本人確認
『今日は聞きましたか?』
『まだ』
『いつ聞くんですか』
『まあ待て』
4月に入って5日が経った。月曜日に間宮さんに会って毎日同じメッセージを送ってはまだ聞いてないと返される。聞く気があるのだろうか。いったいどういうつもりなんだ。
「家族だけじゃなく大学時代の先輩まで俺をいじめるんです」
「そっかそっか。それは酷いね」
俺は今俺の歓迎会をしてもらっている。支社でも飲みに行くことがあったけどそれとは違い大人数だ。営業と総務、合同で結構な人数が集まっている。俺は隣に座っている渡辺さんに人でなしの間宮さんの話をしているところだ。
「佐々木くんって見た目と違って一途なんだね」
「平岡さんは俺のことをなんだと思ってたんですかー!!」
「見た目通りのプレイボーイみたいな?」
「しくしく……椿一筋なのに」
「よしよし。なんだか印象変わるなー」
「本当ね」
渡辺さんと平岡さんは同期でプライベートでも会うほど仲が良いらしい。
「ちょっと、そこのアラサー2人、若い男を食い物にするなよ?」
幸村さんがお酒を持って正面に移動してきた。
「なんですかその言い方!!どうせアラサーで独身ですけど?」
「若いイケメンと仲良くなってなにが悪いんですか?なにも色仕掛けなんてしませんよ。色気ないですから」
「佐々木くんなんて端から望み薄だし。というか今日の話聞いて全力で応援したくなったわ」
「野次馬根性ですかね。お節介もいきすぎると鬱陶しがられるのでほどほどに」
「花宮くん?野菜も食べないと大きくなれないわよ」
「お姉さんたちがお節介焼いてあげる」
「部長ー渡辺さんと平岡さんが部下をいびってきます。どうにかしてください」
「おー渡辺さんも平岡さんも花宮くんは偏食だから気にかけてやってくれ」
「「はーい」」
「ひど……」
「花宮頑張れ。部長もわかってて楽しんでるだけだからな」
「そういうなら幸村さんが助けてください」
「まあ頑張れ。佐々木、水にするか?」
「いえ、焼酎で。……どうして椿なのに、絶対椿なのにここに来て阻まれるんですか」
「確実な証拠を見つければ良いんじゃないか?」
「写真とかさ、ないの?」
「俺が持ってたらいかがわしいことに使うからって幼馴染みに奪われました」
「1枚だけ返してもらうとかできないのか?」
「んー無理だと思います。昴も椿が友達として好きだから」
「そこをどうにかしてさ。間宮さんって話聞いただけだけど相当手強いよ。のらりくらりが」
「大学生の時も飄々としてました。世渡り上手というか」
「写真見せてこの子ですよねって言うのが確実だと思う。それかトリトマで待ち伏せ」
「それしたら嫌われそうですー……」
「そうねー……それは再会してからの方が良いんじゃないかな」
「そのあとはどんどん押しちゃえ」
「おばさんたちヒートアップしてますね」
「おばさんだとー!?」
「花宮くん、お姉さんでしょ?明日からフォローしないわよ?」
「職務怠慢です部長」
「おー頑張れー」
「部長どんどん雑になってますよ」
「じゃあ成瀬が向こう行って取り持ってこい」
「ま、私も佐々木くんと話してみたかったんですよね。……佐々木くん、僕川口くんの旅行同好会仲間なんだ」
「ああ!!川口さんの知り合いって成瀬さんのことだったんですね」
総務課長の成瀬さんは1、2度話しただけだった。川口さんのことが懐かしくなっていつの間にか川口さんのおかしな人寄せの話をしていた。
そして家に帰ると昴に電話をかける。
「昴、椿の写真1枚だけで良いから返して」
『やだよ』
ピシャリとはね除けられた。
「そこをなんとか。お願い」
『もー今頃なに?パンダうさぎいるでしょ』
「パンダうさぎは可愛いけどそれじゃ意味ないんだよ」
『なにそ……あ!!若菜脚立使う時言ってってば!!』
……切れた。通話を切られた携帯をテーブルに置いてため息をつく。とりあえず風呂に入って考えることにした。そうだ、母さんだって椿の写真を持ってるんだった。母さんならちょっと頼んだらくれるかもしれない。10分で出ると今度は母さんに電話をかける。
『隼人ーどうしたのー?』
「……」
一応携帯を見ると確かに母さんにかけている。
「なんで優菜さんが出るの」
『なに言ってるのー?美香よー』
「全然似てないから。母さんは?」
母さんの携帯に出たのは優菜さんだった。優菜さんじゃ話にならない。
『美香ならドラマ見終わってお風呂入ってるわ』
「じゃあかけなおす」
『かけなおしても写真は渡さないわよーだ』
「やっぱり昴だな!!もー良いよ!!」
電話を切って再び昴に電話をかける。
『もーしつこいなー。急になんなの?』
「お前優菜さんに言ったろ。狡いぞ」
『なんのことー?』
イライラしていると月曜日に椿からのメールを見た時の衝撃を思い出して落ち着いた。もうすぐ会えるところまできたんだ。絶対逃さないようにしないと。とにかくここで若菜に邪魔されたら全て台無しだ。
