四十三話 外周迷宮
ここは無人島の外周迷宮。
姉と天之神が連れ立って入宮してきた。
弟の鍛錬はちょうど休憩を入れている所であった。三体の魔物「天」「玉」「嶽」が甲斐甲斐しく世話を焼き、何処から持って来たのか茶と菓子を用意し、肩を揉んでいる姿があった。その弟に天之神がお声をかける。
『鍛錬は進んでおるか、クソガキ』
御姿に気付いた弟は立ち上がり近くに寄って腰を曲げ礼をする。
「こんちわーっす。今日はミニスカートかよ、アメ婆ちゃん!」
そう言いつつ頭を上げると同時に天之神のミニスカートを捲る。
そこに天之神の御尊顔をデフォルメした図柄のある真っ白なパンツがあった。
「自分大好きかよ。眼福眼福っと」
二度柏手を打ち満足そうにしている弟に、天之神は固まって何が起きたかわからない状態であった。
姉は直ぐさま弟の頭にゲンコツを入れる。
「罰当たり! 赦しを請いなさい!」
ゲンコツの音に我に返った天之神は、口元をヒクつかせながら弟に神速の前蹴りを入れた。弟の体が五メートルほど吹っ飛んでいく。
三体の魔物は、神様のパンツ見えたー! とはしゃいでいる。
『ク、クソガキがぁ! 神の羽衣を捲るなど宇宙創造以来お前が初めてじゃ!』
「いてて……アメ婆ちゃんの蹴り、久しぶりだな。ま、ケチケチすんなよ」
お子様パンツじゃん、起き上がりながらそう言う弟に天之神は更に怒りを増していく。
『高天原に居る数多の妾の子らよ……』
その言葉に姉が反応する。
「その御言葉は! その先を言ってはなりません!」
「ククク……アメ婆ちゃん。鍛錬を後で見返そうとずっと録画してんだよね」
最近録画マニアになってきた弟が額に付けた小型カメラをトントンと叩きながら言った。
『な、な、なんじゃと! 寄越せ! それを寄越すのじゃ!』
天之神は八百万の神を降ろす言葉を止め、瞬速で弟に駆け寄りカメラを奪おうと手を伸ばすがヒラリと躱される。前しか見えておらず焦っている天之神にいつもの機敏さは見えない。
「渡しても良いけどよ。録画と同時に俺の個人サーバへアップされてんだぜ?」
『消せ! 今すぐ消すのじゃ!』
「ひとつ条件を聞いてくれよ」
『……お前、神を脅すなど畏れ多いぞ。世界中の電子計算機を破壊しても良いのだぞ』
「パンツ録られたくらいでネットワーク社会をぶっ壊すなよ……」
『ま、聞くだけ聞いてやろう』
「俺を鍛錬してくれ」
その言葉に姉の目が輝く。
ここで行おうとした三体の魔物の鍛錬は対魔物への効果が飛躍的に出る鍛錬となるだろう。しかしそれだけでは駄目な気がしている。対人、対罠、いろいろな障害に対処出来るようにならなければならない。
これまで天之神の鍛錬を受けたことはなく、その実力を測ることすら出来なかった。しかし特A級探索者となって帰郷した今は、その御力がほんの少しだけ見えた。その見えた部分だけでも姉弟が千人、束になっても敵わないと思わせる。
だからこそ鍛錬のしがいがあるのだ。
『……ふむ、なるほど。弱っちいからのう。二人まとめて相手してくれようぞ』
天之神の了承に姉弟はガッツポーズをとり喜びを表した。
この出来事に三体の魔物は天之神に申し出る。
『天之御中主様。私共に補佐役を申しつけ下さい』
『アメちゃんかわいいー』
『僕らの仕事奪うなよ! 謝罪と賠償を要求する!』
『貴様らは姉弟の補助をせよ。衣食住を整え、健康管理をしてやるがよい』
『畏まりました』
『えー? めんどくさーい』
『僕を持て成して欲しいくらいだよ!』
