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運命のカミーリア  作者: 柏木紗月
大学生編
58/136

溢れ出す想い

ご不快に思われる表現がありますがご了承いただければと思います。



 彼女のことを忘れた。彼女のことを思い出しても強く揺さぶられることがなくなって彼女への強すぎる想いは静かに俺の中から薄れていった。

 だからといって母さんたちはなにを考えているんだろうか。いや、なにも考えていないのかもしれない。今までも俺に嫌みを言ってくることはあったけど直接的なことは言ってこなかったのに、7月くらいから俺はリビングのドアを開けると時々母さんたちの話を聞いてしまうようになった。


「若菜と昴が遊びに行ったらしいわよ」

「そうなのねー。でも女の子の一人暮らしだなんてやっぱり心配だわ……」

「大丈夫よ。若菜と違ってしっかりしてるんだから」



 俺がリビングに入ると母さんは隠してるつもりだろうけど慌ててる。優菜さんはジュースを飲みだすけどわざとだ。彼女のことだとわかる。だけど俺はなにも触れずにただいまというだけ。なにも思わないで自分の部屋に向かう。



 そして9月、夏休み期間中で俺は去年と変わらずサークルにバイトに忙しい。今日はサークルの日だ。長期休暇中は食堂がやってなくてラウンジだけ開放されている。この時期だけ母さんにお弁当を作ってもらってるから昼休憩にサークルメンバーで集まって昼ご飯を食べていた時、俺の名前を呼ばれて声のした方に顔を向けると見たことあるようなないような女の子がいた。


