昴の見解
そして食べ終わった俺と昴は引き止めようとする母さんを対照的にあしらって部屋に入った。
「で?どう思った?昴の言う通りにしたし文句ないだろ?やっぱりあの後若菜が騒いで協力できないか?」
「ううん。なんの文句もないよ。協力するよ、できることはだけど」
「若菜騒がなかったのか?」
「いや、だいぶ機嫌悪くなって大変だったよ」
「ならどうして?」
「んー若菜の嫌がることはしたくないのは確かなんだけどそれ以上にあんな隼人くんを初めて見たからかな」
「この前から初めてのことばっかりだろ」
「そうだね。でも自分で気付いた?坂下さんを見てる時の隼人くんすごく優しく笑ってたよ。僕たち家族といる時とも、もちろん外で見せる笑った顔とも違ってすごい幸せそうだった。隼人くんって口では全部めんどくさいって言ってるのにわざわざ面倒なことしてよくわかんないって思ってたんだよね。周りから距離を置きたいならもっと楽な方法がいくらでもあるのに。面倒事に巻き込まれたくないって壁を作ってるわりに困ってる人がいたら放っておけなくて助けちゃうでしょ。言うこともやってることも酷いはずなのに良い人な感じが出てくるからちぐはぐで、自分を抑えつけてるのがやりづらそうだなって。だから言いたいように好き勝手できる家族といる時が一番楽なんだろうなって今までずっと思ってたんだけど今日それが隼人くんの本質じゃないんじゃないかって思ったんだ。隼人くんどうせはっきり覚えてないだろうけど、美香さんが割れた食器で指を切った時もすごい心配っぷりだったし若菜が誘拐されたんじゃないかって時一番に飛び出して探し回ってたよね。美香さんの時は傷が治るまで料理させないようにしたり、若菜の時は結局1人で散歩に行ってただけだった若菜に激怒していつもの口喧嘩になったし隼人くんの優しさってわかる人にはわかるけど伝わりにくいでしょ。僕たち家族は慣れてるというか隼人くんが本当は優しくて面倒見が良くて心配性だって知ってるから遠慮なく衝突できる。でもひねくれないでまっすぐ隼人くんの良いところを出せる場所も必要だったんじゃないかなって、それが坂下さんなんじゃないかって思ったんだ。際限なく優しくしたい、大切にしたいって表情にも言葉にも出てたよ。隼人くんが一目惚れして運命とまで言い切るのがわかった気がする。自分を抑えることもしないで、ぶつけるわけでもなく優しさを全部注いで純粋に受け入れて素直に反応を返してくれる相手をずっと今まで求めてたんじゃないかな。と、隼人くんと坂下さんを引き合わせて隼人くん自身よりは隼人くんをわかってる僕が感じたことを話してみたよ。若菜はもちろん好きだけど僕は隼人くんも好きだから幸せになってほしい。だからそういうことなら協力しない理由がないんだよ。それに坂下さんも良い感じに見えたし」
「……そうか。椿はどんな感じだったんだ?」
「最初は若菜がすごい機嫌悪いもんだから機嫌とるのに苦労しててね、ケーキで機嫌とったら今度は隼人くんのこと知らないって言ったじゃんって詰めよってきて「可哀想に」まあ予想の範囲内だったけどね、坂下さんが名前も知らなかったくらいで知り合いと呼べるほどではないって答えたらお礼ってなにって聞いてきた若菜に僕が隼人くんに聞いてたのと同じことを話してくれたよ。良かったよ、隼人くんの妄想じゃなくて」
「そんなわけないだろ」
「実際には見ただけで話したのは頭の中だけだったらどうしようかと……」
「良いから続けろ」
「はいはい。でも完全に温度感は違ったよ。荷物を運んでる途中で会って成り行きで手伝ってもらっただけって一言。ただ真面目だからお礼を言い忘れたことを気にしてただけみたいだね」
「良いんだよ。理由がなんでも探し回ってくれてたんだろ?」
「また都合よく解釈してる。そういうとこだよ。探し回ったとは言ってなかったでしょ」
「でも言わなかっただけかもしれないだろ」
「はいはい、そうだね」
「俺のことはなんて話した?」
「なに話そうかなって考えてたんだけど必要なかったよ。坂下さんから隼人くんの名字はなんていうのとか、バスケ上手でかっこよかったって」
