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運命のカミーリア  作者: 柏木紗月
高校生編
31/136

母さんは相談に向いてない


「ん?」


 あれはいったいなんだろう。リビングに入ると電気とテレビが付いたままで毛布を被って丸まってる物体がソファーに転がっていた。


「寝るならテレビとか消せば良いのに」


 俺がそう言いながらソファーに置いてあるテレビのリモコンに手を伸ばそうとした時。


「ぎゃあ!!」


 毛布から出てきた手に腕を掴まれて心臓が止まるかと思った俺は思わず叫んだ。ホラー映画で恐怖を感じたことはないのに。

 毛布から顔も出してきた物体……母さんの顔を見てまたしても叫んでしまった。


「わ、わだじだって……そーだん……グスン……のれる……もん……」


 涙でぐちゃぐちゃで髪の毛を顔に張り付けた母さんの迫力に圧倒されながら片膝をついて手を離そうとするが母さんはムクッと起き上がって両手で掴んできた。


「父さん!!ってどこ行くの!?」

「え、水飲みに来たんでしょ?」


 そう言ってキッチンに行こうとする父さんを呼び止める。


「待ってよ、こういうの父さんが一番に駆け寄ってくものでしょ!!母さん大好きなんだから!!」

「そうなんだけど母親と息子の問題に父親が入っていくのはどうかと……」

「ここに見守る姿勢いらない!!っていうかさっきちゃんと納得させてから戻って来たんじゃなかったの!?」

「さっきは納得したけど寂しくなっちゃったんだね。慰めてあげて」


 やっぱり方針の基準がめちゃくちゃだ。そういうのは夫のすることだろ、と思いながらキッチンへと歩いて行ってしまった父さんを呆然と眺めていると母さんに引っ張られた。


「ねー!!」

「わ、わかったよ」


 仕方なく母さんを見る。


「そ、相談……」

「だから母さんには関係ない話だって」

「びどいー」

「ま、また泣き出した……」


 うわーんと声をあげる母さんに戸惑っていると母さんが両手で俺の胸をドンドン叩いてくる。


「明日からカリフラワー出し続けてやるんだから!!」

「そ、そう……」


 めったにないが母さんは俺にイラついた時、朝昼夜3食3日続けてサラダにカリフラワーを入れてくる。

 俺は小さい頃好き嫌いもなく出された物はなんでも食べていたが母さんはそれが不満だったらしい。母親は子供の嫌いな食べ物を克服するために試行錯誤するものだと言ってきて俺はそんなもの知るかと思いながらなんでも食べていた。しかしある日食卓にブロッコリーではなくカリフラワーが出てきた。初めて食べるそれに俺の表情の微妙な変化に母さん、父さん、一緒にいた優菜さん全員が気付いた。嫌いというほどではないが旨くはないと思って水で流し込む俺の様子に母さんは喜んでしまったんだ。それから克服するために朝昼夜毎食カリフラワーを出されれば嫌いな食べ物じゃなくても嫌になる。それでもう無理だと苦情を言ったらそれまで子供らしい文句は言ったことがなかった俺の言葉に母さんは目を輝かせてしまった。優菜さんが面白がって、イライラしたら俺の子供らしいところを見れば落ち着けるんじゃない?と言うから母さんはことあるごとに嫌がらせをしてくるようになった。食べ物克服させる母親がやりたかったんじゃないのかと思うがそこは母さんが馬鹿で意味不明な思考回路なものだからで俺の子供っぽい様子に感動してそっちの方が重要になってしまった。もっともらしいことを考えたと思ったら目的がいつの間にかすり変わってしまってる。というわけで母さんは意地悪で苦手な物を食べさせようとしてるというわけではなく苦手な物を食べて俺が子供らしく振る舞ってついでに子供らしく素直に甘えてきてくれたら嬉しいなという思考の上でやっている。ちなみに出され続けて苦手になった甘いものは本当に無理だと言って父さんに説得にあたってもらったから無理に食べさせようとしてこなくなった。何事にも限度というものがある、と母さんの奇想天外な思考回路のおかげで学んだのだった。