「あの、今ちょっと良いですか?」

「良いよ」


 察した俺はお弁当箱を正面にいた智也に押し付けるとその子のあとに続いてラウンジの外に出る。


「あの……私文学部2年の桜井って言います」

「あ、同じ学部?どうりで見たことあると思った」

「え、本当に?覚えててくれたんだ……ありがとうございます」

「え、感謝されても困るんだけど……」


 俺は確かに忘れっぽいし現に同じ学部の同じ学科の人でさえ全員の名前を覚えてなくて拓也に誰だっけってよく聞くけど。


「あの、あのね、私佐々木くんのことが好きです」

「ごめんね。俺は誰とも付き合うつもりないから」

「知ってます。佐々木くんに告白した子たちが言ってました」

「女子たちって情報伝えてくよね」

「それから、佐々木くんには忘れられない女の子がいるって……」

「……え?」

「あ、ごめんなさいごめんなさい!!」

「い、いや、そんな何度も頭を下げなくても良いよ」


 なんだか慌ただしい子だな、と少し戸惑っていると桜井さんはグッと俺に近付いてきた。なんなんだ。


「忘れられない女の子がいるっていうのは噂で聞いただけです。あの、傷をえぐろうとしてるわけではないです、決して!!」

「わ、わかってるよ」


 絶対そんなことできないでしょ、この子……と思った。大学に入って何人もの人に告白されてきたけどここまで個性的な子は初めてだ。


「あの、忘れられない女の子がいるのはわかります。けど代わりになれないでしょうか?その子を思ってて良いです。私を彼女にしてくれませんか?私なんでもします!!」


 頭が痛くなってきた。絶対にこんなこと言わないだろうっていう子が顔を真っ赤にして恥ずかしそうに言っているこの現状はなんなんだ。俺はどれだけ偉いやつなんだ。


「あのさ、俺ももう忘れてるし気にしてないんだよ。だからそんな自己犠牲しようと思わなくて良いから」

「だったら彼女じゃなくていいです。都合の良い時に呼んでください」

「ひぃ……とりあえず落ち着こうか。深呼吸して、はい」


 桜井さんが大きく深呼吸をするのを待って俺は言う。


「桜井さんは誤解してる。俺はそんな風に思われるような人間じゃない。そんなことして桜井さんは幸せになれるの?なれないでしょ?俺なんかよりもっと良い男がいるよ」

「そんなことないです。佐々木くんはいつも優しいです。偶然隣に駆け込んで座った私が前回の講義でもらった資料を忘れた時も見せてくれたり」

「ん、ありがとう。けど俺のことを好きでいても辛いだけだよ。俺はその子しか愛せない」

「それでも!!」

「あわわわわ!!」


 見かけと性格に対してやることが合ってない!!ずいずいと近付いてくるから後ろに退いていたらラウンジの壁にぶつかった。積極的な女の子すごい。


「なんでもやります!!」


 俺の服を掴んで引っ張って目を瞑っている桜井さんにこれはまずいと思って力を抑えて桜井さんの肩に両手を置く。


「桜井さん」

「は、はい」


 目を開けた桜井さんと目を合わせる。俺は笑って言う。


「震えてるよ」

「……え」


 震える自分の体に今気付いたみたいで両手を顔の下で握る桜井さんにゆっくり言う。


「自分を大切にして。良い?俺は君を好きになれないしそういうことをしようとも思わない。もう自分を偽って無理しちゃ駄目だよ」

「……はい」


 俺の言うことをわかってくれたみたいで桜井さんは静かに頷いてくれた。


「自分から言ったことないんだけどなにかしてほしいことある?あんまりできることないけど」

「……タメ口で良いって言ってほしい……です」

「え?え、別に良いけど……っていうか同い年でしょ?」

「そうなんですけど佐々木くんって大人っぽくて」

「はあ……。やっぱりやることと内面が合ってなさすぎる」

「ご、ごめんなさい」

「いや、謝らなくて良いんだって。タメ口で良いよ、普通に。そんなんで良いの?」

「良いんです……良いの。ありがとう」

「いいえ」


 あ、と思った時には桜井さんは走り去ってしまった。なんだったんだ。わざわざ夏休みにこれのために大学に来てたのかな?いや、それはないか。夏休み中に活動してるサークルなんて他にいくらでもあるんだから。いやはや、びっくりな体験をしたな。俺は肩を鳴らしてからそろそろ練習が再開する時間かなと思って体育館に向かった。





 今日は以前からサークルのあとに飲み会の予定と決まっていた。何度か行っている学校のすぐそばにある居酒屋にサークルメンバーでぞろぞろと入る。


「隼人大丈夫か?」

「なにが?」

「なーんか呼び出しのあと戻ってきてから様子変だよー」


 乾杯をしてそれぞれにガチャガチャと好き勝手話してると拓也と智也が問いかけてきた。


「なんにもないよ」

「そう?」

「調子悪かったら帰って良いからな」

「うん、ありがと」


 俺はそういうとなぜか寄って固まってるみんなを横目にビールを持って壁際に1人座る。


 今まで何人もの女の子が俺に告白してくれた。あれからちゃんと話を聞いてこの子にどう応えるのが良いのか考えて言葉にしてきた。俺なりに紳士的に応えていたつもり。今日の桜井さんみたいな人は今までいなかったけど。どう応えれば良いのか全然わからなかった。あれで良かったのかな。どうして俺みたいな人間をあんなにも好きになってくれるんだろう。わからない。


「おーい、佐々木ー!!なんか頼むかー?」

「ビールを」


 同級生に聞かれて答える。

 どうして自分を傷付けるようなことをしてまで俺のことを思うんだろう。俺はそんな人間じゃない。みんなおかしい。俺は優しくないし真面目でもないしスーパーマンでもない。欠陥だらけの、大切な女の子1人幸せにできなかったどうしようもない人間なんだ。俺がそばから離れることで、忘れることでしか幸せにしてあげられなかった。


「よっ」

「痛っ……」


 2杯めのビールを飲み干したところで頭を叩かれて隣にいる人に気が付いた。


 サークルにこんな人はいなかった。赤褐色の髪は長めで毛先を遊ばせている。ネックレスをじゃらじゃらつけていてなんというかチャラい。きっと他の客が紛れ込んだんだろう、と俺は無視して3杯めのビールを飲む。


