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運命のカミーリア  作者: 柏木紗月
大学生編
56/136

忘れるというのは想いを消すこと?



 サークルは月木の週に2回、家庭教師のバイトは水金の週に2回、塾講師のバイトは火土日の週に3回。塾講師は曜日固定制だけど休み期間に入ったり大学の区切りで変更できるようになっている。最初に聞いていた通りアットホームで緩めのこの塾は働いてる先生も生徒もわりと自由な人たちしかいない。一応必然的にこの日のこの授業はこの先生が見るっていうのは決まってるけど代理がいれば休みも自由にとれるようになっていた。俺が今なんでこんなことを考えているのかというと今が12月だからだ。今年のクリスマスは24日が月曜日、25日が火曜日、大学は22日から冬休みに入ってしまう。サークルはなにを考えてるのか午前中で終わりにするとついこの前急に言われた。そういうわけで今俺は塾で月曜日の午後からバイトを入れられないかと休み希望者を探している。


「隼人先生、見つかった?」

「み、見つかりません」

「学生なんだから思いっきり楽しめば良いのに」

「いえ、火曜日と同じように塾でクリスマスパーティーもどきをしていた方が良いです」


 この塾では大がかりなクリスマスパーティーをするわけではなく24日25日両方コスプレして授業をしたりお菓子をプレゼントしたりといったイベントがある。ここの生徒たちはおとなしい子もいるけどそういう子も含めて人懐っこい。きっとわちゃわちゃ賑やかになるんだろうなと想像できる。だから25日は良い。問題は24日なんだ。サークルのあとにバイトを入れなければと俺は必死になっていた。そんな俺に声をかけてきたのはベテラン講師の大橋さん。面倒見の良い男の人でバイトを始めた当初からなにかとお世話になってる。塾には佐々木という名字の先生がもう一人いるから俺は名前で呼ばれてる。


「もどきって……。サークルじゃなかったの?」

「サークルは午前中までなんだそうで。ありえないです」

「楽しめってことだと思うんだけどなー」

「余計なお世話です」

「あはは、そっか。隼人先生はかっこいいから忙しいと思ってたよ。25日もはずしてあげた方が良いかな、隼人先生のファンの女の子たちに恨まれないかなって塾長が冗談半分で言ってたよ」

「それもありがた迷惑なんです。……まずい、このままじゃサークルのあとの予定がない」

「大学の友達と遊んだら?」

「もうそれしかないですよね……」


 別に彼女のいない智也と拓也と遊んでも良いんだけどそしたら街に出ていってそういう所でまた思い出してしまうから、それなら塾にこもっている方が断然良いと思ったんだけど。





「24日どっか行くの?」


 結局休み希望者はいなくて諦めた俺は翌日の学校で智也と拓也に聞く。


「あれ?バイト入れるんじゃなかったの?」

「駄目だった」

「ま、そうだと思ったけど」

「どこかクリスマスと無縁な活動してる街に行こうよ」

「どこだそれ?」

「もう良いじゃん。諦めて僕たちとパーと遊びに行こうよ」

「どこ?」

「そこの商店街でも巡ってみよっかー?」

「えー……」

「わがままだな……」


 大学のある地域は下町風情のある所と繁華街みたいになってるところが共同生活しているような場所だ。大型ショッピングセンターとか娯楽施設が軒並みならんでいる場所があるかと思えば少し脇道に入ると昔ながらの商店街がある。どっちもクリスマスムード一色だ。どうなってるんだ。クリスマスなんて嫌な思い出しかないのに。

 常に忙しくしてるから彼女のことを思い出さない時間もある。けど朝起きた時とかふとした瞬間に彼女の姿が思い浮かんでしまうことが回数は減っているものの今でもある。1年経ったのに。人はこんなに忘れられないものなのか?それとも俺がおかしいのだろうか。もうわけがわからない。こんなに忘れたいのにどうして彼女の声も顔も話したことも一緒にいた思い出も頭から消えていってくれないんだ。他のことならすぐに忘れられるのに一番忘れたいことは全然忘れられない。


「とにかく案外外に出てみれば楽しいと思うよー」

「サークル終わったらクリスマス関係なくゲーセン行ったり普通に遊べば良いんだからな」

「そうだね……」


 それで彼女を思い出さずにいられるだろうか。





 不安に思いながら24日になった。サークルが終わって彼女がいる人たちはすぐに退散していて俺たち3人はのんびり帰り支度をして学校を出た。


「まずは昼だな。どうする?」

「ラーメン!!」

「智也ラーメン好きだね」

「良いでしょー好きなんだからー!!」


 商店街じゃ気を紛らわすものがないと思って結局若者たちで溢れた方に来た俺たちはラーメンを食べてゲーセンに行った。エアホッケーをしてたら体を動かしたくなったと智也が言うから午前中に体動かしてただろうにと言いつつスポーツ施設に行ってテニスをした。テニスをしたら今度はダーツをしようと拓也が言い出すから、スポーツじゃないじゃんと言いながらダーツをした。もちろんダーツをするのなんて初めてだった。


「もー!!隼人のスーパーマンめ!!」

「智也煩いよ……」

「でも智也の言いたいことはわかる。なんで初めてやったのにあんなに上手いんだ」

「知らないよ。聞いた通りにやってるだけなんだから」

「規格外だ!!隼人の馬鹿!!」


 スポーツ施設を出た俺たちは外を歩く。いたるところに装飾や電灯が付いていてクリスマスムード一色の道を歩いている。智也の煩い声に呆れていると前からすぐそこの飲食店から出てきた高校生らしいカップルが話しながら歩いてくる。


