母さんの過去
8月下旬の夏休み、今日は家庭教師のバイトの日だったけど昨日の夜に彰くんが熱を出したから今日はお休みにしてほしいと連絡があった。熱を出すと相当苦しいと経験していた俺は、味のある雑炊を食べさせてあげてくださいとお母さんに伝えた。いつも丁寧に教えてくださってお心遣いもいただいて本当に素晴らしい先生ですねと言われた。高校生の時熱を出していて良かったと思った。彰くんの辛さがわからないとお大事にしてくださいとしか言えなかっただろう。俺はちなみにと言ってあのあと調べた美味しい雑炊の作り方をペラペラと喋り、また感謝された。
というわけで予定がなくなってしまった俺は昼頃まで寝て図書館に行こうと思っていた。階段を降りると廊下にいた彩華さんに声をかける。
「どっか行くの?」
「買い物に行くのよ」
「親父がサッカー観戦に行くって言ってた気がする」
一昨日くらいにまたサッカーの試合があるから行くって聞いた気がする。俺は彩華さんと一緒にリビングに入る。
「あら、隼人ーおはよう」
「おそよー隼人」
「おはよう。優菜さんも行くんだね。昴と若菜も?」
「昴と若菜は遊びに行ってるわー。今日は久しぶりに塾が休みらしくて」
「2人とも塾行ってなくない?」
「まあまあ!!気にしないで!!隼人ご飯食べなよ。パン焼いてあげるわ、私が」
「感謝しろって?優菜さん」
苦笑いしながら優菜さんがキッチンに行くのを見る。彩華さんが用意してくれた牛乳を飲む。
「別に俺自分でやるんだけど……」
「えーやらせてよー。親離れダメーはんたーい」
「私たちもやりたいんだから、ね」
彩華さんに言われてしまう。すぐに優菜さんが持ってきたパンとサラダを食べながら聞く。
「もう行くの?」
「そろそろ行こうかなって思ってたとこよ」
「そうなんだ。ちょっと待ってくれれば俺運転するよ」
「「「え?」」」
「え、駄目だった?」
「ううんー良いの?嬉しいー!!」
「たまには気の利いたこと言うようになったね」
「うちの車で来たけど平気?」
「多分大丈夫」
「わーい!!やったー!!隼人優しいー!!」
「母さん煩いな……」
俺はサクッと朝ご飯を食べると支度をしてからまたリビングに行く。
「行ける?」
「うん。ねえ隼人、今琉依兄に隼人が運転してくれるってってメッセージ送ったんだけどー」
「なにやってるの……」
「そしたらねーせっかくだから関さんのお店に行ってきなってー」
「ああ、そういえば関さんから催促の連絡が何度も来てた……」
親父から俺が家庭教師も掛け持ちするようになったと聞いた関さんが、それならスーツ1着じゃ回らない、スーツは1回着たら2日置くものだよとメッセージを送ってきた。俺がそれならスーツもう1着あるからそれと交互に着ますと返したんだけど、せっかくなんだから買いにきなよーと結局フワッとした誘い方で誘ってきた。夏休みに入ってからも毎日バイトがあるんでしょーと来るからサークルもあるから毎日じゃありませんと返したりと、やり取りしていた。俺はそのメッセージを思い出し、せっかくだから行こうかなという気になってきた。
「じゃあ行くよ。けど母さんたちの買い物は?アウトレットとか行こうとしてたんじゃなかったの?」
「せっかくだからその前にあのおしゃれタウンを満喫するのも良いかもってね」
「堪能してからアウトレットに行くことにするわ」
「それなら良いか。じゃあ行こう」
「わーい!!私助手席ー!!」
「母さんは後ろ。不安だから彩華さんが隣にいて」
「ぶー!!隼人の意地悪ー!!」
「ふう、着いた……」
たまに親父に車を借りて大学に行って練習してみたりしていたものの、遠距離の運転は初めてだった。
「お疲れ様」
「お父さんより隼人の方が上手かったわ。さすが隼人ね」
「隼人すごーい!!」
「もう!!母さんは抱きついてこようとしないでって!!」
駐車場に停めて外に出ると母さんが襲いかかってこようとするから避ける。そしてみんなで関さんのお店に行く。
