交通事故
「隼人ーおかえりおかえりー!!メアリーちゃんからお手紙が届いたわよ!!」
バイトのあと家に帰ると母さんが出迎えにきた。
「なんでまだ起きてるのさ」
「だってメアリーちゃんからのお手紙渡そうと思ったんだもの!!」
「はいはい。開けてないだろうね?」
「開けてないわよーだ。英語でなにが書いてあるのかわからないんだもの」
「……じゃあもう良いよ。おやすみ」
俺は手紙を受け取ると手をひらひらさせて2階にあがる。部屋に入ってメアリーからの手紙を開く。メアリーからの手紙は月に1往復くらい。来ない月もあれば月に2回届くこともある。先月の4月は届かなかったから3月振りの手紙だ。
『隼人へ 誕生日おめでとう!!4月に言いたかったんだけど遅くなってごめんね。それには事情があるのよ。隼人がクラシックを聴くって教えてくれたからバイオリンを習うことにしてみたの。でもね、酷いのよ。昔ママもバイオリンをやっていたからすごく熱心な教育ママになってしまったわ。隼人への手紙を送ってと言ってもここまでできるようにならないと送らないとか、そもそも手紙を書く時間もくれないのよ。これでは本末転倒だわ。本末転倒って使い方合ってる?この前も言ったけどマーガレットとジョンが、覚えた日本語を私やエリックに伝えにくるの。最近は四字熟語にハマっているみたい。でも意味はよくわからないんだって。それって意味があるのかしらね。でもね、私も気になってしまうから聞いた四字熟語の意味をパパに教えてもらうの。いつか日本語でお手紙が書けるくらいになるかしらね。ああ、けどそれじゃあ隼人のママに読まれてしまうかしら。隼人のママは可愛いわね。初めて手紙を送った時に開けてしまってからどう?私は隼人のママに読んでもらっても良いけど隼人が嫌ならやっぱり手紙は英語で書くべきね』
初めてメアリーからの手紙が届いた時母さんがそれを開けてしまった事件があった。人の手紙を勝手に読むなと怒ったら読まなくなったというか、開けてはいるんだけど下手に隠すようになった。完全に封が開いて閉じ直した形跡があるんだ。困った母さんだなと思うけど英語だから母さんにはさっぱりなにが書いてあるかわからないだろう、馬鹿め。
俺はメアリーへの返事を書く。こういうのは苦手だったけど最近あったことや母さんや親父の愚痴を書き出すとすらすらと書ける。メアリーからも今回みたいな内容が書かれている。母さんのことが終わると次は別の話題になってその手紙は3枚にわたって書かれていた。
俺は返事を書き終えると明日の準備を始めた。大学4年になると月曜日と木曜日の週に2回しか大学に行かなくなった。そもそも卒業に必要な単位はほぼ取れていて卒論を出せれば卒業はできる。今日は月曜日で家庭教師のバイトの日だった。真衣さんは無事に第一志望の大学に入学したから今年からはまた彰くんと2人になった。
塾講師のバイトの方は土日だけだから火水金は椿探しをしている。火曜日と水曜日は泊まり掛けで遠くまで行っていて、明日明後日も探しに行くから簡単に着替えを詰めるだけの支度をした。
翌朝、早朝に俺は家を出発した。途中でメアリーへの手紙を出して15時過ぎに着いた今日泊まる宿に荷物を置いてから逆ナン対策をして出かける。椿が平日だとしても学校がなくて友達と旅行をしてるかもしれないと思って泊まるところは女の子が好みそうな温泉があるところとかそういうところを調べて泊まっていたりする。宿を出てまずは大学に行ってそのあとは公園で穏やかな気持ちになってからショッピングモールに行く。
だけど今日も見つからなかった。明日は朝から登校時間にうろうろしようと思いながら宿に向かって歩いていると少し先の横断歩道に小さな女の子がいた。まっすぐ伸びた黒髪の5才くらいの女の子をぼんやりと見つめる。椿の子供ならあんな風にきれいな髪をしているんだろうな。万が一、いや、ないけどもし椿に子供ができていたらあの子みたいな可愛い……待て、俺はぼんやりしていた頭を切り替える。赤信号だ、気付いてすぐにトラックがその女の子に向かって走ってきた。
