思いがけないチャンス
「坂下さん、こんにちは」
「あ、佐々木先輩、こんにちは。今日も自販機混んでたんですか?」
「うん。困っちゃうよね」
「ちょっとー!!なに慣れた感じになってるのよー!!おかしいでしょー!!」
「おかしくないよ。偶然買いにきたら偶然会ったんだよ」
「そうですね、偶然ですね」
若菜は悔しそうに頭を抑えてる。ふっ、ずっとそうしてろ。
週明け月曜日、椿もだいぶ俺と話すのに慣れてくれたみたいだ。自然に話してくれるのが嬉しい。
「そうだ、この前話してくれたDVD観たよ」
「え!!本当ですか?どうでした?面白かったですか?」
「ふふ、面白かったよ。映像がすごく綺麗で」
「あ!!わかりますわかります!!特にあの地面が光で照らされて明るくなってくるシーン、すごく綺麗です!!」
「俺もそこ良いなーって思ったよ」
「それにキャラクターも個性的でSFでありヒューマンドラマでもある、みたいな感じで!!」
「うん、わかるわかる」
「先輩は誰が一番良かったですか?」
「んー主人公かな。男気があってかっこよくて。坂下さんは?」
「一番ですか?一番はですねーんー……」
「えっと、一番選ばなくて良いよ?」
「あ、そうですか?そしたらまず悪役のボスですね」
「悪役なのに?」
「はい。すごく残虐で酷いんですけどお母さんもお父さんも殺されてずっと1人で戦ってきて、死ぬ直前に1輪だけ咲いていたあの花、届かないで一緒に瓦礫で潰されちゃったじゃないですか。悪に染まっても本当は優しい心も残ってたんですよ。きっとずっと誰かが止めてくれるのを待ってたんだと思うんで「椿時間だよ!!」あわわ!!まだ悪役ボスの腹心キャラの話が!!」
「椿話し出したら終わらないから駄目!!」
「そんなー!!あ、先輩また話しましょうねー!!」
「もう話さなくて良い!!」
あっという間に椿は若菜に手を引かれて行ってしまった。
「ふっ」
あんなに喋る椿を初めて見た。俺は吹き出すと声を出して笑ってしまい慌てて口を抑えると周りを見渡した。良かった、誰もいない。
椿は好きなことを話す時、夢中になってとても楽しそうだ。俺はそんなこと今まであっただろうか。たぶん、ない。おそらく俺以外の人はたいていあるのかもしれないけど。椿は夢中になると周りが見えなくなる類いの子みたいだ。すごく可愛い。
ペラペラと喋る人なら身近にいるけど不思議に思う。母さんたちの話は早々にぶったぎりたくなるのに椿の話ならいくらでも聞けそうな気がする。
俺はさっきの椿のまだ話したりないと慌ててる様子を思い出し笑みを浮かべながら教室に戻った。クラスメイトから二度見されたり凝視されたりしたけど全然気にならなかった。
次の日の火曜日、この日は自然に会える日だ。早く行って待機しなければ、と授業が終わるのをそわそわと待っていた。そしてついに授業が終わったと思って席を経った瞬間。
「あ、佐々木ーちょっと良いかー?」
「え……」
先生に呼び止められて無理ですと答えようとした。だけどクラスメイトから肩を叩かれ次の授業遅れるって伝えとくと言われてしまい、いやいや、俺は行くと思ったが、先生に肩を引き寄せられしまった。ショックだ。
結局先生の話はつまらない、次の授業でこれをやろうと思うんだけどというもので、それを生徒に聞くなと思いつつ適当なことを言って退散した。当然椿には会えなかった。
放課後、俺はいつも通り体育館にいた。練習がぼちぼち始まったが椿に会えなかったから練習する気にならない俺は壁際でボールを弄っていた。
「はあ……」
2限の終わりからショックを受けていてずっとため息しか出ない。木曜日は会えないとわかっているからまだ納得できるけど今日は会える日だったのに。本当なら土日も含めて毎日会いたいくらいなのにこっちは我慢してるんだ。
