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運命のカミーリア  作者: 柏木紗月
社会人編
132/136

恐怖



 何本目かわからない缶ビールを開けようとして、もう何度も鳴り続ける携帯のバイブレーションにキレる。


「煩い!!」

『煩いってなにー!?』


 電話に出て怒鳴り付けると若菜も逆ギレしてくる。


『隼人くんどうだったの?坂下さんなんだって?』

『椿が勘違いしてた隼人の好きな人誰だったのー!?早くー!!誰ー!!』

「煩い!!お前だよ!!」

『……へ?』

「若菜だよ!!椿が勘違いしてたの!!」

『嘘だ!!』

「嘘じゃない!!俺が高2の11月、若菜に椿に似合う髪型はなんだって聞かれて二つ結びだって言って、翌日に二つ結びしてた日、その日に俺のことを好きだって気付いたけどグラウンドから若菜のことを睨んでた俺の視線が好きな人に向ける熱い視線だと勘違いしたんだって」


 椿に聞いた話をすると若菜と昴は何も言わない。俺は続ける。


「若菜と昴が付き合うことになったから俺が傷付いてると思って告白してくれたって。俺に元気になってほしかったって、若菜の代わりに俺のそばにいたら俺の気が晴れるかなって。椿は俺のためにそばにいて俺のために一生懸命になってくれてた。椿は俺にそれほど大きな愛情を注いでくれてた。でも……でもやっぱり戻りたい。戻ってあの時に若菜じゃなくて椿が好きなんだよって伝えたい。今になって椿の苦しみを知ってもどうすることもできない。今伝えられたけどあの頃苦しんでいた事実は変わらない。あの頃どうにかしたかった」

『隼人くん……』

「怖いんだ」

『怖い?』

「椿に触れるのが怖い。高2のクリスマスの前に渡り廊下で椿の左腕を掴んだ時椿の腕と心を傷つけてた。俺が必死になって左腕をあの時と同じように強く握りしめたら頭を押さえて気絶して。気絶するほど辛い痛みを与えてたんだって怖くなった。椿はあの日のことを忘れてて目が覚めてから思い出したって。でもそれだけじゃない。椿が忘れた記憶は全部俺のせいで傷つく椿の心を椿自身が守ろうとしてたんだ。きっと椿の中で若菜のことを話したことばかりが印象に残っててその若菜の話をしてる俺のことを思い出して辛かったんだと思う。それから若菜を好きだと思ってた俺にキスされて抱かれて椿はどれだけ苦しかっただろうって思った。若菜の代わりだと思いながら俺を受け入れてたと思うと椿に触れるのが怖い。俺が触れるたびに椿の心をボロボロに壊していたと思うと気付けなかった自分が恐ろしくて気持ち悪くなって手が震えて……止まらない。震えが止まらない……怖い……怖い」

『隼人くん、隼人くん!!』

「椿に触れるのが怖い。でも椿に見放されて他の男の所に行っちゃったらって思ったらもっと怖い。どうしたら良いのかわからない」

『隼人くん大丈夫だよ』

「大丈夫じゃない!!駄目だ!!もう駄目だよ!!」

『ふぇ……ふぇーん……』

『わ、若菜……』


 震えが止まらなくてスピーカーにした携帯を机に置いて両手を握り、若菜の泣き声を聞いてハッとした。そうだ、椿の願いは若菜が少しでも傷付かないようにすること。


「若菜、椿が言ってた。若菜に自分のために泣いてほしくないけど泣いてくれるはずだけど悲しんでほしくないって。ネイリストになりたいと思ったきっかけを教えてくれたけど自分は若菜が思ってるような純粋な気持ちじゃなくて若菜みたいになろうって思ったんだって。俺の気持ちを伝えて椿も伝えてくれてお互いの想いが通じ合った途端に若菜のことを心配しはじめたよ。たった今彼氏になった俺より若菜の方が重要だったみたい」

