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運命のカミーリア  作者: 柏木紗月
大学生編
89/136

希望の光


「本当に平気なの?」

「何回も平気だって言ってるでしょ」

「でも……」

「跳び跳ねたりしないでよ?」

「母さんじゃないんだからするわけないでしょ」

「無理しちゃ駄目よ」

「もーわかってるってば。子離れは?」

「そ、そうよね」


 俺はついに自由の身になった。病院に行ってギプスを外し、松葉杖もなくなった俺はしないけどスキップでもしたくなるような気分だ。これで毎回病院に行くたびについてきていた母さんとなぜか仕事を中抜けしてくる親父がいなければもっとハッピーだ。


「これで椿探しを再開できるよ。良かった良かった」


 入院中も退院してからも思うように動けないし昴にもそんな姿で再会したら驚くでしょと言われてそれもそうだ、椿に心配かけちゃ駄目だなと思って情報収集だけしていた。だから晴れて自由の身になった俺はこれで思う存分椿を探しにいける。入院中にあの夢のことを考えて落ち込んだりもしたけど竜二さんたちがお見舞いに来て話を聞いてくれたから少し気持ちが楽になった。俺が椿にとって邪魔な存在だと本当にはっきり言われたら砕けるしかないけどもし椿も俺のことをまだ好きで苦しんでいるなら俺が諦めて追いかけるのを止めたら駄目だ。昔と同じだ。椿が俺を求めてくれているなら俺が会いに行かないと、探し続けないとと思った。だからなにも動けない間はもどかしくてもやもやしていたけどこれからは思う存分探しに行くんだ。


「あのね、そのことなんだけど「あ、ちょっと待って。智也から電話だ」」


 携帯に智哉から着信があって母さんの言葉を遮り電話に出る。


「もしもし」

『どうー?松葉杖生活卒業できた?』

「できたよ。面倒かけてごめんね」

『いんやーそれは全然。良かった良かった』

『隼人、良かったな』

「拓也ーありがと」


 電話が拓也に代わった。今は7月の終わり。智也と拓也は交換留学をしていたから単位は向こうでの分も入るんだけどそれでも今も週に4回は大学の授業を受けている。俺も退院してから2人に助けてもらいながら松葉杖で通った。それももう終わりだ。俺はもう一度2人にお礼を言う。


「お礼のついでであれなんだけど頼みがあるんだ」

『どうした?』

「元々視力下がってたから事故が原因じゃないかもしれないんだけど視力検査したらぎりぎり運転しちゃ駄目になるくらいに視力落ちちゃったみたいで。普通に全然見えるんだけどね、運転がね。運転できないと椿探しになにかと不便でね」

『で、眼鏡買うのに付き合ってほしいって?』

「そうそう。眼鏡の男に惚れる子もいるんでしょ。椿もそうかもしれないからすごくかっこよく見えるすっごい眼鏡を選んでほしいんだよ」

『ないだろそんなもの』

「あるかもしれないでしょ」

『ないと思うけどな。つーか俺よりそのすっごい眼鏡を知ってる人が親父さんの友達にいるんじゃないか?』

「小林さんが眼鏡かけてるけど小林さんのは必要だからかけてる普通のなんの変哲もない黒淵眼鏡だから。せっかく買うなら俺は目が悪くないのにかっこつけでかけてる拓也の眼鏡みたいにかっこつけて見える椿に惚れてもらえるスーパーな眼鏡が良いんだよ」

『喧嘩売ってるのか?』

「なんで?」

『……まあ良いや。いつ行く?』

「今日」

『今日?卒業できたら快気祝いじゃなかったのか?』

「それは夜だから」

『わかった』


 どこに買いにいくのかを決めて電話を切る。


「そういうわけだから先に帰ってよ」


 俺は今すぐすっごいスーパーな眼鏡を探しに行くんだからと言う。


「遅くなったらいけないよ。それに無理「もーしつこいな、わかってるんだってば」」

「20時にはみんな来るのよ」

「はいはい。それまでには帰るって。じゃあね!!」


 病院の駐車場から自由になった足で駅に向かう。そうそう、俺が向こうの宿に置いてたままになってた車は無事に親父が回収してくれた。あの女の子の母親はもちろん椿じゃなくて、入院中に1度挨拶に来てくれた。花束をくれたその女の子は怪我がなかったみたいで安心した。