 そう現実逃避をするように思考を高速で巡らせている間も母さんはずっと叩いてくる。


「まったくもう……」


 俺は戸惑いながら母さんの頭をポンポンと叩いてみる。昔から父さんの見よう見まねでこうやってやってきた。

 そうすると母さんは手を止めて顔をあげると笑った。


「また大泣きしてると思ったら笑ってる……なんなの?」

「えへへー嬉しいー!!」


 うって変わってへらへらと笑う母さんに呆れているとふと、俺はモヤモヤの正体を思い付いた。


「父さん!!」


 カシャッカシャッカシャッ


 父さんを呼んで顔をキッチンに向けると思いの外近くに携帯をこちらに向けている父さんがいた。


「……一応聞くけどなにしてるの?」

「親子の微笑ましい1コマを写真に収めたよ」

「なに「琉依さんこれもー」もー!!なにすんだよ!!」

「隼人、口調」


 母さんに抱き締められる体勢に俺は抗おうと必死になる。こんな時に父さんは冷静に口調を注意しながらまた写真を撮りまくっていた。

 だがふいに母さんからふんわり花の香りがしてなんだか懐かしい気持ちになった。大人しくなった俺の背中を母さんの手がゆっくり撫でる。

 母さんといえば花というのは当たり前のことで普段あまり意識していない。母さんの実家は花屋をやっていて母さんにとって花はごく身近なものだった。だから他のことはなにも出来ないのに花言葉だけは覚えていてすぐに出てくる。逆にいえばそこまでじゃないとなにも覚えられないということだが、それでも母さんの花に関する知識だけは昔からすごかったらしい。でも母さん的にはそれだけじゃなくお客さんに花束を作ると好評だったと自慢してくる。父さんが買ってくる花を指してこの花の花言葉はなんでしょうと毎回聞いてくるから俺も自然に花言葉を覚えてしまった。

 そんな花に囲まれた部屋だからってどうしたらこんなに身体から花の香りをさせられるんだというくらい母さんから香りがする。襲いかかってくる母さんから逃げるようになる前のずっと小さい頃、抱き締められてふんわり香るこの感じにホッとしていたのを思い出す。


「って!!俺はマザコンじゃないってば!!」

「ひゃー」


 うっかり懐柔されるところだった俺は母さんを勢いよく突き放した。

 そして椅子に座ってこっちを笑顔で見ていた父さんに言う。


「父さん!!モヤモヤがわかったよ」

「なんだったの?」

「それが……ってまたか……」


 立ち上がろうとする俺の手を母さんが握って離さない。仕方ないと思いながらこのまま父さんに話すことにした。


「さっき話した告白してくれた子が最後に泣いちゃったんだけど俺はこういうの嫌いだよねって言ったんだ。俺は困りはするけど泣いてる子に冷たくした覚えはないしむしろ泣いてるまま置き去りにしたこともないし。中学の時から好きだって言ってくれたのにそんな薄情な男に思ってたのか、好きなんじゃなかったのか……って別にだからなんだってことはないけど、って引っ掛かってたみたいな「わかったわー!!」痛っ!!」


 なんてことだ。俺が父さんに顔を向けて話していたら母さんが頭突きをしてきた。襲いかかってきたり頭突きしてきたり、母さんはなんて暴力的なんだ。イライラしながら文句を言おうとすると目の前に母さんの顔があって後ろに仰け反った。


「お母さんだから私が答えてあげるー!!」

「いや、良いよ……」

「相談……乗りたい……」

「わわ!!もう、わかったから泣かないでよ」


 また泣き出しそうになる母さんの頭を撫でると母さんは笑顔になって言う。


「隼人は薄情なことなんてないのよー。私が泣いてもいっつもおろおろしながらよしよしってしてくれるもの。ちょっと琉依さんと違って雑だけどー」


 イライラ。雑だと思われてるならもうやらないようにしようと手を離そうとしたら手首を掴まれて頭に戻された。


「でも嬉しいのー。それに昔から泣いてばかりなのに全然慣れなくて毎回びっくりして可愛いし」

「はあ……やっぱり母さん相談乗れないじゃん」

「あ、待って待ってー。だから隼人のことを見てきた子なら絶対絶対隼人がすごく優しいってわかってるはずなの。でも隼人はいつもおろおろして困った顔するからその子は困らせたくなかっただけだと思うの!!」

「そうかな……。そうだとしたら紛らわしいな」

「隼人はよしよしってしてあげたの?」

「しないよ。だいたいするの母さんと昴くらいだよ。その子は涙をぬぐって走って行っちゃったんだ」

「きっと隼人は落ち着くまでそばにいてくれるって思ったけど優しくしてあげるのは椿ちゃんだけにしてあげてほしいって思ったんじゃないかなー?」

「え、なんでここで椿のことが出てくるの?っていうかなんでその子が椿のことが好きってわかってるってわかったの?」

「へ?だってその子は隼人のことを見てたんじゃないの?」

「ああ、そういうことか。母さんもエスパーなのかと思った」

「えすぱー?」

「なんでもないよ」

「だからねー。きっとその子は隼人のすごく優しいところを知っていてそういう優しい隼人を好きになったけど、これからは椿ちゃんにたくさん優しくしてあげてほしいって思ったんじゃないかな。みんなに優しいのはすごく素敵だけどそれで悲しい思いをするのは椿ちゃんで、そしたら隼人も悲しくなっちゃうでしょー。だから椿ちゃんと隼人が幸せになれるようにって思ったんじゃないかなー?」


