近すぎた家族との距離感
目が覚めて外を見ると辺りはそろそろ日が落ちるといった明るさで、時計を見てみると16時だった。えっと昨日寝たのは何時だったかな。21時くらいだった気がするから……ヤバい、さすがに寝すぎた。人ってこんなに寝れるんだ。
俺は起き上がって携帯を見る。すると昴からメッセージが届いていた。
『起きたら連絡してね』
はて?昨日言い忘れたことでもあったのかな。俺はすっきりした頭で返信する。するとすぐにまたメッセージが届いた。
『隼人くん家の近くの公園に来て』
なんなんだろう?とりあえず、わかったとだけ返して10分で支度すると家を出てすぐそばの公園に行く。
「あ、隼人くん!!」
ブランコに座っている昴が手招きしてくるから俺はどうしたの、と言いながらそばに行く。
「とりゃー!!」
「なに?」
「ひゃー!!」
なにがしたかったのか、若菜が後ろから突進してこようとしてきたから避けると若菜はそのまままっすぐ進み昴が受け止めた。
「どうしたの?」
「果たし合いなの!!」
「はあ?」
「ぎゃー昴ー!!」
武器はないからチョップをしようとしたら若菜は昴の後ろに隠れた。
「隼人くんに物申したいらしいよ」
「なに?」
若菜は昴の後ろから出て俺の目の前に来ると俺を睨み付けてきた。
「椿、昨日10回かけ直してようやく電話出たの。それで、付き合ってって言ったのって聞いたらうんって。今まで何してたのって聞いたらちょっと色々だって。今日直接会って話を聞くからって言ったらそれは駄目、買い物に行くからって。で、そういえば若菜はコテ何ミリの使ってるのって言ってきた」
コテ……。ああ!!
「これでしょ?髪の毛巻くやつ」
雑誌を読んでいた俺はそういうことに詳しくなっていた。顔の横でくるくるとやってみた。
「でもそれがどうしたの?」
「つばきストレートアイロンしか使わないの!!巻き髪は自分でできないし似合わないからって。それに洋服を買いに行くって言った!!椿私が一緒じゃないとなにを買えば良いか迷っちゃうって1人で買いに行かないのに!!ついていくって言ったら駄目って言われた!!」
「断られたから怒ってるの?」
「それもだけど違う!!隼人のためなんだもん!!」
「え……?」
「隼人のために可愛くなろうとしてる!!私が読んでる雑誌ってなんて名前だっけって、今まで自分でしっくりくるものしかしようとしなかったのにおしゃれになろうとしてる!!」
「若菜は坂下さんが今隼人くんと付き合えて幸せなんだ、嬉しいんだってわかって混乱してるんだよ。隼人くんに坂下さんを取られるのは嫌だけど隼人くんと付き合うことが坂下さんの望みなんだって。おめでとうって言ってあげたいのに言えない、言えなかった、親友なのにって」
若菜の言いたいことを理解してる昴の通訳を聞いて若菜をじっと見る。
「椿を傷付けたら許さないんだから!!」
「うん。傷付けないよ、約束する」
泣きながら言う若菜に俺はそう応えた。すると若菜はくるりと向きを変えて昴の隣に駆け寄り昴の腕を両手で掴んだ。
「若菜、坂下さんに言われたことがもう1つあるんでしょ。今日が駄目なら日曜日は、月曜日は?若菜と隼人くんとどっちが大事なのって聞いたんだって」
「私が椿のことを大事に思ってるのはよくわかってるけど私の大事な人は昴もでしょって。ずっと待っててやっと付き合えたんだから昴と過ごす時間を大切にしないと駄目だよって言われた」
「隼人くん、僕たちはたくさんの家族に囲まれて一緒に育ってきて、一般的な家族の関係とか距離感とか常識とかあんまり知らないんだよ。近くて、どんな時も家族が見守ってくれてた。でもこれからはもっと広い世界を見ていろんなことを知らないといけないんじゃないかな。坂下さんは僕たちよりずっといろんな人といろんなものを見てきたはずだよ。だからこそ隼人くんが言うように坂下さんの見るものは輝いて見えたんじゃないかな」
