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運命のカミーリア  作者: 柏木紗月
社会人編
124/136

2人きりの時間


「椿にさっきの写真送ってあげるねー」

「ありがとう。私の携帯で撮ったのも送るね」


 トリックアートミュージアムで撮った写真を送り合う椿と若菜。面白くないけど椿は若菜と喋ってる時が一番自然体だし微笑ましい。俺の隣でもそうしてほしい。


「あ、この写真隼人に見せてあげなよー」

「え?どれ?」

「ライオンのやつー」


 あった、これだと呟く椿。でもどうしてこれなんだろうと1人で喋ってる椿にまた独り言言ってるよとクスッと笑ってしまう。


「リアルだから!!」

「他のもリアルだよ?」

「良いから良いから。隼人見てー!!」

「そう言われても運転中だから」

「あ、ですよね。ほら、若菜駄目だって」

「えーじゃあ信号で止まったら」

「どんな写真なの?」

「普通に私がライオンに食べられそうになってる写真ですよ」

「ふーん、そういうこと」


 若菜の意図に気付く。俺の中のライオンはさっき倒したところなんだよばーか。


「え?どういうことですか?」

「隼人ライオンに見えるでしょー」

「……そんなことないと思うけど」

「いや、怖い怖い肉食動物だよ!!椿食べられちゃうよ!!」

「そんなことないよ……」


 無垢な椿は若菜の言ってる意味を理解できてない。そんな可愛い椿は、んーと唸って言う。


「あえて言うならホワイトタイガーじゃない?肌白いし」


 ホワイトタイガー。かっこいいってことかな。ライオンじゃなくてホワイトタイガーを住まわせようか……いやいや、住まわせてるわけじゃない。追い払ったライオンに恨めしそうに見られてる気がしてホワイトタイガーに変更はなしだと宥める。ライオンに少し愛着が湧いてきてしまった。

 椿の言葉に若菜が、何でもいいけど肉食動物だ、恐ろしい肉食動物だと言う。言っておくがお前の隣にいる男だって堂々と毎日イチャイチャしたいから邪魔するなと言ってるぞ。男はみんなそんなもんだ。

 そう思ってると赤信号で車を止める。すると椿がすぐに携帯を見せてくれる。さっきは邪魔をされたけどここでふいに手が触れちゃったをしようとよく見えてるけど左手を伸ばす。


「ダメダメー!!」

「な、若菜どうしたの?」

「隼人に携帯を渡しちゃ駄目だよ!!」


 心の中で舌打ちする。また若菜に邪魔された。ちょっと指に触れようとしてるだけじゃないか。


「え、どうして?」

「写真自分の携帯に送っちゃうから!!」

「……なんで?」

「そんなことしないよ」


 若菜は俺の考えに気付いていながらもう1つの俺の意図に触れる。本当に昴も若菜も思考が邪悪だ。真っ白で純粋な椿とは大違いだ。


「ほら先輩も言ってるよ?」

「前科あるもん!!」


 まずい。口止めなんて若菜に意味がないとは思っていたけどここでバレたらまずいことをバラされるなんて。どうごまかそう。


「えー、そうなの?」

「椿の写真だから!!」

「え!?」

「運転中にそんな時間ないよ」


 俺はアハハと笑う。とりあえず椿に気持ち悪いとか嫌だとか言われたら終わる。灰になって散りそうだ。


「隼人ならできるでしょ!!」


 容赦なく抉ってくる若菜。とりあえず信号が変わって車を動かすけど内心ヒヤヒヤだ。


「とにかく椿の写真フォルダがあったんだよ。嫌でしょ?嫌いになった?」

「だから嫌いにはならないって。……でも写真フォルダって?」

「む、昔の話だよ」


 チラッと見ると眉間にシワを寄せてる椿に慌てて弁解する。


「今はないよ、大丈夫。昴に預けてるから」

「結城くんに……?」

「う、うん。ちゃんとDVDに保存してるから大丈夫」

「……なにが大丈夫なの?」


 昴にどうにかさせようと話を振ると昴も動揺しながら答える。


「ほら、さすがに坂下さんでも気持ち悪いと思うでしょ」

「あ、えっと、そういうこと……?別に知ってる人だし盗撮じゃないんだから……」


 ついにハッキリ言う昴の言葉に椿はそう答える。ホッとした。椿は気持ち悪いとか思わないみたいだ。良かった。ほら見ろ、椿は天然なんだからそんなことを気にしないんだよ。


「今度からはちゃんと許可をとるよ」

「そ、そうですか……」


 さっき若菜が送ってきた可愛らしい椿の写真も持っていて良いってことだよね。次からはちゃんとちょうだいと言って貰うか、自分の携帯で直接撮った写真を思う存分保存しよう。

