第1章 ホモ・サピエンス(人類)の誕生~現代武術まで 第1話 ホモ・サピエンス(人類)誕生~古代中国武術
今回はホモ・サピエンス(人類)が誕生して、人類の発展に闘争があり、ある分岐点で文化と闘争(武術)に分岐し、人類の発展に両者はDNAの螺旋構造の様に絡み合いながら歴史に関与していきます
古代中国武術史を自分なりに仮説として定義し理論構成しました。
250万年前、地球上にネアンデルタール人から数十種類のホモ類(人類種)と前後して進化し誕生、そのころの人類は生物のピラミッド状のヒエラルギーで中間ぐらいにあたり、生物としては弱い存在であった。
ホモ・サピエンス(人類)を犬の種族であてはめると気性が荒く、すぐに攻め立てる柴犬としよう、その柴犬が、自分より大型のシベリアンハスキー(ネアンデルタール)、ドーベルマン(ホモ・エレクトロス)などの別種族を絶滅させ、柴犬=ホモサピエンスが唯一生き残った人類種族となる過程を説明しよう。
80~30万年前にかけて多数のホモ類が「火」を道具として使うことを覚える。これは地球上の生物でホモ類だけが獲得した技術であり生物として頂点に立つ力を得た。「火」を使うことにより生物のヒエラルギーの頂点に立つ肉食獣を追い払うことが出来て生物としての環境が激変し、地球上に未曽有の力を持った生物が誕生した。
20万年前に東アフリカでホモ・サピエンス(人類)が誕生し人類史が始まる。
「火」を使い穀類や肉を簡単にエネルギーとして取り入れることが出来るようになる。生肉や生の木の実などはチンパンジーなど猿類は暢が長くエネルギーに変える際に消化するのに5時間かかり1日の時間が多大に消費されるが、「火」を使うことにより食料をエネルギーとしての消化が楽になり生物としてホモ類(人類種)の肉体は暢が短くなり、それに伴い消化で使う1日の行動時間が短くなり、生物として多様性を確保する行動時間の自由が広がった。
ホモ・サピエンスは拳や足技を繰り出し素手の格闘技術のほかに、石器などの道具を使い、叩く技術や刺す、切るなどの行為を自然発生的に行い狩猟民族としての地位を生物上確立し生物の頂点に立った瞬間から、他の人類種であるホモ類の絶滅淘汰の道を進むことになる。
ホモ類の絶滅闘争の歴史的な進歩に伴い、「自分たちの一番大切なもの」を「何があっても守る」原初の本能を体現した太古の居住洞窟の壁画から闘争を有利にする他人より優れた「技撃・技術」をデモンストレーションとして演じ示威を演じたのが読み取れる。
それは部族全体に格闘能力の教育し、戦いで効率よく殺戮する方法・手段を伝えるにに用いられるようになり、これが現代まで伝わるに「武舞」という概念の発現であり中国武術などの美しくも危険な型に繋がる
中東からヨーロッパにかけて50万年前から繁殖してホモ・サピエンスより脳の容量が大きく賢く肉体も強靭だったホモ・ネアンデルタールを3万年前に絶滅させ、ホモ・サピエンスの生息環境が地球全体に広がるにつれ、他のホモ類を虐殺して全滅させていき、東アジアで200万年の長きに渡り生息していたホモ・レシエンスなど大規模部族を全滅させ、オーストラリア大陸に上陸すると1万年以内にホモ・デニソワ(オーストラリア大陸にすむホモ種)を絶滅させ、1万3千年前に最後のホモ・サピエンス以外の最後の人類種ホモ・フローレシエンス(小型の人類種)を東南アジアで殺しつくし、ホモ・サピエンスが唯一の人類種になる。
このホモ類を征服絶滅させる中で交配して混ざっていき、ホモ・ネアンデルタールの遺伝子を3~5%持つヨーロッパ人、アジア人はホモ・レシエンスの遺伝子が5~8%があり、世界各地の民族は、その地に生息していたホモ類の遺伝子を持ち、それが現代にいたる民族人種の特徴となる。
2005年の科学的調査でチンパンジーは、遺伝子的に96%ヒトと類似していると科学的な報告がある。現在の人類が言っている人種の違いは、わずか数%のDNAの違いから特徴が違う。
移動する狩猟民族として狩りを生活の可出に生息していたホモ・サピエンス(人類)が1万2千年前に中東アジアの地域に生息していた「麦」と呼ばれる穀類を栽培化し、「家畜」と呼ばれる動物の飼育を始め永続的な定住を始め、これは「麦」と言う穀類が人類を家畜化し、地球上に日本の国土面積まで栽培を広げる力となる。
狩猟民族の時は、禽獣たちとの闘争があり動物の動きを見て跳ねたり跳んだりしながら禽獣の動きに合わせて狩猟技術(戦闘技術)をホモ・サピエンスは発達させていき、狩猟民族の時は他の狩猟民族と生活地域がぶつかるときは、問題が起きぬように移動しながら生活するので闘争は少なかったが、定着することで民族の個体数が増え、相手の生活地域に侵食する段階に至り大規模部族闘争が起き、狩猟民族時の争いよりも農耕民族同士の粗債のほうが遥かに多い人口の30~40%の死傷がでており、闘争の激化と伴い戦闘技術が発達していき、これが戦争戦術の発達、武器の発達、そして武術の発達となる。
