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運命のカミーリア  作者: 柏木紗月
高校生編
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隼人くんのためにできること─昴視点─


 小学4年生になると僕は平凡なりに成長していた。まずテストの平均点は90点。運動はあんまりだけど僕は気にしないことにした。そして学校の勉強はもちろん小学2年生の時から琉依さんが教えてくれるプログラミングの勉強も頑張ってる。難しいけど琉依さんは僕にもわかるように楽しく工夫して教えてくれるんだ。そのおかげで僕はパソコンとプログラミングが大好きになった。

 僕の日常は概ね順調。だけど最近隼人くんの様子がおかしい。若菜が一人ぼっちなのはすぐわかったけど隼人くんの周りも不思議なことに気が付いたのはすごく最近のこと。隼人くんは普段すごく落ち着いている。まあ、家では若菜とか優菜さんが隼人くんに喧嘩を売ってくるから怒鳴ったり怒ったりは仕方ないのかもしれないけど。でも僕と2人の時はすごく大人っぽくて落ち着いている。学校でも怒りたくなるほど突っかかってくる人がいないから大人びていて落ち着いているんだけど、なんだか隼人くんの周りはざわざわしているんだ。

 例えば隼人くんは幼稚園の時からすごく女の子にモテる。バレンタインにはたくさんのチョコレートをもらってきて僕たちにくれたり。隼人くんはかっこいいから当然だなと思うんだけどモテるのは良いことだけではないようだ。僕のクラスにもたくさんの女の子たちが隼人くんのことを好きなんだけど僕の男の子の友達は隼人くんのことが好きな女の子が好きみたい。だから僕の友達は隼人くんが嫌いなんだって。どうしてそうなるのかな、と不思議で聞いてみたら当たり前だろと言われてしまった。そうか、当たり前なのか、と思うけどやっぱりおかしいと思う。

 それだけじゃない。隼人くんは頭も良いし運動神経も抜群だからなんでも1番になれる。だから隼人くんの周りの人は嫌なんだって言うんだ。どうしてだろう。僕は、隼人くんさすがだなーすごいなーって思うのに。

 隼人くんに聞いてみたことがある。みんな隼人くんはすごいのにどうして嫌なんだろうって。そしたら隼人くんはこう言った。


「みんな自分が一番になれないからなんでも一番になる俺のことを僻んでるんだよ。でも確かに面倒だよな。この前も告白を断ったら泣かれるわそいつのことが好きなクラスメイトからも怒鳴られるわ。まったく、理不尽だな。もう全部放り投げて不良にでもなっちまおうか」


 僕がなんて答えようかと、迷っていると隼人くんは頭をポンとして冗談だよと笑った。

 多分隼人くんは不良にはならないと思う。隼人くんは口が悪いし横暴なところがあるけど家族が大好きだから。美香さんが隼人くんは琉依さんに似て頭が良くて自分に似て運動もできてすごいわね、と褒めると褒められて喜ぶ年じゃないと言いながらも美香さんが満足するまで褒め言葉を聞いてあげてるし。というか不良ってどんな人のことを言うのかあんまりわかってないけど。




 そんなやり取りをしてから少し経ったある日、その日は個人面談の日だった。相変わらず忙しくしていてなかなか会えない隼人くんと、偶然面談が同じ日になった。そしたら美香さんとお母さんがせっかくだから一緒に帰ってどこか寄っていこうと言った。というわけで僕は隼人くんと図書室で勉強をしながら待っていた。

 同じ日といっても時間が少しずれていて、隼人くんのほうが30分早い時間だった。美香さんを学校で1人にしたらなにをするかわからないって隼人くんが言うから、なにをすると思ってるんだろうと思いながら早めに帰り支度をして隼人くんのクラスに向かった。そして階段を降りていると隼人くんの足が止まった。


「隼人くんどうしたの?」

「しっ」


 静かに、と口を塞がれた僕はなんだろうと思いながら隼人くんが見る視線の先を見た。階段の下の壁際に男の子とそのお母さんらしい人がいた。隼人くんの知ってる子なのかな、と思いながら見ているとお母さんが小声で話す言葉を聞く。


