成人式と魔の書斎の正体
1月、スーツ姿で成人式の会場に行くとやたら視線が痛くて式が始まるまで外に避難していようと人の少なそうな場所に行ってみるとそこには先客がいた。電話をしている最中に目があった相澤は電話を切って手を振ってきた。
「佐々木じゃん、久しぶり」
「久しぶり。電話平気?」
「良いの良いの。彼氏からだから」
「彼氏……ってあの?」
「そうだよ。高校から続いてるんだ」
「そうなんだ」
「最近嫉妬するようになったんだよ。いろいろ飲み会とかあるでしょ。だから今日も心配して」
「へえーけど上手くいってるんだね」
「まあね。佐々木は?どうしたの?」
「視線が痛くて逃げてきた」
「ああ、その格好じゃね」
「袴じゃないのに。ただのスーツなのに」
「ただのスーツがえらい高級そうだもん」
「やっぱり?悪目立ちするからやめてって言ったのにな。いつもバイトで着てるスーツで行こうとしたら袴じゃないならせめて特別なスーツにしようよって両親にもいつもスーツ買ってる店の親父の友達にもすがり付かれて」
「なんかキラキラ感が増してるよ。いや、現にキラキラしてるねネクタイが」
「そうなんだよ。それにオールグレーは駄目じゃないかって言ったんだよ」
「似合ってるから良いじゃん」
「落ち着かないんだよね」
「ふふ、そっか」
せっかくだから式が始まるまで避難に付き合うと言う相澤と近くのベンチに座った。
「二十歳って早いよね」
「そうだね」
「全然大人になった実感ないけど」
「俺はいつも子供じゃないんだから放っておいてって親に言ってるよ」
「えーそうなの?佐々木のお母さんって可愛いよね」
「見たことあった?」
「うん、何回かね。三者面談の時とか。可愛いしすごい若いよね」
「若いのは若いね。えっと……短大卒業してすぐに結婚して21で産んでるから……って考えるまでもなく41だ」
「若ーい、通りで。でも20才で結婚したんだ。今の私たちと同じだね。不思議だなー結婚なんて全然考えられない」
「確かにそうだね。相澤は彼氏と結婚しないの?」
「いやー……どうだろ?まだピンとこないんだよね。けど結婚するかも」
「そういうものなんだ」
「うん、ねえ。お母さんは20才で結婚って迷わなかったのかな。仕事したいとか自分の時間がとか」
「……そんなの考えないと思うよ。馬鹿だから」
「そう?けどお母さんの両親はまだ早いとかならなかったのかなー」
「思うものかな?」
「わからないけどー。けど20才になって時々お母さんとお父さんと同じ大人なんだなって思うと2人の20才の時ってどんなだったんだろうとかどうやって出会ってこの人と結婚しようって決めたのかなとか気になっちゃって」
「ふーん……」
「気にならない?」
「だいたいは聞いてるからね」
「そうなんだ。でも両親の話って一番身近な体験談だから聞いてみると結構面白かったよ」
「体験談……か」
「うん、2人が一回別れてまたすぐによりを戻したって初めて聞いたし。その別れた原因がお父さんが嫉妬したからなんだって。お母さんが幼馴染みと仲が良すぎて別れたそうなの」
「それで嫉妬?それで別れるってどうなの?」
「うん、だから黙って身を引いたお父さんにお母さんが理由を偶然知ってちょっと待ってってすぐにひき止めてよりを戻したんだって」
「そんなことある?」
「私だってそんな馬鹿なって思ったよ。けどちょうど付き合ってる彼氏の考えてることがよくわからないってなってた時だったんだ。私バスケ辞めてテニスサークルに入ってるんだけど人数も多いし男女関係なくみんなで遊んだり飲み会したりって楽しいんだけどその時の話をすると不機嫌になるのになんにも言わなくて。なにか言いたいことがあるなら言ってよって言ってもなんでもないって逃げて。もうどうなってるのって思ってる時に両親の話を聞いて彼氏にそれって嫉妬なの?なんなの?って詰め寄ったら白状したのよ。それから私が妥協してるって」
「妥協……?」
「うん、私が佐々木のことをまだ好きで妥協して自分と付き合ってるって思ってたらしいの」
「へ……えっと……へぇー」
