おばあちゃんの言葉
アメリカに来て1ヶ月。俺はアメリカにあるシラン商事の支社を拠点に朝から晩まで働いてる。大学生の時関さんについていったパーティーで会ったルイスさんは30代だけどすごくやり手の経営者。なぜか俺を気に入ってくれて話がトントン拍子で今年度のうちの一番力を入れてる仕事がこれだ。責任重大な俺は休みの日もルイスさんに誘われていろんなパーティーに出ていろんな人と知り合ったり。そんな中今日と明日は何の予定もない休日。泊まってるホテルでゆっくりしようと思っていたのにまさかの招集がかかった。おばあちゃんだ。おばあちゃんとおじいちゃんが住んでるのは支社がある所からすごく離れてるからわざわざ行かないと会うことはないんだけどせっかく来てるのに顔を見せないとはどういうことだと詰められた。仕事できてるから面倒なことをしたくないからだと答えたら問答無用で今日来なさいと命令された。そういうわけで俺は夕方ニックの家に来た。
「隼人ー!!」
玄関のインターホンを鳴らすとおばあちゃんが飛び出してきたから慌てて避ける。
「もう!!危ないな!!」
「酷いわ!!」
「隼人、久しぶり」
「おじいちゃん、久しぶり。ニックは?」
「メアリーのバイオリンのコンサートなの。みんなで観に行ってるのよ」
「そうだった。メアリーが今日はコンサートだって教えてくれてたんだった」
「けどもうすぐ帰ってくるわよ」
メアリーのバイオリンは上達して音大に行きたいとまで言っている。冒険家じゃなくて演奏家になってくれそうで安心する。今日は泊まることになっているから少ないけど荷物を部屋に置いて階段を降りているとメアリーたちがちょうど帰ってきた。
「隼人ー!!」
「メアリー!!」
階段をかけ降りるとメアリーは両手を伸ばしてくる。
「メアリーさすがにもう抱っこはできないわよ?」
「わかってるわよママ」
頬を膨らませて可愛らしく拗ねてすぐ笑顔を俺に向けてくれる。
「隼人、会いたかったわ」
「俺もだよ」
そう言ってハグをするとおばあちゃんが怒る。
「おばあちゃん煩い」
「隼人、いらっしゃい。久しぶりだね」
「久しぶりエリック。大きくなったね」
実年齢より幼く見えていたエリックは身長も伸びて大人びていた。親父をたれ目にして少し可愛さを足した感じ。ああ、親父じゃなくて俺でも同じか。そうしてニックとソフィアさんにも挨拶して夜ご飯をご馳走になったところでおばあちゃんにお風呂に入ったら部屋に来なさいと命令された。また命令だと思いながらシャワーを浴びたあとおばあちゃんとおじいちゃんが泊まってる部屋に行く。
「どうしたの?」
「まあまあ、座って?」
おばあちゃんに言われてベッドに腰かけるとおばあちゃんが隣に座っておじいちゃんが正面の椅子に座る。
「琉依に聞いたわ」
「ああ、椿のこと?」
こっちにきて2週間くらい経ってから俺は親父に椿のことを話した。椿に触れるのが怖いとも。親父は黙って聞いていただけで俺も何か言ってほしいわけじゃなかったからそのまま何も聞かずに電話を切った。
おばあちゃんは俺を抱き締める。突き放そうと思ったけど温かさに何故か安心した。
「まだ怖い?椿に触れるの」
「怖い。仕事中は考えないようにしてるけど寝る前になると震えが止まらない」
「隼人、自分を責めちゃ駄目。隼人は悪くないし椿も悪くない。誰のせいでもないのよ」
「でも俺が気付いていれば椿は……」
「そうね。気付いていたら椿は苦しまなかったかも。だけどそしたら別のことで悩んで苦しんだかもしれないわ。気付けないの。椿が言ってくれないとわからないのよ。だから隼人は悪くない。苦しいなら泣いて良いの」
背中をそっと擦られた俺は涙を流す。涙が止まらなくなる。
「頑張らなくて良いの。我慢しないで良いの。良い子にならなくて良いの。納得しなくて良いのよ」
「俺のためだったって。俺のために頑張ってくれてたって」
「椿も頑張ってくれてたのよね。でも頑張ってほしくなかったね、言ってほしかったね」
「……ん」
「隼人も椿もお互いのことを思って何も言わないのね。けど悩んでること、辛いことこそ話して2人で一緒に考えるの。隼人が今こうやって苦しんでることを椿が何かで知ったら椿が苦しくなるわ。それの繰り返し。椿に傷付いてほしくないからってその気持ちが椿を傷付けるの。隼人の優しさが辛いの。椿も納得するしかなくなっちゃう。自分のために1人で苦しんでたんだ、自分のためだったんだって。ちゃんと向き合う、話し合うっていうのは相手とずっと一緒に生きていくためにお互いが何に悩んでるのか苦しんでるのか知って解決するためにするのよ」