「何回言ったらわかるの?あなたは私立の中学に行くのよ?いつも中途半端な点数ばかりでまた隼人くんに負けたんでしょ。運動はできなくて良いから勉強くらい隼人くんに勝ちなさい」

「でもいつも隼人は満点なんだ。だから」

「だったらあなたも満点をとるのよ。隼人くんは塾に通ってないらしいじゃない。なんで塾に通ってるあなたが満点をとれないの?先生は褒めてくださったけどお母さんは納得しないわよ。一番になりなさい、なれないなら同点よ。良いわね?」

「でも……」

「良いわね?」

「……はい」


 その親子は僕たちに気付かないでそのまま階段を降りていった。僕はなんて言ったら良いのかわからなくて隼人くんの様子を伺っていた。するとすぐに隼人くんは笑った。


「昴、あの母親優菜さんより厄介だな。頭に角が生えてたぞ。俺たちの母親は良い母親で良かったな」

「う、うん。そうだね」


 僕はそれしか言えなくて、でも隼人くんはそのまま階段を降りて教室のドアを開け放ってしまった。


「え、隼人くん!?駄目よ、先生は大切なお話をしてるんだから!!」

「どうせ話なんてすぐ終わってるでしょ。この母親の無駄話に付き合うことないよ。ほら、母さん早く出て」

「えーまだ先生にお話を聞こうと思ったのにー」

「もう十分聞いたでしょ。校内探検したいんじゃなかったの?」

「そうだったわねー。それじゃあ先生ありがとうございました。ごめんなさいね、急にドアを開けてしまって。本当は良い子なんです。これからもよ「母さん早く!!」はーい」





 それからまた隼人くんと会えなくて少し経った時、隼人くんの部活が休みになったというので久しぶりにみんなで集まろうということになった。隼人くんの家に家族が全員揃った。

