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運命のカミーリア  作者: 柏木紗月
社会人編
130/136

伝えたい想い


 俺は全てを話そうと決めた。椿が思ってくれてる俺は違う。本当の俺はこうだって。かっこよく見られたくてかっこつけてたけど本当は全然かっこよくないんだって。気持ち悪いとか変態だと思われて嫌われても仕方ないけどそれだけ椿を愛してることを伝えようと俺は当時のことを思い返しながら話す。


「椿と別れたあと若菜に言われたんだ。俺と椿は全く別の世界で生きるんだって。もう二度と椿の人生に踏み込んでこないでって。自分が椿を守るんだって」


 椿に触れるのが怖い。微かに触れるだけでも怖くて椿と少し距離を開けて歩きながら話す俺の話を時折俺のことを見上げながら椿は聞いてくれる。


「忘れないといけないって思った。そうしないと若菜の制止を振り切って椿の世界に踏み込んでいきそうで、必死に勉強して国立大に行った。大学に行ったら入れるだけバイトを入れて忘れようって必死だった。だけどだんだん普通になって、ただ講義を受けて、サークルに行ってバイトをして、忘れられたと思ったんだ。もう椿の人生に踏み込んでいかなくてすむって安心した。だけど2年の9月くらいだったかな、間宮さんに初めて会った時……間宮さんは事情があって大学には来てたけどサークルにはずっと来てなくて、サークルの飲み会で初めて会ったんだ。俺は間宮さんのことを知らなかったけど向こうは俺の噂をいろいろ聞いてるって言って、みんなから離れた席でぼんやりしてた俺の隣に来てね、なにがきっかけだったかな……とにかく俺は椿のことを話してた。間宮さんはいろいろ失礼なことを言ってきて、俺も酔ってたしイライラしてたからあんまり覚えてないんだけど……でもところどころ心に残った言葉があったんだ。一度でも必死になって繋ぎ止めようとしたのか?言葉にして伝えたのか?自分の気持ちなんて他人がどうこうできるものじゃないんだから後悔してるなら従妹に止められようと本人に拒絶されようとも何度でも彼女の人生に踏み込んで行けば良いだろうって。忘れられたっていうのは忘れないと彼女の人生に踏み込んでしまうから忘れたことにしてるだけだろうって。なんて無茶苦茶なことを言うんだって怒ったんだけど後で酔いが覚めて落ち着いてきたら、ああ、椿の所に行こうって霧が晴れた気がしたんだ。……間宮さんの言葉というよりイラつかされて自分の気持ちを吐き出してスッキリしたのが大きかったかも。ずっと若菜の前ではもちろん昴や家族にも椿の話はできなかったから。それから忘れようとすることをやめた。バイトも減らせられるだけ減らして代わりに椿を探すことにした。実家を出てるだろうっていうのと、椿のことだから家に負担をかけないように学費が少しでも免除されるような制度がある学校に行くと思った。だからそういう制度がある大学を探した。といっても多すぎて困ったよ。休みのたびに親父に車を借りて全国探し回った」

「さ、探し回った……?」


 緑道を歩いていると椿が驚いた声をあげる。それは驚くよね。


「そう、無謀なことしてるなって思ったよ。若菜には見つからないように昴に口止めして全国の大学の周りをうろうろと。自分でもこんなんで見つかるはずがないってわかってたけど他に探しようがなくて、代わりにここみたいに椿が来そうな所に行って椿が来たかもしれない、椿がこの景色を見たかもしれないって思うだけで椿と繋がってるような気がして幸せな気持ちに浸れた。昴に重症だ、危ない人だって言われたけど俺は椿を初めて見つけた時から自分がおかしいって自覚してたよ。でもそれだけじゃない。椿と一緒にいると自然に笑顔になるし優しくしたいって思う。なにもしないでただ一緒にいるだけで心地良くなって心が安らぐようになるなんていうのも椿に出会うまで知らなかった」


 緑道の先にある芝生ではピクニックをしている家族が何人かいた。前に来た時もそうだった。前はここで椿が来たことがあると確信した。あの日と同じように俺は芝生に腰をおろす。