「ねえ、頼むよ。俺が見たいからじゃないんだ。椿を知ってるかもしれない人がいたから写真を見せて本当に椿か確かめたいだけなんだよ」
『ふーん……』
「本当だよ。見せたら俺はもう見ないようにするから」
『……本当の本当に見ない?』
「うん」
『僕が作ったアプリがあるんだけどその誰かに見せたあとそのまま僕が設定するパスワードで見れないようにして良いなら良いよ』
「信用ないな」
『念のためだよ』
「わかった。それで良いよ」
『若菜には内緒にするから本当はなに?』
「え、な、本当だよ」
『坂下さんを知ってるかもしれない人って昔から知ってる人?』
「え、なんでわかるの!?間宮さんって覚えてない?」
『あー執念ってすごいね』
「は?え、なに?昴?すば」
電話は切られてしまったけどそのあと昴に送ってもらった椿の写真は若菜とパフェみたいなアイスを食べている写真だった。久しぶりの椿だ。記憶の中にいる椿となにも変わらないあの頃の椿だ。この椿がどんな風に大人になったんだろう。あと少しだ、あと少しで会える。
俺は間宮さんに連絡した。この写真を送ってしまったら間宮さんの携帯に椿の写真が残ってしまう。直接見せないと。そう思って会う約束をした。日曜日の昼に会うことになった。クラブチームがあったけど行かないと連絡した。正式にコーチをしているわけじゃないからいつ行っても良いことになっていた。なんだかんだで頻繁に行っていただけでおばあちゃんとおじいちゃんの見送りに行った時も練習試合があったけど行かなかったし。
そして日曜日の昼に間宮さんに会う。
「あー……うん」
「椿ですか?椿ですよね?」
「そうだな、坂下だ」
「やったー!!すぐ会いましょう!!今!!」
「だから休みの日に誘えないって」
「なんでですか。俺の会社はみんな結婚のこととか年齢のこととかめちゃくちゃ言ってますよ」
「会社によるんだよ、そういうもんわ」
「会わせないように適当なこと言ってるだけじゃないですか?間宮さん昔からそういうとこありましたよ」
「んなことねーよ。お前初日は早く帰ったけど結局20時過ぎとか21時まで仕事してんだろ。俺も忙しい。よって時間がない。無理」
「別に間宮さんいらないんですけど」
「馬鹿。お前みたいな危険人物と坂下を2人きりで会わせられないだろうが。とりあえずまずは3人だ」
「危険人物……と、とりあえずじゃあ俺急いで仕事終わらせますから間宮さんも頑張ってくださいよ」
「なんで俺がお前のために仕事終わらせるように頑張らないといけないんだ」
「お願いしますよー20時にはトリトマまで行きますからー!!」
「20時かーもうちょい早くしろ。坂下の門限が21時だから。30分だけで良いなら20時でも良いけど」
「門限?椿一人暮らしですよね?まさか男が?男!?そうなんですか!?」
「もーうざい!!ちげーよ。あいつ危なっかしいからみんなで21時に家に着くように帰らせてるんだよ。それから、知らない人についていってはいけませんとか怪しい人に道を聞かれても案内しますよとか言わないようにとかさ、みんなで注意してるんだ」
「ああ、確かに椿は危なっかしいです。それは良いことですね。じゃあ19時に行きます。そしたら1時間話せますね。これでどうです?」
「お前それほぼ定時で上がらないと来れないぞ。できないだろ」
「できます。椿のためなら」
「俺が無理だ」
「そんなこと言わずに」
「今忙しいんだよなー。目処が経ったら連絡するわ」
「それは明日ですか?」
「わからない」
「明後日ですか?」
「だーかーらー!!わからないって!!」
「もう!!やる気だしてくださいよ!!」
「なんで俺がやる気出さなきゃなんないんだよ。そうだな、俺にメリットがない」
「なにがほしいんですか?」
「女……かな?」
「あいかわらずフラフラしてるんですね。大学卒業したらちゃんとするんじゃなかったでしたっけ?」
「可愛い子いない?シラン商事」
「まだ全員知らないのでわかりません。あ、お店なら知ってます」
「お、良いね。お前もデビューしたのか」
「違いますよ。1回しか行ってません、仕事で。仕事だから行ったんです」
あくまでも仕事だから行ったお店の名前を言う。
「おーあの辺な、はいはい」
「間宮さんと話してると自分もゲスいやつになってる気がして嫌です」
「悪かったな、ゲスい男で。じゃ、そういうことで俺はこれから女の子とデートなんだよ。またな」
「へ?デートする相手い……るんじゃないですか……」
伝票を置いたまま素早くカフェを出ていく間宮さんの後ろ姿にため息をつく。
「おごりってこと?普通払ってくれるんじゃ……まあいっか。俺が頼んだんだから……」
俺と椿の再会の日取りは間宮さんに委ねられることになってしまった。とにかく俺に今できることは定時で上がれるように仕事の調整をすること。といっても営業の仕事は突発的になることも多いし……どうしようかと思いながら冷めてしまったコーヒーを飲む。