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運命のカミーリア  作者: 柏木紗月
社会人編
118/136

花言葉



「あれ?眼鏡はずしたんですか?」

「うん。どれが一番良いかなって思って」

「どれが一番……?なんのことですか?」

「髪下ろして眼鏡をかけてない時と、かきあげて眼鏡をかけてる時とはずしてる時、どれが良いかな?」

「……え、私がですか?」


 椿以外に誰がいると思ってるのかな。そういうところも可愛い。この前は車を降りても眼鏡をかけたままだったからどれが一番かっこいいと思ってくれるのか聞いてみる。


「ど、どれでも……」

「どんなでもかっこいい?」

「……またからかっただけですね!?かっこいいですよ!!これで良いですか!?」


 怒った椿も可愛いなと思っていると椿は歩いていってしまう。でも少しだけで歩いたところで振り向いた。


「もう、いつまでも笑っていないでください。まずどっちに行きますか?お花畑?噴水?」

「じゃあ花畑の方からゆっくり見ていこうか」

「そうですね、じゃあ行きましょう」


 花畑には色とりどりの花が咲いていた。椿はそれを綺麗綺麗と呟きながら歩いてる。


「そういえばこの前間宮さんが営業先からドライフラワーのリースをいただいてきたんですよ。オフィスに飾ってるんです」

「そうなんだ。なんの花かわかる?」

「確か……センニチコウです」

「へー、良いね」

「すごく綺麗です。そうそう、間宮さんが花言葉を教えてくれたんです。それが「変わらない愛」え、知ってたんですか?」

「うん。間宮さんに教えたの俺だからね。覚えてるとは思わなかったけど」

「そうだったんですか?あ、そういえば知り合いに聞いたって言ってました。先輩のことだったんですね」

「間宮さん余計なこと言ってなかった?」

「え?……特に言ってなかったと思いますけど」

「そう、なら良いんだ」

「その時に若菜の家ってお花がたくさん飾ってあったのを思い出したんです」

「うちもだよ。母さんたち昔から花が好きでね。花言葉とかも詳しいから俺も自然に覚えて」

「そうなんですか。なんだかお花に囲まれてるって素敵ですね」

「そうなのかなー。でもまあ俺も好きだから良いんだけどね」

「あ、だから公園巡りが好きだったんですね」

「ん?まーそれもある……かな。親父もなにかあるとすぐ花を買ってくるから母さんがこの花言葉はあれこれだって喜んで」

「素敵ですね!!憧れちゃいます!!」

「坂下さんはなんの花が好き?」

「私そんなに詳しくないんです。あ、でも今は咲いてないですけどあの花は好きです」


 椿はそう言って少し離れた場所に植えてある咲いていない花を指さす。


「月下美人ですよね。この時期よくここで見てました。夜に咲くんですよね」

「うん」


 椿はなにか思い出してるみたいで今は咲いてない月下美人をじっと見つめてる。この花になにかあるのかな。


「先輩、月下美人の花言葉は知ってますか?」

「……月下美人の花言葉は"はかない恋"だね」

「……そうなんですね」


 そっか、と呟く椿。寂しいのか悲しいのかホッとしてるのかわからない椿の表情にこれが椿の悩みに繋がるヒントだと確信した。


「坂下さん?」

「どうしました?」

「いや、どうしたの?」

「どうもしないですよ。むしろすっきりした気分です」

「……」


 はかない恋ですっきりした気分とはいったいどういうこと?俺とのってこと?付き合ってた時間、終わってしまった時間があっという間だったってこと?いや、そもそも俺と椿は想い合ったまま別れた。俺とのことを指してない?俺のあとにやっぱり好きになった人がいて失恋してしまったとか?


