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運命のカミーリア  作者: 柏木紗月
社会人編
122/136

ショックを受ける椿


 店内に入ると左奥にいた椿を見て衝撃が走る。可愛すぎる。両肩が出てる白いブラウスを着ている椿。緩く編み込んでる髪が片側に流されていた。とんでもなく可愛い。だけど、と辺りを見渡す。周りには家族連ればかりで同い年くらいの男はいない。とりあえず息をはく。そんなとびきり可愛いのは俺だけに見せてくれれば良かったのに。そう思いながらもっと近くで見ようと気分よくテーブルに近付くと後ろを向いてる昴の話を聞いて目を細める。


「客観的に見てあれだけ酷い人ってなかなかいないよね。良いところもあるんだけどもったいない。極悪非道っていうか人でなし?腹黒?ドエス?悪魔?鬼?サディスト?」


 なんの話をしてたのかわからないけど俺の悪口だということはわかった。俺は俺の良い話をしろと言ったんであって悪口を言えとは言ってないんだけどな。昴の真後ろに立って言う。


「へー……。いつもヒーローだなんて慕ってくれてると思ってたけど俺がいないところじゃそんなこと言うんだ」

「は、隼人くん!?」


 振り返る昴は青ざめていた。だからいつも調子に乗るなと言ってるのに。


「えっと、良い意味だよ!!かっこよくて頭も良くて運動神経抜群の人なんて嘘くさいけど隼人くんは完璧じゃないところが良いって!!」

「ふーん」

「本当だよ!!」


 下手な言い訳だなと思いながら椿を見ると心配そうに見ている。椿に心配されるなんて昴のくせに。椿の前だから許すけどあとで写真のことも一緒に問い詰めてやる。


「そういうことにしておいてあげる。後で覚えとけよ?」


 そして椿の隣の席に座る。近くで見ても可愛らしいなと思ってると正面に座っていた若菜が叫ぶ。


「来たな暇人極悪腹黒悪魔!!返り討ちにしてやるんだから!!」

「あれ?こんな所に煩いじゃじゃ馬がいる。昴、恋愛成就の女神様はどこにいるの?」


 若菜の話なんて興味ないから聞き流したけど職場で恋愛成就の女神様だなんて大層な呼び名で呼ばれてるらしい。詳しくは知らないけど。


「きー!!隼人が言うと悪意しかない!!せっかく椿がすごいねって褒めてくれたのに!!」

「俺だって褒めてるよ、すごいすごい」

「棒読みだ!!恐ろしいほど棒読み!!なんて酷い!!」

「若菜、先輩が来て嬉しいのはわかるけどもっとボリューム落として、ね?」

「嬉しいのは椿でしょ!!曲解が酷い!!」

「坂下さんの言う通りだよ。煩い」

「隼人に言われるとむかつく!!」

「まあまあ、若菜落ち着いて。隼人くんも来たことだし頼もうよ、隼人くんなに飲む?ビール?」

「飲んでて良かったのに。俺車だから飲まないよ」

「あれ?隼人くん車で来たの?」

「ラッキー!!帰りはホテルまで車で楽々だね!!」

「ついでだからね。坂下さん送っていくついでに乗せていってあげるだけだよ」

「わかってるってー」

「だからね、みんなは飲んで良いよ」

「わかったよ、隼人くんありがとう」

「それじゃあ先輩飲んでください。私が運転しますよ」

「え、なんで?良いから良いから」

「でも疲れてるのにわざわざ来てくれましたし予約まで……」

「全部俺がしたかったからしただけだよ」

「そ、そうですか……?」


 椿もいつかこいつらみたいに遠慮なくなんでも言ってくれるようになるかな。そう思いながらメニューを開いて椿に見せる。ビールで良いだろうけど他にも追加で頼むかなと思ってどうすると聞こうと椿を見るとなぜか顔を真っ赤にしていた。


「あれ?暑い?」

「い、いえ……」


 俯く椿が小さい声で呟く。


「あの……先輩の匂いが……」

「え?おかしいな……シャワー浴びてきたんだけど臭う?」

「い、いえ……良い匂いです」

「え……」


 肩まで真っ赤になっていく椿に俺は固まる。


「つーばーきー!!」

「え、な、なに?」


 暴れてる若菜を慌てて宥めようとしてる椿をぼんやり眺める。どうやら俺のシャンプーの匂いを気に入ってくれたらしい。椿が良いと思ってくれるならなんだって嬉しい。それにしても真っ赤だ。美味しそ……じゃなかった。ふと昴と目が合って目で会話する。


『いかがわしいこと考えないで』

『嫌だな、考えてないよ』

『隼人くんの考えてることなんてお見通しなんだよ』


 俺の中のライオンにまだお前の出番はないんだよと言って追い払う。だけど椿が可愛すぎる。ゾクゾクする。……おっと、昴に目を細められる。どうどう、なんにも考えてないよー。