「危ない!!」
「私の旦那さんと子供なんです。先輩はご結婚は?」
嫌だ。とても受け入れられない。若菜と昴の結婚式で椿と椿にそっくりな小さな女の子と旦那だという男が俺の目の前にいる。幸せそうに笑う椿になにも答えられない。なんで?どうして?椿は俺のなのになんでこんなことになるの?椿にそっくりな女の子が俺の目の前に来て言う。
「ママの幸せを邪魔しないで」
邪魔……そうか、俺は椿の幸せを邪魔しようとしているのか。椿にとって俺は邪魔な存在なのか。
椿は2人と俺に背を向けて歩き出してしまった。
「あ……待って!!行かないで!!」
俺は思わず腕を伸ばすけど椿には届かなかった。その時酷い頭痛に襲われて頭を押さえる。なにか鈍器で殴られたような痛みに耐えられなくなってその場に蹲る。
「痛い痛い苦しい……椿……」
気が付くと視界に真っ白な天井が映る。ああ、今のは夢か。良かった。でも頭痛はそのままで頭はぼんやりしている。えっと、今はいつでここはどこだ?
「隼人……?」
あれ?家に帰ってきたんだっけ?親父の声に返事をしようとすると違和感を感じて口に当てられているものを見て周りに目を向けてここがどこだかわかった。と、同時にお腹の辺りにあった重みが動いた。頭を動かそうとしたけど痛みで動かなかった。
「隼人!!隼人ー!!」
「……痛い」
俺のお腹の辺りにいたのは母さんだった。横になっている状態の俺の胸に顔を埋めるようにして泣きながら俺の名前を何度も呼ぶ母さんを慰めようとして手を動かそうとしたけどこれも痛くて無理だった。なにもしないでいると親父の声がした。誰か呼んでるみたいだ。
そう、ここは病院だ。あの時小さな女の子がトラックに轢かれそうになったのを見た俺は走って助けに行った。そのあとのことを覚えてないけどどうやら俺がトラックにはねられて病院送りになったみたいだ。
視線の先に右足が吊られているのを見て折れたかなとぼんやり思う。
すぐに医師と看護師が来ていろいろ聞かれたりした。名前はなんだとかここがどこだとか。俺は3日間目を覚まさなかったそうだ。不思議だ、そんなに時間が経っていたなんて。
「はやとー……ごめんね」
「いや、なんで母さんが謝るの」
医師と看護師の人が病室から出ていくと母さんがおかしなことを言い出した。
「ちゃんと隼人の言うこと聞いて子離れするから……だから死なないで」
「どういうことなのそれ……とりあえず子離れしてくれるなら嬉しいけど」
鼻を啜りながら頑張ると言う母さんはやつれていてこの3日間がたった3日間じゃなかったと思った。
「心配かけてごめん」
俺がそう言うと母さんは何度も頭を横に振った。そして親父は痛む頭をそっと触る。
「痛む?」
「うん」
激痛だけど、とかさっきの医師たちにも言ったとか思いながら答えると親父は顔を歪める。
「けどそこまでじゃない」
意味ないだろうと思いながら言うと親父は泣いてるのか笑ってるのかわからない顔で良かったと何度も言った。
そして俺はしばらくして家の近くの病院に移動した。そこで俺にとって長い入院期間を終えて家に帰った。足はとりあえず松葉杖状態だけど退屈な入院生活を終えた俺は清々しい気持ちで家に帰った。でもこの生活、かなり厄介なことになると早々に気付いた。
「隼人、2階に上がるの大変だから書斎使って」
「絶対嫌」
「えー……」
「それなら私階段上がるの支えてあげるわ」
「逆に怖いから嫌」
「えー……わがままね」
「わがままじゃないから。その子離れしたように見せかけていつも通りスキンシップしようとしてくるのそろそろ止めて」
「んー困っちゃったわ」
「困ったね」
「とりあえず自分でどうにかするから放っておいて」