 そして話題は椿が聞きたいみたいだからうちの家族の話に戻ったり、若菜がお客さんから恋愛相談を受けたりブログが好評だという昴に聞いてさらっと聞き流した話を嬉しそうにする椿が可愛いと思いながら聞いていた。

 あっという間に椿の家のそばまで行くと椿は、あっと声をあげる。


「先輩、管理人さんに聞いたんですけどアパートの裏側に駐車場があってそこに車停めて良いそうなんです。今まで車停めることがなかったので知らなくて、聞くの遅くなってしまってすみません」

「なんで謝るの?聞いてくれてありがとう。それじゃあそこに停めるね」


 すぐに車を出すから路上駐車にはなってないけどいつまでもあそこに停めるのもどうかと思って迎えに行くから歩いて2、3分かかる有料駐車場に停めても良いかなとメッセージで聞いていた。それを受けて椿は管理人さんに聞いてみてくれたらしい。

 椿の住むアパートの裏側にある小さめな駐車場に行く。4台止められる駐車場に、運転が苦手な人だと停めるの苦労しそうだなと思いながらスムーズに停める。


「ふー着いた着いたー!!」


 若菜が勢いよく車を降りて伸びをする。お前は乗ってただけだろうが。

 椿がありがとうございましたと言って車を降りる。乗ってるだけでも疲れただろう。肩凝ったりしてないかな。俺がほぐしてあげよう。


「隼人くん早く降りて」


 運転席のドアを開ける昴に言われる。目が笑ってない。


「肩揉むぐらい良いじゃん」

「駄目だよ変態」


 小声で昴と話しながら俺も車を降りる。


「楽しかったねー!!」

「うん!!楽しかったね、それに若菜と結城くんに会えて嬉しかったよ」

「ほんとー?」

「え?本当だよ、なんで?」

「会えて嬉しかったのは隼人じゃないの?」

「え!?」

「ま、3回に1回は協力するって言ったからねー」

「え?若菜もしかしてそれで……?」

「さあねー!!椿に会いたかったのも隼人に嫌がらせしたかったのも本当だけどねー!!」

「え、それってどっち……」

「ねえ、坂下さんちょっと良い?」

「え?は、はい」


 若菜と話す椿に、そうだ、敬語がいけないんじゃないだろうか、俺とタメ口で話してくれれば若菜と話す時と同じようにいつも自然体でいてくれるんじゃないかと思い付く。まあでもそれこそまだ難しいかと思いながら歩いてアパートに向かって歩いていこうとする椿を呼び止める。


「どうしたんですか?」

「ちょっと話したいんだけど、2人で」

「2人で……?」

「昴と若菜だけで荷物取りに行ったらまずい?」

「い、いえ、大丈夫ですけど……。それじゃあ若菜、鍵預けるね」

「はーい」


 ネックレスを渡したいしそうじゃなくても2人きりで話したくてそう言うと椿は戸惑いながらも了承してくれた。昴に目線を送る。21時までまだ少しあるからゆっくり戻ってこい。苦笑いで頷く昴と椿から鍵を受け取った若菜がアパートに向かう。


「若菜が素直だと逆に気持ち悪いね」

「そんなことありませんよ!!」

「ごめんごめん」


 若菜が大好きすぎる椿に謝る。どうしよう。話したいことはたくさんあるんだけどなにから話そう。


「先輩……?」

「えっと、今日は会えて嬉しかったよ」

「あ、はい。私もです」


 まずは会えて嬉しかったことを伝えると椿はそう言ってはにかんだ。


「出張のこと、いつ言おうか迷ってて……あんな感じになっちゃってごめんね」

「え、いえ……」

「一昨日決まったんだけど来週会った時に言うのも急だし電話で言うのもなって……」


 ショックを受ける椿を思い返して俺は言う。椿は寂しそうに笑う。


「確かに今日聞けて良かったです。若菜に感謝ですね」


 確かに若菜が突撃訪問しに来なければ来週まで会えなかった。それだけはあいつに感謝しよう、それだけだ。椿の視線がアパートに向く。ちょうど椿の住んでる部屋の明かりが付く。昴、時間稼ぎしろよと思いながら椿を見る。


