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運命のカミーリア  作者: 柏木紗月
高校生編
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お姫様との出会い



 夏休みに入った。部活はほぼ毎日ある。俺の学校のバスケ部は強くもなく弱くもないけどだいたい3年生は夏休みが終われば引退する。そして勉強に専念し本格的に受験生になるというのが流れだ。進学校だから国立大に行く人も何人かいるしそうじゃなくても有名な私立大学に多くの人が進学する。

 そんな3年生が主役の最後の夏休み。俺もさすがに休まず毎日来ようと決めていた。だけど休憩時間に体育館の外階段に座っているとこのままずっと外にいたい、中は暑すぎる、数分サボるくらい良いじゃないかと思えてきた。そんなだらけた気持ちでボールを弄っているとそばの渡り廊下を大きな段ボールを持ち危なげに歩く女子生徒が目に入った。その顔を見て俺は衝撃を受けた。黒髪で雪のように真っ白な肌で頬を真っ赤に染めて必死に歩いてる姿はまさに童話のお姫様のよう。


「……可愛い」


 思わずそう呟いていた。その女の子に見惚れていた俺は手にしていたボールが、立ち止まって手で顔を仰ぐ彼女のそばまで転がったのを見て初めてボールを落としていたことに気が付いた。

 俺はすぐにチャンスだと思った。そう思ったら体が勝手に動いていた。


「すみませーん。そのボールうちのです!!」


 そう声をあげて彼女のいる渡り廊下に駆け寄った。

 口を開けて呆然としている彼女に再び可愛いと思いながら俺は言った。


「拾ってくれてありがとう」


 俺の言葉に数秒遅れて彼女は答えた。


「……え?あ、いえ、目の前に転がってきて無視できないですし……」

「ふっ」


 高くもなく低くもなくちょうどいい高さの艶のある声、その不思議な回答も相まって俺は吹き出していた。可愛すぎる。

 俺が笑っていると彼女はさらに顔を真っ赤にして、ますます可愛いと思った。

 そしてついこの間昴と話した会話を思い出し、俺は丁寧に、優しく、と唱えながら言う。


「無視されなくて良かったよ。本当にありがとう」

「いえいえいえ、そんなに感謝されるほどのことはしてませんから」


 そして小さくどうぞ、と口にしながら俺にボールを返してくれた。冷静で落ち着いた子だなと感じた。ボールを受け取ってから彼女の近くに置かれた段ボールに目を向けて問いかける。


「その荷物は?」

「あの、先生から運ぶようにって頼まれていて……」

「そうなの?じゃあ手伝うよ」


 俺は自然にそう言っていた。


「え!?そんなの悪いですよ!!」


 慌てて拒否する彼女に「ちょっと待っててくれるかな」と声をかけて彼女の制止の声を聞かずに俺は体育館へ走った。

 そして入り口の近くにいた同級生に体調不良だからもうしばらく休んでると伝えボールを預けると急いで彼女の所に戻った。


「さ、行こうか。どこ?」

「職員室です。……じゃなくて!!本当に悪いですよ!!」


 彼女の答えを聞くと俺は段ボールを持ち上げて職員室へ向かう。その後ろを彼女があたふたしながら追いかけてくる。ぴょんぴょんと跳ねるようなその姿はウサギのようでもある。


「あの、私が頼まれたことなので私が持たないと」

「いいからいいから」

「いや、良くないですから!!」


 私が持ちます、いいから、と繰り返しあっという間に職員室まで着いた。


「職員室着いたよ。両手出して」

「はい?」


 職員室のドアの前でそう言い、彼女が差し出した両手に段ボールを乗せた。少しよろめいた彼女の腰に慌てて手を添える。しまった。言葉だけじゃ駄目だ。優しく、丁寧に……。再びそう唱えるが彼女の発した言葉に体が硬直した。


「ひゃあ……」


 そしてまだ赤くなるのかと思うくらい全身を真っ赤にする彼女を見て純粋でウブな子だなとたまらなく愛しくなり、なぜかわからないけど声をあげて笑ってしまった。そして笑いを収めると俺は言った。


「さ、君が頼まれた仕事だからね」

「あ、はい」


 俺は職員室のドアを開けて彼女の背中を押し、じゃあね、と声をかけると来た道を走って戻る。

 走りながら、これが好きって気持ちなんだと理解した。これが好きな人ができるって感覚なんだ。初めて感じた気持ちは俺の心にじんわりとしみわたった。

 そして興奮しながら体育館に戻りその日の部活を終えて着替えをしている時に俺は重大なミスに気が付いてしまった。名前聞くの忘れた。

 俺はため息をついた。そして冷静になって考える。同級生にあんな子はいなかった。上級生であんなウブで可愛らしい子がいるはずない。よって1年生だ。そう、あのお姫様は高校生になったばかりの、なにも知らない無垢な子なんだ。なんて可愛いんだ。俺は部室のロッカーに手をついて項垂れる。あんな可愛い子がいて良いのか?反則だ。今すぐ見つけてリンゴを持たせてその愛らしい顔をじっと見つめて堪能してからあの真っ赤な唇にキスしたい。

 こうしてはいられない。1年生ってことは昴の同級生だ。昴に電話して彼女のことを聞かなくては。ああ、せめてあの段ボールの中身を見ておけばなんの部活かがわかったのに。いや、後悔してる場合ではない。早く見つけないと。そう思うと俺はてきぱきと支度をし、急いで家に帰った。

