職場
「新人教育……ですか?」
10月初め、相変わらず大忙しの日々を送っている俺は外回りから帰ってきてすぐに部長に呼び出された。
「指導するのは上原だ。だがそれでは今までと同じこと。去年と今年で違うことはなんだ?」
「期待の新人改めスーパー営業マン佐々木がいることです!!」
「そう、上原が言う通り。これまで通り指導していたら辞めていったやつらと同じ結果になってしまう。だが、今年は佐々木がいる。任せた」
「えっと……」
「お前ならできる」
「そう!!佐々木ならできるさ!!」
「上原が雑に教えた後にお前が丁寧に教えて手が空いてる時に少し手伝ってくれれば良いんだ」
「は、はい……いえ、やりますけど」
やるけど今年入ったペーペーが教えるなんてできるのかと不安に思う。
「平気よー佐々木くんずっと営業成績トップじゃん。よ、スーパーエリート営業マン!!」
「牧野さん……そんな持ち上げられても困るんですけど」
「ところでぶちょーその新人男の子?女の子?」
「男」
「そのあとは佐々木くんを餌に女の子雇いましょうよー女の子ほしいー」
「支社長に言え」
「もう牧野さん!!堂々と餌にするとか言わないでください!!」
仕切られてないオフィスだからデスクに座ってた営業事務の牧野さんが話に混ざりに来た。
「いくつなんですか部長」
今年30になった営業の羽田さんが聞く。牧野さんに続けと他のみんなもこっちに来て話に加わり始めた。
「26」
「へー若いねー」
「葉山はいい加減年相応になれ」
部長と同じ40才の葉山さん。彼は天然だ。俺はまたしても天然と縁ができてしまった。
「とにかく来週から来るから頼んだぞ佐々木」
「はい」
そう言うとみんなペラペラと自由に喋りながら自分の席に戻る。
女の子ほしいなーとまだ言ってる牧野さんの隣で俺は呆れる。
「秘書課に女の子いっぱいいるじゃないですか」
「この空間にほしいのここに!!華が!!むさ苦しい!!窮屈!!」
「えっと、窮屈ならとりあえず机の上掃除したらどうです?」
「牧野さんも我が儘ですね。若い超絶イケメン隣に配置してるんだから華があるでしょう」
羽田さんが鞄を持って外回りに行く前に牧野さんに声をかけてきた。
「ちっちっ、羽田くん。私は女子が良いのだよ。どれだけのイケメンがいようと可愛い女子がいなければ私は仕事に身が入らない」
「おい牧野!!なんだこのプレゼン資料!!全てのページに女子入れろと入ってるぞ!!新手の脅迫か!?」
「可愛い女の子入れてくださーい」
「わー本当だねーすごいすごい」
「葉山が牧野に手伝わせた資料だろ!!確認しろ!!」
「ごめーん手一杯でー」
「羽田!!お前も早く行ってこい!!」
「はーい」
「牧野!!やり直せ!!ふざけてないで仕事しろ!!」
「ふぁーい」
「上原は出張申請まだなのか!!」
「すみません忙しくてー今あげますー」
「佐々木!!……は言うことなし!!そうだ、この資料まとめておいてくれ」
「わかりました。期日はいつまでですか?」
「明後日までにできてれば良い。頼んだぞ」
「はい」
俺はそこそこ急ぎの案件ケースに部長から受け取った資料を入れて急ぎの案件ケースから今日中に提出する予定の資料の要項を見ながらパワーポイントを開いて仕事を再開した。
調べたらいろんなやり方があったけどやらないといけない仕事の優先順位ごとに厚紙でできたケースの中に資料があったらそれを、なければ付箋に書いたメモを貼ったクリアファイルを入れて仕事をしている。これなら膨大な仕事を忘れずに確実にこなしていくことができる。こうして仕事を振り分けていたら俺は以前よりも生活サイクルが改善された。土曜日は10時くらいに起きて椿を探せるし忙しいながらにようやく慣れてきたと言えるようになった。
いくら辞めていく人が多いと言っても部長が頭ごなしになんの理由もなく怒鳴ってくるとか環境が悪いとかいうわけではない。みんなギスギスしてなくてむしろ緩い。緩すぎるくらいだ。
佐伯部長は仕事に厳しいけど指示は明確でわかりやすいし普通にしてれば普通に優しい。部長が目くじらを立てていなければいけないのはこの営業課の面々が個性的すぎるからだ。
部長と同い年で同期の葉山さんは一応肩書きは課長となってるけどその辺りはだいぶアバウトだ。なんの仕事してるのかといえば普通に営業もするしプレゼンもするし花に水やりもしてる。入ったばかりの時俺が代わりにやろうとしたら僕の日課だから奪わないでと言われて嘘だとわかる泣き真似をされてしまった。
営業課唯一の女性、牧野さんはダントツ変わり者だ。そういう系ではないと言ってるけど無類の女の子好き。趣味はSNSで可愛い女の子とやりとりすることだそうだ。1つ結びをして眼鏡をかけていて化粧っけもない。だけど俺は休日に髪をおろして眼鏡を外して化粧をしている美人といえるであろう牧野さんを発見してしまった。そのことを次の日の職場で話そうとしたら誰にも言うなと脅されてしまった。
羽田さんは真面目で冷静な人だけどデスクの上にはよくは知らないけどアニメのキャラクターのグッズが並んでいる。その話をしようとしたらこれには触れなくて良いんだと言われてしまった。
そして上原さんはきつねだ。第一印象はきつね。ただ顔が似ているだけだけど。目が細くてつり目になってる。俺の教育係だった人だ。もっとも5月の後半頃には放任されていたし上原さんの教え方はなんというか雑だ。でも参考にはなった。教えるの面倒だからこういう本でも読んどけとか新聞でも読んどけとか。上原さんにも他のみんなみたいに秘密とかこだわりとかがあるのかなと思って聞いてみたら実は9本の尾を持ってるんだと適当なことを言われてしまった。
と、ここのみんなはどうにも癖がある人たちだ。だけどみんなに共通しているのはなんだかんだで優秀な人たちだということ。俺が来る前から支社の中でもトップクラスの営業成績を修めていたくらいでみんな話が上手いし面白いから営業トークも上手いんだ。牧野さんもふざけなければ、あとやる気が出ればすごく仕事が早い。そう、忙しすぎて逆にだらけてしまうと言う駄目集団だけどやるときはやる人たちだ。だから入社1年目の俺が営業成績トップになっても嫌みを言ってくるわけでもなく妬まれたりすることもなく逆に自分たちの負担が減ると大喜びされてしまう。変わった人たちだ。
「佐々木、佐々木」
「はい?」
正面に座る上原さんに声をかけられてパソコンを見ていた顔をあげると上原さんが立ち上がってなにやら紙でできた細長い蛇みたいなものを手にしていた。
「新人が来たらこれで脅かそうと思うんだ」
「……今作ったんですか?」
「そうだ。良い出来だろ」
「出張申請は?」
「これからだ」
「おい上原!!また変なもの作って!!申請はまだなのか!?」
「はーい!!今あげますってー!!」
部長に怒鳴られた上原さんは俺のデスクにその蛇を置いて座ってしまう。
どうしよう、この蛇と思っていると部長が来て蛇を回収してゴミ箱に捨ててしまった。
「あーまた失敗かー佐々木が来る前も作ったんだけど当日なくなっててさーできなかったんだよなー……ぶちょー!!あげましたよー!!」
これが俺の職場。忙しくて大変だけど環境はそこまで悪くない。変わり者集団だし大丈夫かなこの人たちっていつも思うけど面白くてなんだかんだ良い人たちだから。