「予定通りいけば10月11日に帰ってくる。週末空けておいてくれる?」

「え、ちょっと待ってください……10月の……」


 来週付き合ってからでも良いけど友達の多い椿の1ヶ月半先の約束を取り付ける。できれば椿の時間全部俺に欲しいけどそれは言わない。椿は縛り付けて良い子じゃない。付き合っても毎日会えるわけじゃないだろう。友達と遊んだり1人でどこかに遊びに行きたいということもあるだろうし。ついていっても良いって言ってくれたら一緒に行きたいけど。でも出張から帰ってきたら思う存分椿といたいから土日両方俺のために空けてほしい。椿不足で耐えられないってなるのが目に見える。

 椿は急いで携帯を取り出してスケジュールを確認してくれる。


「11日は木曜日ですね。13日土曜日は……なにも予定がないので大丈夫です。空けておきますね」


 そうかなと思ったけど土日のどっちかだけだと思ってる椿に言う。


「日曜日も」

「え、日曜日もですか?……はい、大丈夫です」


 一瞬戸惑ってみせた椿だけど携帯に何か入力しながら口元が緩んでる。嬉しいと思ってくれてるのかな。それなら嬉しい。


「でも良いんですか?バスケクラブ行かなくて」


 優しい椿はバスケクラブに行かなくて良いのか気にしてくれる。考えてなかったけど行かなくて良いだろう。椿の方が重要だ。


「良いの良いの。坂下さんに会いたいから」

「……それなら良いんですけど」


 またしても真っ赤になって俯く椿。そんなわかりやすくて可愛い椿と1ヶ月半も離ればなれになってしまうと考えるとやっぱり出張に行きたくなくなる。思わずため息をつく。


「どうしたんですか?」

「出張行きたくないなーってね」


 苦笑いして答えると椿はまたさらに真っ赤になってあわあわしだす。


「な、なに言ってるんですか。海外出張なんてすごいです。期待されてるんですね」

「それは良いんだけど坂下さんに会えないのが寂しくて。……坂下さんは寂しくない?」

「え……」


 昴の言うように海外出張に行くなんて凄いと言ってくれる椿。椿も俺に会えないのは寂しいと思ってくれてるでしょ。ツンデレも良いけど言ってほしい。


「寂しくない?」

「寂しいです」


 俺がもう一度問いかけると椿は真っ赤な顔で言ってくれた。そうやってもっともっと俺を求めてほしい。俺は椿がいないと生きていけない。椿もそれくらい俺を想ってほしい。椿の言葉を聞いて燃えるような熱い想いを自分の中に感じていると椿は小さい声で呟くように言う。


「先輩は昔若菜のこと……」

「ん?」

「あっ、いえ……なんでもないです」


 若菜がどうしたんだろう。椿の考えを聞こうとしたけど椿の住む部屋の明かりが消えたのが見えた。


「もう時間切れか」

「え?」


 まだ話していたかったけど時間もないから諦めよう。鞄からネックレスが入ってるリボンのついた巾着袋を取り出してぼんやりしている椿に声をかける。


「坂下さん」


 その巾着袋を椿に差し出すと椿は首をかしげる。


「……これは?」

「開けてみて」


 椿はリボンをほどいてネックレスを取り出してそれをじっと見つめる。


「あ……さっきの……」

「あげるよ。お揃いはまた今度ね」


 お揃いは何にしよう、また今度考えようと思いながら言うと椿は嬉しそうに目をキラキラさせて俺を見る。そんなに喜んでくれるなんて嬉しい。


「それつけてみて?」

「え、今ですか?」

「うん」


 俺がつけてあげたいけどそうしたらもういろいろ我慢できなくなりそうで巾着袋と包装に使われてたビニール袋を受け取って自分でつけてもらうことにした。

 実際に緑のしずくの形をしたネックレスを身につけた椿は本当に可愛かった。俺がプレゼントしたものをつけてよりいっそう可愛くなった椿に見とれてしまう。


「うん、よく似合ってる。それ土曜日つけてきてくれる?」

「は、はい。……ありがとうございます」

「それからその服と髪型似合ってる。可愛いよ」


 心から喜んでくれる椿にそう言うと椿は目を見開いて固まる。そういえば洋服も髪型も似合ってるとは再会した日に言ったけど俺と会う日にしてくれた洋服と髪型に対して似合ってる、可愛いと言ったのは初めてだ。若菜の、好きな人に可愛いって思ってもらいたい、褒めてもらいたいというあの日の言葉を思い出す。椿……本当にごめんね。俺の今の言葉を待っていたんだね。