「いらっしゃい!!やっと来てくれて嬉しいよー!!」
見た目は渋いおじさんなのにフレンドリーすぎる。違和感がある。
「関さん久しぶりー」
「優菜ちゃんは相変わらず綺麗だね」
「ありがと!!彩華さんよ、会うの初めてよね」
「初めまして。結城です」
「初めまして。話に聞いていたよりずっと素敵な人だね。凛としていてとても綺麗だ」
「……あ、ありがとうございます」
「大変だ!!彩華さんが口説かれてる!!一輝さんに教えないと!!」
俺が慌てて携帯を落としそうになってると母さんと優菜さんに笑われる。
「隼人ったら可愛いー」
「関さんの普通の挨拶なんだから気にしないの。彩華さんも話してあったのに」
「ごめーん。聞いてたけど動揺しちゃった」
「そんな馬鹿な。これが普通なの?」
「関さん帰国子女だからこういうの自然なの。自然に女の人褒めてくれるわ」
「琉依だって昔は俺と同じだったけどね」
「翠さんはなにも言わないのー?」
「うちの妻は冷やかだから。またやってるって言われるだけだよ」
「翠さんはカラッとしてるからね」
ふーん……大人って変なの。関さんの奥さんは相澤みたいな人なのかな。
「翠さんはかっこいいからねー。けど私だって琉依さんが誰にでも優しいのわかってるもの。やめてほしいって言ってないわよー」
なぜかここで母さんは頬を膨らませて拗ねる。
「あ、そうだ。この前大学時代の仲間に会って話したけど今でもあの時のこと思い出すと俺たちみんな大爆笑だよ。あんなに美香ちゃんにぞっこんで高校卒業したらすぐにでも結婚するんだろうなって思ってたのに美香ちゃん保育士になるって言い出すんだもん」
「進路どうしようって優菜と話してる時に私は子供が好きだから保育士とかが良いかもねって優菜が言うから」
「私だって美香はすぐ結婚して専業主婦になるんだろうなって思ってたから冗談で言ってみただけなのにさー。そもそも馬鹿だから無理だし」
「もー!!優菜意地悪!!」
「まあまあ。っていうかそれを琉依が優菜ちゃんに聞いた時にはもう女子短大を受けて合格してたって言うのに琉依が慌てて暴走したんだよね。琉依は俺たちより考えてたのに予想外なジャブで動揺してて、美香ちゃんを縛るつもりはないけど共学じゃなくて女子校にしてくれないかとか、僕は美香ちゃんが好きだ、会社が軌道に乗って養えるようになるまで待っててくれーって叫んで」
「関さん!!琉依さんそんな言い方してないのよー!!」
「琉依兄のこと知ってる人の間じゃ面白話になってるからね。私も面白がってだいぶ遅くに琉依兄に教えてあげてさ。そもそも私は美香って明け透けだから琉依兄に話してると思ってたんだよね。だけど美香ったらたまにまともなこと考えるでしょ。琉依兄とのお試し付き合いがいつまで続くかわからないし将来のことはちゃんとしなきゃって」
「実家のお花屋さん手伝おうか保育士になろうかで迷っただけなのにー。私そんなにお馬鹿じゃないもの」
「「……」」
「とりあえず琉依さん可哀想」
「彩華さん、俺親父がいじられキャラだって知って驚いてるよ」
「美香たちの話って関さんたちの間で尾びれがどんどんついてもっと面白くなっちゃってるもんね」
「酒のつまみに良いんだよね」
優菜さんと関さんは楽しそうに話す。懐かしいんだろう。母さんがそれは違うの、こうだったわと間に入ってる。彩華さんはその話聞いたことあると言ったりして楽しそうに笑いながら聞いてる。ちゃんと聞いてなかったけど今度親父に母さんとの話を聞いてみようかなという気になった。家族の中で俺だけ親父たちの話を知らないのはあまりにあんまりな気がした。
「覚えてる?美香ちゃんに好きって言ったらすごい喜んでくれたから今度は美香ちゃんを呼び捨てで呼んでみようと思うんだって」
「そうそう。っていうか2年も付き合ってるのにいつまでちゃん付けなのよってね」
「それが上手くいかないのなんのって」
