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三十九話 事後処理迷宮


 姉は真っ白なドレープワンピースの上から黒いローブを羽織り、特殊作戦群に護衛されながらヘリポートに降り立ったスイス軍ティルトローター機に乗り込む。

 一方弟はフェリーネ枢機卿が用意してくれた白い長袖コットンシャツにベージュのチノパン、白いデッキシューズを装備し、いつの間にか仲良くなった枢機卿からお土産を手渡されている所だ。

 ここからスイス空軍基地まで直行し、自衛隊輸送機に乗り換えて日本へ帰国する予定である。

 今回の件で伊崎総理はヨーロッパ諸国で唯一日本と国交があり、EU未加盟国であるスイスに協力を要請した。見返りにそれなりの物を要求されたが、姉弟を失う事に比べれば損失では無く必要経費だ。西側に協力国が無い現状ではむしろ喜んで貢ぎ物をする気持ちで約束を取り付けたのであった。



“あなた様が帰国されたら世界中から巡礼の為に教徒が集まるでしょう。それを良しとするならばあなた様が聖者である事を神がお認めくださるでしょう。お望みで無いのなら少しお隠れになった方がよろしいかと思います。お声をかけて下されば私が場所を用意致しますのでいつでも遠慮無くご連絡下さい”


 フェリーネ枢機卿から姉に渡された教皇からの手紙にそう書かれてあり、個人用電話番号とメールアドレスが記載されていた。

 教皇直通の連絡先など伊崎総理、ロシア大統領でさえ知らない。本来ならば神降ろしをした姉をバチカンで保護しそばに置いておきたいのだが、教皇は姉を(あら)(ひと)(がみ)であるかのように崇め、その意思を人が制する物では無いと今後の動向は見守る事にしたのだった。



「姉ちゃん。じゃじゃーん、いい物もらったぜ! 多分姉ちゃんにだろうな、コレ」


 弟が数々のお土産の入ったバッグから取り出したある物を姉に渡す。

 それは教皇服を急遽女性用に仕立てた祭服だった。

 かの宗派では未だに女性が祭服を着ることは許されることではない。ましてや入信しているわけでも学んでいるわけでもない者に教皇服と同等、もしくはそれ以上の祭服を渡すなどあり得ないのだ。

 祭服を渡したという事はバチカンの意思、願いを表していると思われる。


 姉はそんな願いを知る由もなく、純粋に制服コレクションが増えたことに大喜びだ。

 帰ったら早速着てみようと思う姉と、それを撮影しようと企む弟の姿が機内にあった。



 スイス空軍基地に着くと兵士達が整列し、自衛隊輸送機まで姉弟の通り道を作っていた。その道を通ると兵士達が敬礼をして行く。もちろんスイスでも神降ろしがライブ放送されており、崇拝の念を持って見送っているのだった。

 姉は苦笑いをしながら小さく手を振って応え、弟はここぞとばかりに一人一人に答礼し隠れミリタリーオタクぶりを発揮している。


 自衛隊輸送機に乗り込みすぐに発進する。スイス軍とは隊長の浅見さんが打合せ済みであるが、戦闘機の護衛が付くとは聞いていなかったようだ。三機の戦闘機が国境まで見送ってくれた。そこからは空中給油をしながらロシア経由で日本へ戻る。

