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運命のカミーリア  作者: 柏木紗月
高校生編
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不安と幸福(1)


 そんな週末が明けて火曜日の放課後、中庭に行くとそこには誰もいなかった。ベンチに座って待つことにしたけど必ず会おうと約束してるわけではないんだから、来なくても仕方ないと思った。……と、思おうとしている。

 賑やかな家族と過ごす昔から変わらない日常でも、感じることは椿と会ってから180度変わった。椿を通じて周りを見る目が変わったんだと思う。椿に会うまでは気にしなかったことが今はすごく気になるようになった。今は11月、椿に会ったあの日から3ヶ月以上が経っている。あの日から椿に夢中になって自分が自分じゃないように感じるけど以前の自分よりも今の自分の方がずっと良いと思う。

 やってるうちにすぐにつまらなくなってしまうゲーム、観れば観るほど興味がなくなった映画、周りの雑音、鬱陶しいやっかみ。自分が不自由だとかそういう風には思ってなかったけど毎日が淡々としていた。そんな俺をみんなが気にかけていたこともわかっていたけどなにも変わらず、これから先もなにも変わらないんだろうと思っていた。外で自分を偽るように家族にもそうしようとしたらできたのかもしれないけどそうはしなかった。このままの自分でも受け入れてくれる、好き勝手できる家族が面倒だけど一番楽に過ごせる居場所だった。

 椿に会ってからいろんな感情が湧いてくるようになった。恋をしたら人はこうなると、知ってはいたけどそれは俺以外の人に当てはまる一般論であって俺に恋愛のいろはのようなものは当てはまらないと思っていた。だけど実際には椿によく思われたくて、かっこいいと思われたくて、だけど実際の自分も受け入れてほしくて少し本当のことを言って、嫌われたくない、なんて答えれば正解なのかと悩むこともある。例えゲームのように選択肢が与えられていても椿の反応が気になってすぐに答えられず考え込むのだろう、と想像できる。

 椿が現れないここでそんな風にぼんやりと考える。椿が来ないかもしれない、もしかしたらもう飽きてしまったのかもしれない。椿に会うまではそんな不安を抱く男は自分に自信がないやつだけだと思いながら映画を見たり話を聞いていたりしたけど、どんな人でもちょっとしたことで不安になったり悪い方に考えてしまったりするんじゃないかと、今は思う。

 ここに座ってどれくらいたっただろう……。時計を見ると10分は経っていた。椿も毎回来れるわけではないだろう、あともう10分待って来なかったら部活に行こう、そう思った。



 それからしばらく目を瞑って椿のことを考えていた。


「先輩……」


 小さな声にハッとして目を開けると椿が駆け寄ってきた。


「良かったです」


 椿は息を切らして俺の前まで来ると肩で息をする。


「えっと、走ってきたの?」

「はい」


 苦笑いしてそう短く返事をした椿は俺のすぐ隣に座った。


「今日は部活がなかったんです」

「あ、そうだったんだ」


 そっか。そういう時もあるのか。あれ?それならなんで今椿はここに来ているんだろう。


「それで、いつもは部活があるので若菜と一緒に帰らないんですけど今日は帰れるねって若菜が。……それで、どうしようって迷っていたら先生に用事を頼まれて、それにも迷ってたんですけど結局先生の用事をするから若菜には先に帰ってもらって。……で、明日使うっていうレジュメの印刷をしてから急いできたんです」