「……つまり?」
「つまりね、僕たちはここで止まっていない方が良いんじゃないかな。もちろん僕たちは家族だからこれまでと変わらないけどそれぞれに進んでも良いんじゃないかな。僕は若菜と、隼人くんは坂下さんと、それぞれ進もう」
「つまり隼人はもう昴にしつこい電話してくるの禁止なの!!」
「そういうこと。若菜と一緒にいるから邪魔しないでね」
「……それもっともらしいこと言って厄介払いしたいだけじゃない?」
「でも僕も坂下さんとのあれこれを聞いちゃったら坂下さんに会わせる顔がないんだよね。僕にとっても坂下さんは大切な友達だし。付き合った途端そういう関係になったとか話聞きたくないし」
「穢らわしい!!」
「……そんなことしないよ。でも確かにそうだね。椿の可愛いところは俺だけが知っていれば良いことだよね」
「もちろん相談は乗るよ。だから少しだけ……」
「言いたいことはわかった。そうしよう」
「椿のね、鎖骨のところにほくろがあるの!!」
「若菜?なに言い出すの?」
「昴は黙ってて!!そのほくろがセクシーで可愛いの!!」
「それで?」
「それだけ!!想像した隼人は変態だ!!ばーか!!」
「え、若菜!?」
若菜は叫ぶと走って行ってしまった。俺たちは呆然と眺めて同時に吹き出した。
「なにあれ?」
「なんだろ、新たな事象で僕でも理解できない言動が出てきたね」
とりあえず俺に嫌がらせの言葉を言いたかったということかもしれない。
「それにしてもやけにあっさりしてたね。もっと突っかかってくるかと思ってた。椿に酷いことをするなって」
「若菜もわかってるからだよ、隼人くんが変わったって。今の隼人くん、今までと全く違うから」
「そうかな?」
「そうだよ、全然違う。良かったよ」
「矯正できて?」
1年以上前のことを思い出す。昴には酷い言われようだった。
「それもそうだけど、なにもかもが変わったよ。壁を作らないで周りの人と接するようになって積極的にいろんなことをやって。でもそれも坂下さんの存在があったからこそだもんね」
「そうだね。椿がいるから俺の世界は変わったよ。見るもの全部に色がついた感じ」
不思議な感覚がした。もう会わないわけじゃないのに、別れの言葉を紡いでいるみたいだ。
「そういうことじゃないのにね」
「そうだね。でも……」
俺の考えていることは昴もわかっているだろう。それだけ長い時間一緒に過ごしてきたから。
「うん。でもこれだけ言っておくよ。昴は俺にとって一番の理解者で幼馴染みで弟分で親友だよ。性格やいろんなことが違ってもずっと大切な存在だ。俺に会わなかったらもっと違う人生を昴らしく生きていけたはずなのに付き合わせてごめん。でも昴がいつもすぐそばにいてくれたから俺は自分を見失わないでいれたんだと思う。ありがとう」
初めて会った時人見知りで彩華さんの後ろから顔を覗かせていた昴が俺に近付こうと必死に自分を変えてくれた。なんとなくだけど理由もわかる。本当に優しくて気が利く良いやつだ。
泣き出した昴の頭を久しぶりにポンポンと叩く。
「隼人くんは僕のヒーローだもん」
「またそれか?こんなに覚えてるならもっとかっこいいこと言えば良かったね」
「あれが良いんだよ。隼人くんのことが本当に好きだから隼人くんのためにできることをしたかった。隼人くんに会えて本当に嬉しいんだよ」
「そっか」
「この公園で隼人くんがヒーローになったんだよ」
「わかったわかった」
