赤ちゃんと初対面
11月土曜日、俺は今日初めて村岡さんと沙織さんの赤ちゃんに会いに行く。夏に自宅に行った時はけろっとしていた沙織さんだけど当日は難産だったらしく少し体調を崩してしまった。もう完全に元気なので来てくださいと言う沙織さんの熱のこもった電話を受けて今日バイト終わりに行くことになったんだ。
「本当に平気なんですよね?」
「平気ですよ。来てください、早く早く」
玄関で村岡さんに迎えられてリビングに行く。ソファーに赤ちゃんを抱いた沙織さんが座っていた。
「こんにちは。わー……」
初めて見る赤ちゃんの顔を覗きこんでみた。
「小さい……」
「ですよねー。小さいんです。美織ー隼人くんよー。かっこいいねー」
「……可愛い」
沙織さんが声をかけると赤ちゃん──事前に聞いていた通り女の子だった美織ちゃんはニコッと笑った。
「抱いてみますか?」
「え、俺やったことないです」
「大丈夫ですって。ここをこうして」
「あ、えっと……」
有無を言わせず村岡さんと沙織さんに美織ちゃんを腕に乗せられた。
「わー……わー……」
「隼人くんそればっかりですね」
「隼人くんこっちです」
「え?え、写真ですか?」
戸惑っている間に村岡さんに携帯で写真を撮られてしまった。
「すごい困ってる顔してますねー」
「それはそうですって。……あ、どうしたら?沙織さん」
美織ちゃんの様子が変わって慌てて沙織さんに助けを求める。
「あら、お腹が空いたのかもしれませんね。ちょっと行ってきます」
そう言う沙織さんにそっと美織ちゃんを渡すと沙織さんは別の部屋に行った。
「戸惑いますけど可愛いですね」
「そうですね」
「あ、村岡さんも我が子が可愛いんですね」
「それはまあそうです」
「あれが証拠です。服やおもちゃはみんなからだとしても絵本は村岡さんが自分で買ってきたんですよね」
リビングに置かれた物たちを指差して言うと村岡さんはばつの悪そうな顔をする。
「でも安心しました。俺のことはもう心配いらないんですから沙織さんと美織ちゃんを大切にしてくださいね」
「大丈夫です。隼人くんも好きです」
「……わかりましたって」
村岡さんと話をしていると沙織さんが戻ってきた。
「美織ちゃんは?」
「ベッドに寝かせてきました」
「美織ちゃん可愛いです」
「ふふ、ありがとうございます」
「俺もなにか買ってこようかな……。なにかないですか?」
「んーみなさんがいろいろ買ってきてくださっているので」
「隼人くんは毎日でも遊びに来てください」
「ま、毎日は難しいかもしれないですけど。遊びにきて良いですか?」
「もちろんです!!美織も隼人くんが大好きだって言ってました!!」
「言ってないし思ってもないですよね」
「美織は隼人くんが大好きになりますよ」
「……そうですかね。でも可愛がっても浮気にならないので美織ちゃんをたくさん可愛がります。あ、でも椿が可愛いのとは別物ですからね」
なんで言い訳みたいなことを言ってるんだと思わないでもなかったけどまあ良いや。
「それじゃあ俺はそろそろ帰ります」
「え、もう帰っちゃうんですか?」
「はい。親父と母さんが出掛けてるので久しぶりに昴の家でご飯を食べることになってるんです」
「そうでした。美香ちゃんが隼人くんがバイトでパーティーに一緒に来てくれないって言ってました。それならしかたないです。また来てくださいね」
「明日でも良いですよ」
「明日は椿探しに行くんです」
「帰りに寄ってもらっても良いですよ」
「えっと……時間があったらにしますね」
そして村岡さんの家を出た。帰り道で考える。やっぱり俺もなにか買いたい。なにが良いんだろうか。ショッピングモールに寄って帰ろうかな。ちょっと遅くなっても大丈夫だろうし。でもせっかくならもっと品揃えが豊富なお店に行こうかな。明日椿探しをしに行く所の近くにお店はあるかな。もしかしてそこで椿を見つけられ……いや、待て。椿が赤ちゃん用品のお店にいるってどうなんだ?まさか椿に子供?椿の子供……うわー……。