「もう!!暴れちゃ危ないでしょ!!」

「むー!!椿が怒ったー!!」

「怒ってないよ!!お皿とか危ないでしょ」

「そんなことより良い匂いするー?」

「そんなことって……匂い?するよ、いつもの甘いのでしょ?」

「良い匂いー!?」

「う、うん。いつも通り……」

「わーい!!」


 椅子を椿のそばに寄せて顔を近付けて言う。


「坂下さんも良い匂いがするね」

「きゃあ!!」


 そう叫ぶと口をパクパクさせる椿。


「もう!!なんなんですか!?」

「ごめんごめん。でも良い匂いがするよ。坂下さんも香水?」

「い、いえ、ただの制汗剤です……」

「坂下さんらしいね」

「そ、そうですか」


 可愛い椿を見つめていると昴が呟く。


「どうしよう……。ここ僕以外変態と天然しかいない……。ねえ!!とりあえずなに飲むか決めよう。隼人くんも食べ物決めてね」


 なんだよ、ただ匂いを嗅いでみただけで触ってないだろ。椿に近付くなとばかりに俺の腕を引っ張って俺にメニューを見せる昴。小声で獣と呟いてからいつもの調子で椿にビールで良いかとか若菜にカシスオレンジで良いかとか聞く昴。目が笑ってない。

 そして運ばれてきた料理を小皿に取って食べる。


「それにしても隼人くん少し遅かったね。合間に返信くるくらいだから途中で抜けてくるのかと思ってたよ」

「暇人ー」

「暇じゃないの。正式にコーチしてるわけじゃないから自由にやってるだけ。途中で帰っても良かったんだけどがっつり見れるのもあと少しだからちょっとちゃんと見てあげようと思って」

「「あと少し?」」


 椿と昴の声が重なる。なんで椿とハモるんだよ昴のくせに、と思いながら答える。椿にいつどう言おうか悩んでいたけどこういう自然な流れなら若菜もいるし話しても大丈夫かもしれない。


「うん、1ヶ月半くらいだけなんだけど出張になって」

「そうなんだ?どこ?」

「ロサンゼルスだよ」

「海外出張?さすが隼人くん」


 出張に行くことは一昨日決まって椿にどう切り出そうと考えていただけで昴にはまだ話していなかった。3日くらい空けて連絡するようになったからでもあるけど。


「カリフォルニア!!おばあちゃん!!私も行きたい!!会いたい!!ってか早く帰ってきてほしい!!」

「遊びにいくわけじゃないよ。それにまだ帰省したばかりでしょ。戻ってくるまで1年もあるよ」

「でもアンナさんもホームシックだから早く日本に帰りたいって言ってるらしいよ」

「向こうがホームだろ」

「違うよ!!アンナおばあちゃん18才の時お嫁に来てほとんど日本に住んでるもん!!」

「だからこそおじいちゃんが生まれ故郷を大切にしようって言って期限付きで帰省してるんだろ」

「この前西海岸で日光浴してる写真を載せて、寿司とか着物とか人力車とか畳とか単語だけがいっぱい書かれたハガキが届いたよ」

「それ俺の所にも届いた。向こう楽しんでるのか日本が恋しいのかわからないよね」


 空港で言っていた通りポストカードを送りつけてきたおばあちゃん。ちらっと見てどこかに置いてそのままになってる。


「でもなんだかんだで楽しんでるみたいで良かったよ。出発する時ずっと若菜の手握ったまま大号泣だったからね」


 椿は俺たちが話してる間ボーッとしてしまっている。そんなにショックを受けるなんてもっとちゃんと2人きりの時に話せば良かった。やっぱり気にしないことないじゃないか琢磨たちの馬鹿。そう思ってると若菜が椿の肩を叩く。


「つばきー、たった1ヶ月半でしょ。私と昴となんて半年以上も会ってなかったんだけど?それより短いのにそんなにショックなのー?」


 若菜の言葉を聞いて現実に戻ってきたらしい椿が泣きそうな顔になってしまった。


「すぐにってわけじゃないよ。お盆明けて金曜日仕事して土曜日休みで日曜休日出勤してから月曜日に出発」


 まだ時間があるって言いたかったのに椿はそれをもうすぐって言うんですと呟いて俯いてしまった。どうしよう。思ってた以上に落ち込んでしまった。どうにかしなきゃ……どうしよう、と昴に助けを求める。


「まあまあ、坂下さん元気だして?1ヶ月半なんてすぐだしメッセージアプリも使えるよ?なんの問題もないよ」

「そうだよー!!時差16時間あるから仕事終わりに連絡すれば向こうは深夜!!嫌がらせにはもってこい!!」

「……連絡しない方がいいですね」


 昴のフォローに若菜が余計なことを言って椿が余計に落ち込んでしまった。どうしたら良いのかと考えてふと思い付く。椿の悩みを知って解決してからもう一度付き合おうと思っていたけどそんな悠長なことをやってられない。今すぐにでも椿の彼氏になろう。そうだ、それが良い。きっと椿は今の恋人未満友達以上……いや、恋人未満先輩後輩以上?の微妙な関係に不安になっているに違いない。だってこんなに俺のことが好きなんだから。アメリカで俺が他の女の子と仲良くしても彼女じゃないから文句言えないって母さんみたいな気持ちになってるのかも。そうだよ、それなら俺はちゃんと椿のものだよって伝えてから出張に行くべきだ。椿の悩みはこの1週間で考えて最終的にはもう当日直接聞こう。はかない恋ってどういうことって。


