破壊力抜群の可愛らしさ
その翌日から椿の様子が少し変わってしまった。だけど自分のせいだと思って納得はしている。それに会った瞬間に沸騰したように真っ赤になってこんにちは、すら噛んで話もぎこちなくなり、目をあちこちに向けている様子は可愛くもあった。それが俺のことを意識していると思えばこその可愛らしさだ。
こんな調子で火曜日と木曜日はどうなるのだろう、と思っていると初めこそ緊張で噛み噛みなのに少しするとそれまでと同様楽しそうに話してる。相変わらず話が途中で別の話に変わっているけど母さんたちとは違って行ったっきりではない。話には道筋があって話をしていて、そういえばとその話に付随する話を始め、そしてちゃんと元の道に戻る道があって、そういうのが何度もあって椿の話は構成されている。だけど毎日会えるというわけではない。渡り廊下で待っていてもなかなか来なくて授業に遅れるのはまずいと思ってそのまま教室に行くこともある。それに放課後も椿が来れない日もあった。部活がない日があると知った俺はそこまで気にしないで少し待って来なければ部活に行くことにした。椿も天然だからなのか俺が偶然部活前にちょっと休むために寄っているという風に思っているようでその偶然に上手く合わせられるようにと椿は早く教室を出てきているからいつもは先にベンチに座っているそうだ。
そんなある日のこと。
「そういえばだいぶ前に若菜とアイスを食べに行ったって話を聞いたんだ、夏じゃない涼しい日に」
「いつの話ですかね?んーあ、わかりました」
「暑くないのにアイスを食べるの?」
「先輩は夏しかアイスを食べない人ですね」
「うん、違うの?」
「結構いますよ。1年中アイスを食べる人。私も冬に暖房をつけた暖かい部屋でアイス食べるの好きです」
「それはどうなの?アイスを食べるから寒いんじゃない?それって楽しいの?」
「楽しいですよ。……ふふ」
「え、なに?」
「先輩ってよくそれって楽しいのって聞きますよね。口癖ですか?」
「え、そうだった?」
「はい。でも少数派なことを言ってる自覚はあるので不思議に思うのは当然だなって」
そういう捉え方なんだ、と安心する。実際は少数派だろうが大多数派だろうが楽しいのかなと疑問に思うんだけど、それを椿には言えなかった。つまらない人間に思われたくなかった。見栄を張りたいのかもしれない。
「それで、多分先輩が聞いたのは若菜とアイスの専門店に行った時の話だと思います。そこってトッピングが自分で自由にできるんです。で、どれだけトッピングをしても値段が変わらないって店員さんに言われてトッピングをしていたんですよ。でも、若菜があれも美味しそう、これも美味しそうって言うのでそのままトッピングしていったらアイスよりトッピングのボリュームがすごくなってパフェを食べてる気分になりました」
「ふふふ、そうなんだ」
それであの写真のようなものが出来上がったのか、と毎日眺めている写真を思い浮かべる。あのスプーンを咥えて幸せそうな顔をしている椿だ。可愛い。
「あ、多分その日だったと思うんですけど、若菜に私はパンダみたいだって言われたんです。なんでって聞いたら私の私服がモノトーンばっかりだからって。それは確かにそうなんですけどだからパンダだとは今まで言われたことなくて、そんなこと思い付かなかったよ、若菜は天才だねって言ったらすごく喜んでくれましたよ。それからうさぎみたいとも言われます。ぴょんぴょんしてるかららしいんですけど。それは私あたふたすることが結構あるのでそういうとこかなって。ついにこの前パンダうさぎだって言われました。そうだ、パンダうさぎって本当にいるんですよ。知ってました?」
「ううん、知らなかったよ。そうなんだ」
「帰って調べたらいました。先に若菜がこんな感じだって描いてくれたイラストがネットで調べた写真とそっくりで。それでまた若菜は天才だって言ったんです」
「若菜が調子に乗るよ。天才だなんて言うと。っていうかだいたい想像できるし」