 母さんの答えは答えになってるのかなっていないのかよくわからないものだったけどなぜかしっくりきた。母さんのくせに。天然で馬鹿な母さんのくせに。


「あ、でも椿ちゃんとはまだ付き合ってもいないんだったわー。それより私と琉依さんのことを思い出しちゃったー。聞いて隼人ー」

「……聞かないよ」


 やっぱり母さんは相談に向いてないとわかった。


「っていうかさっさとこの手を離してくれない?」


 いつまでも手首を掴まれて頭に乗せられてると腕が痛いんだけど。


「いやー。だって隼人が意地悪だからー」

「……面倒なんだから」

「むー!!また意地悪言うー!!」

「わかったよ。なにしたら機嫌治るの?」

「私が好きなもの買ってきてほしいなー」


 母さんは俺の手を下ろして両手で左右に振る。俺は部屋を見渡して母さんの思考を予測する。


「花を買ってきたら許してくれるの?」


 予測したもののそんなことで良いのかと思いながらソファーに座っていて目線の上にいる母さんに首をかしげて問いかけた。


「……」

「母さん?なに?別のものが良かった?ケーキ?」


 母さんは泣きすぎて充血する目を見開いてぼーとしていて、俺はさらに問いかける。


「もう、それ以外ならなにがいいの?」

「ううん、お花が良い。コチョウランが良いなー」

「指定までしてくるの?えっと、純粋な愛?嫌だよ、そんなの母親に贈るのじゃないじゃん」

「そんなことないわよー。それにピンクのコチョウランが良いなー」

「父さん!!」

「なーに?」


 瞬時にピンクのコチョウランの花言葉を思い出してあらゆることが繋がった俺は怒って父さんを呼ぶ。


「気づかないうちにまた母さんたちのイチャイチャに巻き込まれてたんだけど!!ピンクのコチョウランの花言葉はあなた……もう!!恥ずかしい馬鹿夫婦め!!」

「ピンクのコチョウランの花言葉は"あなたを愛してます"だよ」

「わかってるよ!!」

「2年仮でお付き合いしてた時にピンクのコチョウランをくれてね、好きって言ってくれたのー」

「やっぱり砂糖みたいに甘い……」


 耳を塞ぐ俺の手をどけようとしてくる母さんに抗いながらも母さんの話は続く。


「さっきの隼人、あの時の琉依さんにそっくりだったわー。たくさん辛い思いさせてごめんね、どうしたら許してくれる?信じてくれる?ってね。琉依さんの言葉だけで嬉しかったのになんでも言ってほしいって言ってくれたから毎日じゃなくて良いからこうやってお花が貰えたら嬉しいって答えたの」

「もうわかったよー。それで今でも誕生日とかクリスマスとか以外のなんでもない日でも花を渡し続けてるんでしょー。どうせ父さんが浮気してたからでしょー」


 最終的に耳を塞ぎながら後ろに跳ぶように立ち上がって俺が言うと父さんはまた珍しく慌て出す。


「だから浮気じゃないってば」

「母さんは浮気だと思ってたんでしょ」

「でも琉依さんは優しいから仕方ないもの」


 また母さんが襲いかかってくると危険だから父さんの隣に行く。


「……それに彼女だったけど仮の彼女だったもの」

「はいはい。お試しでしょ」

「2年間頑張ってアプローチしたのよー。お店のお客さんから映画のチケットとかサッカー観戦のチケットとかもらってお弁当を作ってデートしたりしてね」

「……僕はすぐに好きになってたのに」

「琉依さんいつまで経っても好きになってくれなくてもうダメかなって思ってたら好きって言ってくれたのー!!」


 ボソッと呟く父さんと嬉しそうに語る母さんを見て、なんとも言えない気持ちになった。多分相当拗れたやり取りをしてたんだろうな、と思う。無理やり甘いものを大量に詰め込まれた気分になった俺は父さんがテーブルに置いていた水を一気に飲んで退散することにした。


「あらー?どこ行くのー?」

「風呂入って寝る」

「そうなのー?おやすみー」

「おやすみ」

「一応参考になったのかならなかったのか微妙だけどありがとう」

「まあまあまあ!!私も隼人が大好きー」

「なんでだよ!!そんなこと一言も言ってないだろ!!」


 そう怒鳴ると後ろから母さんの意地悪ーという声と父さんの口調ーという声を背にリビングを出てイライラしながら階段を上った。




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