おばあちゃんはそっと俺を離して俺の震える両手を両手で包む。
「椿に苦しいって言うの。そしたら椿は一緒に戦ってくれるわ。一緒に苦しんでくれる。どうしたら隼人を苦しみから解放できるのか一緒に考えてくれるわよ。隼人の苦しみは椿にしか解決できないわ」
俺が甘いものを苦手だと知った椿を思い返す。それに椿が覚えてないかもしれない過去のこと、俺が面白いと思う映画がないと言った時のことも。椿は俺を否定しないで受け入れてくれた。
「ねえ、隼人?若菜がすぐに見つからないなんて運命でもなんでもないって言ってたでしょ。優菜もいつも運命の人を見つけたって言っては違ったってその繰り返しだった。だけど運命はね、なんの問題もなく上手くいくものでもないし1週間2週間で覚めてしまうものでもないの。いろんなことを2人で乗り越えて2人で運命にするものなのよ。片方が赤い糸を放り捨てたらそこで運命じゃなくなっちゃう。でも2人が2人で生きていくことを諦めなければ赤い糸が切れてしまったとしても結べば良いの。何度でも結び直したら良いの。2人の気持ちが一緒ならそれが運命なのよ。隼人1人で背負わないで椿ちゃんにも背負わせてあげて。一緒に乗り越えて行くの。隼人だけの問題でもそうじゃなくても椿ちゃんは隼人の痛みも苦しみも同じように感じていたいと思うはずよ」
「おばあちゃん……話すよ。椿は俺と一緒に悩んでくれる。どうしたら良いか考えてくれる。ありがとうおばあちゃん。おじいちゃんも」
おばあちゃんとそばにいて見守ってくれてたおじいちゃんにお礼を言って俺は部屋を出る。するとドアの横にメアリーがいて驚く。
「メアリー?どうしたの?もう寝る時間だよ?」
シャワーを浴びる前におやすみと言ったはずなのにと思いながらしゃがんでメアリーと目線を合わせるとメアリーは頬を膨らませる。
「怒ってるの?どうして?」
俺がそう聞くとメアリーは俺の震えたままの右手を握ってきてヒヤリとする。
「怖いの?」
「え、聞いてたの?いや、でも日本語だったのに……」
今は英語で話してるけどおばあちゃんと話してる時は日本語で話していたはず。
「メッセージで言ったでしょ。マーガレットの話を聞いてるうちに私の方が日本語がわかるようになったって。全部はわからなかったけど隼人が苦しんでるのはわかったわ」
「そう、ごめんね。心配かけて」
左手でメアリーの頭を撫でるけどメアリーは怒ったまま。
「どうして?どうして隼人ばっかり辛いの?苦しむの?無茶苦茶に探し回ったり大怪我したり倒れたり。椿は逃げていただけじゃない。忘れて逃げて隼人が必死に探していても椿は忘れようとしてたんでしょ。忘れちゃったんでしょ?どうして隼人ばっかり辛い思いをするの?」
「違うよ。椿も辛くて苦しんでたんだよ。俺も椿を忘れようとしてた。でも俺が椿が大好きで椿が欲しくて必死で探してたんだよ。俺が馬鹿だったから上手くできなかっただけで椿は何も悪くない。椿に辛い思いをさせたくないんだ」
「……ごめんなさい」
俺に怒られたと思ったのか泣きそうになって謝るメアリーに焦る。
「優しいメアリー、俺のことを心配してくれてありがとう」
「立ち聞きしたのもごめんなさい」
「もう良いよ。今日はコンサート頑張ったね。ゆっくり休んで。おやすみ」
「おやすみ、隼人」
メアリーごめんね。心の優しいメアリーだから俺が辛いんだと思って怒ってくれたんだろう。パタパタと自分の部屋に向かうメアリーの後ろ姿を見送ってから今日泊まる部屋に入る。そして俺は決めたことを伝えるために昴に電話をかける。
『もしもしー?どうしたの?』
「昴、俺椿に話すよ」
『へ?』
「椿に触れるのが怖いって。高校生の時の椿の気持ちを考えて怖くなったって。だけど好きだから一生そばにいてほしい、他の男のとこにいかないでほしいって。カッコ悪すぎかな?」
『ううん、そんなことないよ。良いと思う』
「日本に帰ったら週末の土曜日に会うからその時にそれを話して指輪を渡してプロポーズしようと思うんだ」
『は?』
「そしたら色々準備して、そう、俺のマンションに引っ越ししないといけないし。で、翌週の土曜日にそっちに行くよ。婚姻届もそっちが本籍地だから良いはずだよね。色々調べておかなきゃ」
『う、うん……えっと……ま、良いか。じゃあみんなにも言っておくね』
「親父には明日にでも自分で連絡するよ」
『わかった。じゃあ待ってるよ』
「うん」
よし、どこでどうやってプロポーズしよう。婚姻届は日本に帰ったらすぐに用意しよう。他に色々調べようと、俺は夜通し携帯で調べていた。