 予定通りいけば、というか経過状況からいえばちゃんと今日自由になれるとわかっていたから金曜日の今日みんな集まって快気祝いをすることになっている。みんなというのは俺の家族全員、アンナおばあちゃんとおじいちゃん、関さんたち親父の友達。母さんの方のおばあちゃんたちは来れないけど入院中も退院してからも母さんのどうしてそうなったのかわからない子離れを促進しにきてくれた。母さんの奇想天外な発想は考えてもよくわからないけど子離れしてくれるなら万々歳だ。

 というわけで智也と拓也と合流した俺は眼鏡屋に行き初めて眼鏡を作った。ウェリントンの形をしたコンビフレームで黒がベースだけどべっ甲柄になってる。時間を適当に潰してその日の内に受け取った眼鏡を試しにかけたまま家に帰った。


「隼人ー!!」

「おばあちゃん……」


 家に入るとおばあちゃんが飛び出してきた。母さんにはずっと出迎えはいらないと言い続けてるから来ない。たまに出てくるけど。


「まあ!!可愛い眼鏡」

「可愛くないよ、かっこいいんだ」

「ええ、ふふ……かっこいいわ」

「隼人、痛みは?大丈夫なのか?」

「もう、全然平気だよ」


 いつもは冷静で落ち着いてるおじいちゃんなのに母さんやおばあちゃんみたいに頭を撫でてくるけど払わずにされるがままにした。


「安心したわ。寿命が10年くらい縮んだ気がする」

「おばあちゃんは100才まで生きそうだから90才くらいまでピンピンしてそうだね」

「90才まで隼人にしつこくまとわりつくんだから」

「ぎゃー止めてよー」


 おばあちゃんに頬にキスされそうになってその挨拶は困ると逃げてリビングに入る。


「おかえりーまあ可愛い」

「母さんまで!!可愛くないよ!!」


 なんでなんだ?かっこよく見える眼鏡を買ってきたのに。


「隼人くん大丈夫だよ。美香さんとアンナさんは隼人くんがどんなでも可愛いって言ってるだけでちゃんとかっこいいから」

「そうか。ところで昴、金曜日はバイトじゃなかったの?まだ18時なんだけど」

「変えてもらっちゃった」

「なにもそこまでしなくても21時に途中からで良かったのに」

「良いの」


 『祝 松葉杖卒業』と書かれた横断幕を飾っていた昴が中断して来た。


「で、なにその手は。母さんたちみたいに」


 母さんやおばあちゃんみたいに手を握ってスキンシップをしてくる昴。


「ううん、なんでもないよ」

「なんだよ」

「2人とも気持ち悪いわよー。昴これつけてー。隼人も帰ってきたなら手伝いなさい」

「はーい」

「なんで俺まで?俺の快気祝いなのに」


 紙で花を作っていた優菜さんに抗議する。


「暇でしょ」

「暇じゃないよ」

「良いからこれ」


 そして紙の束を渡されてしまい、うちの定番の花を折っていくことになった。


「まったくもう。椿探しの下調べをしなきゃいけなかったのに」

「1時間調べたところでなにも変わらないわよ」

「そんなことないよ、優菜さんの意地悪、悪女、年増」

「減らず口を……。あーあ、隼人なんてずっと動けなくなってれば良かったのに」

「なんて酷い。妖怪の親は妖怪大魔人だ」

「意味不明」

「俺は優菜さんの意地汚さが意味不明だよ」


 あとから昴に聞いた話だけど病院からうちに電話がかかってきた時親父は会社で家には母さんと優菜さんがいたらしい。トラックに轢かれたと聞いたところで聞きたくないと受話器を放り出した母さんの代わりに話を聞いた優菜さんが親父にも連絡したけど親父も聞きたくないと逃げようとしたから代わりに昇さんに伝えて母さんと親父を回収して病院まで来てくれたそうだ。