「若菜っ」

「間違えたっ!!ど、どうしよう昴!!」

「まったくもう……」


 若菜が馬鹿なことをしでかしてる間に急いで考え付いた結論を伝えるために俺は椿を見つめる。


「坂下さん」


 声をかけると俯いていた椿が顔をあげてくれるから俺はゆっくり言う。


「来週の土曜日はこの前と同じ公園に行こう。それで大事な話をしたいんだ。良いよね?」

「え?は、はい」


 きょとんとする椿の頭を撫でようとすると昴に邪魔されてまたしても引っ張られる。なんだよ、と言おうとすると耳打ちされる。


「隼人くん、わかったの?」

「わからない。この一週間で考えるんだよ」

「了解。僕たちもあとで話したいことがあるんだ」

「わかった」


 今日のこの短時間でなにかわかったんだろうか。そう話してる間に若菜は鞄を漁って携帯を取り出した。


「別の楽しいことを考えたら良いんだよー!!お揃い!!」

「う、うん、そうだね」


 携帯にパンダのストラップがついていた。買ったのかな?椿は少し笑って鞄から同じ色違いのストラップを取り出した。


「へー、可愛いね」


 俺がそう言うと椿はそのストラップを見せてくれた。緑の洋服を着たパンダのストラップだ。パンダ……椿……とストラップと椿を交互に見る。パンダと椿のコラボレーションだ。パンダも可愛いけどやっぱり椿の方が可愛いと思ってると若菜が大声を出す。


「お揃いなの!!羨ましいでしょ!!」

「お揃い……。んー……」


 お揃いはしたいけどまずはもっと違うプレゼントがしたい。もっと椿が喜んでくれるような。お揃いももっと違う形で椿がとびきり喜んでくれるものが良い。


「思ってた反応と違う!!変なの!!」

「若菜がどや顔で羨ましいでしょって言うのはムカつくけど順番ってのがあるの」

「順番ってなにー?」

「わからなくて良いよ」

「あ!!いらないいらない!!」


 お揃いじゃなくて椿になにかプレゼントがしたい。1ヶ月半会えなくても少しでも椿が寂しくならないように、笑っていてくれるように。そう思いながら若菜が嫌いなレバニラ炒めを小皿に取って若菜の前に置く。


「昴あげる!!」

「僕はいいよ」

「椿あげる!!」

「え、私もいいかな。お腹いっぱいだし……」


 若菜なんてほっとけば良いのに絶望と顔に書いてある若菜に優しい椿は慌てる。


「や、やっぱりまだお腹いっぱいじゃなかったかも!!若菜、ちょうだい!!」


 椿は若菜に甘すぎる。落ち込む椿をストラップで笑わせたのも安心したけど若菜が笑わせたと思うと悔しい。やっぱり椿は若菜の方が良いんだ。悔しいから若菜には1人で食べてもらおう。まだ残っているレバニラ炒めを取って椿にあげる。


「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 そう言って静かにレバニラ炒めを食べる椿。同じように黙って食べ始めた若菜に何度も目で訴えられた昴もため息をついてから一緒に食べてた。

 そして19時半前、そろそろ帰らないと21時までに椿を送り届けられないと思って、俺はそろそろ帰ろうと声をかける。伝票を手にして見ると小籠包の数がおかしなことになっていた。


「なに?この小籠包の数……」

「私ー!!美味しかった」

「ああ、そう……昴、半分出してくれる?」

「うん、もちろん」

「あ、私も……」


 まあ、若菜だろうなとは思っていた。想像通りの答えにほぼ若菜が食べたなら昴の財布から半分出させよう、決してケチなわけではない。そう思っていると椿が鞄から財布を出そうとして止める。


「ご飯は出させてくれるんでしょ?」

「でも今日は2人じゃないですし……」

「払うって言ってるんだから良いのー!!バスケばっかでこういう時にしか使わないんだから!!むしろブランドの高いバッグとか買わせたら良いよ!!」

「欲しかったら買うよ」

「だ、駄目です!!」

「じゃあこれくらい良いよね」

「あ……」


 昴からお金を受け取った俺は少し前からレジに待機してニコニコしてるこの店のオーナーに苦笑いしながらレジに行く。


「ごちそうさまでした。美味しかったです」

「ありがとうございます。黒髪の子が隼人くんの彼女なんですね」

「これからですよ、彼女になるのは」

「そうなんですね」


 会計をしながら若菜に腕を組まれて店の外に歩いていく椿を見る。椿を悲しませたくない。若菜じゃなくて俺が椿を笑顔にしたい。どうしたら椿は笑ってくれるんだろう。

 俺はオーナーにもう一度お礼を言って店を出た。





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