 途中で昴に電話をかけたが繋がらず、『今すぐかけ直せ』とメッセージを送り、かけ直しの電話がかかってこないまま家までたどり着いてしまった。玄関のドアを開けてから気付いた。昴の家に直接行けば良かったんじゃないか。

 学校から駅まで普通に歩いて10分。そして駅からさらに10分行くと昴の家がある。俺の家は駅を真逆の南口に回って10分歩いた所にある。いや、正確には20分。若菜たちの家から計算が合わないと思うけどそこは父さんたちの無茶な嘘だ。母さんたちは歩くのがゆっくりだから20分かかるけど普通の人が歩いたら10分、これで足算すると家から家まで20分、条件に合ってるね、と。これで納得してしまうから母さんたちの頭はお花畑なんだ。

 と、こんなことを考えてる場合じゃなかったんだった。帰ってきてしまったものは仕方ない。俺はもう一度昴に電話をかけた。毎日出迎えに来る母さんがリビングから玄関に来るところだったがただいまと声をあげるだけにした。あとでいつもの口調で文句を言われそうだがスルーしよう。

 自分の部屋に入ると同時に発信音が途切れた。


「遅い!!」

『もーどうしたの?』

「早くかけ直せよ!!」

『無茶苦茶な。かけ直そうとしたらもう一度かけてきたんじゃないか。こっちだって都合があるんだよ。それで?どうしたの?』

「それは悪かった。で、昴。真面目な話なんだ」

『う、うん。どうしたの?』

「肌が雪のように真っ白で黒髪で頬が真っ赤で童話のお姫様みたいな女の子を知ってるか?」


 俺は真剣に問いかけたのに昴は普通に童話のお姫様の名前を返してきて怒りがこみ上げてきた。


「おい、真面目に答えてくれよ」

『いや、なんなの?お姫様お姫様言うのは若菜だけにしてよね、隼人くんが言っても全然可愛くないよ』

「あいつが言っても可愛くないし可愛いと思われたくもない。そうじゃなくて、1年生の女の子にいないかって聞いてるんだよ」

『あのね、隼人くん。肌が白い黒髪の女の子がどれだけいると思ってるの?隼人くんや若菜みたいな茶髪は珍しいんだよ』

「お前は本当に最近俺に冷たすぎじゃないか?」

『ごめん。さっきまで若菜の家にいたんだよ。最近若菜友達の女の子とばかり遊ぶから貴重だったのに隼人くんからの着信とメッセージ見て何事かと思って急いで家に帰ってきたっていうのにいきなり怒鳴ってくるし。僕じゃなかったらそこで電話切ってるからね』

「す、昴……悪かった」


 普段とは違い抑揚のない淡々とした昴の声に俺は思わず謝った。


「俺も落ち着くよ。動揺してたんだ。ごめんな」

『ううん。僕もごめんね。それで、その子がどうしたの?』


 俺は今日出会ったお姫様のことを話した。


「だから俺は見つけないといけないんだよ。見つけてリンゴを持たせてじっくりその愛らしい顔を見て堪能してから真っ赤な唇にキスを『ちょっとちょっと!!』……なんだよ」


 話を遮られて低い声がでてしまう。


『え、どういうこと?つまりなに?隼人くん好きな人ができたってこと?え、っていうか本当に隼人くん?誰?』

「なんだよ、珍しく慌てた声出して……」

『いや、驚くでしょ!!え、ヤバい、面白い。若菜に「若菜には言うなよ!!」えーどうして?絶対面白がるよ』

「だからだろうが。あいつに邪魔されたくないからな。同じ1年生なのにどうしてああも違うんだ。純粋そうでウブですぐ真っ赤になるくらい純情で、そんな子の前にあの無神経女が俺をからかうだけに飽きたらず直接会いに行ったらどうするんだ。汚れる!!」

『過去最大級に若菜を貶して酷いと思うと同時に隼人くんの変わりようが怖いよ。恐ろしいよ』

「で、探しておけよ」

『え?いやいや、だから無理だって。外部活の人以外大抵肌白いだろうしみんな黒髪だし。だいたい今の話じゃ本当に1年生かどうかも怪しいよ』

「そんなことないだろ。あんななにも知らなそうな子が同級生やまして年上なはずがない」

『いや、それが思い込みかもしれないよ。1年生じゃなくたってそんな子はいるでしょ』

「あんな可愛らしい女の子が他にいるわけないだろ」

『……駄目だこりゃ。わかったよ。でも1年生だけでも100人近くいるんだよ。どうやって確かめれば良いの?』

「見ればわかる」

『絶対わからないよ。隼人くんが好きになる女の子なんて初めてだもん。どの子に一目惚れしたのかなんてわかるわけないでしょ』

「そうか、これが一目惚れしたって言うのか……」

『もしもし、聞いてる?……駄目だね。無理だと思うけど探してみるよ。期待しないでね』

「やる前から無理だって言うなよ。冷たいな。まったく、役に立たないから自分で探す」

『こんなに親切に聞いて協力してあげようとしてるのにそんなこと言う?もう……。でも自分で探した方が可能性高いしそうしてよ。じゃあね』

「す、昴、ちょっと……」


 切れた電話に呆然とする。あんな突き放した言い方の昴は初めてだ。だけどすぐに頭を切り替えて自力で探す方法を考えることにした。







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