昴の反撃
俺は今日初めて意図せずミスをした。授業中に当てられて答えようとしたら開いていたページが違っていたり、部活でも普段ならあり得ないミスを連発した。
「佐々木、今日どうしたの?なんか授業中もおかしかったって聞いたけど」
「木下、お前は情報通だったのか」
「佐々木のことに関してはなんでも耳に入ってくるんだよ。有名人は大変だね」
「そうなのか」
「また悩み事?」
「昨日椿を誘うって言ったろ」
「あー、本当に?誘ったの?」
「幼馴染みが誘ってる」
「なるほどね。それで上の空なんだ。でも考え事してても人の話は聞けるんじゃなかったの?」
「知らないよ。こんなこと初めてなんだから」
「ふーん。やることなすこと全て完璧な佐々木でも恋に悩むと凡人なんだ」
「俺は完璧じゃない、テストでも1位じゃないだろ」
「いや、俺はそれもわざとだと思ってるから」
「なんなんだお前。お前は名探偵なんちゃらか?」
「ふふふ。すごいでしょ」
「すごいすごい」
「わー全然気持ちこもってない」
「そういえばお前下の名前は?」
「なに、いきなり……。っていうか1年以上の付き合いで名前知らなかったの?」
「仕方ないだろ。で?」
「誠司だよ。まことの誠につかさどるって書いて」
「お前は名前から真面目そうだな」
「それがどうしたの?」
「今日から名前で呼んでやる。誠司も名前で呼べよ」
「……ありがとう、隼人」
結局あの後は全然集中できないまま家に帰るといつも通り母さんが駆け寄ってきた。
「隼人、おかえりなさい」
「ただいま」
「今日はハンバーグなの。早く降りてきてねー」
「わかったわかった」
母さんを軽くあしらって着替えをして手洗いをしてリビングに行くと母さんと父さんが揃って首を傾げた。
「なに?」
「シャツのボタンずれてるわよー。珍しい」
ここでもミスだ。駆け寄って直そうとする母さんを払い除けようとした。
「自分でやるから」
「良いじゃない」
「やだよ」
「そう言わないでよー。隼人って小さい時からなんでも1人で出来ちゃうんだもの。私もおっちょこちょいだから手がかからないのは助かったけど……」
「はいはい。育てがいのない子供で悪かったね」
「もう!!そういうんじゃないのにー!!」
いくら払ってもどうしてもやりたいらしい母さんに根負けした。
「仕方ないなー。まったく、上から取るんじゃなくてスウェットにすれば良かった……」
「ふふ、はい。できたわよ。あら?」
「今度はなに?」
「琉依さん来て来てー」
俺の問いを無視して母さんが父さんを呼び、俺の隣に並ばせる。
「やっぱり!!隼人の方が琉依さんより身長が高いわー」
「そうだね。大きくなったね」
「だからなんだっていうんだよ」
「嬉しくなっただけよー」
「高2の男に言うか?小学生かせめて中学生に言うセリフだろ」
「中学生じゃまだ琉依さんに届いてなかったもの。やっぱりバスケをやってるからかしらね。琉依さんは運動神経良いけどどちらかと言ったらインドアだったものね」
「そうだねー。パソコンばっかりだったから」
そう言って椅子に座る両親にため息をつく。
「ほのぼのホームドラマじゃないんだからな」
「あら、良いじゃない」
「うん。このままずっと続けて良いよ」
「そんなの御免だ」
俺も椅子に座って母さんのプロ並みなハンバーグを食べる。
椿は料理をするのかな。書道部らしいけど家庭科部にもいそうな雰囲気だよな。椿が作ったご飯を食べてなんでもない話をして、ほのぼのホームドラマ……椿なら、良い。
いや、待て俺。1度しか満足に話してないのにそれはまだ早い。まずは初々しいお付き合いを楽しんでからにしないと。
いや、そうじゃない。目下考えるべきは明後日の練習試合のことだ。そもそも来てくれなければ話にならない。昴には絶対誘ってこいと言ったが無理矢理付き合わせたら若菜と同じになってしまう。まあ、昴だから強引なことはしないだろうけど。……やっぱり誘う文句を自分でよく考えてそのまま昴に言わせるべきだったか。そもそもやっぱり自分が行けば良かったのではないだろうか。いや、まず会えないからこういうことになっているんだった。それならせめて正式な招待状でも書いて昴に渡せば良かったか。いやいや、やっぱりこれが良いんだ。ここで意図的に椿を誘ってしまったら若菜に妨害されてしまう。