「そうそう、聞いてるんだったね。4年の時あまりに無謀なことを続けてる俺を見かねた昴が若菜に秘密でこっそり教えてくれたんだ。椿がここに住んでるって。就活もしないといけない、でもやっと希望の光が見えた、俺はすぐに親父にこっちで就職するって伝えたんだ。それしか言わなかったのに親父は絶対見つけてくるんだよ、でも先に就職先を決めてくることって言って車もその時くれたんだ。大学にお世話になった職員さんがいるって話したよね。家庭教師のバイトも紹介してくれた人で1年の時からよく知ってたからこっちで俺に合いそうな会社をすぐにピックアップしてくれて、そういうサポートがあってすぐに今の会社に決まった。それでようやくこっちで椿を探し始めたけどここだけでも十分広いからね、全然駄目だった。でも不思議だよ。ここに来て、この場所でこうやって寝そべって空を見たら椿もここに来たことがあるって確信したんだ。今までは来たかな、って思うだけで幸せになってたけど範囲が狭まっただけじゃないんだ、この県の他の場所にも行ったけどそう確信めいたことは感じなかった。まあ、でも椿が卒業したあとだったから遅かったんだけどね。仕事してからは忙しくてクラブにも行ってたから回数は減ってたけどずっと探してたんだ。近付いてるはずなのにどうして会えないんだって諦めそうになった。でも会いたくて、もう一度やり直したくて、探してた。それも3年目になって間宮さんに再会して、見つけたんだ。4月、営業事務からメールするからって言われて来たメールの送信者が椿で、急いで間宮さんを仕事帰りに呼び出した。どうしてもっと早く教えてくれなかったんだって。そしたら本名聞いてなかったし同姓同名かもしれないだろって言うから椿の特徴を言って、確かに本人かもって、なったんだ。でも出身地聞いてみないとって言われて1週間も待たされた。あまりに長いから昴に頼んで1枚だけ椿の写真を送ってもらって間宮さんに確認して本人だってわかって。すぐに会わせてほしいって頼んだのに色々理由つけてきて会わせてもらえなくて。最終的に、後から考えると俺の名刺を初めて見た時椿は動揺してた、会っても上手く行くとは限らないって念押しして6月のあの日会わせてくれた。覚悟してた、わかってたけど実際会ったら椿は全然目も合わせてくれなくて、やっぱり会っちゃ駄目だったのかなって思った。でも諦められなかった。拒絶からスタートで良い、もう一度椿の隣にいたい、それしか考えてなかった。……あとは前に話した通り」


 話してる途中であの日と同じように芝生に寝て空を見上げる。椿が今住んでるアパートには卒業してから引っ越して大学時代は大学の近くにある学生専用のマンションに住んでいたと椿は教えてくれていた。話し終わった俺はゆっくり身体を起こして椿を見る。


「さすがに気持ち悪いって思った?」

「え?どうしてですか?」

「就職先をこっちにするってバレた時点で若菜にも知られて……。昴にも若菜にもストーカーみたいだって危険人物扱いされてた。自分でも確かにそうだと思うから」


 椿は勢いよく何度も首を振って否定してくれる。良かった。


「嬉しいです。こんなに思ってもらってたなんて……ご「謝らないで良いから」……はい」


 伝わったんだ。良かった。俺の想いが椿に伝わって安心したと同時に謝ろうとする椿の言葉を遮る。もう謝らないで。椿は俺のために俺のことを思って一生懸命頑張ってくれたんだから。可愛くて綺麗で優しくて強い椿が愛しくて堪らない。触れるのは怖い。だけどずっとそばにいたい。一緒に生きていきたい。最後まで俺の気持ちを伝えたい。俺は震える手を隠すようにしてスッと立ち上がって噴水広場へと向かう。

 たどり着いたそこで前に来た時と同じように椿の話を思い出す。


「ここで椿の話を思い出したよ。美術の授業に若菜に邪魔されたって話」

「そ、そんな話はしてませんよ」

「椿が話す日常はいつも楽しそうで、ただの1日のはずなのに、なにかしら楽しいことがあって、椿が見るとなにげない日常がこんなにも色鮮やかになるんだって思った。他人が気にも止めないようなことに興味を持って調べてその上で自分なりの考えを教えてくれたり。話の途中で別の話題に飛んでいつの間にか戻ってきたり、椿の話はいつも面白かった。椿が興味を持つもの、行きたいと思う場所はどれほど楽しいものなんだろう、それを椿と一緒に見られたらどれだけ幸せなんだろうなって……見てみたかったんだ」


 いけない。椿は俺の行きたい所に行きたいと思ってくれてたんだと今日の話を聞いてよりそう思う。だけどあの時俺はそんな気持ちで願っていた。その気持ちも思い出して込み上げてくるものがある。俺を見てまた泣きそうになってしまう椿に心配しなくていいと思いながら咳払いする。これが俺の気持ち最後だ。1番伝えたかった椿への気持ち。


「あの頃伝えられなかったけど椿が好きだよ。一目見た瞬間から。でも椿のことを知るたびに一緒にいるたびにもっと思いが強くなって椿しか見れなくなった。どれだけ離れても椿に焦がれて椿を感じていたくて……。そのネックレスはただのプレゼントじゃなくて、俺の気持ちが伝わりますようにって願いを込めた。自分らしくないと思うけど……散々らしくないことしてきたんだけどね。かっこよくいたいのに、椿のことになるとかっこよくなれない……自分を保てなくなるくらい……椿のことが好きだ」