三体の内、二体は文句言いながらも姉弟の家の掃除などをしに向かった。
『かかってくるがよい』
天之神の言葉に弟がスペルを詠み始める。
『高天原に神留り坐す』
『神漏岐神漏美の命以ちて』
『志那都比古神、建御雷神、闇御津羽神』
『祓へ給ひ清め給ふと畏み畏みも白す』
志那都比古神の姿が現れ二人に風の警戒と疾く駆ける力を、
建御雷神の姿が現れ力と武器に纏う雷を、
闇御津羽神の姿が現れ水の癒やしと守る力を与えてくれる。
三柱の神は天之御中主神を見て、頭を下げ還って行く。
『妾が子らの力を借りることが出来るようになったか。じゃがまだその力を引き出してはおらん。もう一度じゃ。言葉だけでは駄目じゃ、心から願い奉れ』
弟に向かってそう言うと右手を振り、三柱の御力を打ち消す。
再びスペルを詠み三柱の力を借りる。三柱の姿が顕現された時に天之神が待ったをかけた。
『駄目じゃな。妾が子らよ、ちとそのクソガキと遊んでやれ。その力を見せつけよ。力を知らずに借りようなど言語道断じゃ』
三柱の神は頷き了承の意を表すと弟と共に姿を消した。
「え!? 何処へ……?」
姉が驚き弟を探すがその姿も気配もない。
『ここじゃとこの星そのものが壊れてしまうからのう。影響のない所へ行ったのじゃろう』
人には理解できない場所へ行ったのだと無理矢理納得し、神のする事だから死ぬことはないだろうと自分に言い聞かせた。だが、時に神は間違って多くの人を亡き者にしてきたのだぞ、姉よ。神にもミスはあるのだ。
『妾も鍛錬してやるかのう。世界を閉じてやるから安心せい。全力で来い。ああ、人として、な。その半身はまだ出すでない』
そして音が消えた。これまであった風に揺らぐ木や草、何処かで鳴く鳥や動物、虫の音が一切無くなった。
ピンと空気が張り詰めたように感じる。心なしか気温が下がった気がした。
体が重い。拳を握り込む動作だけでも汗をかきそうだ。
『さぁ、来るが良い。武器を使っても良いぞ』
姉は双剣を構えると同時に瞬速で間合いを詰め斬撃を放つ。躱される。放つ。躱される。
それが延々と繰り返される。時折、蹴りやフェイントも入れるがかすりもしない。
天之神は優雅に舞うように躱し続け、その舞の中ですうっと延ばした手の平を姉の額に合わせる。同時に姉は吹き飛ぶように弾き飛ばされた。
すぐに立ち上がり、ジグザグに走りながら天之神に近づく。再び斬撃を放つが先の繰り返しとなる。
幾度も繰り返され弾き飛ばされた時、天之神が呆れたように言う。
『巫の舞を忘れたか。母親に教わったことを思い出せ。巫とは神薙。神を薙ぐ力を持つのだ』
その言葉に姉は息吹を繰り返しふっと力を抜いた。
姉が舞い始める。
舞は緩やかな動きから激しく躍動する型へ、両手に持つ双剣が祈りを捧げるように天へと翳される。弧を描くような歩行法は単純ながらその動きを捕らえられない。
双剣が天之神を薙ぐ。
その動きは舞のひとつだ。躱されるがそのまま舞いながら薙ぎ続ける。
体が、足が、腕がそうあるべき動きを奉じる。これは神楽だ。神に舞を捧げながらも神を薙ぐ。
双剣が天之神を捉えた。それを手の甲で受け止めた天之神が満足そうに頷く。
『そうじゃ。今の舞は妾に届いたぞ。それを昇華させるがよい』
今日はここまで、と世界を開いた。
姉が戻ると弟は三体の魔物に向かって興奮した様子で話し続けていた。姉に気付くと近づいてきて早口でまくし立てる。
「姉ちゃん、すげーよ! もうすげーの! いや、マジすげぇ!」