「優菜さん優菜さん」

「なによ?」

「優菜さんは男っぽいよね」

「なんでよ。私以上の絶世の美女なんてそうそういないわよ。隼人の目はおかしい」

「そんなことないよ。あ、あー!!」

「もう、なに?」

「眼鏡をかけてるから優菜さんの厚化粧しても隠せてないシミがよく見えるよ。痛!!」

「うっさい。黙ってやれ」

「暴力反対!!」

「あー!!優菜!!駄目よー!!」


 優菜さんに頭を叩かれてそこまで痛くなかったけどムカついて大袈裟に反応していたら気付いた母さんが慌てて駆け寄ってきた。


「はやとー……」

「い、痛くないよ。わざとだよ」


 頭の後ろを抱えるようにぎゅっと抱き締められて慌てて離れようともがく。


「もう頭はとっくに治ってんだからこれくらい平気よ」

「でも駄目ー」

「はいはい」

「ママー買ってきたよー……なにこの気持ち悪い絵!!」

「げ、ほら母さん離れてよ」


 リビングに若菜が入ってきたから俺は勢いよく母さんを離す。


「お前まで来たのか」

「ちっちゃい赤ちゃんみたい!!」

「ふん、なんのことだか」

「見たよ!!ばっちり美香さんに良い子良い子されてた!!」

「されてないよ馬鹿。お呼びじゃないからさっさと帰れ」

「私だって来る気なかったよ!!けど昴が一緒に行くんだよって言うから仕方なく来てあげたの仕方なく!!」

「仕方なく来られても「あーはいはい、喧嘩してないで。若菜、ちゃんと卵買ってこれた?」」


 昴に間に入られて興が覚めた俺は途中だった花を作ることにした。

 そしてどんどん人が増えていった。最初に帰ってきたのは親父で昇さんと小林さんと木村さんも一緒に来てくれた。


「隼人ー無理しなかった?大丈夫?」

「平気だってばもう。しっし」


 鬱陶しい親父は追い払う。


「もう元気そうだな」

「はい。昇さんにも小林さんにも木村さんにも心配と親父がいつも以上に迷惑かけてすみませんでした」

「隼人くんが元気になってくれるのが一番だよ」

「けど入院中も退院してからも何回も休んだり中抜けして仕事大丈夫でしたか?」

「大丈夫!!わが社の救世主昴くんがいるからね」


 木村さんの言葉に納得する。昴はついに4月から親父の会社に囲い込まれてしまった。インターンとして大学とバイトに支障がない程度に行っているんだ。


「社長、副社長、木村部長、お疲れ様です」

「そんな堅苦しい呼び方しなくても良いって言ってるのにな」

「むず痒い」

「まあ良いけどね!!お疲れさまー」


 昴が昇さんたちと話しているとなんだか刻々と親父の尻拭いをするように育成されているようで可哀想になる。


「昴に無茶苦茶な仕事を振ってないでしょうね」

「大丈夫大丈夫。基本的に琉依について手伝ってもらってるだけだからね」


 小林さんが言うけどそれが大変そうだと思う。


「それって親父のふらふらについていかないといけないってことですよね。大変でしょ。昴も遠慮しないで昇さんたちは優しいからなんでも言って良いんだからね」

「隼人くん大丈夫だよ。琉依さん仕事の途中で隼人くんの部屋に遊びに行ったり会議中でいない副社長の席に座って携帯で美香さんと連絡とったりしてるけど仕事はパパっとすぐになんでもできちゃうからすごいんだ」

「親父はなにやってるんだよ。駄目だろそれ」

「あともう少し慣れてきたら琉依に来る仕事を上手いことスケジュール組んでやらせられるように調整してくれるとなお良い」

「昇さん、それなんですか?」

「秘書みたいな感じで。今は小林がやってるんだけどな。スケジュール組んでもいつの間にかサボって遅れてるから再調整してどうにか納期に合わせないといけないんだよ」

「昴くんなら琉依の行動予測できるだろうから難なくできそうだからね」

「はい、頑張りますね」

「……昴、お前それで良いのか?」

「良いよ?なんで?楽しいよ」

「そうだよな。楽しいよな。仕事は楽しくないと」

「それはそうでしょうけど。まあ、昴はパソコン好きだもんね」

「うん、それに隼人くんの部屋には僕の知らない頃の隼人くんの写真とか小学生の時に賞を取ったポスターとか自由研究とか飾ってあるんだ。休憩時間にそれで遊んだりするんだよ」

