決断
俺が椿を変えてしまった。無理やり俺に合わせることで椿のキラキラした瞳を奪ってしまった。椿が気付いて自分で戻ろうとしているのが唯一の救いな気がした。俺と距離を置いて自分の世界を生きることをやめないでいる。やめてしまったら椿はもう椿じゃなくなってしまう。俺が手を放しさえすれば椿に我慢させないで済むのにそれができなかった。俺の隣では椿の瞳は輝かないのに、それがわかっていもどうしてもできなかった。
椿は俺のことを好きでいてくれてる。今も。それはわかる。俺が暗闇に引っ張られて胸が引き裂かれそうになって、でも椿には変わらず接していたくて深呼吸するとそのタイミングで椿は俺に身体を寄せて甘えてくれる。笑ってくれる。俺の行きたい所に行きたいというのは本心でも本当は他の所に行きたいと思ってる。それでも気を使って俺の行きたい所を優先してる。俺のことを好いてくれてるから髪型も服装もおしゃれしてくれてる。だけど違うんだよ。俺は椿が行きたい所に連れていってくれるのが嬉しい。椿が好きな椿らしい格好で目を輝かせて笑っている姿が見たい。
時は過ぎて12月に入った。最近になって椿は若菜の話をするのもまたやめてしまった。若菜の話をしたいでしょ、気を使ってないで話してほしい、そう思って無理に若菜のことを話そうとすると椿は話を変えてしまうようになった。椿から若菜も取ってしまったら椿の好きなことがなくなってしまう。俺も意地になっているけど椿は椿で俺のことを考えて俺に気を使ってると思った。
さらに不可解なことに、椿はお菓子を食べなくなった。いつも通りコンビニでスナック菓子を買って公園で食べようとしても今お腹が空いてないとか口内炎ができてお菓子食べるの一旦やめてるとか本当なのかよくわからない。でもなんで嘘をつくのかもわからない。
もう椿がわからなくてお手上げ状態だ。もう昴に頼るしかないと俺は携帯を手にする。また若菜と一緒だったらどうしよう。でも……最近の椿は危うい気がする。若菜の話もしない、好きなスナック菓子も食べない、ただ対照的に椿は笑ってる。目はキラキラしてないのに、好きなことを全部我慢してるのになにがそんなに楽しいのか、ただ笑ってる。むしろ明るい、俺の話に大袈裟な反応を返して質問してくる。でもそれが無理してそうしてるのが目を見ればわかった。
俺は昴に電話をすることに決めた。電話をかけるとすぐに昴は出た。
『もしもし』
「昴、今1人?」
『うん、家にいるよ』
「話があるんだ」
『うん』
『椿の様子がおかしいんだけど普段の生活でなにか変わったことない?』
椿が無理してるのは俺のせいだけど最近はなにか別のことが椿に無理させてる原因になっている気がした。
『あー……ごめん』
「なにか知ってるの?」
『僕もさっき若菜から聞いたんだけどね。少し前に2人でテレビ見ててその時やってたダイエット特集を見て若菜が私もダイエットするって言って。どうせまたすぐに止めたってなるんだろうなって思ってて実際すぐに止めてたんだよね。で、今日慌てた若菜が言ってきたんだけど、坂下さんにダイエットは好きな人のために綺麗になろうって気持ちの問題だから太ってる太ってない関係ないみたいなこと言ったらしいんだ。若菜はそう言ったこともダイエットのこともすっかり忘れてたんだけどそれを言ってから坂下さんお弁当忘れたり昼にサプリメントとか栄養ドリンクばかりになって若菜がお菓子とかおかずとかあげても食べなくて今日ようやく坂下さんに言ったことを思い出したって。だから若菜のせいみたい。ごめんね』
そっか。また椿は俺のせいで我慢してるんだ。どうしたら椿を解放してあげられるんだろう。
『隼人くん?聞いてる?どうしようか』
「様子見だ」
『え、様子見?でも……』
「椿今俺のせいで少し……無理してるんだ。言っても誤魔化されると思う。だから様子を見よう」
『う、うん……。えっと、大丈夫?隼人くんのせいってなに?』
「昴は気にしなくていいよ。じゃあありがとう。じゃあね」
そう言うとすぐに電話を切った。
昴に様子を見ると言ったけどどうしたら良いのかわからない。どうするのが良いんだ。
その週の土曜日、植物園に行ったあと、遅めのランチを食べている。椿は3分の2以上残してスプーンを置いてしまった。
「椿、もう食べないの?」
「あ、えっと……。お腹いっぱいで……」
「そうなの?」
はぐらかされるだろうと思いながらも問いかける。
「もしかしてダイエット?」
「え?違いますよー。夏バテならぬ冬バテですかね。ははっ」
ひきつった笑顔に俺の手も止まる。
好きな人のために綺麗になろうとしてる……。椿をじっと見ながら考え込む俺に椿はソワソワしている。
やっぱりこのままじゃ駄目だ。椿はまた俺のせいで我慢してる。好きなオムライスなのに我慢してる目の前の椿を見て俺はもう限界だと思った。
「椿、今日はもう帰ろう」
「え?まだ15時前ですけど」
「用事あるの思い出しちゃった」