はあ……。昴はいったいいつ言うんだ?聞いておけば良かった。連絡が遅くないか?まさかこの時間まで手こずってるってことはないだろうか。そんなはずないか。それにこの時間まで一緒にいたら許さない。
「隼人?どうしたの?」
「なんでもない」
「そう?じゃあどっちが良いと思う?」
「……なにが?」
「もー遊園地に行くか水族館に行くかどっちが良いと思うって聞いたでしょ」
「ああ、父さんと行くデートか。どっちでも良いだろ」
「どっちが良いと思うー?」
「面倒だな……。じゃあ遊園地」
「どうしてー?」
「なんとなく」
「もー!!隼人は意地悪なんだから!!」
「だいたいなんで俺に聞くんだよ。行くの父さんとだろ」
「琉依さんは私の好きな方で良いよって言ってくれたでしょー。いつもは考え事しながら一応聞いてくれるのに珍しいわねー。熱かしら」
「ちょっと、ないから!!」
斜め向かい側の母さんが手を伸ばしてきたから払いのける。
「ん、なさそうだよ」
「だから言っただろ!!」
その隙に父さんが俺の額に手を当ててきた。すかさずその手も払いのける。
「ちょっと触るくらい良いじゃない。ねえ、琉依さん」
「そうだね」
「まったく、面倒な親だな」
「またそういうこと言うー」
「熱がないならどうしたの?」
「だからどうもしないって」
「そう?だって今朝僕の革靴履いてっちゃったし」
「嘘!!全然気付かなかった!!っていうか言うの遅!!」
今日は父さんの革靴履いてたのか、俺。そうか、ヤバいな。
「代わりに隼人の靴履いていったのよー」
「それはごめん」
「ううん。昔の靴も履こうと思えば履けたから」
「……じゃあそっち履いていけよ」
「会社で息子の靴履いてきたって自慢できたから良いんだよ」
「絶対昇さんたち困っただろうな」
父さんは大学生の時に友人と起業してそこでずっと働いてる。父さんは嫌々だったらしいけど一番仲が良かった昇さんに無理矢理引っ張りこまれてお前はプログラミングだけやってくれれば良いって言われたからって定時でさっさと帰ってくる。創立メンバーで唯一平社員だけど母さんとの時間が減るのは困ると言って昇進を拒み続けてる。これで技術は会社一だから社長の昇さんもイライラしつつも寛容に受け入れている。でもたまに遊びに来る時に、父さんへの仕事依頼がたまってどうしようもないから俺からもう少し仕事してくれと言ってくれないかと頼んでくる。まったく、父さんは社会人としていったいどうなっているんだ。母さん好きも大概にしてくれ。
と、考えているとそばに置いていた携帯が震える。画面を見て瞬時に取る。
「昴!!遅い!!」
『えーごめん。だけど部活終わってご飯食べたかなって時にかけてみたんだけど。隼人くんなら話が聞きたくて早く食べて部屋で待機してそうって推理してたんだけどどう?当たったー?』
間延びした昴の声に呆れながら俺は携帯を肩で抑えて食べ終わっていた食器を重ねて持ち上げようとすると父さんが僕がやっておくよと言ってくれたからそのまま食器を置いて両手を合わせて立ち上がった。母さんの「昴と電話なんていつもしてるじゃない」とやんわりとした文句が聞こえたけど無視した。
「今日はやたら母さんと父さんが絡んできたから遅れた。今部屋に戻ったよ」
『そうなの?ふーん』
「それで?来るって?」
ベッドに腰掛けて逸る気持ちを抑えて聞く。
『え、だって来させるの必須でしょ』
「脅して無理矢理来させたら可哀想だろ。それにそこまでしても嫌だって断られたらどうしようかと」
『隼人くんじゃないんだから脅したりしないよー。ってかネガティブな隼人くん初めてで面白いね』
「機嫌良いな……。で?来るんだな?」
『うん。行くって』
「よし!!」
これで会える。そう思うと別の疑問をぶつける。
「どんな感じだったんだ?いや、どうやって誘ったんだ?」