「でも上手ですもん。それに嬉しそうにする若菜可愛いんですよ。あ、そうそう、それでつい最近思わず若菜はわんちゃんみたいって言っちゃって。怒りそうだから言わないようにしようと思ってたんですけどね。案の定私は犬じゃないって怒られたんですけど、可愛い小型犬に見えるって言ったら喜んでました。でも若菜はクマのほうが好きみたいですよ。先輩が前に教えてくれましたよね、アルのこと。だからテディベアのアルも大切にしてるもんねって言ったらアルは今旅行に行ってしまったって。あれはいったいどういうことだったんでしょう。聞いてみようとしたら違う話題になってしまって今でもモヤモヤしてるんです」
椿の知りたい欲求を満たしてあげないなんて若菜は酷いやつだ。俺なら椿が気になることはなんでも教えてあげたくなるのに。
「それはクリーニングと補修の旅ってことだよ」
「クリーニングと補修?」
「そうそう。ずっと手放さないから汚れちゃうでしょ。だからぬいぐるみ専門のクリーニング店に持っていくんだよ。そこで補修もしてくれるんだ。俺の父親の知り合いのお店でね」
「へーそういう所があるんですね」
「俺が行くと意地になって手放さないから昴にそろそろ救出してあげなって言うんだ」
「なんででしょうか」
「きっと小さい頃俺がうっかりアルの腕をビリってやっちゃったから預けるのが嫌なんだと思うけどね」
「あらら、でも小さい頃のことじゃ仕方ないのに。若菜それだけショックだったんでしょうね。それじゃあ結城くんがクリーニング出してくれるんですね」
「そうそう。そうなんだけどそこってここから結構離れたとこにあってね、それが俺の母さんの実家の近くなものだから顔を出すついでに俺も行くんだよね。でもすごく良い感じに仕上げてくれるんだよ。ふわふわって、それが若菜も良いみたいで小旅行でリフレッシュさせてあげないとって小さい時手元から離してたから今でもその名残で旅行に行ってるだなんて子供っぽいことを言ってるんだよ」
「そういうことだったんですかー。可愛いですね!!」
「そうかな……。昔は全然聞いてくれなくて苦労したよ」
「そうなんですね」
椿は若菜の話をするのが好きだ。椿が若菜のことが好きで毎日のように一緒にいるからだというのはよくわかる。俺は従兄で昔から若菜のことをよく知っていてそういう話を聞くのも楽しいらしい。だから必然的に俺と椿の話には若菜の話が多くなる。若菜を知らない人に話すより俺に話す方が楽しいんだろう。だけど少し、少しモヤモヤとする。椿の話ならどんな話でも楽しいから全然良いんだけど若菜が大好きというのがすごく伝わってくる。若菜が羨ましくなる。いつも椿の隣にいて、当たり前のように椿に好かれていて。いつか俺がその立ち位置にいきたい。椿が興味を持つもの、行きたいと思う場所は楽しいものだろうから、それを椿と一緒に見られたら幸せなんだろうな。椿と両思いになって付き合うことができたらきっとできるんだろうな。
そんなことを思いながら何日か過ぎたある日。その日は父さんの知り合いの会社が何周年かの記念パーティーだというから母さんと2人で泊まりがけで出掛けることになっていた。こういうことはよくある。父さんは顔が広くIT系はもちろん飲食業界、マスコミ等々、大学が結構な有名なところだというのもあるしパソコンばかりやっててそれ関連での繋がりも多い。
というわけで俺は今優菜さんの家で夜ご飯を食べていた。一輝さんと彩華さんも珍しく残業で遅くなるというから昴も一緒に親子丼を食べる。
「椿の髪はさらさらで指を通すと滑らかでずっと触りたくなるんだよー」
若菜のその言葉で今日のファイトが始まった。
「そうなんだ。椿の髪はまっすぐで若菜のぴょんぴょん跳ねたヘンテコな髪とは大違いだね」
「は、隼人くん……。それ自分もでしょ」
「それを言うなら自分もヘンテコよ」
「優菜さんもだよ」
「まあまあ、みんな。ママたちはみんなそっくりなんだからね」
「ふん、それでねーアレンジしたいってお願いするとやらせてくれるから思う存分触れるんだよー。隼人は椿に指1本触れられないのにねー」