「そういう意味で?もうどうなってるの……」


 おかしな会社だなと思っていると彩華さんと浩一さんと一輝さんが帰ってきた。


「お、松葉杖がないー」

「跳び跳ねたりしちゃいけないよ」

「美香じゃないんだからしないだろうけど。でも安心して走ったりしないようにね」

「もう、心配しなくても大丈夫だよ」

「眼鏡だー」

「待って一輝さん。一輝さんまで可愛いとか言わないで」

「うん、かっこいいよー」

「良かったー」

「今日作ってきたの?」

「そうだよ。友達と一緒に選んで」

「似合ってるわよ。かっこいい」

「ありがと。これで椿も惚れてくれるはずなんだよ」


 しばらく話していて20時近くになると関さんと村岡さんと竜二さんが来た。


「竜二さん仕事大丈夫だったんですか?」

「明日以降に回せるものは全部後回しにしてきたから。良かった、元気になったね」


 竜二さんは今朝アメリカから日本に帰ってきて急いでこっちに来てくれた。入院中に1度お見舞いに来てくれたけどあとは電話だったから椿の夢のことで落ち込んでる時以来初めて直接会った。


「もう元気です。今日も椿に惚れてもらえるように眼鏡を買ってきましたから」

「そっか。よく似合ってるよ」

「ずるいです竜二さんばかり。隼人くん、松葉杖卒業できて良かったですね」

「はい。村岡さんにも無理言っちゃってすみませんでした。関さんも」


 村岡さんと関さんは母さんがから回って介護しようとしてくるから逆に危なくて週に2回は様子を見に来てくれていた。


「もう大丈夫そうで安心したよ。不自由だったでしょ」

「はい、でもこれからは自由の身です」

「隼人くん、沙織と美織からです」

「え、電話ですか?しかもテレビ電話」


 村岡さんに携帯を渡された。


『隼人くーん』

「沙織さん、わざわざ……」


 画面には美織を抱えた沙織さんが手を振ってくる。


『夜遅くなっちゃうので行けなくてごめんなさい。美織も隼人くんに会いたかったんですけど』


 美織が画面にアップになる。あ、そうだと思って眼鏡を外す。


「いえ、電話ありがとうございます。美織ー隼人だよ、わかる?」


 俺はいつも美織に話しかける時と同じようにゆっくり声をかけてみるとわかってくれたみたいで反応を見せてくれた。

 そして少しだけ話すとこれで全員揃ったってことで快気祝いという名の食事会が始まった。人が多すぎるからテーブルとテレビの前のソファーの方にも座る。そっちには昇さんと小林さんと木村さんと昴が座って昴が上手くやっているみたいで嬉しくなった。


「はぁ……昴が隼人の話ばかりでつまんなーい」

「仕方ないわよ。あの人たち隼人大大大好きな人たちなんだから」


 若菜が言うと優菜さんが答える。


「隼人の馬鹿のどこが良いんだか」

「若菜ちゃんは小学生の時以来だね。ネイリストをしてるんだって?」

「優菜ちゃんと同じで美容系に進んだんだね」


 大人な関さんと竜二さんが若菜の話し相手になってくれた。めったに家族以外の人と話さなかった若菜だから変なことを言わないかヒヤヒヤしたけどごく普通にどこどこの専門学校を出てどの辺りで働いていると話したりしている。