『普通にまずは若菜に隼人くんが新体制になったばかりだから応援してほしいって言ってたよって誘って、「そんなことは言ってない」わかってるよ、僕に任せるって言ったんだから良いでしょ。で、渋ってる間に坂下さんも一緒に行かない?って聞いたんだ。僕が隼人くんっていうのは若菜の従兄でバスケをしてるんだよって教えてあげたらなぜかバスケに反応してね、そこまで興味があるわけじゃないらしいけど行くって言ってくれたよ。なんでだろうね。興味はないって言ってたのにやけに引っ掛かってるみたいだった「きっと俺に会いたいと思ってるからだ」そうかなー。それは都合よく考えすぎじゃない?隼人くんには印象的な出会いだったんだろうけど坂下さんにとってはただ手伝ってもらっただけでしょ。覚えてないかもよ』
「そんな馬鹿な。そんなこと……あるのか?」
『さあね。まだわからないよ。あ、でもね、若菜の従兄ってのにはちょっと興味出てるかも。若菜が仲良くないとか隼人くんの胡散臭い笑顔が嫌いとかいろいろ言ったから』
「おい、あいつは俺がいないところでろくでもない悪口を言うんだな。椿になんてことを言うんだ」
『それは隼人くんもでしょ。坂下さんも気にしてなさそうだよ。従兄弟ってそんな感じなんだーって言ってた』
「あ、そうだ。従兄だって言ったら気付くんじゃないか?俺と若菜結構似てるし」
『まー普通の人ならそうかなって思うレベルだけど坂下さんだからなー。しっかりしてるんだけど抜けてるから。その抜け方尋常じゃないし。若菜の家に行った時に初めてクォーターって知ったらしくて僕に、若菜に外国の血が流れてるなんて不思議、私ハーフとかクォーターとか周りにいたことないから全然気付かなかったよーって笑って言ってきたよ。面白いんだけど美香さんに似てるよね。あれ?隼人くんってそういうこと?』
「どういうことだ。俺はマザコンじゃないぞ」
『別に良いじゃない。マザコンで』
「違うって。それにしてもその話ならこの前母さんに聞いた。優菜さんが驚いてたって」
『そうそう。若菜が全然部屋に入れなかったって。坂下さんもドア越しの口論にどうしたら良いのか困ったって言ってたよ』
「ほら、若菜は椿を困らせてばっかりだ」
『でも坂下さんも楽しんでるんだからね』
「そんなはずない。若菜に付き合ってイライラしないなんて」
『僕だってイライラしないよ』
「だからお前もおかしい」
『まったくもう……。で、土曜日に会ってどうするの?』
「どうせすぐ若菜に邪魔されるだろうから少しでも話せれば良い。その代わりそのあとお前は俺のことをなんでも良いから椿に話すんだ」
『え、結局僕?っていうか、なんでも良くないよね。隼人くんって酷いんだよって話したらイメージダウンだよ』
「俺の良いところとか普通のことを言えば良いんだ。わかるな?がらくた捨てるぞ?」
『だからそれは駄目!!だいたい坂下さんが隼人くんになんの興味もなさそうだったらどうするの?』
「持たせるんだよ。それがお前の使命だろ」
『そんな使命聞いてないけど?昨日の低姿勢どこいっちゃったの?いや、隼人くんに言っても無駄か。僕がやるって言っちゃった時点でなかったことになってるか……』
「そんなことない。お前は若菜が騒ぎ出すのが嫌で俺に協力してくれないんだろ?どうせ若菜のことを抜きには考えられないんだから昴に椿と話すところを見てもらうしかないだろ。椿がどう思ってるかはたいした問題じゃない。椿が今俺のことを覚えてないなら土曜日に覚えてもらえば良いし知ってもらえば良いだけだ」
『んー。まあ確かに。っていうかそれ隼人くんだから言える台詞だよね。でも今日1日そわそわしてボロボロだった人の台詞とは思えない冷静さだ』
「おい、なんでお前が知ってるんだよ」
『美香さんからの隼人くんが琉依さんの靴履いていっちゃったわーってメッセージから始まり授業中も毎時間やらかしてたみたいだね』
「また噂か。1年生のところにも届くのか?」
『んーまあ同じ中学の人多いから僕が隼人くんの幼馴染みってみんな知ってるもんね。だから聞くのかも。坂下さんのことが気になって仕方なかったみたいだね』
「笑うな」
『ごめん、10年以上の付き合いだけどそんなミスする隼人くん初めてだから面白くて』
「俺だって記憶にあるかぎり初めてだ。そうだ、椿が俺の噂を聞いてるってことはないか?」
『聞いてたら従兄の試合って言った時点で言ってるでしょ』
「そうか……」
『あ、そうだ。土曜日は偶然坂下さんに再会したって風にしてよね』
「なんで?」