「美香もやっと琉依兄に好きになってもらったって呼ばれる前に飛びついていくからさ」
「反射神経良い、可愛いってよくわからないのろけされたよ」
「七夕しましょーってお出掛けしてる時に見つけた短冊に美香とずっと一緒にいたいって書いてくれて嬉しかったなー」
「美香はふわふわしながら嬉しーって話してくれたけど」
「琉依はやっと言えたって息も絶え絶えに報告してきたからね」
「もうこの2人コントやってるのかって面白かったけどイライラもさせられたよね」
「結婚して隼人くんが生まれたら隼人くんの話もたくさん聞くようになったよ。美香ちゃんが泣いてたら隼人くんが頭ポンポンしてあげてて2人が可愛すぎるとか」
「思った通り変な話してる!!」
「良いじゃなーい。隼人のことお話したってー」
「恥ずかしい親だな!!」
「またプンプンしてるー」
「それよりスーツを買いに来てるんだから早く買ってアウトレットにも行くんでしょ!!」
「そうね。じゃあ関さんお願いね」
「うん、そうだね。じゃあ隼人くんこっちに」
「はい」
こうしてようやくスーツを試着した俺は勧められるままに新しいスーツを買っておしゃれタウンを満喫したいという母さんたちの気が済むまでウィンドウショッピングに付き合い、アウトレットに行った。
アウトレットに行くといつものように母さんたちのどっちが良いと思う?攻撃にあう。
「んー……こっちと、それじゃなくてこっち着てみて」
「わー!!待っててねー」
すぐに店員さんを捕まえた母さんの試着を見る。
「2番目の方が良かったよ。丈感が」
「そうね、最初の方は長すぎ。2番目の方がちょうど良いわ」
優菜さんがそう言って俺の頭をつついてくるから黙って腕を払いのける。
「さすが隼人。ちゃんと選べばセンス良いわね」
彩華さんがそう言うからちゃんと選べばってなに?と返す。
「じゃーこれにするねー」
母さんの試着が終わってレジで会計が済むと店員さんから袋を受け取る。
「私の息子なんですー!!」
「へ!?なに!?」
急に俺に手渡してくれた店員さんに飛びかかる母さんの襟を後ろから引っ張る。
「人に襲いかかるのやめてよ」
「ぶー!!襲いかかってないー!!ね、私の息子なの!!偉いでしょ!!」
「え、ええ……素敵な息子さんですね」
「そうなの!!素敵な息子なの!!」
周りの人がチラチラと俺たちを見てきて俺は慌てて母さんを引っ張って店の外に出た。
「まったく!!なにやってるの母さん!!」
「素敵な息子さんですね、だってー!!」
「まあまあ、隼人。美香も嬉しいんだから良いじゃない」
「そうよ。隼人のことを褒められて嬉しいのよ」
「言わせてたじゃん」
「えへへー次ー!!」
「え、ちょっと母さん!!」
母さんが急に走り出すから俺は慌てて追いかける。
「これ私の甥なんです」
「私の息子なのー!!」
「や、優しい甥っ子さんで息子さんですね……」
「す、すみません、相手にしなくて良いですから」
「この子、息子みたいなものなんですよ」
「私の息子なのー!!」
「まあまあ!!自慢の息子さんですねー!!私の息子に爪の垢を煎じて飲ませたいですわー!!」
「爪の垢!!」
「母さん!!例えだから!!」
「つ、疲れた……」
俺はカフェに入って席に座るとテーブルにへたりこむ。
「なんで疲れてるのー?」
「母さんたちのせいでしょ。今までも荷物持ってたのになんなの、もう……」
「今までは私が無言で促してたからでしょーよ」
「自分からなんて初めてじゃないかなー?」
「彩華さんまで乗らなくて良いのに」
「ごめん、私も嬉しくなっちゃって」
「疲れたー」
「ほら、このあとも買うものあるんだから!!」
「まだ買うの?」
「まだまだ買うわよー」
「あとは雑貨だから頑張って」
彩華さんの励ましは今日は意地の悪い言葉に聞こえる。3人とも酷い。
結局両手にいくつもの袋を抱えて駐車場に着いた頃には俺はヘトヘトになっていた。