「おーい、俺のこと観察してたかと思ったら無視?シカトなの?そりゃないわー佐々木隼人くん」

「……なんで名前を知ってるんですか?」

「知ってるよー。有名だからさ、君。容姿端麗、大学の中でも別格の成績、スポーツ万能、性格は優しくて面倒見が良くたまに腹黒い。けどそこも魅力だとファン多数。告白して玉砕する人は数十人。断り方もスマートで誰も傷付けない」

「……なんですか、それは」

「ちなみに俺は間宮修一。大学3年のバスケサークル所属。訳あって1年半くらい行ってなかったけど今日から復帰したんだ」

「チャラい」

「ありがと」

「褒めてません」

「そう?まあ、それで、そんなスーパーマンの佐々木くんには忘れられない女の子がいる模様。今日積極的な女の子の誘いに乗らなかったのはその忘れられない女の子が原因かな」

「見てたんですか?」

「偶然ね」

「だとしてもすぐ立ち去ると思います、普通」

「残念ながら最初から最後まで見てたよ」

「悪趣味ですね」

「良い趣味でしょ」

「なんなんですか、なにしにきたんですか?みんなの所に混ざれば良いじゃないですか」

「いやー、俺ずっと君と話してみたいと思ってたんだよね。で、なんで誘い乗らなかったの?別に好きじゃなくてもしちゃえば良かったじゃん。別にその忘れられない子は気にしないんじゃない?佐々木くんがどこでなにしてたって」

「最低ですね」

「そうかなー。普通だと思うけどな」

「俺はあなたみたいな人とは違うんです」

「ふーん。そんなに良い女なの?その忘れられない女の子って。佐々木くんなんて百戦錬磨って感じで失恋なんて知らなそうじゃん。どんだけう「煩い!!」」

「……彼女のことをそんな風に考えるな。彼女の心は澄んでいて綺麗でそんな話とは無縁の無垢な子なんだ」

「ふーん」


 手渡されるままに4杯目を口にする。


「で、じゃあその心の綺麗な顔はそこそこな女の子が「違う!!彼女はお姫様のように可愛らしくて真っ白な肌を赤く染めた時なんてもうとびきり可愛い」へーお姫様ねえ」

「……本当にお姫様なんです。垢抜けてない可愛らしさがあって。目が……目がキラキラしてるんです。綺麗な心を映しているような綺麗な瞳。人が気にしないような細かいことまで気にかけていろんなものに興味をもっていて。彼女が見るとどんなものでも魅力的で楽しいものになるんです」

「で、そんなお姫様は今いないんだ?」

「いない……そうです、いないんです。俺のせいで彼女は彼女じゃなくなって。俺に合わせていろんなものを我慢させて、だから離れないといけなかった。でも彼女は俺のことを好きでいてくれて、でも離れないといけなくて……」


 5杯め、6杯、7杯とビールを飲みながら俺は語った。これまでのことを。




「その忘れられないお姫様……って面倒だな。名前は何て言うんだ?」

「……言いたくありません」

「へーへー。で、お前はその子の世界に踏み込んで行かないように忘れることにしたわけだ。自分から手放したくせに」

「そうするしかなかったんです」

「でも彼女は別れたくなかったんだろ?お前と離れるのが幸せってなんで彼女の幸せをお前が決めてるんだ?」

「それは……俺の隣じゃ駄目だったんです。どうしても俺に合わせてばかりで好きなものを全部我慢してる彼女を見るのが限界だったんです」

「でもお前は今でも女々しく忘れられないでいるんだろ」

「忘れました。俺は忘れられたんです」

「いや、お前は忘れてなんてない。今考えてみろよ。全然消化できてねえじゃん。未練がましくその子に執着してる」

「そんなことないです。それじゃ彼女は幸せになれないんです。俺が忘れないと駄目なんです」

「俺からしたらお前は自分でなにも始めることも終わらせることもできないへなちょこな男だ。付き合い始めるのも別れるのも彼女から。お前は自分が傷付きたくなくて大事なことは全部彼女に言わせてきた。そのくせうじうじして自分はなにをしてたんだ?一度でも繋ぎ止めようとしたのか?そんなに彼女が必要だったら距離を置かせなきゃ良かったじゃねえか。なんで引いた?彼女のため?違うだろ、これ以上自分が傷付きたくないから距離を置こうとした彼女のやりたいようにさせただけだ。彼女は必死にお前と別れたくないって頑張るって言葉にして訴えてきたんだろ。お前はどうなんだよ。自分が離れるのが一番の解決法だって話し合いもしないで一方的にお前が決めたんだろ。本当は別れたくなかったんだろ。やり直したいと思ったんだろ。なんで言わなかったんだよ。彼女は待ってたんじゃないのか?」


