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運命のカミーリア  作者: 柏木紗月
高校生編
40/136

季節は巡り



 俺は面倒なことから逃げて余計なことを考えないでただ面白くないと決めつけて周りをちゃんと見ようとしてこなかった。椿が教えてくれたから、今の俺は普通のどこにでもいるような人間になった気がしてる。


「隼人くん本当にもう来ないのー?」

「桜庭先生復帰したからね」

「もう絶対来ないのー?」

「寂しいよー」

「嫌だー」

「困ったなー。そんなこと言ってると桜庭先生が悲しんじゃうよ」

「そう?」

「そうだよ!!」

「桜庭先生も好きだよー」

「けど隼人くんも好きー」

「隼人くんはー?」

「俺も好きだよ。……湊はいつまでしょげてるの?」

「……隼人くんの家に遊びにいっても良い?」

「良いよ、母さんも喜ぶから」

「じゃあ良いよ」

「隼人くん!!湊だけじゃなくてみんなで行くから!!」

「でも隼人くんもまた遊びに来てね!!」

「わかった。また今度ね」

「また今度!!」



 俺は約束通り時間が出来た時だけ小学生のバスケクラブに顔を出していて、そしてそれも今日で終わった。入院していた桜庭先生が無事に退院したから。部活をしながら通うのはなかなかハードだったけど楽しく過ごしていた。季節は夏、もうすぐ椿に出会った夏休みが訪れる。夏休みに入ったら長く会えなくなるだろう。でもそうでなくてもあまり変わらないのかもしれない。

 クリスマス以降若菜の家に遊びに来るようになった椿はすっかり母さんと優菜さんと打ち解けた。それとは違い俺との関係は広がりもしないけど縮まりもしない平行線を辿っていた。このまま卒業してしまうんじゃないかとこの頃特にそう思うけど今度は間違わないようにと俺はすごく慎重に椿と話していた。無理に会おうとはしていないから渡り廊下で偶然出会うのは週に2回、上手く会えなければ一度も会えない時もある。その貴重な機会にあいかわらず若菜は3回に1回程度2人きりにしてくれる。その機会に自然に話しかけてみると椿は変わらず顔を赤くして嬉しそうにしてくれるのに、こっちから話題を振らないと話してくれない。好きな若菜の話は特に駄目なようだ。あんなに若菜のことを話すのが好きだったはずなのに。若菜のことを話題にするとなぜか寂しそうな顔をして去って行ってしまう。全然意味がわからなくて、でもそれなら別の話だと週末はどこに行ったのと聞いてみるがこれも駄目。若菜と出掛けてるから。ということで椿の話を聞くことはめったにできなくなった。困った俺は以前話していたようにどうにか時間を作って昴をつれて映画を観に行くようになった。椿が観たらこんなとこに注目するんだろうなと思いながら見れば不思議とその映画を楽しむことができた。

 さらにある日若菜がぽろっと溢した。俺と話すようになったばかりの頃、椿に俺がどんな音楽を聞くのか、スポーツは得意みたいだけど見に行ったりはしないのかと問いかけられたことがあると。音楽は聞かないしスポーツも見ないと言うとじゃあ得意な教科、スポーツと苦手な教科、スポーツはなにかと聞かれそんなものはないと答えると椿は意地悪しないで教えてよと悲しそうにすると溢したんだ。本当にないからないと答えてるのに意地悪と言われて俺にムカついたから言わなかったとなにかの拍子についに口にした。

 だから俺は父さんが好きなクラシック、昴が好きな洋楽を聴くようになり、父さんたちのスポーツ観戦にも時間がある限りついていくようになった。そしてその話を椿にしているわけで、楽しそうに聞いてくれて質問もしてくれる。だけどそれだけじゃ物足りなくてやっぱり椿の話が聞きたいと、母さんたちの買い物にも積極的に付き合いショッピングセンターで見かける女子高生たちがどんな格好でどんな物を持ってるのかを見て、さらには母さんの雑誌をパラパラ捲ってみたりして、椿に今ってこういうことが流行ってるんだよねと聞いてみてようやく椿の話が聞けるんだ。昴にお悩み相談のコーナーまで読まなくても良いんじゃないかと言われたけどこれで椿の気持ちがわかるかもしれないと毎月読んでいる。うっかりクラスメイトの話を耳にして、そういうことで悩んでる人って多いみたいだから思いきって彼氏に直接言ってみたら、などと口を挟んでしまうこともある。そのせいで女子たちから恋愛相談をされ、時に相手の男に探りを入れ、なぜか俺は恋愛マスターと呼ばれるようになってしまった。恋愛に困ってるのはこっちなのに、相談されてしまえば世話を焼かずにはいられなくなってしまうんだ。