5千年前 最初 の 王国、 書記 体系、 貨幣。 多神教の誕生
4千250年前 最初 の 帝国 であるサルゴン の アッカド 帝国
ここで視点をアジア(中国大陸地域)にあてよう。4070年- 3600年前に「夏」と呼ばれる、中国最古と伝承される王朝、硬貨 の 発明 及び普遍的 な 貨幣、秩序をもたらす政治、「 衆生 を 苦しみ から 解放 する ため」 の宗教、そして商周の時期には原始公社が解体され、新たに奴隷社会という形態ができてきました。
「夏」と呼ばれる王朝は三皇五帝と呼ばれる半獣半神の姿をしたと伝えられる支配階級民族の存在に文化と技術を教わった神話伝説を歴史として伝える。
神話とは何らかの真実を伝承する歴史であり、これは仮説としてひも解くとホモ・サピエンス(人類)より優れた存在が、伝承を見ると洪水や天災により滅びかけた古代民族(サピエンス以外のホモ種)が生き残りをかけてホモ・サピエンスを奴隷階級として技術を与え物産の製造ため使役し、銅器製造技術を与え鉄器文化の礎を与え、武術を教え武器を与え兵とした。
個体数が少ないが少ない半獣半神の姿をしたと伝えられた超古代人、その数が少なき支配階級民族はやがて奴隷階級にあるホモ・サピエンス(人類)と交配していき消えていき、その中の個体能力が強く技術を持った者達が「仙人」と呼ばれ武術を伝えた存在を仮説として定義し、「夏」王朝以降の武術歴史を紐解こう。
ホモ・サピエンス(人類)に、優れた古代ホモ種(古代の超人類種)の遺伝子が入り、その混血が「仙人」と呼ばれ、その末裔が「英雄」と呼ばれ中国古代史の王族・貴族の仮説が定義できる。
そして支配階級の政治により文化と武術は進化した。
『武術は政治的に暴力の抑圧を受けて変化を余儀なくされる側面を持つ」
この仮説は、いつの日か中国の遺跡から発掘される古代王朝の貴族や王族が発掘されホモ・サピエンス以外の優れた骨格を持った支配階級民族のDNA調査により解明される可能性を持つとしよう。
古代中国では武舞と武術は内容的に一体化したものでしたが、商周時期には「武舞」と言われ舞踏的芸術性を高め発展し、格闘技術の練習とも内容を区別して行うようになり、これが現在に繋がる「表演」と「実戦」の区分であり、武舞の側面は思想や感情性を表現する文化的娯楽性と健全な身体づくりで向上させ現代の武術表現の基礎になり、「修養の道」の体現が重視さ現代にも受け継がれる中華武術的特色や理論が「実戦」は後の世に日本へも伝わり武術・武道、そして現代格闘技へ発展する
周(しゅう、紀元前1046年頃 - 紀元前256年)の時代には「六芸」教育が行われ、これは礼、楽、射、御、書、数とあり、豊富な武芸教育へと発展し武術は奴隷社会の世になって、個人の努力と才覚により世に出て認められる可能性を高め、文化現象が生まれ、これがのちの「漢」の時代の読み物「西遊記」「水滸伝」「殷周伝説」に出てくる「仙人」と呼ばれる知能と技術が高、ホモ・サピエンス(人類)より優れた存在がいた証拠であり、仮説だが武術発展に寄与した存在達だったと定義できる。
古代中華で誕生した文化を読み取ると、まずは「意識」改革であり、それは「認知革命」となり武術の技法や美学はホモ・サピエンス(人類)は多岐にわたり発展していき、自覚性は武術意識が根底を変え、実戦の中でも「意識」が攻防格闘術を変え、徒手や脚で打ち合って行うものを「手搏」、組み合ってから技をかけあって行うものを「角抵」(日本でいう相撲)、そして「弥猴舞」「狗闘舞」「馬舞」「酔舞」「六禽戯」「五禽戯」と呼ばれる武術理論が古代に形勢されていきました。
古代中国武術はいまだに確かな文献がなく確証が取れませんが、仮説として古代中国の政治環境と文化に左右されながら武術の形態が出来上がる。
この1000年あとの明代に古代インド文明から達磨大使が経典と共に易筋行(武術の元になる技術)を中国に持ち帰り、少林寺武術という武術文化革命が起き、その流れが現代に繋がる
ONEチャンピオンシップが日本に上陸し、今まで日本の格闘技界を回してきたフィクサー達と最近会談し未曽有の格闘技の変化が春に訪れ、既存の概念や思想が破壊され、格闘技の選手は試合のチケットを売りさばくことよりも、強くなる練習を重視する時代になり、UFCに代表される世界標準の格闘技の水準に日本も突入したと思います。
ホモ・サピエンス(人類)の誕生から始まる武術を紐解きながら現代格闘技への話を書いていきます。皆様よろしくお付き合い願います