「痛い……」
電車のドアの横に寄りかかっていた俺はドアに頭をぶつけた。地味に痛い。
いや、痛がってる場合じゃない。椿に子供なんてできるわけない。そう、でき……ることもあるのか?俺はいったいどうしたら良いんだ?椿がすでに結婚して子供も生まれてたら。それは……それ……は……。
「どうしたら良いんだー!?」
「今日は早かったねぇ」
「隼人、お茶」
「椿が結婚して赤ちゃんができてたらどうしたら良いの!?ねえ!!昴!!」
「潔く諦めたら良いと思うよ」
「嫌ー!!でも浮気はできないー!!でも諦めるのも無理ー!!」
昴の家に着いた俺はすぐにビールの瓶を開けて一気に飲み干した。そのままのペースで今に至る。
「あれ?そういえば彩華さんは?」
「母さんならずいぶん前にこっちが男子会するなら女子会することになったって若菜の家に行ったでしょ」
「そうだったっけ?あれ?あれ?浩一さんこれお茶ー!!」
「明日もバイトなんだからほどほどにしな」
「大丈夫だよー。めったに二日酔いしないから」
俺はそう言ってビールをグラスに注いで飲む。
「それより椿が椿にそっくりの赤ちゃんを抱いて旦那と一緒にいたらどうしたら良いの?とりあえずなにすれば良いの?」
「もう厄介だなあー」
「一輝さーん!!椿結婚してないよね!!子供できてないよねー!!」
立ち上がって正面に座る一輝さんの肩を前後に揺らして叫ぶ。
「わーもう勘弁してよー教えられないよー」
「いじめだ。しくしく……しくしく」
「泣き真似しても教えないよ」
「昴は人の心がない!!」
「べーだ」
「優菜さんたちがそんなに怖いの?そんなんだからうちの女たちが好き勝手するんだ。だいたいなんなんだよ、女子会って。女子じゃなくておばさんと妖怪のとんでもびっくり会だろ」
「隼人くん、優菜さんから電話だよ」
「あ?図ったようなタイミングだな。受けて立ってやる。貸せ」
昴が差し出してきた携帯を耳に当てる。
『誰がおばさんと妖怪のとんでもびっくり会ですって?』
「地獄耳だな」
『昴が教えてくれたのよ』
「早すぎだろ、昴」
あり得ない。昴も同じことを考えて予測したに違いない。
「みんなが思ってることを代弁しただけだよ」
『隼人だけなんだから。あーそんなに知りたいなら教えちゃおうかなーどうしようかなー?』
「優菜さんの言うことは本当か嘘なのかわからないから良い」
『へー聞かなくて良いんだーせっかくのチャンスなのにー』
「もう、しつこいな酔っぱらいの戯れ言には付き合ってられないよ。じゃあね」
電話を切って昴に携帯を返す。と、同時にテーブルに伏せる。
「えーん!!聞いた方が良かったの?でもどっちかわからないしーもう優菜さん意地悪ー!!」
「まあまあ、落ち着きなよ。ママもオレンジジュースで酔っぱらってないし。そうだ、隼人もオレンジジュース飲む?」
「飲めるわけないでしょー!!浩一さんの意地悪ー!!」
「ご、ごめん、つい……」
「隼人もう帰って寝ればー?」
「どうしたら良いのか教えてよー!!一輝さんの意地悪ー!!」
「ほんと酔った隼人って厄介だなー……」
「ねえ隼人くん、実際に見たわけじゃないことでそんなに騒いでも意味ないでしょ」
「いたらどうしたら良いんだよー!!結婚してるかしてないかくらい教えてくれても良いでしょ!!昴の意地悪!!人でなし!!」
「もう終わり。おしまいだよ、はい、隼人くんバイバーイ!!」
「え!?いきなり!?酷い酷い!!」
リビングと違って冷えた廊下に追いやられた俺は頭も冷えてきた。
「意地悪な人たちじゃ駄目だ。帰って竜二さんに教えてもらおう」