子どもみたいに、僕はここでこうしててそしたら隼人くんが歩いてきて元気がない僕を心配してくれて、とその日のことを細かく伝えてくる。何年も前のことなのに詳しすぎると思うけど黙って興奮している昴の話に耳を傾けた。
家に帰ると母さんたちが帰ってきていて夜ご飯を食べながら話をする。
「そういうことだから母さん、椿とのことは聞いてこないでね」
昴と決めたことを話すと母さんと父さんはクスクスと笑う。
「はいはい、わかってるわよ」
「美香もみんなもそんな野暮なことしないよ」
「母さんは野暮ってどういう意味かわからないって踏み込んできそうだよ」
「まあ酷いんだから!!それくらいわかるわよ。でも早く遊びに呼んでね」
「……。来ても母さんとは話さないから」
「そんなことないわよ。椿ちゃん私とお話しするの楽しいっていつも言ってくれるもの」
「だとしても駄目だよ。それにしばらくは外で会うから」
「そうなの?」
「付き合ってそうそう家に連れ込むわけないでしょ」
俺がそういうと母さんは不思議そうに首をかしげる。すると父さんは母さんにキスした。しまった、視線をはずしそびれた……。
「美香、こういうことだよ」
「ああ、そういうことなのね!!それなら椿ちゃんが遊びに来てくれた日は一緒にご飯を食べましょうね!!お赤飯!!」
「絶対やめて!!なんかもう違う!!」
「ほえ?椿ちゃん初めてじゃないの?」
「初めてだろうけど!!っていうかお赤飯なんて作れないでしょ!!」
「だいじょーぶ!!彩華さんに作ってもらうから!!せっかくだからみんなでお祝いしましょうか」
「絶対やめて絶対やめて絶対やめて!!」
「そうー?」
「絶対椿嫌がるから!!とんでもない家族だと思われるし引かれるでしょ!!」
「そんなことないわよー」
「やっぱり距離感がおかしいよ、うち。普通の家ならそういうのそっとしておくものだよ」
「隼人だって他の家のことわからないでしょ」
「そうよー。他のおうちは他のおうちで私たちはこういうものだもの」
「とにかく絶対引かれるから絶対やめて。隠ぺいしなきゃ。椿が来る時は母さんは父さんと出掛けててよ」
「むー!!椿ちゃんとお話ししたい!!」
「駄目だよ。こんなあけすけの変人集団見たら椿がカルチャーショックを受けるから」
「私と優菜は仲良しなんだけどなー」
「ふんわりお花畑な会話してるだけでしょ。さっきみたいなのオープンにされちゃたまったもんじゃないよ。しっしっ」
「酷い酷い!!琉依さん!!隼人が意地悪するー!!」
「まあまあ。椿ちゃんだって親がいたら気まずいでしょ。僕は出掛けてるよ」
「母さんも連れてって」
「美香もデートしようよ」
「デート……椿ちゃん……選べない……んー……あ、そうだわ!!たまーにならどうかしら?たまーに!!」
「……普通の話だけしてよね」
「やったー!!」
まったくもう……。でもこれでおかしな変態集団だと思われなくて済みそうだ。椿は恥ずかしがりやだから母さんたちのノリについていけないだろう。やっぱり距離感がおかしい、普通の家ならそっとしておいてくれるものじゃないかな。
「でも普通にお喋りしにだけおうちに来てくれればそんなにかっかしなくても良いじゃない、ねえ琉依さん?」
「そうだねえ。でも健全な男の子は部屋で2人きりになったらしたいと思うものだからね」
父さんに生ぬるい目で見られた俺はこの場から離脱することにした。
そして部屋に戻ると携帯を見る。いつでも連絡ができるようになった。毎日連絡しても良いのかな……良いよね。付き合ってるんだから。よし。
『今日はなにしてたの?』
買い物に行ったのは知ってるけど知らないふりをしよう。若菜に聞いたけどこうなんでしょ、ああなんでしょと言ったらドン引きされてしまう。