 俺は次々飲み続けながらその言葉を聞いていた。イライラするのに、お前に何がわかるんだと思うのになにも言えなかった。


「もう終わっちまったことは仕方ない。どうすんだ?お前は今でも彼女を忘れてない。忘れられたっていうのは忘れないと彼女の人生に踏み込んでしまうから忘れたことにしてるだけだろ。お前は一生彼女に縛られ続けるよ。目を逸らしているだけで俺がちょっと言っただけでこんなに溢れてくるんだよ。彼女への想いが。薄れてなんかない。今でも変わらず煮えたぎってるんだよ。自分の気持ちなんて他人がどうこうできるものじゃないんだから後悔してるなら従妹に止められようと本人に拒絶されようとも何度でも彼女の人生に踏み込んで行けば良いだろ」

「駄目だ、そんなの……。また彼女は……もうあんな姿見たくない……」

「俺は彼女の方を見たこともないから好き勝手言える。お前はどうしたいんだよ。このまま一生ここにいない彼女に縛られたまま生きていくのか?彼女のとこに行きたいんじゃないのか?もう一度隣にいたいんじゃないのか?忘れたなら名前も呼べるはずだろ。自分は平気だ、心配ないって笑って自分の気持ち隠してるだけだ。自分が本当にしたいことを考えろ。名前を呼びたいなら呼べば良いだろ。思い出したいならいくらでも思い出に浸れば良いだろ。行きたいなら行けば良いだろうが」


 俺はどうしたらいいんだ?また彼女を傷つけてしまう。だけどもう駄目だ。忘れられないと、忘れたことにしただけだと気付いてしまった。


「行きたい……彼女のとこに……」


 彼女の名前を呼びたい。ああ、でもこの失礼きわまりない男に名前を教えたくない。


「カミーリアです」

「……は?」

「彼女の名前です」

「変わった名前だな」

「本名じゃないです。あなたに教えたら汚れる」

「あ、そ」




 気付いたらここはどこ状態だった。


「あ、気付いたー?」

「智也?」

「携帯勝手に触ってるぞ。とりあえず昴呼んでおいた」

「拓也……ここは?」

「駅前の公園だよー」

「水飲むか?」

「うん」

「ほら、先に買っておいた」

「ありがと」


 ペットボトルを受け取って思い出す。あの日々を、全て、出会ってから全てだ。幸せだった気持ちも辛い気持ちも全部。


「隼人くん!!」


 そういえば何杯飲んだんだろう。ガンガン痛んで視界もグルグル回る中、視界に昴が映る。駆け寄ってきてベンチに座る俺の前に来る。


「君が昴くん?」

「あ、はい。連絡ありがとうございました」

「だいぶ飲んでる。飲ませたの俺たちじゃないんだけど」

「なにがあったんですか?こんなに酔うなんて今までなかったのに」

「それ「昴」」


 俺は昴の名前を呼んでからペットボトルの水を一気に飲む。


「椿に会いたい。ごめん」

「……謝らないでよ」

「椿……椿……椿……行きたい……椿の所に」

「……うん」




 そのあとどうやって家に帰ったのかはわからない。次に気付いた時には自分の部屋のベッドの上だった。体を起こした俺は頭はガンガン痛むけど頭の中はスッキリしていた。



「ああ……椿の所に行こう」





 とても長い間ずっと霧がかかっていた。その霧がようやく晴れた。9月半ば、今日は椿と付き合い始めた日だ。





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