「先輩?行かないんですか?」

「あ、ごめんね。行こう」


 椿はいつもの表情に戻っていた。わからない。ヒントは見つけたけどどういう意味なのかはわからないままだ。

 花畑を過ぎたところにある緑道を歩こうとしたら椿が立ち止まった。


「この時期はここでよくアイスを買って食べてましたよ」


 アイスを移動販売している車を指さして椿が言う。


「そうなんだ。食べる?」

「先輩も食べます?」

「そうだね」


 椿はストロベリーのアイス、俺は抹茶のアイスを買った。カップに入ったそのアイスを手に歩き出す。


「あの、先輩……」

「ん?」


 俺が財布を鞄にしまっていると椿がそわそわしながら声をかけてきた。買い食いもご飯のうちに入るんだから文句もすみませんも聞かないよ。


「えっと、ありがとうございます」

「うん」


 ぎこちないお礼だな……。慣れたら自然になるかな。当たり前になると良いな。

 アイスを一口食べる。うん、甘くないなんの変哲もない普通の抹茶アイスだ。でも椿と一緒だからすごく美味しい。


「美味しい!!冷たい!!」

「うん、美味しいね」

「先輩、それなら食べられますか?」

「そんなに甘くないし、それに全く駄目ってわけじゃないから。あ、でもそういえば昔食べたあのアイスは甘かったなー」

「どんなのでした?」

「コンビニに売ってるパキッて真ん中で割れるやつ……わかる?名前なんだったかな……」

「え、わかりますわかります!!先輩食べたことあるんですか?すごく美味しいんですけどすごく甘いんです」

「そう、だから一口食べたら昴に返したよ」

「え?結城くんにですか?」


 高校3年の時に若菜が食べてたアイスを奪って食べたアイスは甘かったと思い出す。


「それ、若菜が結城くんと食べたがってました。高校2年の時なんですけど、テストにやる気が出ないって言う若菜に結城くんが賭けを提案したんです。負けた方が勝った人の言うことをなんでも聞くって。それで若菜はそのアイスを結城くんと食べたかったんですけど賭けは結城くんが勝って、でも結城くんは若菜が食べたがってたアイスを食べようって、そうそう!!僕の願いは若菜がしたいことを叶えることだからねって!!かっこよかったんですよ!!」

「……かっこよかった、ね」


 昴……なんで俺の椿にかっこいいと思われてるんだ。


「……先輩?どうしたんですか?」

「なんでもないよ。そういえばそれ食べたら若菜がすごい怒ってきたよ」

「……あ!!もしかして!!」


 怒って走り去っていったな、ただのアイスなのに。


「もしかして若菜のアイスを食べちゃったんですか!?」

「たまたま部活帰りにコンビニの入り口に昴たちがいるのを見かけて、暑かったから若菜が持ってたアイスをもらっただけ。昴はもう食べてたけど若菜は両手に持って見てるだけだったから。でも一口食べたら甘すぎて若菜に返したらいらないって突き返されたから昴に渡したんだ」