 しばらくいろんな話をしていて、話題はこの前の隼人くんのテストのことになった。僕は初めて知って驚いた。


「隼人が100点以外のテストを持って帰ってくるなんて初めてね」


 国語、算数、理科、社会、別の日だったけど全て98点だというのだ。


「そうねー。でも98点だって十分すごいわよー」


 僕は隼人くんを凝視するけど隼人くんは美香さんが撫でようとする手を鬱陶しそうに払ってるだけだ。


「まあ美香と雲泥の差だもんね」

「私いつも赤点だったものね、ふふー」

「え、美香さんそれどうやって進学してたの?」

「昴知りたいー?」

「え、うん」

「再テストで私がヤマ張って琉依兄がどうにか覚えさせてたのよ。丸暗記」

「っていうか琉依さんが教えてるのにわからないの?琉依さん教えるの上手いのに」

「んー困っちゃうよねー」

「美香は勉強が出来なくても良いところがたくさんあるよ。例えばそう、誰より可愛い」

「えへへ、ありがとう。琉依さんは誰よりもかっこいいわー」


 美香さんと琉依さんはいつでもどこでもイチャイチャするから僕は慣れっこだ。

 話題はそのまま美香さんの勉強法になった。すると隼人くんはなにも言わずに席を立ち上がった。


「あらー?隼人どこ行くのー?」

「飽きたから部屋」

「飽きたって最初から全然楽しそうじゃなかったじゃない」


 優菜さんが呆れた声を出す。僕は慌てて追いかけようとしたけど隣にいた若菜が僕の服を掴んだ。


「昴は行っちゃ駄目」


 そう言われても僕は隼人くんと話をしないといけない気がした。この前の個人面談の日という心当たりがあったから。

 僕は若菜の手をそっと服から外してショックを受けてる若菜に言う。


「ごめんね」


 そして僕はドアを開けて出ようとする隼人くんに駆け寄った。


「隼人くん、この前のことなら隼人くんが気にす、ふがっ」


 隼人くんの手で口を塞がれた僕はもう片方の手で襟を掴まれて廊下につれていかれた。

 そして口を塞ぐ手は外してもらったけど襟は掴まれたまま隼人くんの部屋までつくとようやく離してもらえた。


「ねえ、隼人くん、この前のお母さんの言ってたことは隼人くんが気にすることじゃないよ」


 僕がそう言うと隼人くんはベッドに座ってため息をついた。


「別に気にしてない」

「それじゃあテストはどうして?」


 僕はいつも座る隼人くんの勉強机の椅子に座る。


「閃いたんだよ」

「閃いた?なにを?」

「前から周りがガヤガヤ煩くてめんどくさいって言ってただろ。あの時のあいつは次の日いつも通り、お前のせいで親に怒られたって言ってきた。まったく意味がわからないよな。俺のせいじゃなくて自分が馬鹿なのが悪いんだろ」

「それならどうして?」

「そんな馬鹿に毎日毎日騒がれて鬱陶しいんだ。それならいっそこっちのレベルを下げてやった方が断然楽だ。こっちは痛くも痒くもないしな。それで周りが静かになるなら安いもんだろ」

「でも、だからって隼人くんが気を使ってあげることないじゃん。向こうの努力が足りないせいでしょ。そんなのに付き合ってあげるなんて」

「俺がその方が楽なんだよ。向こうの努力が実るまでこっちが我慢してやるのか。そっちに付き合ってやる方が馬鹿らしいだろ」

「でも……」

「俺が良いって言ってるのになんでお前がそんな顔してんだよ」


 そんな顔ってどんな顔だろう。だけどこんなの納得できない。いつもみたいにそういうものなんだ、なんて思えない。


「だっておかしいもん。だいたいなんでみんな隼人くんを嫌うの?隼人くんは優しくてかっこよくて頭が良くて運動ができてすごいのに」

「そういうのを周りはよく思わないものなんだよ。そういうものだ」

「全然わからないよ」


 隼人くんが困った顔をする。困らせたいわけじゃないのに。これじゃ僕が聞き分けのないわがままな子供みたいだ。


「隼人くんはそれで本当に良いの?みんなが煩く言わなくなったら嬉しいの?」

「ああ。今より遥かに生活しやすくなる。清々する」

「そう……」

「それにあの鬼みたいな母親と違ってこっちの天然は100点だろうが何点だろうが同じように喜ぶだろ。きっと0点のテスト用紙を見せたところで、まあすごい、名前が書けて偉いわねって言うぞ」

「さすがにそこまでじゃないよ……」


 隼人くんはわからないぞ、と笑い僕が呆れているとすぐに真剣な顔になった。


「昴」

「なに?」

「今の話は俺と昴の2人だけの秘密だ。誰にも言ったら駄目だぞ」

「どうして?」

「どうしてもだ。男同士の秘密だ。どうだ?かっこいいだろ」

「う、うん」


 どうにも隼人くんに似合わない台詞で僕に合わせてくれたのがわかった。


「よし、やっぱり昴は賢いな。偉い偉い」


 そう言って頭をポンポンと叩かれる。やっぱり隼人くんは優しすぎるよ。


「そろそろみんな帰るんじゃないか?お前も帰れよ」

「……うん」


 じゃあな、と手を振る隼人くんに手を振り返して僕は部屋を出て階段を降りた。一番に若菜が駆け寄ってきた。

「昴は酷い!!私より隼人が良い……昴泣いてる!!隼人に泣かされたの!?どっか痛いの!?」


 僕はそう言われて初めて自分が泣いてることに気が付いた。慌てて涙を拭うとなぜか一緒に泣きそうになる若菜に笑って頭を撫でてあげた。


「泣いてないよ」

「どうしたの?」

「えっと、男同士の秘密だから言えない」

「なにそれ!!」


 今度は頬を膨らませて怒りだす若菜を宥めてると肩をトンと叩かれて振り向く。

 美香さんと琉依さんが笑っていた。


「ありがとう」


 琉依さんは一言だけ言った。


「これからも隼人と仲良くしてあげてね、昴」


 美香さんはそう言うとぎゅっと抱き締めてくれた。隼人くんは大げさだったけど美香さんなら本当に何点のテストでも褒めてくれると思う。だけど、隼人くんの100点のテスト用紙を宝物を見るみたいに嬉しそうに見つめて、ちゃんとファイルにしまっておくね、と言う美香さんを思い出す。それに運動会やマラソン大会の後に隼人くんが渡す1等賞のシールや金色のメダルを大切に飾る美香さんも。