「ありがと、隼人。帰りは私が運転するわ」
「お願いするよ。もう腕がパンパンだよ」
「鈍ってるんじゃないー?」
「バスケは週に2回しかないものね」
「だらしないわねー。シャキッとしなさいよ」
「煩いな……早く乗ってよ」
「まあ」
「あら」
「ふふ」
「え、なに?」
後部座席のドアを開けたら母さん、優菜さん、彩華さんの順で反応してくる。なんなんだ。
「隼人はやっぱり優しいわー」
「私たちの教育が良かったのね」
「子供が立派に育つって感慨深いわね」
「……しまった、つい」
つい、父さんみたいなことをしてしまった。荷物をトランクに置くのを手伝ってくれた彩華さんがニコニコしてるから運転席のドアを開けるなんて普通じゃないと思いながら開けてから助手席に乗り込んだ。
そして彩華さんの家に着くと母さんは優菜さんの家でお茶してから帰ると言うから俺はスーツと母さんが買った物を持って家に帰った。なんだか前もこんなことがあった気がする。あんまり覚えてないけど……。
家に着いて3人分の靴を見てああ、やっぱり前もあったなと思いながらそのままリビングに行く。
「隼人、おかえり」
「おかえり」
「おかえりー」
「ただいま。俺もの「隼人はお茶」もちろんわかってるよ。わかってますとも」
俺が冗談でグラスに手を伸ばそうとすると浩一さんがすっとグラスを持ち上げた。
「はい、お茶」
「ん、ありがとう」
そして親父がお茶を持ってきてくれて受けとる。
「あと1年で飲めるんだから」
「わかってるって、浩一さん。冗談でしょ」
「あと1年もないよー」
「そうだね、あと少しで二十歳だ」
「なに?また酔ってるね」
俺はスーツを適当なところにかけ母さんが買った物を床に置いて椅子に座る。
「月日が経つのは早いって話をしてたんだよ」
「親父、それ老けてる証拠だよ」
「ふふ、貫禄が出てきた気がする」
「気のせいだよ。浩一さんは昔から貫禄あるけど」
「そうかな……。喜んで良いのかわからないよ」
「ねー僕は?」
「一輝さんは相変わらず天然」
「ちぇー」
「そういうとこだってば……」
面白くないというように笑いながらいじける一輝さんはやっぱり昔からなにも変わらない。
「そうだ、俺一輝さんより運転上手いって」
「お母さんからメッセージ来たよー。負けちゃったわねーって」
「悔しい?」
「いんやー。だって隼人だからね」
「隼人はなんでもできるからね」
「ふふ、隼人は自慢の息子だよー」
「わ、ちょっと!!親父まで母さんみたいにならないでよ!!」
頭をわさわさ撫でてくる親父の手を払いのける。
「なにをやっても要領良くなんでも出来ちゃうからね。僕はいつもやっぱり隼人だなーって思うだけだよ」
「そういうとこ昴に似てる。いや、昴が似てるのか」
「隼人は本当に赤ちゃんの時から優秀で優しい子だったよ」
「そうだ、浩一さんいなかったよね、あの時」
「あーあの時?なんだったかな、とにかく出掛けててあとから話を聞いて残念に思ったよ」
「なに?なんなの?」
「隼人が初めて美香をママって呼んだ時だよ」
「あー赤ちゃんの時から隼人は美香ちゃん大好きって話だよね」
「ひー!!なにその話!!俺はマザコンじゃない!!」
「なんで隼人っていつもそれ言うんだろうね」
「美香とね、どっちを最初に呼んでくれるかなって楽しみにしてたんだよ。美香はパパだと思うって言って僕はママだと思うよって言ってね。それで隼人はね……どっちを呼んだかわかる?」
「んー……浩一さんはいなかったってことは優菜さんはいたんだよね?じゃあ優菜さんじゃない?おばって」
「えーなにそれー」
一輝さんが笑いながら言う。
「それはそれでママが喜んだと思うけどそうじゃないよ」
浩一さんが苦笑いする。
「ママって呼んだんだよ」
「なんだ。普通じゃん」