「本当か!?」
「バスケしてるところがだけどね」
「なんでも良いだろう。やっぱり椿も俺のことが「それはどうかなー」なんでだよ」
「若菜があんな極悪男を好きになっちゃ駄目って言ったら会ったばかりだからわからないよってはっきり言ってたよ」
「それはきっと無自覚だな」
「んーまあわからないからなんとも言えないけど隼人くんのこと優しかったって言ってたよ。今日みたいな感じでこの前も接してたんだろうからわかる気がした。あれは優しいって感じるよ」
「そうだろう。お前が言うようなことにはならないからな。現に椿と話す時は冷静だったしなんの問題もなかっただろ。椿と話すとすごく穏やかな気持ちになれるんだ。そうだ、椿と話してる間は穏やかでいられたのに椿が離れたら鼓動が早くなってまた落ち着かない感じになって家に着いたらイライラしてきたんだ。きっと椿がそばにいないと駄目なんだ。だから普段の生活で直さなくても椿の前なら落ち着いて話せるから大丈夫だ」
「なにその理屈……。厄介だね。坂下さんの前だと好青年なのに他では暴走するなんて。でも普段から直さなくて良い理由にならないよ。今まではほんの少し話しただけだからボロがでなかったんだよ。若菜が嫌み言ってきたらいつもの調子で返したでしょ。坂下さん、あれ?って顔してたよ」
「しまった……。間違えたと思ったんだよ」
「ほら、若菜がネックだね。若菜がいつも通り喧嘩売ってきたら買っちゃって暴言はくでしょ。自分と話す時と全然違うって驚くと思う」
「本当に邪魔な女だな……」
「それだよ、女って言わないでってば。坂下さんを指す時だけ女の子とか使ってるね。逆に器用だけどいつまでもできるとは限らないよ。品行方正もかなりの頻度でボロが出てるんだから。ちゃんと普段から直すの。はい、ちょっと話すのに夢中で注意してなかったけど今から丁寧に話して」
「必要ないって言ってんだろ……」
「言ってるでしょ」
「……必要ないって言ってるでしょ」
「うっかりして坂下さんに嫌われて良いの?今のままじゃうわべだけ繕ってるだけだよ。心を入れ替えて本当に良い人にならないと」
「お前さっきは「お前は駄目だって」……本当の俺は優しいって言ったばっかりだ……でしょ」
「優しいけど酷い人だっていうのも変えようのない事実だよ。考え方が酷いんだよ。平気で騙すし脅してくるし」
「椿にはしないんだから良い……でしょ……でしょっておかしくないか?」
「じゃあなんでも良いから優しい感じに変えて良いよ……。坂下さんにしないっていうのはわかるよ。けど、さっきも言ったけど坂下さんの前だけで繕っても駄目だってば。例えば僕が隼人くんや家族の前とは違ってクラスメイトには横暴な態度とってる所をたまたま見たらどう?」
「んー全然想像できない」
「まあそうだろうね。でもどっちが本当なんだろう、自分は騙されてるんじゃないかって疑問に思うんじゃないかな。疑い始めたらそういう目でしか見れないと思うんだよね。若菜に乱暴してる隼人くんを見たら本当は酷い人なんじゃないか、自分は騙されてるんじゃないかって」
「んー……そうか。でも若菜に丁寧に話せる気がしないし……。突っかかってくるんだからムカつくだろ」
「ムカつかないよ。でもいきなり柔和に接するなんて無理か……。せめて言葉だけでもやんわりさせてみたら?」
「どうやって?」
「そうだねー……。煩いって言葉使ってほしくないけどいつもは、うるせえんだよって言ってるところを煩いなって言うだけにするとか。ちょっとだけで良いから変えてみたら?」
「それくらいなら良いか……」
「じゃあ練習ね。隼人の極悪男!!椿に近付くな!!あっち行け!!椿が汚れる!!」
「おい、お前は椿を名前で呼ぶな」
「……。っていうか隼人くんが坂下さんを名前で呼ぶのもおかしいから」
「そんなことないだ……よ」
「……なんていうか前途多難。坂下さんもいきなり名前で呼ばれたら不快に思うかもよ。隼人くんだってよく知らない人に名前で呼ばれたら嫌でしょ。仲良くなってからにしないと」
「確かにそうかもしれないけど……」
「それもうっかりしそうだね。普段から坂下さんって呼ぶようにしたら?」