「ブログを書いているので見て来てくださる方もたくさんいて嬉しいです」

「そういうの嬉しいよね」

「おかしい。若菜が敬語で話している。まともに見える、いや、騙されちゃ駄目だ」

「うっさい馬鹿隼人」

「あー良かった。こいつはやっぱり単細胞の甘ったるいチビザル厚化粧妖怪だ」

「だからなんなのその長いヘンテコなの!!ムカつく!!」

「まあまあ、聞いてた通りすぐ喧嘩するね」

「だって竜二さん、若菜は存在がムカつくんですよ」

「隼人は酷い男!!ろくでなし!!」

「キャンキャン吠えて煩い。お前はメアリーに似てるけどまったくもって可愛げがない」

「知ってるんだからね!!そのメアリーって子も美織って子も!!らしくなく可愛がってるみたいじゃん。気持ち悪いの!!」

「お前も心を入れ換えて慎ましやかな女の子になってお願いしますと頼んでくるなら可愛がってあげようか?」

「うぇー!!気持ち悪い!!」

「若菜ー!!ご飯食べてるんだからそういうことしない!!」

「ママは口うるさく怒鳴らないで!!パパのばーか!!」

「もう……なんでパパまで?なにもしてないのに」

「パパのセンス最悪だもん!!」


 若菜がいまだにしつこく言ってるのは浩一さんが若菜の就職祝いにあげたプレゼントのこと。若菜のことなんてこれっぽっちも興味ないからさらっと聞き流したけどなんかの盆栽。なぜ盆栽なのかとわからなかったけどお祝いだからと思ったんだろう。そこまで騒がなくても良いのにと思うけど女性陣からは微妙な反応をされていた。可哀想だから俺は浩一さんの味方になってあげてる。