う、若菜のくせに俺が気にしてることを……。
昴と優菜さんと浩一さんが苦笑いで俺を見る。俺はだいぶ口調に慣れてきたと思う。
「椿も可哀想だね。若菜のお遊びに付き合わないといけないなんて。下手なのに」
「へー椿のヘアスタイルは私がやってるんだよ。それを変って思ってるのー?」
「……それは」
椿のほぼ毎日変わるヘアスタイルを思い浮かべる。どんな椿も可愛い。そういうのが全然わからないからどれがなんてアレンジなのかとかわからないけど。
「ねーどうなのー?」
「可愛いよ。若菜も器用になったよね。絞り染めのはずがハンカチに汚れたテーブルを拭いたようなシミをつけるくらいだったのに」
「むー!!あ、隼人ヘアスタイルのことなんてわからないだろうけどーどんなヘアスタイルが椿に一番似合うと思うー?」
「なにもわからないわけないよ。二つ結びとか可愛いんじゃない」
そう言って隣にいた若菜の髪でやってみる。すると、すぐに腕を叩き落とされた。
「それはツインテールよ」
「ついんてーる?」
「なんでそんなこともわからないのよ」
優菜さんがそう呆れるけど知らないものは仕方ないじゃないか。
「椿ツインテールだけは無理だってやらせてくれないけどもう一度お願いしてみようかな。椿私のお願い断らないもん。こうやってね、お願ーいって言うとなんでも聞いてくれるんだよ」
「確信犯だよ、酷い話だ」
若菜は椿が可愛いと思うだろう表情をしてそう言う。それは父さんがやる母性本能をくすぐるあれだ。この血筋はだいぶ厄介だな。俺はこんな人間たちとは違う。
「若菜、私が読んでる雑誌なんだけど、こういうのどう?椿ちゃんは子供っぽくなるのが嫌なんでしょ?」
そう言って優菜さんは雑誌を持ってきて広げて見せる。
「おお!!可愛いー!!これならやらせてくれそう!!」
普通の二つ結びとなにが違うのかわからなかったけど編み込みとかくるりんぱとか不思議な単語が雑誌には書いてあった。
そしてその翌日、ごく普通の1日を過ごし5限目体育の授業でサッカーをしていた。11月だというのに運動すると十分暑い。シュートを決めたあと休憩だと自分で決めて服の裾をパタパタとさせてから汗を服で拭っているとそういえば椿の教室ってちょうどグラウンドの真上というかすぐ上だよな、1年3組は……と教室を見ていると一番後ろの席でこっちを眺めている椿を見つけた。二つ結び、いやツインテールでいつも以上に可愛らしい椿に見とれているとすぐに顔を背けられてしまった。残念……。本物のお姫様よりもお姫様のように可愛かったのに。身体ごと校舎に向けてそう思っていると嫌な視線を感じて椿の列の一番前の席を見る。若菜がどや顔で俺を見ていた。昨日の話を思い出し、落ち着けと思いながらも睨み付けるのだった。昴がそばにいたらバチバチと火花が散ってると言うだろう。
「佐々木ー!!ボール!!」
と、そこでクラスメイトに呼ばれて授業に戻った。
その部活が終わったあと、家に帰ると誰が聞いているかわからないから帰り道で昴に電話をかけた。
「椿の二つ結びが可愛かった」
『え?……ああ、してたね、今日』
「見たのか?」
『そりゃあ廊下ですれ違うし』
「羨ましい……。俺はグラウンドから遠目だったのに」
『そうなんだ。でもよく見えたね。3階なのに』
「椿だ『まだ眼鏡つくるほど視力落ちてないみたいだね』……そうだね」
『おかしな冗談言ってないでよね』
「いや、俺はどんなに遠くにいても椿がわかると思ってる」
『眼科ついていこうか?』
「いや、良い」
『ふふ、そっか』
「見えたのは見えたんだけどやっぱり近くで見たかったなー。どんなヘアスタイルでも可愛いんだけど今日のは破壊力抜群だった。心臓が破裂するかと思ったよ」
『大げさだねー』
「いや、本気だよ。今度またこんなことがあるかもしれないから虫眼鏡携帯しようかな」
『怪しいからやめな』
「駄目かー」
残念だけど仕方ない。でもせめてもう少しだけ長く堪能したかったなと思いながら家へと帰った。




