うっかりの連続
中庭のベンチに座った俺の隣に椿が座った。でもなぜか人が1人入れるくらいの間を空けるのが面白くなかった。
「遠いなあ」
「え?そ、そうですか?」
そして俺は椿のそば、肩が少し触れるくらいの距離に座り直した。うん、これくらいが良い。
「あの、これは近すぎるのでは……」
「ん?そんなことないよ」
「いえ、そんなことあると……思うのですが」
ほら、この方が顔をよく見られるし。そう思って椿の顔を見るとすごく真っ赤になっている。はて、なんでだろうか。そんなに暑い日ではないんだけど、と思ってから俺は鈍器で殴られたような痛みを感じた。
俺の馬鹿……。俺は天然ではないはずなのに、椿に会えた嬉しさで完全に浮かれていた。急に距離を縮めすぎて椿がいっぱいいっぱいになってしまってるじゃないか。
自分で思ってたのに。椿はなんにも知らない無垢でうぶな女の子なんだ。この真っ赤な顔はやっぱり思った通りだ。馬鹿昴め。やっぱり椿に男なんていない。これが俺のことが好きだからだったらどれだけ良いだろうか。いや、そろそろ好きなんじゃないか?だいぶ打ち解けてるし。まだか?まだなのか?
おい、俺。いつまでも自問自答してる場合ではない、こんな貴重な時間を無駄にしてはいけない。そう思って話し出すことにした。
「今日はあいつと一緒じゃないんだ」
「あいつ……若菜ですか?部活なので若菜は先に帰ってます。火曜日と木曜日はだいたいそうですよ」
しかしいきなり間違えた。俺のあいつ、と言う言葉に椿は首を傾げる。普段椿と話してる俺との言葉の違和感に困惑していたのか、あいつというのが若菜を指すと理解するのに時間を要したのかよくわからない間だった。
まずい、落ち着いて話さないと。
「そっか。じゃあ火曜日と木曜日は2人で話せるチャンスかな」
「え!?いえ、あの……。でも、今日は偶然体育館に寄りましたけど普段はすぐに書道室に行くので……」
そう。こんなチャンスがこれからも出来ればゆっくり話せる。
「んー……そうだよね。タイミングがなー」
椿がいつくるのかわからないと誠司の目を盗んで抜けてこれない。今日の感じだと2度めはなさそうだったし。困った、どう丸め込もう。
「あの、からかわないでください」
椿は顔を真っ赤にしたまま少し頬を膨らませてる。可愛すぎる。誠司の説得はどうにかなるだろう。それより今だ。
「え、からかってないよ。いつもあいつがすぐ突っかかってきてゆっくり話せないからね」
またあいつって……。落ち込みそうになるけど椿はそんなに気にしてなさそうだ。
「ゆっくり……は話せないかもしれないですけど」
「でしょ。だからせっかくの機会だしゆっくり話そうよ」
「そ、そうですね。……でもなにを話せば」
良かった。椿も話したいと思ってくれてるみたいだ。悩み出した椿に俺は言う。
「んー、じゃあいつも俺が坂下さんに聞いてばかりだから坂下さんが俺になにか聞いてよ」
「え!?なにかって……」
「なんでもいいよ」
これはこれでまた悩み出した椿に思わずまた吹き出しそうになるけど堪えた。またからかわれたと思って膨れるのも見てみたいけど椿が俺にどんなことを聞きたいと思うのか興味があった。
「じ、じゃあ休みの日は何をしてますか?」
「バスケかな」
「で、ですよね」
間違えた。反射的に答えてしまった。椿も膨らまない話題を振ってしまったと思ったのか、まずい、という顔をしていた。俺は慌てて続けた。
「でもたまにある休みでは昴と若菜と出掛けるかな」
「へー!!仲が良いんですね」
「そういうのじゃないんだけどね」
「そうなんですか?」
「うん。俺、保護者だから。若菜に海に連れていけだの、テレビで特集してた県外のテーマパークに行きたいだの煩く言われてね」
俺がそう言うと椿は楽しそうに笑ってくれた。反応が良いのにこっちまで嬉しくなってさらに話を続ける。
「俺の父親が若菜の母親の兄だって聞いてる?それで俺の母親が若菜の母親が学生時代からの親友でね」
「へー!!それは知らなかったです!!」
「で、幼稚園の時に昴の家族が引っ越してきて、若菜の家族と家族ぐるみで付き合うようになった関係で俺の家族とも仲良くなったんだ。若菜と昴だけじゃ出掛けるの心配だって、あ、心配なのは昴じゃなくて若菜だけなんだけど……それで子供だけで出掛けるなら俺も同伴しないといけないことになっててね。と言っても2人が中学生の時までで今年からは呼び出されなくなったんだけど。でも若菜が坂下さんと出掛けるようになったからみたいだね」
椿が目を輝かせながら相づちしたり頷いたりするから俺は調子に乗って喋りすぎてしまった。せめてゆっくり話すように注意した。
「あ、かもしれません。若菜と海に行ったりこの前話した洋食屋さんも県外でちょっと遠かったです。なんだか先輩に悪い気がしてきました」
「いやいや、こっちは付き合わされなくなって良かったよ。たまの休みくらいゆっくりしたいしね」
「そ、そうですか?それならいいんですけど……」
椿はそう言ってまた何か考えいるみたいだ。
「あ、あの、それじゃあ若菜は先輩のこと嫌ってるわけじゃないんですね。あんなに反発してるから本当は仲が悪いのかと思ってましたけどお休みのたびに遊びに誘うくらいですし」
「え?そう捉えた?違う違う。若菜が遊びたいのは昴とだよ。でも俺がいないと遠出の許可が降りなかったからしぶしぶ呼んでただけ。会えばいつも言い合いだよ。口だけは達者だから、あいつ」
あんなやつと仲が良いと思われたら最悪だ。キーキーと煩いあいつと同類だと思われてしまう。それにあいつは猿でもあるけど犬みたいだ。キャンキャンと吠える犬だ。
「若菜は主人と仲良くするやつに容赦なく吠えまくる忠犬ってとこだよね。犬の方が数倍可愛いげがあるけど」
「そんな……。若菜が聞いたら怒りますよ……」
椿の困った表情に、ヒヤリとした。しまった、やってしまった。これは一時退却だ。これ以上ボロが出たら堪らない。
「あっ、そろそろ戻らないいと。長々とごめんね。部活大丈夫?」
「私は大丈夫です。先輩こそ大丈夫ですか?ゆっくりしすぎちゃいましたね」
「平気平気。じゃあ、行くね。また今度」
「はい!!部活頑張ってください」
俺はありがとうと言って体育館に向かった。
ああ、散々だった。でもこんなに長く話したのは初めてだ。散々だったけどなぜか心はじんわりと温かかった。椿の癒し効果か。すごい。
「あ、誠司、俺これから椿と話すから火曜日と木曜日は遅れるよ」
「なに?また適当な嘘つくと思ったら直球できたね。うん、わかったって言うと思う?」
「なんでもするからさ、頼むよ」
「なんでも?……そうだな、後輩の指導とかもっと力入れたいんだよね。やってくれる?」
「やるやる」