「な……」


 俺がそう言うと椿は口を開けたまま固まる。アイス落とさないかな、大丈夫かな。


「それは酷いです……残酷です……」

「え、そんなに?」

「そうですよ。いくらなんでも酷いです。あれはただのアイスじゃないんです。ジンクスがあったんです」

「ジンクス?」

「はい。そのアイスを好きな人と一緒に食べれば喧嘩しても仲直りしてずっと一緒にいられるって!!」

「あー、それであんなに。でも泣くほど?」


 自分のことじゃないのに悲しそうな顔をする椿。あんな甘ったるいチビザル厚化粧くっつき虫妖怪のために悲しむことないのに。


「泣くほど食べたかったんですよ。でも仕方ないですね」

「ふーん。……そうだ、こっちも食べる?」

「え?」


 若菜の話はもう良いや。女の子が好きなシェアをするチャンスだ。


「溶け始めてるけど」

「い、いいです」


 緑道は涼しいとはいえ夏真っ盛りの7月だ。溶け始めてしまっている抹茶アイスをスプーンに乗せて椿に差し出すけど椿は勢いよく首を横に振る。


「若菜とはよく食べ合ってるんでしょ?」


 若菜とできて俺とできないことなんてあるはずない。


「若菜と先輩は違いますから!!」

「甘いもの苦手だからこれならあげられると思ったんだけど……」

「せ、先輩……」


 若菜と俺は違うらしい。でもせっかくのチャンスなのに。あーんして食べさせたかったのに。


「じゃあいただきますね……え?」


 やったー。椿がその気になってくれた。スプーンを持つ俺の手に伸びてきた椿の右手をさらっと避けて椿の口元に持っていく。


「はい、あーん」

「な、自分で食べますから!!」

「はい」

「……」


 どうしてもあーんしたくて差し出し続けてると椿は顔を真っ赤にしながら目を閉じてゆっくり口を開けるからそっとその小さな口にスプーンを入れてみる。ヤバい、ヤバいヤバい。可愛すぎる。そう思ってるとスプーンを咥えたまま目を開けた椿との目が合う。ひぃ!!自分の体温が急上昇するのがわかった。狙ってるの!?いや天然だ!!恐ろしい天然だ!!


「うん、美味しいです!!濃い抹茶ですね、食べたことなかったんですけど美味しいです!!……て、先輩?どうしたんですか?」


 恐ろしい……天然恐ろしい。可愛すぎる。


「で……」

「で?」

「電話……昴に電話しなきゃ……」

「え?結城くんですか?なんでですか?」


 帰ったらすぐ昴に電話しよう。決めた。そう思ってると椿がじっと俺を見ていた。


「……あ、え?どうしたの?」

「いえ、どうしたのは私が聞きたいんですけど」

「なんでもないよ」

「……そうですか?」


 暑いのに余計に暑くなってしまった。椿に邪心がバレないようにしないと。そうだ、ちょうど良いところにアイスがあるじゃないか。体温を下げよう。残ってるアイスを食べる。食べ終わったと同時に椿が少し先のベンチを指さして上擦った声で言う。


「あ、あのベンチに座ってぼーとしてることもありましたよ」


 俺も座ったあのベンチだ。近くにあるゴミ箱にカップのゴミを捨てようとしたら椿も食べ終わったみたいだから一緒に捨てる。


「俺もだよ。自然の良い香りがするよね」

「そうですよね。……なんだかやっぱり不思議です。こんなに地元から離れた場所なのに同じ場所に来て同じものを見て同じことを感じてたなんて」


 椿の言葉に嬉しくなる。まさに俺もそれが嬉しい。同じ場所に来て同じものを見ていたんだな。


「す、座りますか?」

「うん、そうだね」


 3人くらい座れそうなベンチにあの頃と同じように肩が触れるくらいの距離に座る。


「なんか懐かしいね」


 思わず昔のことに触れてしまう。言ってから忘れてるかもしれないんだったとヒヤリとする。


「わ、私もそう思いました……」


 だけど椿も覚えてて思い返していたみたいだ。


「ここでどんなことを考えてたの?」

「え?たいしたことじゃないですよ。大学の講義のこととかバイトのこととか。先輩はどうでしたか?」

「そうだなー。ここに来たかなーとかこの景色を見たかなーとかこの香り感じたかなーとか」


 確信してたから疑問系ではなかったんだけどそれは今は言わない。


「どういう意味ですか?」

「教えない。……まだわからないから」


 さっきの花言葉の意味、あの意味がわかればなにか掴める気がするのに。すぐにでももう一度付き合って俺の気持ちを全部椿に伝えたいけど椿の悩んでることが解決しないとできない。横を向いて椿を見ると目を瞑って気持ち良さそうにしていた。確かにこの自然の香り、穏やかなそよ風、どれも気持ちいい。あの頃と同じようになにも話してないのに心地良い。想像じゃない、過去の思い出でもない、本物の椿が俺の隣にいて幸せそうに微笑んでる。穏やかな時間がゆっくりと流れていて早く椿の悩みを解決しなきゃとかどうしたら椿が遠慮しないで俺のそばにいられるのかとかずっと考えて焦っている気持ちがすっと落ち着いてきた。もちろん椿の悩みを解決しないといけないけど今隣にいる椿との時間1分1秒が大切だ。俺も目を閉じてこの穏やかな時間に幸せを感じる。







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