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運命のカミーリア  作者: 柏木紗月
高校生編
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母さんは天然


 家に帰ると母さんがパタパタと玄関に来た。母さんは父さんが帰る時はもちろん、俺が帰ってくる時も家にいる時は手が離せない用がない限りは必ず出迎えに来る。


「隼人、おかえりなさい。彩華さんが驚いてたわ。連絡しないで来るなんて几帳面な隼人にしては珍しいって。なんだか慌ててたみたいだけどどうかしたの?」

「ただいま。なんでもないよ」

「そうなの?ねえ、甘くないお煎餅買ってきたのよ。一緒に食べましょ。隼人食べてる時しかお喋りしてくれないから奥の手を見つけたの」

「はあ?意味わかんないんだけど。しかも煎餅って甘くないものでしょ」

「もーなんでも良いから早く手洗ってきてー」

「わかったわかった」


 母さんは天然だ。天然記念物だ。なにが楽しいのかいつも明るく笑ってるし優菜さんと口喧嘩してても若菜を更正してる時も賑やかで楽しいわねー琉依さん、とニコニコしてる。

 昔は天然でおっちょこちょいでドジな母さんにイライラすることもあったし、そもそもなんなんだこの不可解な9人家族というのは、とか不満もたくさんあったが小出しに口にしたり態度に出したりしたら母さんの天然のせいで不発に終わったり消化不良で終わったりした。気の強い優菜さんよりしっかり者の彩華さんより母さんが一番強いんじゃないか、と俺は密かに思ってる。だからなのか母さんにはあまり乱暴な言葉遣いは出ない。あまりというだけでそこそこ言いはするが受け流される。

 俺は荷物を自分の部屋に置いて着替えをしてから洗面所で手を洗うとリビングに来た。


「隼人、おかえり」

「ただいま」


 リビングにはまあ、いると思ったけど父さんもいた。母さんは日本茶を持ってくると椅子に座った。


「さ、隼人!!お煎餅!!」

「はいはい」


 そんな嬉しそうな顔で差し出してこなくても、と思うが黙って椅子に座るとそれを受け取って食べる。


「どうー?」

「……なにが?」

「美味しい?」

「普通」

「もー!!美味しいでしょ!!美味しいって評判のお店に琉依さんが買いにいってくれたのよー!!」

「煎餅なんてその辺のスーパーにもコンビニにも売ってるだろ」

「せっかく閃いたんだからとびきり美味しいお煎餅を買いたいって思うでしょ」

「ふーん。で?なにを閃いたって?」

「隼人が甘いもの食べてくれなくなっちゃってもうずいぶん経つでしょ。でもどうにかお菓子を食べながらゆっくりお喋りしたいなーって。ほら、隼人ご飯の時しかリビングにいてくれないしすぐ食べ終わって自分のお部屋に行っちゃうでしょー。だからこれ。昨日優菜となにかないかなーって考えてたら思い付いたの!!」

「遅……」

「そんなこと言わないでー!!大発見だと思ったのー!!昔はあんなに私と優菜が作った甘いケーキとかクッキーとか食べてくれたのに食べてくれなくなっちゃって。どうしたら食べてくれるかなーってずっと考えてて。昨日ついに甘いものを食べさせるのは諦めてお菓子を一緒に食べてくれる方法を考えようってお煎餅に行き着いたの!!それを話したら琉依さんが今日買ってきてくれたのー」

「そうですかそうですか。良かった良かった」

「もー!!棒読みー!!」


 怒りながら笑う母さんはある意味器用なのかもしれない。普段の生活で器用な面はまるでないけど。


「隼人」

「父さん、なに?」


 ニコニコしてる父さんに顔を向ける。


「甘いお煎餅もあるんだよ」

「……ああ、そう」

「美香はすごいね」

「えへへー!!すごいでしょ!!」

「……すごいすごい」


 父さんの趣味は絶対母さんを褒めることだ。母さんが言うことは否定しないし母さんがやることは全部肯定するし。愛妻家ってやつだろう。でもだからって息子の俺をないがしろにしてるわけではなくそこそこの頻度で母さんに乱暴な口を聞いても理不尽な怒り方はしないしちゃんと見てくれる。あの書斎のことがなければ理想的な夫で父親だと思う。あれがなければ。