すぐに返事が来た。
『お買い物に行ってました』
『そうなんだ、なにを買ったの?』
『いろいろです』
なにを買ってるのかも知ってるけど。椿は俺に内緒でいろいろ準備してくれてるんだろう。そういうところが控えめで可愛らしい。若菜は見えないところで努力しないで昴の目の前で動画を見ながら髪の毛を弄ってた。昴は真剣な顔でヘアアレンジの練習してるところが可愛いとよく言ってた。椿は慎ましくて可愛いな。やっぱり若菜を始めとして俺の家族とは真逆だ。
と、こうやってメッセージのやり取りをしていると実感が湧いてきた。それに昨日までボロボロだったというのに今はすっかり調子が戻った。そしてすっきりしてる頭でふと大事なことを思い出した。そうだ、なんで昨日は連休明けが楽しみだと思ったんだ?俺と椿はもう恋人同士なんだから学校が休みでも堂々と遊びに誘える関係じゃないか。望んでいたように日曜日から土曜日まで毎日会ってずっと話ができるんじゃないか。しまった、昨日は頭が働いてなかった。
俺は慌てて椿にメッセージを送る。
『明日はなにするの?』
すると、またすぐに返事が来た。
『勉強です』
はて?テストまでまだ半月くらいあるはずなんだけど。ああ、椿はコツコツ毎日予習復習するタイプなのか。真面目だな。でも椿らしい。
『そっか。月曜日は?』
『親戚のおうちに行きます』
……。そっか!!昨日の椿はなんだか衝動的に言っていたみたいだし、こんな風になるとは思わなくて予定をすでに立てていたんだね。元々決まってた予定をわざわざ変更することはないだろう。残念だけど来週だ。
『来週の休みは予定ある?』
『特に予定はないですけど……』
けど……?そっか、これは俺から誘ってほしいっていうことだね。告白は椿からだったけど付き合うのは男の俺がリードしないと。
『遊びに行こうよ。予定空けておいて』
『両方ですか?』
『うん』
あれ?駄目だったのかな?順調に来ていたメッセージが止まった。そうか、椿は社交的だから今は予定が入っていないといってもこれから入るということだったのか?あれ?そういうこと?その、けど……だった?
まずい、俺は連続で送った。
『これから友達と会う予定が入る予定だった?』
『いえ、そんなことないです。先輩は良いんですか?』
その文章を読んでやっぱり思い違いじゃなかったとホッとする。椿は俺に遠慮していただけなようだ。
『もちろん。毎日会えると嬉しいな』
『よていあけておきます』
変換のない文字に思わず吹き出してしまった。真っ赤に顔を染めてあわあわしている椿を想像した。可愛いなあ。
と、そろそろ椿は寝る時間かなと思った。真面目な椿は規則正しい生活をしていそうだ。
『また明日連絡するね』
『はい』
高揚感に胸がドキドキしていた。すぐに昴には電話をかけようとして思いとどまる。そうだった、やめるんだった。
思えば今までなにかあると、いや、なにもなくても昴と話していた。これからは違うんだ。今まで昴がそばにいていつでも話を聞いてくれるのが当たり前だったけどこれからは自分でいろんなことを考えないといけないんだ。
そう思うと心細くなってきたけど俺はこの9ヶ月間程女性雑誌で女の子の気持ちを学んだし恋愛相談にも乗るくらい女心に詳しくなった。全部頭に入ってる。例えば彼氏の家に付き合いたてで誘われるとそういう目的なのかなと疑ってしまうけど長く誘われないと逆に不安になってしまうという複雑な乙女心とか。そう、だから椿をこの家に呼ぶのは1ヶ月……は長いな、3週間後くらいがベストだろう。……キスとハグくらいはもっと早くて良いかな。