「あ、そうなんですね。……それなら仕方ないですね」
わかりやすく落ち込んでしまう椿になにも言えなかった。
帰り際椿はなかなか帰ろうとしない。
「椿?」
「……先輩」
「どうしたの?」
繋いでいる手に力が入った椿は俯いて小さな声で呟いた。
「私……駄目ですか……?」
「椿?」
顔を上げた椿の目は真っ暗だった。
「頑張ります……だから……」
「椿!!」
なにも映っていないような深く暗い瞳を見ていられなくて椿を抱き締める。
「頑張らないで。頑張らなくて良いんだよ」
抱き締める椿が何度も首を横に振る。椿のためを思うなら手を放してあげるのが一番なのに俺は躊躇ってる。ここまで来てもどうしても手放すことができない。ずっと何度も首を振り続ける椿の頭を手で押さえてからゆっくり撫でる。
矛盾してしまう。俺は椿が俺から離れること以外なら何でも望むことを叶えてあげたいと思っていた。好きなものを全部なくした椿は俺のそばにいることを望んでる。俺はいったいどうするのが良いんだろう。
わからないままさらに数日経った日、家に帰ると昴から話したいことがあると連絡が来たから今家にいると返事をした。するとすぐに昴と若菜が来た。若菜は泣き腫らした顔をしていた。
「椿が……椿が倒れちゃうの!!」
若菜は俺に向かって突進してきて直前で頭を押さえる。すると若菜はなにかを投げつけてきた。
「なに?クッキー?」
透明の袋に入ったのは丸いチョコレートが入ったクッキーだった。
「若菜お菓子作ったことあったっけ?」
甘いものが好きな若菜だけど作るのは専門外のはずだった。
「優菜さんに聞いて昨日作ったんだよ、坂下さんに食べてもらおうと思って」
「食べてくれなかったー!!私が作ったって言ったのに!!朝も昼も夜も全然食べない!!このままじゃ椿が倒れちゃうよ!!」
「隼人くんに話してからもどんどん悪化してるみたい。様子を見てるだけじゃもう駄目なんじゃない?どうにかしないと」
若菜が言うようにあれから椿はなにも口にしなくなったみたいで日に日に痩せていく。俺が離れないようにと必死に一生懸命頑張っているから、それもあって椿はどんどんやつれていってる。俺はようやく、ようやく決断する。
「わかってる。俺がどうにかするから2人はなにもしないで」
「私も椿のためになにかする!!」
「話は終わりだよ」
「もー!!私も!!」
「帰って」
決断した。
「若菜、帰ろうよ」
「昴まで!!」
俺は立ち上がって暴れる若菜を押す。
「俺に任せて」
俺の顔を見て驚く若菜をさっさと部屋から追い出した。正気に戻ったらしい若菜が騒いでたけど昴が宥めたみたいだ。階段を降りていく音を聞きながら俺は床に落ちているクッキーの入った袋を拾う。そしてそのまま袋を開けてクッキーを摘まむと口に入れる。いくつか食べているとドアが開いて昴が顔を覗かせてきて俺を見ると驚いて駆け寄ってきた。
「隼人くん食べられるの!?」
「甘い。あとは昴が食べて」
「う、うん……」
こんなに甘い食べ物は食べたことがない。あの激甘アイスの何万倍も甘い。
「なんでこんなに甘いの?」
「優菜さんにね、食べてくれる人のことを思って美味しくなーれって唱えながら作るんだよって言われて坂下さんのことを思いながら甘くて美味しいクッキーを作ろうと思ったらやり過ぎちゃったみたい」
そう言ってクッキーを食べる昴はあま、と苦笑いする。
「隼人くんよく食べれたね」
「……この甘い分若菜は椿のことを大切に思ってるんだね」
「隼人くんどうしたの?大丈夫?なんでそんなに笑ってるの?」
「笑ってる……?」
「うん……」
「そう……。嬉しいのかな」
「え、それってどういうこと?」
「ほら、そのクッキー回収しに来たんでしょ。昴も早く帰りな」
戸惑う昴を部屋から追い出すと俺は携帯のインカメで自分を映してみた。
笑っていた。椿に出会う前に壁を作って見せていた顔でなくて、確かに椿に出会ってから変わった俺の、心からの笑顔な自分が映っていた。椿の手を離すことが俺の望みだ。だから笑ってる。嬉しい。これで椿を解放してあげられる。だけど椿を手放したら俺は二度と光を見ることはできないだろう。それでも良い。椿を元の世界に戻してあげられるなら。
でも1つ、俺にはやらないといけないことがあった。椿を元の世界に戻す前に、元の椿に戻してあげないと。俺のことを忘れて前に進めるように、本当のことを少しだけ話すんだ。椿が傷付かないように優しく。
そう思ったのに言おうと思うと椿がなにかを察したのか一瞬だけ怯えたように顔を強ばらせて明るく振る舞う。決断したのに鈍ってしまう。そうこうしてるうちに明日はクリスマスイブ。さすがにクリスマスイブに椿を傷付けてしまうのはどうなんだろうと戸惑う。できるだけ傷付かないようにしたいのに。
今年の冬休みは遅くて、26日の月曜日が終業式だ。つまり24日、25日が土日。なにもないカップルなら幸せなクリスマスだろうに。