「隼人ー部活はどうなの?副部長大変?」

「普通だよ。小学生の時も中学の時もやってるんだから」

「そうよねー。いつも副部長を任されるなんてすごいわねー、ね、琉依さん」

「そうだね。隼人は頼りにされてるね」


 夫婦揃って褒めないでほしい。


「たいしたことしてないって。そんなにすごいことじゃないよ」

「そうかしら。でも去年の三者面談の時も隼人は勉強もできてスポーツもなんでも得意でお友達にも頼りにされていて素晴らしいって先生が褒めてくださったわよねー」

「高校生に友達に頼りにされてるって評価褒め言葉にするなよ。小学生じゃないんだから」

「あ、お友達といえば若菜のお友達の話なんだけどね」

「ゴホッゴホッ」

「あらあら、大丈夫?」


 むせた俺にのんびりした口調で心配され父さんがお茶を持たせてくれた。

 昴の言う通り、椿のことを誰か1人でも話せば若菜に伝わって、若菜に伝われば邪魔されるのは必至だ。ここはなにも知らないふりをするに限る。


「大丈夫だよ」

「そう?あ、それでね、若菜のお友達がね、椿ちゃんって名前なんだけどね、すごく良い子なのよー。テストの前もお勉強しないで遊びに誘う若菜にお勉強しないと駄目って言ってくれたんだって。しっかりした子ねー。若菜は椿ちゃんが怒ったーってぐずっちゃったらしいんだけど一緒にお勉強したらテストが終わったら美味しいケーキ屋さんに行こうねって言ってくれたんだって」


 なんていうことだ。あの馬鹿の癇癪に付き合わされる椿……。これはやはり無理やり付き合わされて困ってるに違いない。俺が助けてあげないと。


「隼人ー?眉間にシワ寄せちゃってどうしたの?あ、そうだ。写真があるのよーほらー!!」

「か……」


 目の前に差し出された携帯の画面に写っていたのは左耳に髪をかけて真剣な顔で机に向かっている椿の横顔で、俺は思わず可愛いと口にするところだった。危ない。ここで下手なことを口にしたら若菜に邪魔される。それに母さんたちにバレるのも普通に厄介だ。女子高生のように恋愛話が好きな母さんたちにバレたら面倒なことになるに決まってる。


「隼人ー?」

「な、なんでもない」

「そう?これはねー、教室でテスト勉強をしてる時に隠し撮りした写真でね、それでこっちが気付いた椿ちゃんが撮った写真消してーって言ってる所をもう一度撮った写真」

「かわ……ごほんごほん」


 可愛い可愛い。母さんが画面をスライドさせて次に表示させたのは、この前のように顔を赤く染めた椿が慌てた様子で右腕を伸ばしてるところだった。

 咳払いする俺を母さんも父さんも不思議そうに見る。


「隼人ーどうかしたの?」

「なんでもないってば。それで?母さんはその女の子に会ったの?」

「「女の子……?」」

「なに?」


 さりげない質問でごまかそうとした俺に2人はなぜか首を傾げるが父さんが答えた。


「美香は会ってないけど優菜はこの前初めて会ったんだって」

「そうなのよー。若菜もね、椿ちゃんとお出かけするのが楽しいみたいでなかなかお家で遊んでくれなくて。でも夏休みに1度お家で遊んだのよー。でもね、最初はいつも通り外で遊ぶって言ってたのに急にお昼過ぎに一緒に帰ってきてね、私は琉依さんと映画デートの日で優菜も買い物に行こうとしていた時に来たんだって。来るなら教えてくれれば良かったのにねー。それでちょうど優菜が鞄を持って出かけるタイミングで帰ってきたんだけどねー……ふふ」


 母さんは楽しそうに口に両手を当てて笑ってから続けた。


「椿ちゃん、優菜を見て外人さんみたいって言って、若菜がハーフだもんって言ったらすごくびっくりして若菜ってクォーターだったのって。若菜の顔をツンツンってして確かに日本人っぽくない顔立ちだと思ったーって。優菜が言ってたわ、自分たちを見てハーフとかを疑わないでこんなに驚く人初めてだわーって。それでね、お出かけを後回しにしてお喋りしようと思ったのに若菜がすぐに自分のお部屋に籠っちゃって、優菜がお茶とお菓子を持ってお部屋に行っても若菜にママは駄目って追い出されちゃったんだってー。若菜ったら初めてのお友達だから独り占めしたいのね。全然お喋りできなかったって優菜が残念がってたわ。だから今度来る時は先に教えてもらって私も一緒に若菜を説得して4人でお喋りしようって決めたの。上手くいくかしらー?」

「きっと大丈夫だよ」

「えへへ。早く会いたいなー。若菜も毎回お家に呼んでくれれば良いのにねー」

「そうだね」


 俺はもはや母さんと父さんの週末デートになにも言わない。いつものことだ。それにしても椿はやっぱり思った通り天然らしい。天然と言えば、と母さんをちらりと見る。微笑みながら父さんと話し続ける母さんはド天然だ。だけど椿はしっかりしてるし真面目だし、だけど少し抜けてる。なんて魅力的なんだ。俺はますます虜になった。早くもう一度会ってもっと話したい。なにを話そう。椿のことがもっと知りたい。そうだ、椿に聞きたいことをリストアップしよう。俺は残っていたお茶を飲み干すと席を立って自分の部屋に戻った。


「あれー?もう行っちゃうの?せっかく乗り気になってくれたの思ったのにー」





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