 ロシア領空に入るとロシア空軍が日本領空まで護衛につき、自衛隊機護衛に代わり帰路についた。



 総理官邸。

 官邸では伊崎総理が自ら出迎えて二階の貴賓室へと通され、ソファーに座る。


「伊崎総理。ただ今戻りました。自衛隊の方々の迎えなどいろいろ配慮して頂きありがとうございます」


「伊崎兄ぃ、戻ったよー。飛行機疲れたぁ」


 姉が総理に向かってお辞儀をし帰国報告する。弟はどっかりと座ったまま天井を仰いでいる。


「今回の件は護衛の重要性が認識外だった。こちらの捜査が後手に回った事もある。すまなかった」


 伊崎総理が立ち上がって姉に向かって頭を下げた。慌てて姉は頭を上げてくださいと総理に座ってもらう。


イヴァン(ロシア)大統領にも後ほどお礼を言ってくれ。やり方は強引だったが君達の為にやったことは間違いない」


「はい。必ず」


「おっちゃん、戦争したって聞いたけど?」


「ああ、EU理事会のあるベルギーを目指して侵攻していたが、君のライブ中継を見てリトアニアを飲み込んだ所で侵攻をストップした」


「そう、ですか……」


「民間人に犠牲者は出ていない。言い方は悪いが兵士は戦争を覚悟しているからな、あまり気にするな」


おっちゃんとこ(ロシア連邦)大丈夫なの?」


「EUはもちろん、中国、インドなどから非難声明が出ている。不思議なことにアメリカ、イギリスは沈黙している。真っ先に非難し、場合によってはロシアへ報復も考えられたんだがな。国連で制裁決議案が出されているが、常任理事の二国が沈黙しているからおそらく否決されるだろう」


「よくわかんねぇけど、無事ならいいや」


 弟の言葉に総理は、ふっと笑い姉を見て話す。


「体調はどうだ? 大丈夫か?」


「はい、教皇にも自衛隊の方々にも気遣って頂き大丈夫です」


「お姫様の様な扱いだったもんなぁ。過保護すぎー、姉ちゃんはもっと雑に扱っ……ぐおっ」


 言葉を全部言えずに弟はうずくまる。姉の肘鉄が弟の腹に入っていたのだ。



 しばらく談話して官邸へ泊まることを提案されたが断り、パトカーに先導され送迎リムジンで自宅まで送ってもらった。これから姉弟には総理並みの警護がつくことになる。また所轄警察署は自主的に当番制で隠れて警護をするが二人はそれを知らない。


 それからの二人は忙しい日々であった。エレーナさん経由でロシア大統領とニコライさんにお礼を伝え、所轄警察署に挨拶に行き、心配して待っていた近所の人達に顔を出し、テレビやダンコミ、雑誌取材に追いかけられ、巡礼者と思われる人達に崇められた。



 会社へ出社できたのが帰国してから十日後の事である。

 社員の皆から無事で良かったという事と、中継を見て感激したなどの言葉を貰い社長室へ入る。ソファーへ座り社長とようやく話をする事が出来た。エレーナさんも同席している。


「本当に無事で良かったです。まさかバチカンが動くとは……」


「リーザ(ロシア駐日大使エリザベータ、エレーナの姉)によるとバチカン銀行が黒幕らしいわ」


 社長がほっとした様子で声をかけ、エレーナさんが真相を明かす。そこに弟が補足する。


「バロ……うーん、何だっけ? バローズ? とか言う奴が動かしていたとか言ってたぜ」


「バロウズ首席枢機卿ね。もう解任されたから役職はないけど、こんな大それた事をする人物ではないという印象なのよね」


 会った事があるのだろう、エレーナさんが頬に手を当て可愛いポーズで考えながら話す。


「ご迷惑をおかけしました。いろいろと配慮して頂いたと聞いています。ありがとうございました」


 姉が立ち上がりエレーナさんと社長に向かって頭を下げた。


「いいえ、当然のことをしたまでですが、結局救出したのは弟くんですし……」


「いやー俺が行かなくても一人で何とかしたと思うけどなぁ」


「しかし……アレ(神降ろし)はなんです? もしよろしければお話していただけませんか?」


「……お答えできません」


 伊崎総理とロシア大統領、教皇にも当然ながら聞かれた。だが答えは同じだ。ライブ中継を見ていてもソレが作り物や合成映像ではなく本物であるとわかる。頭では否定しても心に本物()であると浸透していくのだ。


「そう……ですか。わかりました。では、これからどうされますか? ちょっと周りが騒がしくなっていますが」


「落ち着くまで隠れていようと思います」


「……それがいいかもしれませんね。私の伝手で用意しましょう」


「いいえ、行くあてはあります」


「何処へ行かれるのか把握しておきたい、というか私は一緒に行けませんか?」


「すみません。両親が残した無人島へ弟と二人で行きます」


「あー、あそこかぁ」



 姉弟は関係者達にしばらく旅に出る旨を伝え、エレーナさんが手配してくれた船で無人島へ向かう。

 伊崎総理には護衛を連れて行けと強く言われたが、島の特性を話すと納得してくれた。ただ、その島の周辺を海上保安庁の巡視艇巡回ルートに入れると言ってくれた。



「鍛え直すのに丁度いいかもなぁ、あそこは」


「うん。ちょっと里帰りって感じ、ですね」




 そこは姉弟が生まれ育った島だ。


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