 喉が痛いのか時々言葉を詰まらせて喉を押さえながら話す椿を呆然と見ていると椿は首を傾げる。


「ああ、ごめんね。えっと、水飲む?ちょうどそこに自販機あるんだし」

「あ、そうですね。じゃあ」

「待って待って」


 立ち上がろうとする椿の肩を押さえて俺は自販機に行って水を買うとすぐに戻ってきた。


「はい」

「あ、ありがとうございます。お金……」


 なぜか肩を押さえてぼんやりしていた椿にペットボトルを手渡すと両手で受け取った。受け取り方も可愛いと思いながらすぐ隣に座り直した。


「良いよ」

「え、そんなわけにはいきません」

「良いって良いって」


 慌てながら鞄を開けて財布を出そうとする椿にそう言うけど頑なに譲らなくて探し続ける。でもなかなか見つからないみたいだ。


「あれ?ないです。いや、そんなはずは……」

「ふふ、だから良いって」

「ご、ごめんなさい。ごちそうさまです」

「たかが100円なのに」

「されど100円です」


 やけに真面目な顔でそう言う椿が面白くて俺は声を出して笑ってしまう。


「もう、そんなに笑わないでください……」

「ごめんごめん。面白くて」

「面白くないです。すごく焦って大変だったんですよ」

「そもそも若菜なんて適当にあしらえば良かったのに」

「だってなんの用事があるのってすごい聞いてくるので……」

「俺に会うって言ってない?」

「言ってないです。……あれ?そういえばなにも言ってないです。なんででしょうね」

「なんでだろうね……?」


 火曜日と木曜日に2人きりで会っていたら若菜が乗り込んで来るだろうから話してないんだろうなとは思っていたけど。


「でも話せば良かったんですよね。あ、でも……」

「どうかした?」


 走ってきたから顔は元から赤かったけどそれがさらに赤くなってどうしたんだろうと思っていると持っていたペットボトルを開けて一気に飲み干した。俺は驚いて瞬きを何度もしてしまう。


「ひ、秘密にしたいと思ってしまいました、このこと……」


 抱き締めたい。

 そう思うのは当然だろう。はにかみながら言う椿は可愛かった。あまりの破壊力にさっきまでの不安は吹き飛んでいた。


「そ、そっか……」

「はい……。先生に用事を頼まれた時もいつもみたいに断れなくて了承してしまって、早く行かないと先輩部活に行っちゃうって慌てて、なのに途中でコピー用紙が切れてしまって……もう散々です」

「大変だったね」

「大変でしたよー……」


 そう言って項垂れる椿に初めて会った時の慌てぶりを思い出す。大変だったねと労ってはみたけど可愛らしい椿に嬉しくなってしまう。つまり俺に会おうと思ってくれていたんだろう、若菜にも内緒にして。そう思うと穏やかな気持ちになった。


「えっと……時間大丈夫ですか?」

「うん。平気平気」


 今日は特別だ、と自分で決めた。


「良かったです。あの、この前の続きなんですけど」

「へ?この前の続き?」

「若菜が秒針まで気にするくらい時間に厳しいって話です」

「ああ……え?その話?」

「だって先輩続きはまた今度ねって……」

「う、うん。言った。言ったけど……ふふ」


 確かに言ったけど本当に続きから話が再開するのか。やっぱり椿だなーと面白くなった。


「あ、また笑います?」

「ううん。続けて良いよ」

「はい。それで、若菜はだいたいこんな感じかなっておおざっぱなのに時間には細かいんです。行列に並んでて1時間待ちだったところが1時間5分でお店に入れた時に1時間って言ったのにーって不機嫌になっちゃって。だから私、長い時間待ってるのは疲れちゃうけどその間どんな味かなーどれだけ美味しいんだろうなーって考えてるとわくわくするでしょって、そんなわくわくする時間が5分も増えるなんてお得な気分だよって言ったんです」

「そっか……。そんな風には思ったことなかったよ」

「けどそう考えたら行列も楽しいですよ」

「確かにそうだね」


 若菜と行列に並ぶと疲れるけど椿となら何時間でも並べると以前思ったっけ。だけどそうやって考えたらもっと楽しく待っていられる気がした。それにそれを椿と一緒にならさらに楽しさが倍増すると思う。椿とそんな風に話ながらわくわくした気持ちで行列に並ぶ自分を想像してみる。すごく楽しそうだ。やっぱり俺はどんどん貪欲になってるのかな。話に聞くだけではなく隣で一緒に経験してみたい。



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