「若菜が、若菜がやってくれたんです」


 そう思ったけどもしかして違った?若菜が選んだ洋服とやってくれた髪型を褒められて嬉しかっただけ?力が抜けてしまう。待たせ過ぎてどうでも良くなっちゃったの?高校生の時と違って若菜にアドバイスを求めないで普段のパンツスタイルで会ってくれるのはこの人のためにおしゃれしてもどうせ何も言ってくれないだろう、努力しても無駄だと思ってるとか?そんなことないのに!!……幸せそうに髪の毛を触って笑う椿にやっぱり椿を笑わせるのは若菜か、と肩を落とす。この椿の魅力が最大限に引き出された髪型と洋服は椿を理解してる若菜のおかげだったのか。そっかそっか、そんなに幸せなんだ。どうせ今の俺じゃまだそんな顔にさせられないよ。悔しいけど椿にとっての1番は若菜だもんね。よーくわかった。


「そっか。……そうかなって思ったけどね」


 そう、わかってたさ。俺が若菜のことを悪く言うと怒るし若菜のことが大好きなのがわかる。でももうちょっと俺のことも大好きになってくれても良いんじゃない?さっきまでとってもとっても良い感じの雰囲気だったじゃない?もう付き合ってるって言っても良い雰囲気だったのにさ、なにも若菜のことを思ってそんな可愛らしい顔をしなくても良いのに。俺のことが好きでしょ?俺のことを求めてるんでしょ?だったらもっと俺のことだけ考えてくれても良いのにさ。


「本当に若菜はセンスが良いですよね!!」


 拗ねてないけどそんなことをぐるぐる考えてる俺に椿が追い討ちをかけてきた。ああ、もう……そんなキラキラした目をして、可愛いんだから。悔しい。


「うん……若菜に勝てない」

「あー!!」


 本当にいつか必ず若菜を越えて椿の一番になりたい。そう思っていると若菜の大声が響く。若菜がキャリーバッグを大きな音をさせながら引っ張って駆け寄ってきて椿に顔を近付けて言う。


「なんで椿泣きそうなの!?」

「え、な、泣いてないよ?」


 若菜のその言葉に驚く。椿は喜んで笑ってた。最初は俺に会えなくて寂しそうな顔をしてたけど若菜のことを考えてる笑ってたはず。若菜には泣いてるように見えたの?どうして?俺より若菜の方が椿を理解しているから?俺じゃ椿の気持ちに気付けないと言われてるみたいだ。


「なんで泣かせるの!!また酷いこと言ったの!?」


 わからないよ、どうせ若菜と違って椿の悲しさに辛さに気付けないよと思いながら服を掴んで詰め寄ってくる若菜になにも言えなかった。


「わ、若菜、違うよ!!ゆ、結城くん!!」


 椿に助けを求められた昴が若菜の肩を引っ張って俺から若菜を引き離す。助けを求めるのが昴なのも面白くない。俺に掴みかかってるんだから昴に言うのはわかるけどわからない。


「若菜、坂下さんは泣いてないんだから落ち着いて」

「泣きそう!!」

「大丈夫だよ、若菜。心配してくれてありがとう」

「椿……」


 昴と椿に宥められた若菜が椿に抱きつく。


「椿大好き!!」

「う、うん。私も大好きだよ。でも近所迷惑だから大きな声出すのはやめてね」

「椿が怒ったー!!わーん!!」

「お、怒ってないよ!!」


 若菜の背中を擦りながら怒ってないよと言ったりごめんねと言ったり若菜を慰める椿。そんなに若菜が良いんだ。椿と若菜の間に割って入れない、椿と若菜は強い絆で結ばれてるとまざまざと見せつけられてるみたいで唇を噛む。俺がいなくても若菜がそばにいれば椿は何だかんだでやっていけるかもしれないけど若菜がいなかったら俺がそばにいても椿は時間がどんなに経ってもそれまでみたいに笑えなくなってしまうだろう。それだけ若菜が誰よりも大切なんだ。そうは思っても納得できなくて椿にそんなに思われてる若菜がムカつく。