「変なのって思うでしょ。私もそんなわけあるかいって叫んだわ。もう佐々木のことなんてこれっぽっちも好きじゃないわって、私が好きなのはあんただけだって。と、そんなことが3ヶ月前にあって、嫉妬するならして良いって言ったらこうやってちょくちょく電話がかかってくるようになったってわけ」
「それはそれは……。あ、今俺と話してたらまずい?」
「あー良いの良いの。佐々木と成人式の会場同じだって知ってるし会うかもって言ってあるから。だからって揺れたりしないんだからねって啖呵切ってきたから」
「なんていうか……相変わらず相澤はすごいね」
「あはは、そうかな?」
「うん、前から男より男前だよ」
「それ女としては嬉しくないけど自覚してるからいっか」
そのあと少し話して時間になったから会場に入った。ぼんやりと壇上に立つ人の話を聞きながらさっきの相澤の話を思い返す。
確かに親父と母さんの話は聞いているけど俺の知っていることは母さんが高校1年の時に親父の家で偶然会って一目惚れしていつだかにお試しの付き合いを始めて高校3年の10月に本当の彼氏彼女になって、保育科の短大に通いながら親父の行くパーティーに付き添っていたら親父が大変だと思って就職するのを辞めて短大卒業してすぐに結婚したこと。
……あれ?あんまりわかってない?母さんの方のおじいちゃんおばあちゃんはおばあちゃんが少し天然っぽいけど母さんは突然変異だとおじさんが教えてくれたことがある。あまりに早い結婚に反対しなかったのかな。絶対やってけないと思わなかったのかな……。あ、そうだ。そういえば母さんと親父は結婚する前に一緒に住んでいたと聞いた気がする。それはそう、優菜さんと浩一さんが初めて会った時だ。優菜さんの成人式の時の写真を見たって言ってた。つまり1月から結婚する3月の間には同棲していたことになる。……はて、結婚する数ヶ月前に同棲を始めたのかな。それとももっと前から?
そう考えているとどんどん気になってきた。気になったら聞きたくなってきた。
成人式の後の同窓会に参加して二次会の誘いを断ってすぐに家に帰った。
友達と楽しんできたら良いよと言われていたから何時に帰ると決めていなかった。思いの外早い帰りに驚いた母さんだけどすぐに喜んだ。
「おかえりー!!わー!!かっこいいー!!」
「なんでだよ。朝も試着した時も何回も見てるでしょ」
いつも通り鬱陶しい母さんの手を払いながら親父はと聞く。
「いるわよ?なにー?また秘密なの?私もー!!」
「別に秘密じゃないよ」
母さんをしっしと追い払うと2階に行って着替えてからリビングに行く。
「おかえり。早かったんだね」
「ただいま。ちょっと聞きたいことがあって……ってまたアルバム?」
リビングで親父がビールを片手にアルバムを見ていた。
「何回も見返すものなのよー」
「隼人もビール飲む?あ、他のもあるよ。なにが良い?」
「ビールで良いよ」
親父はいつでも俺と飲めるようにビール以外のお酒も家に置くようになった。スキップでもしそうな母さんが嬉しそうにグラスを持ってくるからそれを受け取って飲む。
「でもちょうど良いや。アルバムって昔のはないの?」
「昔の!!」
アルバムを付きだしてくる母さんに呆れる。
「昔って言ったら大昔のことに決まってるでしょ。俺が生まれる前」
「大昔じゃないよ……」
「そうよ!!プンプン!!」
俺が生まれる前なんだから大昔だろうに、と思いつつ大人の俺はさらっと流す。
「で、あるの?ないの?」
「隼人が生まれる直前ならあるんだけど少ないよね」
「え、けど何十冊もあったよね」
「全部隼人が生まれてからだもの!!」
「げ……そうだった?」
「隼人も若菜も昴もみんな写ってるからたくさんあるんだよ」
「あー……なるほど」
「隼人が生まれる前のは美香の実家にあるよ」
「そうなの?なんだ……」
付き合っていた頃の写真があるのかと思ったけどないなら仕方ない。
「見たいのー?どうしましょ、見せてあげたいけど……」
なにを勘違いしてるのか母さんがうるうるしてきて慌てる。
「別にないなら良いんだって。ちょっと母さんと親父が結婚する前の話を聞きたかっただけ。ついでに写真もないかなって」
「お話!!聞いてくれるのー?」
「う、うん」
泣きそうかと思ったら今度は飛び上がって喜ぶ母さんに苦笑いしていると親父も言う。