 隼人くんはなんでもできてなんでもわかってしまうからいろんなことに興味がなくて毎日がとても退屈そう。だけど家では鬱陶しそうにしながらもいつも楽しそうだ。美香さんに褒められた時なんてすごく嬉しそうに見える。

 このままで良いのかな。ううん、良くない。でも隼人くんは自分でこうだって決めたらなかなか動かない。僕は隼人くんの家から帰りながら黙々と考える。

 次の日もその次の日も考えた。そして学校で隼人くんのクラスを通りかかった時、隼人くんを見かけた。

 同級生の子たちとカードゲームをして笑ってた。すごく楽しそうなのにすごくつまらなそうに見えた。パッと見た感じ明らかに負けているみたい。僕と若菜とカードゲームをする時は若菜をおちょくってゲラゲラ笑ってあっという間に圧勝してしまうのに。




 隼人くんと対等に付き合える人がいれば隼人くんはもっと楽に過ごせるんじゃないだろうか。僕が隼人くんに近付けば隼人くんは自然でいられるんじゃないか。僕は思った。いつまでも隼人くんの後ろをついて回って、頼ってばかりでなんでも聞いて、そういうものなんだって流されていちゃ駄目だ。隼人くんの隣に並ぶのは難しいかもしれない。けど対等に近いくらいの距離には行けるはずだ。平凡は平凡でも、もっと高い場所で並々の平凡になろう。

 そうだ、隼人くんが興味を持てるものがあるかもしれないから僕はいろんな所から情報を集めて隼人くんに勧めよう。隼人くんに面倒がられても、良いと思ったDVDを無理にでも観させて新作のゲームもたくさんさせて……。そしたらなにかに興味を持てるかもしれない。そうだ、隼人くんがいろいろめちゃくちゃに記憶していくから僕が全部正確に記憶して記録しておこう。日記……いや、隼人くんとの思い出ノートみたいな。



 隼人くんが楽しくなるなにかを見つけられるように僕は日々奮闘することにした。






 その努力は結局実を結んだのか無駄だったのかはわからない。でも坂下さんを想って毎日楽しそうにしている隼人くんを見ると僕まで嬉しくなった。たまに僕って目立たない脇役だなって思うほど平凡なままだけど、それでもこんな日々が来るなんて自分のことみたいに嬉しい。だけどほとんど対等になった僕は隼人くんの駄目な所はちゃんと注意するしきついことも言う。もう隼人くんの後ろをついて回ってたあの頃とは違うから。




「昴」

「なに?また坂下さんの話?」

「それもしたいけどずっと気になってたことがあるんだよ」

「なーに?」

「昨日夢に角が生えたおばさんが出てきたんだけどなんだと思う?やけにリアルだった」

「えーなんだろう……。もしかして昔やった節分の浩一さんじゃない?浩一さん顔怖いし」

「おばさんだったんだってば」

「浩一さんが女装してたんじゃない?」

「なんで節分で鬼やってるのに女装するの?」

「さあ?昔ハマってたんじゃなかったっけ?」

「そんなことあったっけ!?……そうか。それは黒歴史として忘れるべきだね。もう一度忘れよう。はい、忘れた」

「あはは、いくら隼人くんでも早すぎ」

「ずっとモヤモヤしてたんだよ。解決したからもう気にならなくなった」

「ふふ、そっか」




 浩一さん、ごめん。でも昔ハロウィンで女装してたからまったくの嘘じゃないし良いよね。

 隼人くんは例のごとくあの日のことはなんかムカつくことがあった気がする、くらいにしか覚えてない。ある日突然閃いたと思ってる。ちゃんと優しすぎるきっかけがあったんだけど、それは今はもう僕しか知らないことだ。




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