『……つばきー……』

「昴、若菜のことはどうにかして」

『うん、わかったよ。……隼人くんの気持ちは伝えられたんだね。ちゃんと言えたんだね』

「あと少しでめまいで倒れるところだったけど。どうしても全部気持ちを伝えないとって。椿がこれから俺に想われてないって勘違いしないように全部話した。……椿のお母さんとお父さんに会わせる顔がない。もう二度と同じ過ちを繰り返さないって言ったのに……今度こそ失望される、どうしよう」

『つばきのママー……?』

『うん、木曜日帰る前に会って話したんだって。って若菜?どうしたの?……どっか行っちゃった。ねえ隼人くん』

「ん」

『とりあえずお酒飲むの止めな』

「なんでわかったんだよ」

『今さらでしょ。それで水を1杯飲んでからかけ直して』


 俺のやってることなんてお見通しの昴にわかったと告げて水を飲んでから少しだけ落ち着いて昴に電話をかけ直す。


『隼人くんはどうしたいの?』

「わからない。怖い。だけど椿は好き。椿とずっと一緒にいたい。でもできない」

『どうしてできないの。付き合えたんでしょ』

「できない。手を繋ぐことも肩を抱くこともキスすることも抱き締めることもできない。また誤解されて俺から離れていっちゃう」

『坂下さんに言えば良いじゃない。触れるのが怖いけど好きだからずっと一緒にいたい、そばにいてほしいって』

「そんなのできないよ」

『またかっこつけ?そんなのいらないよ』

「そうじゃない。そうじゃないんだよ。気絶した時椿を失うのが怖かった。椿は向き合いたいって言ってくれた。忘れていてごめんなさいって。だから俺も逃げないで話そうって思った。でも気絶するほど辛い思いをもうしてほしくない。椿を失うくらいなら何も思い出さなくて良いし辛い思いもしてほしくない。俺が椿に触れるのが怖いって言ったら椿はまた傷つく。だから言えない」

『だけど「言えない」……じゃあ言わないで、触れられないからって怖いからってちゃんと向き合わないでまたすれ違っていって良いんだね。それでまた別れるんだ?他の男の所に行くのを黙って見てるんだ?隼人くん間抜けだよ。腰抜けだよ』

「間抜け……腰抜け……」

『坂下さんのお母さんとお父さんに言ったのは離れないってこともでしょ。坂下さんをずっと好きでいて離れないでそばにいるって約束したんでしょ。その約束を破る方が失望されるんじゃないの?隼人くんらしくないよ。結婚でもして坂下さんが離れないようにずっとそばに囲っておいてからそのうち克服する方がよっぽど隼人くんらしいよ。結婚して一緒に暮らしてればそのうち治るんじゃない?』

「そ、そんな……間抜け……?無茶苦茶じゃない……?」

『良いんだよ。隼人くんはいつも無茶苦茶で強引なんだから』

「あ……強引なのが好き」

『もうなんでも良いよ。坂下さんもそうやって強引に結婚することになっても嬉しいって思うだけだよ。坂下さん新婚生活で1年くらいぼーっとしてるんじゃない?ぼんやりしてる間に克服しなよ。毎日一緒に生活してたら触れたくなって怖さもなくなるかもよ』

「昴……お前酷いな」

『もう……隼人くんが情けないからでしょ』

「ごめん、わかったよ。結婚する」

『うん』

「若菜は?どうしてる?」

『トイレで泣いてる』

「そっか。椿も気にし……そうだった」

『なに?』

「椿が俺も若菜も昴も大好きだって言ってた。なんで彼氏の俺と親友の若菜と同列でお前が並ぶんだよ」

『え、知らないよ』

「あ、そうか。俺がそこから抜き出れば良いのか。大好きより愛してるになれば良いんだ」

『う、うん。そうだね』

「じゃあ昴、またね」

『うん』


 俺は日曜日の朝竜二さんにメッセージを送った。


『この辺りで一番良いジュエリーショップはどこですか?婚約指輪を買います』


 そして休日出勤したあとに竜二さんに教えてもらったジュエリーショップに行く。店員さんに聞きながら普段から付けられるもので、まだ決めてないけどきっとプロポーズをしたらすぐに結婚するだろうから結婚指輪と一緒につけることができるもの、立て爪のないソリティアというシンプルで華奢なデザインの指輪をセミオーダーした。出張から帰ったらすぐ受け取れるそうだ。お店を出て携帯を見るとちょうど椿からメッセージが届いた。