「んー……。わかった。カミーリアにしよう」
「……なに?」
「英語。椿は英語でカミーリアだ……から」
「えー?わざわざ調べたの?」
「調べなくても普通にわかるだろ……間違えた」
「プッ……」
ここで吹き出した昴が腹を抱えて笑い出した。笑われてる理由がわかるから俺もイライラすれば良いのか自分の駄目さ加減に呆れれば良いのかわからない。
「笑いすぎだ……」
「ふっ、ごめん、いや、あはは」
話にならないから仕方なく昴が落ち着くのを待つことにした。
「いやーごめんね。でも外でやってるようにやれば良いだけなのになんでそんなにできないの……」
「外でやるのと家族にやるのとはまったく別なんだから仕方ないだろうが……仕方ないんだよ」
「ふふっ……もう要練習だね。で、なんだっけ?そうそう、英語だね。全然日常にも例文にも出なさそうな英単語をすぐにわかるのもさすがだね。でも言いづらいでしょ」
「そんなことない。俺のカミーリア、可愛いカミーリア、カミーリアは今日も可愛かった……」
「うん、隼人くんがそう言うなら良いけど」
「でも椿って響きも捨てがたい……。それにカミーリアは可愛い響きがするから秘密な感じにしたい。こっそり楽しみたいしな。……椿のことを考える時は椿、昴と話す時はカミーリア、本人には仕方ないから名字、そうだ、若菜と相対する時はどうしよう……」
「だからなんでそう複雑化するの?絶対わけわかんなくなるよ」
「時と場合によることにしよう。……わからなくならないだ……ならないよ、それくらいの緊張感があった方が言葉もうっかりしないかもしれないだろ。あ、そうだよ、カミーリアと話してると天然に影響されて俺までふわふわするからそれくらい気を付けることがある方がうっかりしないんじゃないか?我ながら良い考えだ」
「うん、もうなんでも良いよ」
よし、これであとは椿との仲を深めるだけだな。
「あ、そうだ」
「どうした?」
そろそろ話も切り上げないといけない時間かと思ったけど昴がなにかを思い出したようだ。
「帰り際に若菜がお手洗いに行ってる間に坂下さんにこっそり1ヶ月以上も前に会ったのによく隼人くんのこと忘れてなかったねって聞いたんだけど」
「忘れるわけないだろうが」
「もう直すの止めちゃってる……。でね、聞いたらね、なんて答えたか聞きたい?」
「なんでもったいつけるんだ。……良いから、なんて答えたの?」
「それは忘れないよ、初めて見た時綺麗な人だなって思って呆けちゃったからって」
「それを早く言え!!惚けちゃったなんてもろに好きってことだろうが」
「そっちじゃないよ。呆然としちゃったって意味の呆けちゃっただよ。そっちの意味だったらもっと浮き足立ってる感じになると思うもん。口を開けたままぼんやりしちゃったって言ってたよ。僕が言いたいのは隼人くんその顔で良かったねってこと。ただ優しいだけだったら忘れられてたかもよ」
「やっぱり最近俺にだけ当たりが強いな」
「あー、あとね」
「まだなにかあるのか?」
「明日部活休みなんでしょ?中間テストの勉強教えてほしいんだけど」
「……仕方ないな。範囲どの辺?」
急な方向転換だったけど椿のことで頭がいっぱいにしたいのは山々だけど仕方がない。俺は昴が苦手な数学の去年の教科書を本棚から取り出してパラパラ開く。
「あ、この辺りだよ。えっとね、こっちのページからここまで」
「わかった。明日の午後までに練習問題作っておいてやるから」
「ありがとう。やっぱり隼人くんに教えてもらった方がわかりやすいし捗るんだよね。隼人くんは先生に向いてるよー」
「今度は煽ててくるのか。仕方ないやつだな」
「あ、あと他の教科も」
次々に他の教科のテスト範囲を伝えてくる昴に呆れながらどんな問題を作ろうかと考える。
本棚から教科書を自分の物かのように取り出し付箋をペタペタと貼っている昴を呼ぶ。
「んー?なにー?」
「ありがとう」
「僕役に立つでしょ?」
「ああ、悪かったよ。気にしてたのか」
「んーそこそこね」
伝え終えた昴はじゃあよろしくね、と言って部屋から出ていった。




