探しに行こう
「よし、まずは緑にしよう」
10月になって塾講師のバイトのない日の講義を3限までにした俺は今日初めて椿を探しに出かける。昨日のサークル帰りにふと思い付いてホームセンターに寄って色鉛筆を買ってきた。
椿の写真がないならなにを見れば良いんだろうかと考えていて昨日思い付いた。そうだ、パンダうさぎだ、と。色鉛筆を買ってきた俺はルーズリーフにパンダうさぎを書いてそのパンダうさぎにピンクや黄色や水色や緑色で帽子を被せたり耳飾りをつけたりした。そういうパンダうさぎを何匹も書いて携帯で写真を撮ってパンダうさぎとフォルダ名を付けて保存した。椿本人じゃないんだからメイン画面に設定しても問題ないだろうと思った俺は毎朝変えて眺めようと決めた。
緑の羽飾りを耳につけたパンダうさぎをメイン画面にした俺は気分良く部屋を出てリビングに行って朝ご飯を食べる。
するとテーブルの上に置いていた携帯がメッセージの着信を知らせた。グループメッセージで智也からだ。なになに?今日のラッキースポットがお化け屋敷でどうしよう?……智也はお化けが嫌いだ。どうしようと言われても困ると思いながら『拓也頑張れ』と送るとすぐに拓也から『俺は付き合わねえから』と来た。言うまでもなく俺も無理だと返して携帯を置いた。
「あら?それはなに?」
携帯をメイン画面にしたまま置いていたからその画面を見て母さんが言う。
「パンダうさぎだよ」
「「パンダうさぎ?」」
親父と母さんは同じ向きに顔を傾ける。ものを知らない2人に俺は説明する。
「でもなんでパンダうさぎなのー?イラスト?さすが隼人ねー。上手だわ」
「あ、返して。これは椿なんだから」
「「え?」」
母さんに携帯を奪われてやんわり取り戻す。また親父と母さんは首を同じ向きに傾げる。
「色を変えて何匹も描いたんだ。2人は敵だからこれ以上は教えてあげない」
俺はそう言うと食べ終わった食器を片付けた。リビングから出る前に母さんに昨夜も言ったことをもう一度言う。
「バイトはないけど椿を探しに行くから夜ご飯はいらないからね。じゃあいってきます」
サークルの時と家庭教師のバイトの時は比較的早めに帰れることもあるからそういう時は家でご飯を食べることにしていた。予定を一応把握していないとなにかあったら不安だからと親父が言うから1週間の予定を学期ごとに伝えるようにしていた。二十歳になったんだから放っておいてくれと思ったけど一人立ちするまではなにかあった時にどこに連絡すれば良いのか知っておきたいと言われた。別に智也と拓也とサークル終わりに飲んできても遅くなると連絡すれば別になにも言われないから知らせるくらい良いかと思ってる。
「で、まずどこに行くんだ?」
そして昼休み、結局帰りにここから一番近いテーマパークのお化け屋敷に行ってくるという拓也に労いの言葉をかけたあと拓也が切り出した。
俺は隣の県の女子大学の名前を言う。
「女子大かー」
「女子大学だと良いな」
「お前それだと見つけられないと思うぞ」
「わかってるよ。まずはってこと」
親父じゃないけど女子大学だと安心だから。でもさすがに俺だってそこに絞って調べてるわけじゃない。
「でー?具体的にどうするの?」
「敷地に入れないだろうし入り口で見てたら見つかるはず」
「確実に囲まれるな」
「格好の餌食だね」
「え、駄目なの?」
「ま、良いんじゃないか?」
「あと坂下さんが行きそうな場所とか」
「公園が好きだからそこもリサーチしてある」
「けどそこだけ探すのはどうだろ」
「そうだねー。大学生になって交遊関係も変われば遊ぶところも幅広くなるんじゃない?それにバイトしてるかも」
「バイトしてそうな所に行ってみるとか」
「なるほど……。ウェイトレスとか……可愛い」
制服を着て接客してる椿を思い浮かべる。ああ、可愛いな。
「おい、また変態が出てる」
「ちょっとちょっ「あ!!」……どーしたのさ?」
「駄目だ。男の客に笑顔を振り撒いてたらみんな椿の虜になっちゃう。椿は俺のなのに。椿はそんなとこで働いちゃ駄目だ。働いてない」
「はいはい」
「でもそれで見に行かないでカフェとかレストランで働いてたら隼人、間抜けだよねー」
「う……行くだけ行くよ。けど飲食店なんてたくさんあるでしょ」
「とりあえず人気のお店調べてみたら?あとは大学の入り口で女の子に聞き込みするとか」
「それこそ餌食になる気がするぞ」
「えーそうかな?試しにやってみたら?」
「拓也じゃなくても俺もそれはまずいってわかるよ。ナンパだと思われちゃう」
「でも女子に人気の店は女子に聞くのが一番だよ?」
「ん……それも一理あるけど。できたらね」
と、他にもいろいろ話して3限の講義を受けてから俺は椿探しに出掛けた。
そして電車を乗り継いで着いた女子大学の入口でさりげなさを装って立っている。
ちょうど講義が終わったんだろう、数人の女の子たちが歩いてきた。……椿はいない。その後ろの3人組の中にもその後ろも。そう簡単には見つからないか、もちろん長期戦になることだって覚悟してるけど。
「あの……」
そう考えていると3人組の女の子たちが俺に声をかけてきた。
「誰か待ってるんですか!?」
「えっと……」
1人のテンションの高い女の子に戸惑う。