 椿はまた涙を流したけど拭って俺をまっすぐ見てくれる。


「……わ、私も好きです。優しく笑いかけてくれるのも楽しそうに話を聞いてくれるのも、なにげない話をしてるだけの時間が楽しくて一緒にいるだけで幸せになれて。……怒ってないんですか?呆れてないんですか?」

「怒ってないし呆れてもいないよ。椿のその言葉が聞けただけで十分嬉しいよ。ありがとう」


 本当に伝わったんだ。椿も伝えてくれた。椿の気持ちが嬉しい。ようやく俺と椿の気持ちが通じ合えたんだ。今まで生きてきて1番幸せだ。そう幸せを噛み締めているとぐらりと視界が歪み、椿の目の前で倒れるなんて駄目だと思ってると椿が大きな声を出す。


「若菜!!」

「……え?」


 意識を失いかけてたのが治った代わりに呆然としてしまう。椿は右に左にうろうろ歩き始めた。


「若菜、若菜、若菜、どうしよう……若菜が、若菜が」

「落ち着いて」

「でも」


 長い間想い続けた俺と通じ合えたというのに俺のことはもう良いとばかりに若菜のことで頭がいっぱいになっている椿に苦笑いだ。

 声をかけても若菜が、若菜がと焦る椿の目の前に両手を出してパチンと手を叩く。椿は驚いて目を強く閉じてすぐにゆっくりと目を開けた。


「若菜には俺が伝えるよ。大丈夫、落ち込むだろうけどすぐ喚き散らしてコロッと水に流すだろうし」

「……若菜……」


 それでも若菜を気にする椿。ようやく通じ合えて彼氏になった俺より若菜が良いのか。ため息をつく。


「……結局若菜に勝てないのか」


 いつもみたいに若菜が好きだと言うんだろうなと思いながら呟く。


「勝ち負けなんてないですよ。若菜も先輩も、結城くんもみんな大好きです」


 いつもと違った。嬉しい。嬉しいけど……。


「……昴まで含めないでよー」


 彼氏の俺と親友の若菜と並ぶ昴が恨めしい。そう思いながら自分の手の震えがいつの間にか止まってると気付いた。そういえば慌てる椿を落ち着かせようと両手を叩いた時には止まっていた気もする。良かった。とりあえず椿にはバレずに済んだようだ。だけどさっきみたいに意識が飛びそうになるのは困る。車を運転して家に帰れるかわからない。そうだ、近くで休んでから帰ろう。ちょうど夕飯時だし。


「どうしたんですか?」


 駐車場へ向かおうと歩きだした俺に椿が問いかける。


「若菜のことは俺も考えてるし昴もついてる。だから心配しなくていいよ」

「……はい。若菜には悲しんでほしくないんです。私のために泣いてほしくなくて、でも泣いてくれると思うんです。だけど……」

「わかってる。大丈夫だよ」


 さすがの俺も今回ばかりは少し若菜が気になるけど昴がどうにかするだろう。若菜のことを思って悲しむ椿を安心させようと言葉をかけるけどどうにも若菜が気にかかる様子の椿に思わずにはいられない。


「俺のカミーリアなのに……」

「……なんですか、それ?」


 椿は俺のなのに、椿の彼氏になったのにそれでも若菜に勝てない。椿は俺の呟きを聞いて首をかしげる。そしてなにか思い出したのかハッとする。


「あ!!間宮さん!!」


 ああ、間宮さんか。間宮さんなら言いそう。誇張しておかしな話をしてなきゃ良いけど。


「そう、間宮さんに椿がどれだけ可愛いか惚けてたんだ。元々椿って呼んでると本人の前で口走って引かれるよって昴に咎められたから代わりに椿を英語にしてカミーリアって呼んでたんだ」

「な、なんだか恥ずかしいので止めてください」

「どうして?可愛い感じがしない?カミーリア」


 どうやらカミ―リアが気に入ってくれたみたいだ。真っ赤になって恥ずかしそうにする椿が可愛い。


「だ、駄目です。よくわからないですけどそわそわします!!」

「じゃあ時々にするよ、俺のカミーリア」


 椿に顔を近付けてそう言うと椿はさらに顔を真っ赤にして口をパクパクと動かす。


「カミーリア禁止です!!」

「い、や」


 俺は俺の彼女可愛い、可愛すぎると思いながら駐車場へ向かう。今くらいの距離なら大丈夫だ。椿が好きだ。愛してる。通じ合えて嬉しいし幸せ。椿も喜んでくれてる。俺の気持ちを知って受け止めてくれた。ただ触れるのは怖い。思い返すだけでまた吐き気がしそうだ。だけど椿にとって今日はお互いの気持ちを知った特別な日。あとはもう彼氏になった俺と笑って過ごしてほしい。だから椿といる間は俺も椿と過ごす今のことだけを考えよう。



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