「やったね、美香。ついに隼人が僕たちの話を聞いてくれるようになったよ」
「なにを大袈裟な。この前もアルバム見ながら小さい時のこと聞いたじゃん」
「あれは関さんたちとなにして遊んでたかーとかだったもの」
「そうだったっけ?」
「そうだよ。まず最初はね「あ、最初からじゃなくて良いんだよ」えー?」
「いつ同棲を始めておばあちゃんとおじいちゃんも母さん自身も結婚に不安なかったのかなって気になっただけ。母さんは今の俺と同じ年で結婚したから不思議な感じだと思って。俺と違って大馬鹿なのに結婚できたんだね」
「えーん!!喜んで良いのか悲しんだら良いのかわからなーい!!」
「よしよし、美香。隼人はおっちょこちょいで可愛い美香がお母さんとお父さんのところから離れていくことに不安はなかったのか聞きたいんだよ」
「そっかー!!」
こっちが泣きたくなってきた。この天然馬鹿夫婦め。
「琉依さんと一緒になるのに不安なんてなかったわよー!!」
「一緒に暮らしてたのも長かったからね」
「それだよ、それ。それはいつの話なの?」
「私が高校卒業してすぐよー」
すぐよーすぐよー……。
「って早!!犯罪だよ!!これが囲い込み!?」
「はん……そんなことないよー」
「イチャイチャしたいからって早すぎだよ。結婚の前におばあちゃんとおじいちゃんはそれにびっくりしただろうね」
「そんなことないわよー。一人暮らしだったら危ないけど琉依さんがいるなら安心だって言ってたもの!!」
「いやいや親父が危険じゃん!!だからすぐに俺が生まれたんだよ!!手を出すのも早かったんでしょ!!」
「ほえー?」
「そんなことないって」
理解できてない馬鹿な母さんだったけどふと思い付いたようで両手を合わせた。
「ああ!!そんなことないわよー!!好きって言ってくれた時に手を握ってくれたわ、2回目!!」
「は?なんの話なの?」
母さんは話にならない、と思い聞き流そうとしたら次の言葉に驚愕する。
「1回目は付き合う直前なの!!あ、それでね、好きって言ってくれた時に初めてキスしてくれたのー!!」
「……まさか、いや……え?」
親父が母さんに好きと言ったのはお試し付き合いを始めてから2年後のはず。その時に2回目に手を繋ぎ初めてキスをした?
「え、つまりそういうこと?まさか、親父が?」
疑うように親父を見るとにこりと笑って頷いた。
「2年も……?」
「琉依さんはとっても優しいのよー」
「それにしたって……」
「でも隼人が思うこともわかるわー。私も不安だったもの。琉依さんの周りには綺麗な女の人がいたから魅力がないのかなって、やっぱりお試しだからできないのかなって」
「なにがわかったのか意味不明だけど会話が成り立ってる。母さん……」
母さんは落ち込みやすいらしいし、そんなに長く手を出されないのも不安になったんだろう。昔読んだ雑誌に書いてあった女の子の気持ちにもあった。母さんもそういう普通の不安があったのか。涙もろいからまたうるうるしてきた母さんにティッシュを数枚取って渡すと器用に笑った。
「でもね、村岡さんが言ってくれたのよ。それは違って琉依さんは私のことをちゃんと考えてるからなんだって。琉依さんはちゃんと私を本当の彼女にできるか考えてくれてるんだってわかったから本当の彼女になれるようにもっと頑張ろうって思ったの!!」
「……これは合ってるの?」
親父に視線を向けると苦笑いしてる。そういうことではなかったらしい。
「それで実家にいた時も一人暮らしを始めたおうちにも遊びに呼んでくれないんだってわかったからねー、待つことにしていたのよ。けど優菜がよく言ってたの。女の子は待ってるだけじゃ駄目だって。だからお試しのお付き合いがいつまで続くのかわからなかったけど実家から遠い琉依さんの一人暮らししていたマンションからなら通いやすい短大を選んでみたの、優菜が!!すごいでしょ」
「……優菜さんがすごいね、さすが女帝。やることが肉食系女子だ」
「けどね、卒業する前に琉依さんが一緒に住もうって言ってくれたから結局通学も楽々だったし毎日琉依さんに会えるし嬉しかった」
「高校も遠かったもんね」