すげーしか言わない弟に姉は落ち着いてと頭をポンと軽く叩く。
「あの三柱の神様さ、ものすげー力だった! 俺は全っ然、力を借りていなかったわ。理解してなかったわ! なんかじっとしていられねぇ! アメ婆ちゃんありがとな!」
『精進せよ。だが、力を降ろしすぎると人の身に余る事も理解するのじゃ』
「わかった! しかしあの神様が言ってたけどアメ婆ちゃんはもっとすげーの?」
ちょっとあれ以上って信じられねぇ、と弟が疑うように天之神を見る。
『ほほう? 挑発か? 明日からの鍛錬は覚悟せよ』
ニヤリと笑う天之神に顔を引きつらせよろしくお願いします、と謙虚になる弟だった。
それから風呂、食事と三体の魔物が全て用意してくれ姉弟は久しぶりに実家の床につく。
断っても寄ってくる三体の添い寝と子守歌になかなか寝付けない姉を横目に、弟はニヤニヤと不気味な笑いをしながら深い眠りに入っていた。
翌日から天之神の鍛錬が始まった。毎日身も心もボロボロになるまで鍛えられ、時に死の淵を見させられた。そこでは島にいた爺ちゃん婆ちゃん達が揃って手を振っていた。
半年が過ぎ単独で三体の魔物に挑戦した所、姉はレベル千五百を超え、弟はちょうど千を記録した。二人で挑んだ時には三千を超えることが出来た。
目標を大きく上回ることが出来、姉弟は島を後にする。
姉弟が帰郷していた半年間は日本にとって忙しい日々となった。
アメリカ大統領が十六年振りに来日し伊崎総理と二人きりで会談。内容は明かされていない。二日滞在しその足で伊崎総理も連れ立ってロシアへ訪問した。
アメリカ大統領と総理大臣が一緒にロシアへ訪問するのは事件だ。
ロシアでは、ロシア大統領とアメリカ大統領と伊崎総理の三人のみで会談が行われた。この会談の内容も明らかにされていない。
さらに日本へはローマ教皇も来日し日本における教会の意思統一を図ったと思われる。
またスイス連邦大統領や各国の外務大臣クラス官僚が多く来日した。
ロシアはEUと休戦協定を結び、占領したエストニア、ラトビア、リトアニアから完全撤退し各国へ返還した。
またイギリスはイギリス連邦共和国を名乗り、元々イギリス連邦として共同体であった五十数カ国をまとめあげ反日体制を強固な物とした。半年間で出来る事ではなく秘密裏に相当な準備期間があったと思われる。
姉弟周辺の状況は、自宅に神・仏・カトリック問わず世界中から多くの教徒やファンが聖地巡礼に訪れ、自宅前の道路には貢ぎ物が多く捧げられた。その貢ぎ物は所轄警察署によって三日ごとに整理され、完成した探サポ(探索者サポート専門会社、姉弟が所属する)自社ビル内倉庫に堆く積まれている。
この聖地巡礼だけでも経済効果は数十億円にのぼり、聖地周辺の宿泊施設や道路整備等の計画が早急に立案されている。
探サポでは姉弟をキャラクター化し商標登録を行った。商店街ではそのキャラクターを使い姉弟饅頭や姉弟煎餅、姉弟電子レンジなど何にでも「姉弟」をつけた商品が並び一大ブームとなっている。
ダンジョンコミュニティサイトでは姉弟専用ページが作られ、これまでの軌跡や奇跡が掲載されている。テレビ・ラジオ局、各出版社もこのブームを逃してなるものかと連日特集を組み、映像が残っていた競技迷宮・初詣迷宮・花見迷宮・闇迷宮・鈴鹿迷宮の様子が繰り返し放送され加速度的にブームを煽っている。
尚、島で鍛錬中の肉親から数多くの映像・音声が提供された事も特筆する。
帰宅途中の船上にいる肉親が呟く。
「姉ちゃんの映像提供で儲かっちゃったなぁー」