「私払うよー」

「良いってば。デートなんだから俺に払わせてよ」

「割り勘!!」

「クリスマスなんだからいい格好させてよ」

「えー」

「良いでしょ?」

「もう仕方ないなー。ありがとう」




『デートでは男が支払うものだから』

『デート……』




 駄目だ駄目だ駄目だ。




「あれ?隼人どうした?具合悪い?」

「ううん、なんでもないよ。次どこ行こうか。いつもどこに遊びに行くの?」

「んーあとはカラオケとかかなー」

「ちなみにカラオケは行ったことあんの?」

「ないよ。けど行こうよ」

「お、ちょうどあんなところにカラオケがー!!」

「この辺カラオケ多いからな。本当に平気?顔色悪いけど」

「平気だよ。行こう」


 俺は笑ってカラオケに走って行ってしまった智也のあとを追いかけた。




「こうなってるんだねー」

「これで曲入れるんだよ」

「っていうか隼人って歌歌うの?音楽なに聴くの?」

「そういえば隼人ってそういう話教えてくれないもんねー」

「歌わないけど聴いてはいるよ。昴の好きな洋楽とか親父の好きなクラシックとか。いつの間にか俺の音楽プレイヤーに入ってるんだ」

「どういうこと?いつの間にかって」

「いつの間にか増えてる。あれ?これ聴いたことあったかなって思ってたらそういえばこの前曲追加しておいたよって言われて。先週も家に帰ったら、参考書借りようと思ったら机に置きっぱなしになってたから曲入れて戻しに来たよって帰り際の昴に言われた」

「へ……へえーそうなんだー」

「うん」

「で、どうする?隼人歌う?」

「ううん、聴いてる」

「え、歌わないのー?」

「うん、だって聴いてるだけだし邦楽わからない」

「洋楽でも良いけどな」

「そうなの?」

「別に邦楽だけなわけないから。まったく、隼人って世間知らずっていうかなんていうか……」

「もーなんでもいいやー。じゃあ僕入れちゃうね。あ、隼人これくらいやってよ」

「タンバリン……」

「それカチャカチャやってるだけで良いよー」

「じゃあ俺も……」


 智也がマイクを持って歌い始め拓也が機械を触っている。俺はタンバリンを手に拓也に話しかける。


「ね、ねえ、曲知らないのにどうやってカチャカチャやるの?」

「え?そんなのなんとなくだよ、ノリでやんの」

「ノリ……」


 国立大ってみんなガリ勉ばっかりで勉強しかしてこなかった人ばかりだと思ってたけど実際は違った。智也もこんなだけど頭は良いし拓也はインテリっぽい見た目通り優秀だけどこうやって普通に遊んでる。普通の男子ってこんな風に遊ぶんだなと、俺は考えながらタンバリンをカチャカチャしながら智也と拓也の歌を聴いていた。



 そして何度めかの智也の番になって、その歌を聴いている。歌詞が頭に入ってくる。



──思い出すたび熱く揺さぶられる思い──


──今は思い出しても穏やかでいられる──


──恋い焦がれていた強い気持ちが次第に薄れてく──



 思い出しても穏やかにいられるのか?そういうものなのか?俺の穏やかにいられる時は彼女の隣にいる時だった。

 次第に薄れていくものなのか?思い出しても気持ちが揺れ動かなくなる時がくるのか?

 忘れるって……そういうこと?



「隼人?隼人ー?」

「おい、隼人どうかしたのか?」

「……え、なに?どうしたの?」

「いや、それはこっちの台詞なんだけど」

「なんでもないよ」


 思い出しても気持ちが動かなければ忘れられたといえるのだろうか。今はまだ無理そうだ。彼女への想いが俺の中で暴れようとして、それを今か今かとくすぶっている。止めておかなければ若菜の制止を振り切って彼女の世界に踏み込んでいってしまいそうだ。いつか彼女への想いが落ち着いて穏やかになる時が来るんだろうか。彼女のことをなにも教えないという若菜に賛同しているみたいだけど母さんたちが彼女のことを話したいとうずうずしているのがわかる。母さんたちは若菜から彼女のことを聞いているんだろう。いつか彼女の話を耳にしても心が揺さぶられずに強すぎる想いが薄れてそれをなにも思わずに聞くことができるんだろうか。忘れるってそういうことなのかな。人の存在をなかったことみたいに完全に消すことはできないけど想いを消すと思えばできる気がする。意地になって思い出すたびに忘れろと押し込めていたけどもっともっと時間が経てば想いを消すことならできるかもしれない。もっと忙しくいろいろなことをして毎日を過ごしていれば……。


「ねえ、洋楽でも良いんだよね?」

「え?あ、ああ。歌う?」

「うん」


 なぜか戸惑ってる拓也から機械を受け取ってどう使うのかを聞きながら曲を入れた。





「もー!!隼人の馬鹿ー!!」

「智也、煩いよ」

「でも智也の気持ちはわかる。歌ったことはないって言ってたのになんであんなに上手いんだ」

「知らないよ。ただ歌ってみただけだもん」

「もう良いやー。隼人はスーパーマンだー」

「智也……いい加減にしな」


 人が多い道中で叫ぶ迷惑な智也に笑いかけると智也は小さく悲鳴をあげて拓也の後ろに隠れる。


「まあまあ。智也ももっと普通の声で喋りな」

「あ、始まったよ」

「わー本当だねー!!」

「なんで男3人でクリスマスイルミネーション見てるんだろ」

「良いじゃん別にー楽しいよ」

「隼人は楽しい?」

「んー綺麗だなとは思うよ」



 まだだ。彼女を思い出すと強く心を揺さぶられる。まだ忙しさが足りない。彼女への想いが薄れて消えるまでまだまだ。





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