好きな気持ちが大きくなる
木曜日は唯一の会えない日だったけど一転、2人きりでゆっくり話せるすばらしい日になった。
誠司から許可をもらった俺は着替えをしてから中庭に行った。そうすると椿がベンチに座っていた。それを見て嬉しくなった。
「あ、あの先輩こんにちは。えっと、一昨日話したからもしかしてと思って……」
俺がそばまで歩いていくと椿はそう言って顔を赤くしてうつむいてしまった。可愛い。でもうつむいてしまうのはもったいない。
「俺も会えるかなって思ったよ。会えて良かった」
「ほ、本当ですか?あの、私もです……」
所々噛む所も可愛い。緊張してるみたいだ。ベンチに座り直した椿のすぐそばに座った。もう1度触れてるんだから何回触れても変わらない。昴に言ったら言うことがころころ変わりすぎと言ってくるかもしれない。
距離が近くてさらに顔を赤く染める椿を可愛いな、と見つめていたら椿が突然顔をあげた。
「えっと、昨日の放課後結局若菜と補習を受けたんです」
「ふふ、結局受けたんだ?」
「はい。ちゃんと先生に一緒に良いですかって聞いたら良いって言ってもらえたので」
「そうなんだ。楽しかった?」
「楽しかったです、補習!!」
「補習が楽しいなんて聞いたことないよ」
「えーそうですか?」
「うん」
それでも楽しそうに笑う椿。補習なんて普通誰でも嫌なものなはずなのに。
「でも若菜と谷本先生のやりとりって楽しいんですよ。お父さんと子供みたいで。あ、でも知ってました?谷本先生って32才なんです」
「え、そうなの?」
「40才くらいだと思いますよね。でもちゃんと聞きました。それでなんでそんなに貫禄があるんだろうって老けてみえる人はなんでそう見えるのか調べてみたんです」
「……え、ちょっと、調べてみたの?」
「そうですよ?それでですね、まずはほうれい線がいけないみたいだったのでマッサージの仕方を調べて昨日やって見せたんです」
「えっと、補習しに行ったんだよね」
「ちゃんと勉強もしましたよ。合間にマッサージを教えてあげたんです」
「そっか。先生は勉強を教えて坂下さんはほうれい線のマッサージを教えてあげたんだね、ふふ」
「あ、そんなに笑わなくても良いじゃないですか!!」
「いや、ふふ。それでどうしたの?」
「それで、ほうれい線の他にはシミが問題なんです。シミといえば紫外線です。体育の杉山先生と毎週ゴルフに行ってるのが原因だと思ったんですよね。だからゴルフに行く時はちゃんと日焼け止め塗って日焼け対策しないと駄目ですよって言いました」
「そう。谷本先生なんだって?」
「そこまで言ったら若菜が、それで先生が若返ったら授業も聞くかもって。そしたら先生がお前みたいな生徒に苦労してるから老けていくんだって怒ってしまって。ふふ、でも面白かったです」
「若菜は人を怒らせるの特技だから」
「えーそんなことないですよー」
「坂下さんも若菜のとばっちりとかわがままで困るでしょ」
「どうしようってなりますけど怒ることはないですよ。若菜はいつも椿が怒ったって騒ぐんですけどそれも面白くて」
「ほら、困ってる」
「もう、困ってないですよ。先輩もそんなこと言って本当は楽しんでるんですよね」
「なんでそうなるの?」
だから仲良くないのにー!!椿はどこまでも俺たちが、喧嘩するほど仲が良い従兄弟従兄弟同士だと思ってるみたいだ。
「だって若菜面白いじゃないですか。だから毎日楽しくて、私若菜と友達になれて本当に嬉しいんです。まだ会って少ししか経ってないのにずっと前から友達だったみたいですよ。この前も美術の授業中に突然虫が入ってきたんですけど隣にいた若菜が慌てて追い払おうとしたんです。その時若菜の腕が私の肩にぶつかって描いていた絵に黒のインクがついた筆がおかしな所に付いてしまったんですよ。若菜が慌ててどうしようってなっちゃって、だから私若菜を宥めて少し工夫して絵を完成させたんです。その絵を先生に見てもらったら独創的だって褒められたので若菜のおかげだねって!!」
興味のあることを話してる時と同じように目を輝かせて話す椿がとても楽しそうでキラキラしていた。ただの美術の授業なはずなのに、毎回代わり映えのないつまらない時間のはずなのに椿にとってはすごく楽しい時間になるんだ。椿にかかればなんでも楽しいことに変わってしまいそうな気がした。補習だってみんなにとっては嫌なものなのに椿にとっては賑やかで楽しい時間になってしまうんだ。
俺は感動と驚きと新鮮さと、いろんな感情で椿の話を聞いていた。椿の話を聞くのがすごく楽しい。
「中学の友達とかたくさんいますけど若菜はなぜかみんなと違うんです。いつも全力で喜んだり怒ったり悲しんだり楽しんだり、若菜と一緒にいると予想外のことが起きてびっくりしてしまうこともたくさんあるんですけど全部面白くて毎日とっても楽しいんですよ。それに若菜って子犬みたいだなーって、あの捨てられた子犬みたいな顔で見られるとついなんでもしてあげたくなっちゃうんですよね。あ、若菜には言わないでくださいね。私は犬じゃないって怒りそうです」
「俺も犬だと思ってるよ」