「えっと、俺のことは気にせず通ってください」
「えー!!一緒に遊びましょうよ!!」
「あ、あわわわ!!ちょっと急用が!!」
腕を引っ張られた俺は慌ててその手から逃れて走った。一時退却だ。女の子をかわす方法を誰かに聞かなければ大学の前でうろうろなんてできない。走るのを止めて歩いて向かった先はリサーチ済みだった庭園だ。
緑がたくさんの道を歩いていると自然と心が落ち着く。椿はここに来たかな。どうかな。あ、あそこに座ってまたぼんやりしてたりしたかもしれない。俺はベンチに座って目を閉じる。椿がここでぼーとしてなにかを考えて口許が緩んだり今俺が感じてるように自然の匂いを感じたり。そんな姿を想像してみると心が温かくなる。やっぱり椿がいると穏やかになれる。
落ち着いたところで改めて考えてみる。どうしたら女の子たちに気にしないでもらえるのか。調べてみようか……。俺は携帯で調べてみる。けど出ない。困った。そうだ、拓也ならわかるかもしれない。俺と同じで講義中に携帯を見ない拓也は気付かないかもしれないけど智也なら気付くだろう。
『囲まれはしなかったけど話しかけられた。声をかけられずに済む方法を考えて』
すぐに智也から返信が来た。
『だから言ったじゃん』
『考えてよ』
智也が言ったんだろう、拓也からメッセージが来る。
『ない』
ない……そんな馬鹿な。
『それは困る』
『どうやって撒いてきたのさー』
『急用ができたって走って』
『馬鹿だなー』
『諦めて話してたら良いだろ』
『やだよ。探せないじゃん。話しかけられずにスルーしてもらうにはどうしたら良いの?』
『それは無理じゃないかなー』
『お前がイケメンなのが悪い』
『顔は変えようがないよ。真面目に考えてよ』
『考えてやってるだろ』
『隼人よりモテる人に聞きなよ』
『そうしろ。授業なんだぞ。じゃあな』
『がんばれー』
ああ、友達甲斐のないやつらだな。仕方ない……誰に相談しよう。モテる人モテる人……親父?いや、親父はまた役に立つのか立たないのかよくわからないアドバイスをするに違いない。親父と同じくらいモテる人は誰だろう。そうだ、関さんはどうかな。渋い感じがかっこいいし女性に優しいしさぞモテたに違いない。俺は関さんにメッセージを送る。関さんはお店にいない時もあるし忙しいだろう。
『こんにちは。ご相談したいことがあるんですけどお時間もらえますか?』
忙しいだろうと思ったのにわりとすぐに返事が返ってきた。
『良いよ。今日はバイト?』
『いえ、今日は休みです』
『じゃあ21時過ぎに店に来れたりする?』
え、今日の今日?
『大丈夫ですけど関さんは良いんですか?』
『もちろん。じゃあ待ってるね』
予想外だったけど良かった。あ、一緒に関さんみたいにスマートな男の人になるにはどうしたら良いのかも聞いてみよう。ちょっと変わってるところもあるけどあの雰囲気は少し憧れる。
さて、と……時間までどうしようか。そうそう、椿が働いていそうな場所に行かなくちゃ。カフェに行ってみよう。俺は来る途中に携帯で調べておいた人気らしいお店に行ってみた。
「いらっしゃいませ。1名様ですか?」
椿じゃない。いやいや、俺。ここで残念がって顔に出てたら失礼なやつになるだろ。俺はにこりと笑って頷く。
テーブルについてコーヒーを頼むと他の店員さんをちらりと見る。いない。いないけどここの制服を椿が着たらすごく可愛いんだろうな。白いシャツに赤いスカートを着た椿を想像してみる。ほら、俺、椿には赤いスカートが似合うじゃないか。昔の俺の馬鹿者め。目を瞑ってケーキと紅茶を運ぶ椿を想像してみる。……待て待てそこは男の客だから駄目だ、ああ、そんなに笑顔で接客すると駄目だってば、ああ、もう……椿は真面目だから笑顔で仕事をしてるんだろうけどそれじゃ男は勘違いしちゃうって。
「お待たせいたしました」
そばで声がして目を開けるとさっきの店員さんがコーヒーを持ってきてくれていたからありがとう、とお礼を言った。するとその店員さんは顔を真っ赤にしてお辞儀をするとクルリと向きを変えて歩いていった。
なんなんだろう?暑いのかな?ちょうどいい温度だと思うんだけどと首を傾げてからコーヒーを飲んだ。熱くて香り立つコーヒーを味わう。熱い……?火傷!?そうだ、椿が料理をしていて火傷したらどうしたら良いんだ?いや、椿は実家でも料理していたからそんな母さんみたいなことはならないかも。でも椿はぼんやりしてるし危ないし……困った。それに水漏れとかガスコンロが点かないとかそういうトラブルに見舞われたらどうしたら良いんだろう。心配だな……椿はしっかりしてるけどやっぱりぼんやりしてるからすぐに対処して気付く前に解決してあげないと気付いた時にびっくりしてあわあわしちゃう。ああ、でもそのあわあわも可愛いんだけど。いやいや、いやはや、一人暮らしは大変だ。
コーヒーを飲み終える頃には俺はどっと疲れていた。おかしい、なんでこんなに疲れるんだろ。そう思いながらお店を出る。支払いをする時すごくいろんな人がこっちを見てくる気がしたけど気のせいかな。
時計を見るとまだ少し時間があったから女子大生が遊びにいくスポットを調べて何ヵ所か行ってみた。