『なんでって……。じゃあ隼人くんは1回しか会ってなくてその記憶も曖昧な人に、1ヶ月前からずっと探してて今日は幼馴染みを脅して応援に来るように差し向けました、あなたは運命の女性です、結婚を前提にお付き合いしてくださいって言われたらどう思う?』
「頭沸いてるって思うな」
『でしょ』
「でもさすがにそこまで一気に言わないぞ」
『言いそうだもん。坂下さんに会ったらいつもの冷静さもなくなって口走りそうだよ。今までの隼人くんの常識で考えない方が良いと思って』
「そうか……。じゃあなんて言えば良いんだよ」
『そうだねー……。僕たちと一緒に来た坂下さんを見て……あれあれ?もしかしてこの前の子?若菜の友達が君のことだったなんてびっくりー……みたいな?』
「お前それ隣で聞いてて平然としてられるか?」
『絶対無理』
「却下」
『そんな感じの偶然感を出してってことだよ』
「……仕方ないな。他には?」
『他にはって?』
「アドバイスしてくれてるんだろ?」
『しまった!!まだ協力するって言ってないのに!!』
「今さらだな。もう良いじゃないか」
『いやいや、土曜日の感じを見てから決めるの。っていうかナチュラルに相談してる?初めてなのに自然すぎてすごいんだけど。しかも相談してるのに上からなところが隼人くんらしいね』
「昴にも相談なんてしたことなかったよな」
『いつも即断即決なんだもん。僕たちの相談に乗ってくれる時は考えてくれるけどね』
「ほら、アドバイスついでに他にないか?」
『んーとりあえず……まずその口の悪さと性格の悪さを直したら?』
「そんなに悪くない『わけないでしょ』……そうか?」
『外で上手く誤魔化してるっていっても結構な頻度でボロが出てるんだからこの機会に普段から丁寧に喋ったら良いよ。性格も根本的に直さないと。いくら取り繕っても内面は表に出ちゃうんだから。坂下さんがどんな男の子が好きかはわからないけど性格が悪い、口が悪い、取り柄は容姿だけってのより性格が良い、言葉遣いも丁寧、さらにイケメンっていう方が良いに決まってるよ』
「俺はアドバイスを求めたのであって貶してくれと頼んだわけじゃないんだけどな」
『そういうんじゃないよ。ただ今のままだと坂下さんに良い印象持ってもらえないよ、嫌われちゃうよ。それでも良いの?』
「……わかった。でもそれじゃ騙してるみたいだ。さっきの偶然を装うのだって」
『なにもかも正直に言うのが良いってわけじゃないでしょ。嘘も方便だよ。それに本当にそういう風になれば良いだけでしょ』
「昴お前俺の弱み握ったって思ってるだろ」
『ぶー。これからはお前、って使っちゃ駄目だよ』
「てめえ」
『もっと悪くなってるよ。坂下さんの前でそんな口利くの?』
「……わかったよ」
『あとゆっくり話してみるのはどうかな?隼人くん早口な方だし。ズバッズバッって言い切るのも良くないね。もっとやんわり、こういうのはどうかな、って言ったら優しい感じになるよ』
「ここぞとばかりに言いたい放題だな」
『本当は語尾も変えたいんだけど……』
「わかったわかった」
『いやー坂下さん様々だね』
「協力するかどうかはわからないんだろ」
『そうだけど坂下さんの名前出すだけで今まで全然直らなかったのが矯正できちゃうなんてすごいよ』
「クソッ」
『え?そんなこと坂下さんの前で言うの?』
「煩いな。もう切るぞ」
『そろそろ切って大丈夫かな?』
「……そろそろ切って大丈夫かな」
『うん、じゃあまたねー』
疲れた……。いや、疲れてる場合じゃない。土曜日のことを考えないと。
短い時間でどれだけ話せるか。万が一、ないと思うが椿が俺のことを覚えていなかったら……ショックだ。だがそれならそれで仕方がない。印象に残ることをしよう。なにをしたら良いだろうか。印象に残ること……。思い浮かばない。風呂に入って一息入れようと下に降りてリビングのそばを通ると母さんの笑い声が聞こえてきてそっとドアを開けてみるとアルバムを見ながら父さんと笑っていた。気付かれないようにゆっくりドアを閉めて風呂場に向かった。
「懐かしんで感慨に耽ってんじゃねえよ馬鹿夫婦め……能天気馬鹿夫婦め……親バカ……」
暴言をはく俺の隣で引いている椿を想像してみた。確かにありえる。
「馬鹿が駄目なのか?アホ夫婦……難しいな」
そうやって俺は眠りにつくまで悩んでいた。