『出張頑張ってください。おやすみなさい。大好きです』


 椿が大好きだって。嬉しい。出張頑張る。と、昨日昴に言ったことを思い出して返事をする。


『ありがとう。おやすみ』

『俺も愛してるよ』


 愛してるよ、椿。ずっと一緒にいよう。例え触れられなくてもそばにいるだけで話をしているだけで笑顔が見られれば幸せだ。



 家に帰ってさあ寝ようと思っていると昴から電話がかかってきた。


「どうしたの?」

『うん、あのね、若菜坂下さんと話したよ』

「そっか。良かった」

『それから若菜、坂下さんのお母さんとも話したよ』

「……へ?」

『失望しないって。安心して坂下さんと2人で遊びに来てって言ってたって』

「え、話したの?」

『うん。ああ、詳しくは話してないって』

「そ、そう……」


 若菜はいったいなにがしたかったんだろう。全部話したなら嫌がらせだと思うけど。


『若菜はなんだかんだで隼人くんが好きだからね』

「え!?それはまずい!!ここでそれはまずい!!」

『そういう意味じゃないから。若菜が愛してるのは僕。僕なの』

「わ、わかってるよ。怒るなよ」


 昴が珍しく淡々と喋るから焦ってしまう。


『そうじゃなくて。若菜にとって坂下さんに会うまで僕と隼人くんしかいなかったでしょ。喧嘩になるけど隼人くんに構ってほしかったんだよ、いつも。勉強してる時も遊んでる時も縄跳びしてる時とか鉄棒してる時も隼人くんを見てたでしょ』

「そうか?お前といるからじゃないか?」

『僕がいない時もそうだったよ。若菜はそうやって生まれた時から近くにいた隼人くんを見てきたから、隼人くんのことをわかってるんだよ。なんだかんだで若菜も隼人くんを心配してるんだよ』

「んー……そうか?」

『そうだよ。それから隼人くんに残念なお知らせです』

「え、なに?」

『若菜が小さい時と同じように子供っぽい喋り方とか態度とかとるの隼人くんにだけだよ』

「え……」

『坂下さんにもだけどいつもじゃないし。まあ僕たちと喋っててもたまに戻る時もあるけどね。関さんたちと話してる時敬語でちゃんと話してて驚いたって言ってたでしょ。坂下さんと仲良くなって成長して、高校卒業する頃にはあんな感じだよ』

「おいおい、じゃあなんで俺にだけあのまんまなんだよ」

『隼人くんと喧嘩しないで喋る時がないからね。興奮してあんなになってるのもあるし隼人くんは一番身近にいたお兄ちゃんだから小さい頃のままで接したいって無意識だろうけど思ってるのかも』

「あいつ……。落ち着けるなら俺にもそうしろ。キーキー煩いんだから」

『そうやって意地悪するからだよ。とにかく坂下さんの両親のことは大丈夫だから怖いのを克服することだけ考えなよ』

「ん、今日指輪も注文してきた」

『へ?』

「だから婚約指輪」

『え!?昨日の今日で!?』

「そうだけど?」

『早い……いや、隼人くんだからか』

「これで椿をそばに囲っておける。怖くて考えるだけで気がおかしくなるのは変わらないけど結婚しさえすれば椿も他の男なんて見ないだろうしひとまず安心できる」

『う、うん。僕が言い出したけどやっぱり隼人くんの台詞だよね』

「じゃあそろそろ寝るよ」

『うん』


 電話を切った俺は正式に彼氏になったんだから見放題だと思いながら中華街に行った日に若菜が送ってきた椿の可愛らしい写真を見てから眠った。







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