「もう、それはこの前のですよね。そういうのじゃないです。可愛い小型犬って感じです」
改めよう。椿は若菜のことが本当に好きみたいだ。解せないけど。でも純粋で綺麗な心を持ってる椿は仕方なく付き合ってるわけではなく好きで若菜と一緒にいるんだと思った。
「昔から若菜は元気いっぱいですか?楽しそうで良いですね。若菜の小さい時すごく可愛かったんだろうなー」
そんな可愛いもんじゃないよ、すぐ喚き散らす傍若無人女だった、とは言えなくてぐっと我慢した。でもなにかを期待してるようなキラキラした目を向けられて俺は俺が直接関わってなくて俺のイメージダウンに繋がらなそうな話を瞬時に思い出した。
「あ……っと、若菜の部屋にあるテディベア知ってる?」
「そういえばこの前遊びに行った時にいましたね」
「アルって言うんだけど買うと「え、名前があるんですか?アルって名前なんですね」」
「うん。正確にはアルバート・ジョン・ブラウンだよ」
「え、アルバ……なんですか?」
「あー、でもみんなアルって言ってるし本名覚えてるの俺と昴くらいだしもう出てこないだろうから覚えなくて良いよ」
「そうなんですか?ふふ、それならアルって名前だけ覚えます。若菜がつけたんですか?」
「俺の父さんがつけたんだよ。若菜の母親が、わかおとかわかすけとかで良いんじゃないかって言ったら若菜が嫌がって「それは私でも嫌ですよー」そうだね、センスがね。で、若菜の父親は熱で寝込んでたから俺の父親にアメリカ人みたいな名前をつけてほしいって言ったんだ」
「寝込んでたっていうのは?」
「そう、その話をしようと思ったんだよ」
「え?あ、もしかしなくても私話逸らしてました?すみません、よくやるんです。それは今はどうでも良いとか適当に流してもらって良いんですよ」
「そんなことしないよ。面白いし」
「えーそうですか?でも面倒になったらちゃんと言ってくださいね」
「うん。それでね、若菜が幼稚園の年少だった時にデパートのおもちゃ売り場でカートの一番下に埋もれてるアルを見つけたんだよ。で、この子は私が買ってあげないと売れ残っちゃうって父親に取ってもらったんだよ」
「なんて優しくて可愛い子なんでしょう!!」
あわあわとする椿にそんな可愛い話じゃないと続ける。
「若菜の父親も可愛いと思ったんだけどその左右の目が微妙にずれてる不恰好なアルに若菜が言ったんだ。ぬいぐるみの王道のテディベアなくせに犬や猫に負けてるんじゃない、売れる気があるのか、買ってほしいなら黙ってないではっきり買ってほしいと言いなさいって」
「若菜は小さい時から若菜なんですね」
「母親がぬいぐるみは喋れないんだよって言ったら、だから自分が買ってやるんだって。若菜と母親は似ていてね、それまではわがままだったけどそんな物言いしたことなくて初めてゆ……若菜の母親みたいな喋り方するから父親がショックで家に帰った途端に倒れちゃったんだ。それからことあるごとに若菜に罵られてショック受けてるよ」
「あらら。ふふ、若菜のお母さん見たことありますよ。とても綺麗な美人さんでしたよね。あまりお話できなかったんですけど優しそうでした」
「それ社交仕様だよ。普段は若菜に似て勝ち気でね。坂下さんのお母さんはやらない?電話の時とか学校に来た時担任の先生や保護者にやけに高い声で普段と違う喋り方」
「あ、やりますやります!!普段そんなんじゃないでしょってなりますよね」
「若菜の父親もそれで騙された口でね、でもまあ良いかって結婚したんだけど子供まで勝ち気になるなんて思わなかったって。見た目通りおしとやかでふんわりした女の子に育ってほしかったって泣いてるよ」
「ふふふ。でもきっとお父さんもなんだかんだで嬉しいと思いますよ。そういう若菜も可愛かったと思いますけどやっぱり言いたいことははっきり言って好きなようになんでもやって元気いっぱいなのが若菜の良いところですもん」
「そうかなー。もう少し大人しくした方が良いと思うけどね」
「良いじゃないですか。楽しくて賑やかで」
「坂下さんは若菜みたいにわーって怒ったりしないでしょ」
「え、私ですか?私も怒る時は怒りますよ」
「そうなの?」
「それはそうですよ。私の父親ちょっと変わってて芸術肌なんです。だから家族で出掛けてなにか琴線に触れるものを見つけたら夢中になってしまって、それで予約してる時間に遅れそうになることが多くて怒ったり」
狙ったわけではないのに椿の意外な話を聞けて今度は俺があわあわとする番だった。もちろん表には出さないけど。だけど可愛すぎる。
「あ、先輩時間大丈夫ですか?ずいぶんゆっくりしちゃいましたけど」
「え?あーそろそろ行かないといけないかな」
もう時間切れか。もっと椿を愛でていたいけど誠司が煩いから行かないと。
「私も部活行きますね」
「うん。じゃあまたね」
「はい」
俺に手を振って2号館に向かう椿を見送って俺も体育館に行った。
「よし、やる気は出てるよね。バリバリやってよ」
「誠司」
「なに?」
「どんどん好きな気持ちが大きくなってく」
「……良かったね。練習して」