「時間」


 早く椿から離れろ、椿を抱き締めるのは俺だと苛ついたまま言うと椿は慌てた様子で若菜の肩を押して離れる。


「ご、ごめんなさい、時間私のために早く帰ってくれたのに」


 若菜の後ろに隠れるようにして謝ってくる椿に慌てて言う。


「そ、そうじゃないよ。もう21時になるからそろそろアパートに入った方が良いね。部屋に入るの確認するまで待ってても良い?」

「え、そこまでしなくても……」

「良いから良いから」

「じゃ、じゃあ行きますね」

「うん、おやすみ」


 若菜から鍵を受け取る椿を見て息をはく。椿を怖がらせてしまった。なんてことだ。


「2人も今日は本当にありがとう。また連絡するね」

「連絡するしまた遊ぼうねー!!」

「じゃあまたね」


 若菜と昴と喋ってからアパートに向かって歩いていく椿の後ろ姿を見送りながら若菜の頭を叩く。


「痛い!!」

「お前のせいでいろいろ駄目だ!!全部お前のせいだ!!」

「なにが!?それより椿を泣かせるなって言ってるでしょ!!」

「椿は泣いてなかった!!」

「泣いてたよ!!」

「なんで俺にはわからないのにお前にわかるんだよ!!」

「ふん!!それは私の方が椿のことをわかってるから!!」


 くそっ……。どうして俺じゃ駄目なんだ。どうしてこんな甘ったるいチビザル厚化粧くっつき虫妖怪なんかが良いんだ。


「2人とも止めなよ。坂下さん心配してこっち見てたよ」

「「え!?」」


 そんな馬鹿なとアパートを見ると既に電気がついていて椿が部屋に入った後だった。


「若菜が痛いって叫ぶから」

「なんで言わないんだよ」

「喧嘩に夢中になってたから」

「むむ!!隼人のせいだ!!」

「煩い。本当にお前は邪魔ばっかりだ」

「まあまあ。とりあえず行こうよ」


 苛ついたまま車に乗り込もうと運転席の方に回るとドアを開ける直前昴に止められる。


「なに?」

「うん、これだけ先に。隼人くん、隼人くんと別れた後の坂下さんを知らないから」

「どうせ知らないよ。教えてくれなかったからだろ」

「拗ねないでよ。隼人くんと別れてから若菜がそばにいても坂下さんは笑ってても本当に楽しそうには見えなかったよ。きっと隼人くんと再会しないでこの先何年も経ったとしても隼人くんのことを忘れられなかったと思う。若菜がいても隼人くんがいないと坂下さんは本当に幸せにはなれないんだよ。若菜と隼人くんどっちも大切なんだよ」

「……若菜を越えたい」

「もう……」

「わかってる。意地になってるだけ」


 俺はそう言ってドアを開けて運転席に座る。椿と若菜の仲に嫉妬してるだけ。椿が俺のことが好きだというのはわかってるのにどうしても椿のことになると冷静でいられない。


「ねーねー椿とドライブしてる時音楽かけないのー?」

「……かけてないけど?」


 運転席に座って後ろに座った昴にホテルの住所を聞いてナビに入れてると若菜が言ってきた。


「えーそんなのつまんないよー。ドライブは音楽がないと。椿つまんないと思ってるよー」

「そんなことな……いはず」


 椿のことを理解してる若菜の言うことだ。椿は俺とのドライブをつまらないと思っていたのかも……。


「どうしよう……」

「は、隼人くん大丈夫だよ。ドライブしてる時に音楽聞かない人だっているよ」

「えー椿は音楽聞きながらドライブするの好きだよ。テンションあがるよねって言ってるもん」

「テンション……あがらない」

「あーあー椿可哀想!!音楽聞きながら歌いながらドライブするの好きなのにー」


 ハンドルに額をぶつける。どうしよう、冷静でいられなくて余裕がなかったみたいだ。音楽をかけるかそうでなくてもラジオをつけるとかどうしてそんなことができなかったんだ。つまらない男だと思われてたのか。


「もう若菜意地悪言っちゃ駄目だよ。隼人くん大丈夫だって。多分坂下さん隼人くんと話すのに夢中で音楽とか気にしてなかったよ」

「なんで昴に椿の気持ちがわかるんだよ。どうして俺にはわからないのに……」

「まったく……。だから拗ねないでってば。話するって言ったでしょ。聞かないの?」

「聞く」


 椿の悩みを考える方が重要だ。俺は気を取り直して車を動かした。






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