「今さらだけど俺も苔でもあげようか?」

「いらない!!」


 そんなこんなでわちゃわちゃと話しあっという間にお開きになった。みんなが帰って片付けがあらかた終わって部屋に戻ると昴がいて少し驚く。


「なんだよ、帰ったんじゃなかったの?」

「そうなんだけどこれ入れようと思って戻ってきたよ」

「……まあ良いや」


 昴は俺の音楽プレイヤーを指差して言うから俺はベッドに座る。そして今入れている新曲のことを話して一段落する。


「トラックに轢かれたって聞いた時は怖くなって全然目を覚まさなくてもっと怖かったけどこうやって元気になって本当に良かったよ」

「ごめんね、心配かけて」

「ううん」


 昴はそう言って首を横に振ってから俺を見る。


「昴?」

「……でもね、もうそろそろ止めたらどうかな」

「……止めない。俺は椿がいないと駄目だ。味方ではなかったけど昴は「そういうことじゃないよ」」


 味方ではなかったけど昴は俺の一番の理解者だと思ってたのに、と言おうとしていたら遮られる。


「もうその無茶苦茶な探し方止めてよ。まったく違うところで今回みたいな事故が起きて、隼人くん高校生の時から無茶苦茶なんだよ。心配してる僕たちのことも考えてよ」

「……ごめん。けどじゃあどうしたら良いんだよ。他に方法がないでしょ」

「……だよ」

「え?」


 聞き取れなくて聞き返すと今度ははっきりと県名を告げられた。


「坂下さんがいるとこ」

「昴……お前……教えてくれるの?」

「うん。それでも広いから探すの苦労すると思うけどまったくの検討違いなところでさ迷われるよりはね」

「ありがとう!!」


 やっぱり昴は俺の一番の理解者だ。これで椿に近付ける。


「本当に良かったの?あんなに頑なだったのに。怪我したから?」

「んーまあそれだけじゃないんだけどね」

「なに?」

「隼人くんも坂下さんも危なっかしいんだよ」

「まさか椿も怪我したの!?」

「違う違う。だから今すぐ飛び出そうとしないでよ」


 こうしてはいられないからすぐに行かないとと思ったけど止められてしまった。


「怪我じゃないし普通に元気だよ」

「じゃあなに?なんなの?もう全部教えてよ」

「それはちょっと……だって隼人くん自分で探さなきゃ意味ないって言ったでしょ」

「それはそうだけど……ちょっとくらい良いじゃん」

「まあちょっとくらいなら……」

「結婚してないよね、子供は?いない?」

「結婚してないし子供もいないよ」

「そっかー……良かった、本当に良かった」


 あの夢が現実じゃなくて良かったと安堵する。


「でも今のところはってことだからね。隼人くんが早く見つけないと結婚しちゃうかもよ」

「わかってるよ」

「一昨日も告白されたって」

「へ!?誰が!?」

「坂下さんに決まってるでしょ」

「えー!?付き合うの?」

「ううん、違うって」

「違う?なに?」

「隼人くんと別れてから大学に入って何人も告白されてるんだけど違うんだって。僕も坂下さんも若菜も誰も隼人くんのこと話さないんだけど男の人と出掛けても食事をしてもなんだか違うって。でも違うって思うのも相手に失礼だよねって言ってるから僕の推測だけど歩くのが速かったりお店とかメニュー決め方だったりそういうのが隼人くんならもっとこうしてくれたのにって思ってるんじゃないかな。隼人くんに背格好が似てる人を見かけると目で追いかけてるし」

「……椿」


 椿はまだ俺を必要としてくれてる。俺に椿しかいないように椿も俺のことを想ってくれてるんだ。想って苦しんでるんだ。やっぱり早く会いに行かなくちゃ。


「でも若菜も坂下さんの大学の友達も1回付き合ってみなよって言ってるからいつか彼氏ができるかも」

「駄目駄目。他には?椿のこと」

「えーもう教えないよ。充分教えたでしょ」

「んーそうだけど……」

「隼人くん坂下さん探すのは良いけど仕事は?もう7月だよ?考えてる?」

「今決めたよ」

「ま、そうだろうね。じゃあ僕は帰るよ。さっきも言ったけどそのアルバムの2番目と最後の曲がお勧めだよ」


 昴はそう言って部屋を出ていった。なんだ?俺は音楽プレイヤーを持ってそれを聴く。前に良いと思ったあの女性歌手の曲だ。別れた男性と今の彼氏を比べてしまうと歌った曲。忘れないといけないと前を向く女性の曲。これを聞いて今までこの女性歌手やその他にも洋楽で昴がお勧めだと言っていた曲を思い出して聴く。そしてわかった。これは椿が好んで聴いている曲だ。俺は椿が好きな音楽を同じように好んで聴いていたんだ。無意識に涙が一粒流れた。

 俺は涙を拭って急いで部屋を出てちょうどリビングから出てきた親父の腕を掴んで椿が住んでる場所の県名を告げる。


「そこで就職するよ」


 それだけ言うと親父は笑って頷いた。


「絶対見つけてくるんだよ。それから探す前に就職先を決めること。就職先を決めないと椿ちゃん探しちゃ駄目だよ。良い?」

「うん!!仕事大事だからね。親父もちゃんと仕事して」

「わかってるよ……。仕事決めたら住むところは決まってるからね」

「え?」

「竜二さんのマンション」

「……ああ!?そうだよ!!竜二さんグルだったの!?」

「言ってないしそうじゃないよ。ただいずれ隼人が住むかもしれないから無理じゃなければ1部屋空けてくれたら嬉しいなって言ってただけ。今竜二さんの親戚が住んでるけどそろそろだろって別のマンションに引っ越す予定だって」

「そこまでしてくれてたの?昴が教え……」


 なんとなく反則技を使ったみたいで口ごもってしまう。


「昴が教えてくれたんでしょ?」

「えっと……うん」

「良いかなって僕と美香に聞きに来たから教えてくれるんだろうなって」

「なんだ、そうだったの?」

「そうだよ。それから車だけど隼人にあげるよ」

「え、太っ腹だね。親父痩せてるけど」

「ふふ、すごいでしょ」

「良いの?」

「新しい車買おうとしてたからそっちの方が良ければそうするけどどっちが良い?」

「今のが良い。運転しなれてるし」

「わかった。ちゃんと一人暮らしできる?」

「母さんじゃないんだからそんな心配無用だよ。じゃ、俺就職先の目処を立てるから」


 そう言ってまた急いで部屋に戻った。週明けの月曜日に川口さんを頼ろうと思うけど自分でも調べておこう。


 椿へと続く道に道標になる希望の光ができた。



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