォッカと水割りとフルーツ盛り持って来て」


 さりげなく自分の飲み物も頼み、さらにフルーツ盛りも頼む妖艶魔物。出来る魔物だ。


「三人はどんな関係? 会社の同僚かしら?」


「はい、そうですね」


「こいつが社長だぁ!」


 横からダン調が社長に親指で差して言った。途端、妖艶魔物の目が光る。ロックオン完了だ。


「あら、あらあら! 社長さんなのね? お仕事はどんな事を?」


「探索者のサポートをしています」


「探索者サポート……ロシア……まぁ!? もしかして、もしかしてぇ! あのご姉弟の?」


「ハハハ! それは内緒です」


「まぁ! そうなのね? わかったわ。野暮なことは聞かないから今日は楽しんでね?」


 そう悪くはない雰囲気に弟は代わって欲しいなぁと思い、コーラ割りを飲みつつダン調の様子を窺う。



「さすがぴょん!」


「はっはっは! もっと飲め。もっと頼んで良いぞ。このシャンパンはな? フランスのシャンパーニュで作られたものしかシャンパンとは言わねぇんだぞ」


「知らなかったぴょん!」


「はっはっは! 今は日本と貿易してねぇからすんげー高いんだわ、コレ」


「すごいぴょん!」


「任せろ、任せろ! 今日はスポンサーがいるからな!」


「センスいいぴょん!」


「ああ? この服か? 普段着だが、新素材なんだぞ。丈夫で防水だ」


「そうぴょん?」


「そうなんだよ、うちの親会社で開発した物だ」


 ダン調は超機嫌だ。キャバ嬢の、オヤジを落とす“さしすせそ”にすっかりやられている。本人が楽しければ良いか、と弟は幼女魔物を見る。

 いつの間にかテーブルには黒霧島の一升瓶がドンと置かれていた。スルメの炙りや貝柱等のつまみも並んでいる。

 それを満足そうにオヤジ飲みしている幼女魔物にゲンコツを落とす。


「いったぁーい! にーに、何するのぉ?」


「お前、宅飲みじゃねぇぞ! もっとこうあるだろ? 一応キャバ嬢だよな?」


「さっきそこのおじさんが言ってたでしょぉ? 楽しんだモン勝ちだって!」


「それは俺らの事! お前らは接客! どうなってんのこの子」


「にーに、森伊蔵頼むね? 一緒に飲む?」


「なんでだよ! 急に営業力発揮すんなよ! しかもお前が飲みたいだけじゃねぇのかよ!」


「にーに、うるさい」


 ぷんぷんと怒ったポーズをしながらも森伊蔵を注文している。先程まで飲んでいた黒霧島の十倍以上のお値段がする焼酎だ。

 酒造会社直営の抽選で当たれば定価で購入出来るが、滅多に当たる物では無い。市場に出回る品にはプレミアム価格がついているのだ。ましてやこのような場で飲むともなれば、更に倍、いや三倍以上の価格になる。



「王様ゲーム!」


 幼女魔物が叫ぶ。妖艶魔物とウサギ魔物が拍手をして、やるわよー! と盛り上げている。


「おう、俺が王様になったら俺のニンジン食べさせちゃうぞー」


 ダン調がすっかりエロオヤジになってウサギ魔物に迫っているが無視してゲームを始める。

 社長と弟は空気を読んで黒服が用意したクジをそれぞれ引いた。


「王様、だーれー?」


 幼女魔物が見回す。……しかし誰も手を挙げない。


「はーい、あたしぃー!」


 王様は幼女魔物だった。ふっふーん、と言いながら何を命令しようか考え込んでいる。


「はぁ、よりによってこいつかよ」


「じゃーあ? にーにが王様とポッキーゲーム!」


(ちげ)えだろ! 番号で指定しろよ! 何番かなー、俺にくんなよ? でも来ても良いけど? ってそのドキドキをまず楽しむんだろ!」


「にーに、うるさい」


 幼女魔物は、王様なんだからいいの! と言いつつゲームの準備をする。


「はい、端っこ咥えて! お互いに端から食べていくの、そして真ん中で……きゃっ! どきどき!」


「おい、これスルメじゃねぇか! いつまでも食い終わらねぇよ! 時間かけて延長させる気かよ!」


「にーに、うるさい」


 幼女魔物の延長作戦に社長は苦笑いで、ダン調は大笑いだ。あざと黒い幼女だ。


 そして黒服が寄ってきて、お時間ですがどうされますか? と聞いてきた。

 幼女魔物は当然延長よね? と上目遣いで弟を見る。



 弟は幼女魔物を指さしながら言う。




「こいつチェンジしてくれたら延長する」



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