「違うんだよ。最初隼人はパパって言おうとしたんだ。美香が嬉しそうにしてたけど僕は隼人に初めては美香を呼んでほしくてね。だから念じたんだよ。隼人ーママって呼ぶんだよーって。そしたら僕に腕を伸ばしてたのを美香の方に向けてママって呼んだんだ。美香が感動して大泣きしたら隼人も一緒になって泣いちゃってね。嬉しかったよ。隼人は美香が大好きな優しい子になるって思って」
「赤ちゃんの時から隼人は本当によくできた子だったよー。僕を見ても怖がらないでこーちさーんってハイハイしてきて」
「だー!!そんな昔のこと良いよ!!恥ずかしい親たちだな!!母さんたちも親父たちも!!」
本当に親バカなんだから、と思いながらふと、さっきのことを思い出す。
「俺の話じゃなくて親父と母さんの話をしてよ」
「え、聞いてくれるの!?やったー!!」
「せ、関さんが言ってたんだよ。母さん保育士になろうとしてたって」
「あーそれ関さんが話すと酷いでしょ」
「母さんって短大卒業してすぐに結婚したんでしょ?保育科だったのは知らなかったけど結局止めたの?それとも入学する前には親父と結婚するつもりだったけど合格してたから短大に通ったの?」
「僕は美香と結婚するつもりでいたけど美香がやりたいことがあるなら応援するって言ってたよ。だから美香もそのつもりで毎日短大に通ってた。短大は大学より忙しくてね、大変だったのに僕の付き合いでパーティーとか同席して一生懸命になってくれてね。僕は元々顔が広かったけど美香のおかげで人脈がもっと広がったんだ。うちの会社が安定してるのも美香が頑張ってくれたからっていうのもあるんだよ。おっちょこちょいだけどいつも明るく振る舞ってくれてね。で、短大の2年目入る少し前に保育士になるのやめたわーって言われた時にはなんでかわからなくて僕がなにかしちゃったのかなってすごく悩んだんだけど美香は結局教えてくれなかったよ」
「美香ちゃんって基本的になんでもオープンなのに話してくれない時は頑として言わないよね」
「なんとなく察することはできるからね。顔とか行動とかわかりやすいから。そういう所も可愛い」
「母さんは親父のことを家で支えようと思って保育士になるのをやめたってこと?」
「そうだと思うよ。他にも僕のことを思っての理由があるみたいだけど秘密なのって教えてくれなかったよ」
「ふーん」
俺はなんとなく母さんの考えがわかった。昔から母さんの行動パターンを考えてきたから。毎日帰ってきたら出迎えに来る、和食は下手くそだけど毎日プロみたいに美味しいご飯を作ってくれる、毎日煩いくらい喋って笑ってそれからひどく心配性で繊細ですぐ泣く。母さんは天然馬鹿でダメダメだけど家はいつも賑やかで温かい。つまり母さんは外で気を張ってる親父を家では労いたいと思って家庭に入ることを決めたんだろう。
「あれ?でも昴が言ってたプロポーズは?」
「あれ?よく覚えてたね」
「昴がことあるごとに僕もそんな風にロマンチックなプロポーズをするんだって言ってるから」
「あれはプロポーズというかなんだろうね。いつもずっと一緒にいようとか話してたから。それは美香から保育士にならないって聞いたあとに言ったんだよ。かっこつけて美香をいつまでも待たせられないって急ピッチで仕事して。ね、美香はすごく魅力的で素敵でしょ。本当は外に出さないでずっと家にいてほしい気もしないでもないけど美香は外で遊ぶのが好きだし社交的だし、関さんの奥さんとか他にもたくさん美香のファンがいるから独り占めできないんだ」
「げ……親父はこれ以上やらかさない方が良いよ」
「へ?どういうこと?」
あのとんでも部屋に母さんを監禁しだしたら相当ヤバい。怖い。俺は自分の顔が青くなるのがわかった。
「どうしたの、隼人。大丈夫?」
そう言って浩一さんがお茶の入ったコップを持たせてくれて一気に飲む。
「もう寝る」
「平気?」
「うん、ありがと浩一さん」
「おやすみ」
「おやすみー」
俺は足早に自分の部屋に入る。親父は危険人物予備軍だ。甘い角砂糖みたいな話なんだろうと避けてきた母さんと親父の話は予想外に危険な話だった。