「近くに通える学校がなくって1時間かかってたのよ、酷いでしょ」
「母さんが馬鹿だったからってことでしょ。……それにしても親父がそんなに手を出さないでいたなんて……納得、だからおばあちゃんたちは安心だって言ったんだね」
「そうだわ、お母さんたちにあの頃のお話を聞きたいならアルバムもあるし実家に行ったら良いんじゃない?あ、ああ!!閃いちゃった!!」
「どうしたの?美香」
「せっかくだから3月25日にしましょうよ!!結婚記念日!!」
「え、いつもみたく2人で出掛けなくて良いの?」
「むー!!いつも隼人が用事があるって言うから一緒に行けなかっただけじゃない!!」
「ああ、そう」
記念日に煩いから2人で出掛けたいだろうと思って予定を入れてただけだったんだけどまあ良いや。
「4月になったら隼人は20才じゃなくて21才だものね。せっかくだから20才の間に行きたいし、今年は予定を空けてね」
「はいはい」
「楽しみね!!いつも以上に特別な結婚記念日になるわね琉依さん!!」
「そうだね」
「あ、もうこんな時間!!お風呂入ってくるわー!!」
パタパタとリビングを出ていく母さんをぼんやりと見ながらグラスに残ってるビールを飲み干す。
「で、なにが本当でなにが嘘なの?」
「人聞きの悪いことを……」
「手は出さなかったことは事実らしいけど本当に?2年も?浮気してない?」
「してないしてない」
「じゃあなんで家に呼ばなかったの?」
「高校生の時言ったでしょ。好きな子と家で2人きりの状態でなにもしないわけないって」
「お試し期間中だったからってわけじゃないんでしょ?」
「そもそもお試しとそうじゃないの区切りを知らなかったから。高校卒業後の進路を決めた話を聞いてまだお試し中だったんだって知ったというかだいたいお試しだとは一言も言ってないんだけど……」
あ、これは親父が拗ねてる。ぶつぶつ呟く親父の話を黙って聞くことにした。
「なぜか急いでるみたいでね、僕が別れて次の人と付き合うまで一番短く空いてたのが14日だとはその頃優菜が言ってたんだけどそれがなんだったのかはよくわからなくて。けど偶然美香に会った日に雨なのか泣いてるのかわからなかったけど走って行っちゃいそうになった時美香が時々呟いてたカウントのゼロがその日だってピンと来て明日じゃ駄目なんだって体が勝手に動いて手を掴んで言ったんだよ。美香ちゃんは僕のことが好きなんだよね、美香ちゃんのことは可愛いと思うし気になる存在ではあるけどそれが恋愛感情かはわからない。好きになるかわからないけどそれでも良かったら付き合ってみようかって」
黙って聞いてたらなれそめの話になってしまった。しかもどういう状況だったのか全然わからない上に酷い言いぐさだ。親父じゃなかったら自意識過剰だとか偉そうにとかバッシングされそう。いや、親父だから良いという問題ではないけど。
「あれをどうしてお試しだと思うのかな……しかも2年も……不思議だな」
「親父にお試しのつもりがなかったことはわかったよ。それで、手を出さなかったのはなんでなの?」
「いやー……それは最初は大切にしようと思ってたからなんだけど。美香があまりに純粋で活発に外で遊ぶのが好きみたいだからゆっくりことを進めようかと思ってるうちに美香に心底惚れて可愛すぎて触ることもできないーってやってたら2年も経ってたんだよね」
「馬鹿なの?」
「えへへ、みんなにも言われた。だってこんなに無垢な子見たことないってなったんだ。けど平気だよ。美香に触れられない代わりにいろんな人に頼んで美香のグッ「ぎゃー!!」……なに?」
「え、そこに繋がるの?まさか、そういうこと?」
あの魔の書斎にあるものはこの家に引っ越してからコレクションしだしたものではなくてそんなに大昔からやらかしてたものだったの?ますます恐怖だ。母さんに手を出さないでそれを使っていかがわしいことをしていたに違いない。なんてゲスい男なんだ。
こんな人を安心だと思って娘を預けたおばあちゃんとおじいちゃんが可哀想だ。今さらだけど俺が親父の正体を教えないと。あ、でもオブラートに包もう。母さんには……まあどうでも良いか。
とにかく3月におばあちゃんたちに伝えよう、そう決めた。