そう思ってると遠くにいる誠司と目が合った。まずい、怒ってるぞ。こんな気持ちで練習なんてやってられるか。誠司はすぐにチームメイトに声をかけられて視線を外したがいつぐちぐち言ってくるかわからない。面倒だからその前に外へ避難してやろう、そう思って寄りかかっていた壁からすぐ近くの扉を開けた──が、目の前にいる椿に驚いて目を見開く。
どういうことだ、と意味がわからなかったけどすぐに気を取り直した。よくわからないけど椿に会えるなんてラッキーだ。
「あれ?坂下さん?こんな所でどうしたの?」
俺と同じように驚いている椿に、俺はいつもの調子でそう聞いた。
「これなんですけど担任に体育館の倉庫に戻すように頼まれて……」
そう言って椿が見せてくれたのは卓球台のネットだった。なるほど、体育館の倉庫に用事なのか。でもこんな男だらけの場所に椿を入れられるか。
「そうなの?じゃあ俺が戻しておくよ」
「いえ、悪いです。私が頼まれたんですから自分で行きます」
「ふふっ。前と同じこと言ってる」
「あ、本当ですね」
「ま、とりあえず練習中でボール飛んできたら危ないから俺に任せてくれない?その代わり待ってて?」
それと男たちが危ないから、とは心の中でだけで言う。
「じゃあお言葉に甘えてお願いします。ここで待ってます」
椿は俺の言葉に素直に頷いてくれた。体育館の中の様子を見て確かにボールが危ないと思ったんだろう。
椿からネットを受け取った俺は体育倉庫に向かった。もちろんただネットを置いてくるだけではない。倉庫の卓球台の上にネットを放り投げるとすぐに誠司の元に行った。
「誠司、大変だ。酷い頭痛と眩暈に襲われているから保健室で休んでくる」
「は?そんな嘘ついてないでさっさと練習して」
「15分、いや20分……30分くらいで戻ってくるからさ、頼むよ」
「全然健康そうじゃ……ん?」
そう言って俺がさっきまでいた方に目を向ける誠司。俺も向けると椿の後ろ姿がちらりと見えていた。
「……隼人、まさか部長の俺に下手くそな嘘ついて堂々と逢い引きするつもり?」
「えーと……。あれ?もしかしてあそこにいるの椿?大変だ。あんなところにいたらいつボールが飛んでくるかわからない。ちょっと教えてきてあげないと」
「それ許すわけないでしょ」
「なー頼むよ。今日は会えなかったんだ。椿不足でこのままじゃ部活どころじゃない」
「そんな理屈が通用するわ……けないけどそうだね、坂下さんと話せばやる気になるんだね?」
「もちろんだ」
「そう。じゃあ良いよ」
「本当か?」
「その代わりもう体調不良で部活サボるって言い訳は通用しないよ。これからずっと」
「えー」
「隼人を待ってるみたいだね。俺がちょっと行って待たなくて良いって伝えてこよう」
「ちょっと待て!!わかった。もうサボらない」
「授業もサボらないとなお良いな」
「部活と関係ねえだろ」
「いや、普段の生活態度も気になるんだ、部長としては」
「……わかった、もうなんでも良い。だから行って良いだろ?」
「仕方ないから許可してあげる」
「よし、30分くらいで戻ってくるからな」
そう言って急いで椿の所に戻った。
「ありがとうございました」
「どういたしまして。ちょっと付き合ってくれる?」
「え?」
俺はそのまま外に出ると気分よく、そばにある中庭に向かった。
「先輩、どこに行くんですか?」
「ちょっと休憩するだけだよ。そこのベンチで」
俺はそう言って中庭のベンチを指差した。
「休憩ですか?みなさん練習してますけど……」
「いいのいいの。今顧問いないし、みんな自由に自主練してるだけだから」
「え、そうなんですか……」
少し戸惑いながらも椿は俺の後についてきてくれた。