 そんな調子で日々を過ごしていた。そしてテスト期間も返却期間も終わりあと数日で長い夏休みに入ってしまう。もう一度くらい休みに入る前に会いたい。



「隼人」

「ゴホンゴホン……誠司、どうしたの?」

「具合悪いみたいだよ?今日は帰ったら?」

「え、そんなことないよ?普通」

「咳してたよ」

「むせただけだよ。俺風邪ひいたことないんだ、物心ついてから一度も」

「そんなことある?」

「そうそう。若菜に自分の風邪を移して楽になりたいって昴と3人で部屋に軟禁されたことがあるよ。結局昴が高熱でダウンして俺はなんともなかったけど」

「ほえー、それはすごい。だけどなんだか顔色悪いし休みなよ。部長命令で」

「部長命令なら仕方ない……。帰ることにするよ」

「うん。素直なのは良いことだよ」


 そういうわけで俺は部活を早退して帰宅することになった。学校から家までの時間がやけに長く感じていると、ふとそばのコンビニの入り口に昴と若菜がいるのを発見した。別に学校帰りに買い食いしようがなんでも良いけど2人が手にしているアイスを見て、そういえば暑いから冷たいものが欲しい気がしてきた。


「あれ?隼人くん」

「買い食い?」

「別に怒らないでしょ?」

「まあね。若菜はなにやってるの?」


 昴はアイスを既に食べ終わっていたけど若菜はそれを持ってぼーとしている。食べないならもらって良いかと思って若菜の手からアイスを取って口にする。


「ぎゃーーー!!」

「あっま……」


 そのアイスは恐ろしいほど甘くて一口食べたらもう駄目だった。仕方なく若菜に返す。


「いらない!!」

「返すよ」

「いらないもん!!う……う……うわーん!!」


 どうなってるんだろう。アイスを一口食べただけなのに若菜は声をあげて大泣きし出した。


「あーあ、隼人くんが泣かせた」

「だから返すってば」

「いらないよーもー!!」

「あ、若菜!!」


 若菜は叫びながら走っていってしまった。呆然としながらも突き返されたアイスを昴に押し付けた。受け取った昴は苦笑いしてそのアイスを食べる。


「まったくもう、若菜が食べたがってたから一緒に食べようと思ったのに」

「ごめんごめん。でもたかがアイスでしょ」

「若菜はずっと食べたがってたんだよ」

「また食べれば良いでしょ。それより口の中が甘すぎておかしくなりそうだよ。水ないの?」

「あるよ、はい。それにしても見るからに甘そうなアイスをよく食べる気になったね。甘いの駄目なのに」

「確かにそうだね。暑かったから仕方ないよ」

「暑いのはそうだけどさ」


 俺は昴から受け取った水をごくりと飲む。すると椿が脳裏に思い浮かんできた。やけに真剣な顔で「されどアイスです」と言ってきて、俺はふっと気が緩んだ。だけどその脳裏に浮かんだ椿に背を向けられた瞬間俺の視界は歪み身体が傾くのを感じたのを最後に視界が真っ暗になった。





 次に目を覚ますと自分の部屋の天井がぼんやりと視界に入った。


「目、覚めた?」


 声のする方に顔を向けると父さんがいた。


「あれ?俺……」

「まだ起き上がっちゃ駄目だよ」


 起き上がろうとする俺を父さんが止めて布団を肩まで被さるように直した。


「覚えてる?そこのコンビニで倒れたんだよ」

「……ああ。今何時?」

「夜の11時。なにか食べれる?」

「んー……うん」

「良かった。雑炊、美香が作ったから」

「……彩華さんは?」

「どうしても美香が母親だから自分で作りたいって言って」

「……味がない」


 母さんの思考パターンを予測するまでもなく心配したんだろうということはわかったからその雑炊を一口食べると案の定味がなかった。だけどただのご飯をおかずなしで食べてるのと同じだと思えば食べられた。半分だけ食べると父さんが差し出してきた水と薬を飲む。


「ただの風邪だったけどまだ熱が下がらないからゆっくり休んで」

「ん……」

「どこか痛い?」

「あちこち痛い。頭とか……」

「魔法の薬をあげるよ」

「……今は父さんにツッコミする余裕がないけど……薬なら今飲んだよ」


 父さんは笑って俺の頭を撫でる。


「はい、携帯見てごらん」


 そう言って父さんは俺の携帯を俺に持たせてきて不思議に思いながら携帯を見ると昴からメッセージが届いていた。思うように動かない指をゆっくり動かしながらメッセージアプリを開くと『この前3人で隣町のグルメフェスに行ってきた写真だよ』というメッセージと椿の写真が送られてきていた。黒地に白のラインが入ったストライプ柄のシャツに白のスキニーパンツスタイルの椿の写真だ。


「ね、魔法の薬でしょ?」

「うん……」




 俺は3日間熱でうなされることになった。その間に俺は椿の写真を何度も見た。既にフォルダに入っている毎日見ていた写真も。見事に全部モノトーンのパンツスタイルという椿の、楽しそうな笑顔に心地よくて穏やかな気持ちがして痛みが少し和らいだ。

 結局そのまま夏休みに入ってしまったけど俺はそれまでと同じように椿を想い続けるだけでなにも変わらなかった。

 ちなみに熱が下がったあと、目に涙を浮かべる昴には3人で出掛けてるなんて知らなかった、データでも椿の写真を消させるわけにはいかないからそのままで良いけどわかってるよね、と笑顔で言ってこれからは若菜の携帯で撮ることを約束させ、ゲームに付き合ってあげた。

 大洪水の涙を流す母さんには市販の味付きの雑炊があることを教え、それが駄目なら父さんに味見させることを約束させて満足するまで頭を撫でてあげた。







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