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運命のカミーリア  作者: 柏木紗月
高校生編
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9人家族

 自分の家が少し変わっていると気付いたのはわりと小さい頃だった。

 部活後、学校から帰宅するとキッチンで茶髪の女性が料理をしていた。俺の母親ではない。


「あ、隼人ーおかえりー」

「ただいま」


 だけど俺はそれを自然に受け止める。これが俺にとって、俺たちにとって普通のことだから。


「美香がね、この時間しか美容院空いてなかったんだって。今日は親子丼にしちゃった。隼人好きでしょ」

「そうなんだ。俺のじゃなくて優菜さんの好物でしょ。……だいたいそれくらいしか作れないだろ」

「なんか言った?「なんでもない」簡単だし美味しいから良いでしょー。早く手洗っておいで」

「はいはい」


 優菜さんは俺の叔母にあたる。俺の父親の妹だ。祖母がアメリカ人で父親と妹はハーフ。つまり俺はクォーターになるわけだ。父さんと俺と叔母──優菜さん、優菜さんの娘の若菜はよく似てる。ダークブラウンの髪は癖がついていて柔らかい。肌は白くてキメ細やか。まあ、女性なら憧れられるのはわかるが俺は男だから特になにも。この顔で得することもあれば損することもある。ありがちな女子に騒がれて女性不信になるということは特にない。時々騒がれることもあるけど身動きとれないほどもてはやされることもないからだ。

 洗面所から出るとちょうど寝室から出てリビングに行く途中の父さんに会った。


「隼人、おかえり」

「ただいま」


 父さんは俺とそっくりだ。40過ぎだけど若くて一緒に歩くと兄弟と間違えられるほど。

 俺と違ってかきあげられた髪型がかっこよくて少し羨ましい。そっくりだから似合うはずだけど若菜に爆笑されそうでなんだか癪だ。

 そして俺と父さんとで違うところは父さんは根っから物腰が柔らかくて誰にでも優しく接するところだ。いや、違うとは言えないか。俺も外ではそうしているし、若菜以外にはわりと親切だ……と思う。

 父さんと揃ってリビングへと戻るとテーブルには親子丼が3つ置かれていた。


「優菜、食べて来なかったの?」

「ううん、食べてきたよ。もうすぐ美香が帰ってくるから」

「そう。じゃあ待ってようか」


 だけど待つほどでもなくすぐに母さんは帰ってきた。


「ただいまー」


 帰ってきた母さんは朝会った時と変わらずパーマのかかった黒髪を胸元まで伸ばしていた。その髪に手を入れてフワッとさせる。


「どう?似合うー?」

「お帰り、美香。よく似合ってるよ。可愛い」

「えへへ、ありがとう、琉依さん」

「今朝と変わらな「隼人」母さん、お腹すいてるから早く食べたいんだけど」

「あ、待って待ってー。すぐ手洗ってくるからー」


 パタパタと洗面所に向かう母さんを見送りながら俺はため息をつく。


「隼人、1センチ切ってたよ」

「わからないよ、そんなこと」


 絶対父さんしかわからない、と俺はもう一度ため息をついた。


「また隼人はため息ばかりね。癖になってるんじゃない?そんなんじゃ幸せが逃げちゃうよ」


 優菜さんがそう言う。


「今もたいして幸せじゃないから変わらないよ」

「まあ贅沢なんだから。普通にこうやって生活しているのが幸せじゃない」

「男子高校生はそんなことで幸せは感じないよ。年なんじゃない?」

「このガキ……」


 あ、怒らせたと思ったけど遅かった。タイミング悪く戻ってきた母さんがふんわり口調のまま文句を言う。面倒なやり取りが続くな、と今までの経験からそう悟る。


「隼人ー、そんなこと言っちゃ駄目よ。女性には優しく、琉依さんを見習わないとね」

「それは無理かな。父さんと俺は違うし」

「隼人!!そこは素直にはいって言いなよ。まったく、可愛くないんだから」

「可愛いって言われたくないから良いよ」

「きー!!」

「まあまあ、優菜落ち着いて。隼人も僕みたいにしなくて良いけどできるだけ女性には優しくしてみて。母さんもよく言ってるでしょ」

「確かにおばあちゃんはいつも言ってるけど人には向き不向きがあるんだよ」

「優しくするのに向き不向きってなんなの?もう、やけジュースしよっと」

「あ、若菜。帰りに駅前のクッキー屋さんに寄ってきたのよ。食べるでしょー?」

「食べるー!!」


 そう言ってアップルジュースを飲みながらクッキーを食べる優菜さん。俺たちもご飯を食べることにした。




 叔母である優菜さんがどうしてなんの違和感もなく同じ食卓を囲んでいるのか、それは俺が生まれるよりももっと前に遡る。高校時代からの親友だった母さんと優菜さんがほぼ同時期に結婚したことを機に一緒に住みたいと言い出した。それに猛反対したのは父さんと優菜さんの旦那の浩一さんだ。どうにか説得して一緒に住むのは免れた。一度はそれで話は着いたと思いきや少し経ったら今度は隣に住みたいと言い出した母さんたちに再び父さんたちは説得を試みた。詳しい話は忘れたけどせめて30分くらい離れた場所に住もうという父さんたちに結局20分ということで決着がつき、さらに駅を挟んで反対側に住むという条件でどこに住むのかが決まった。団地でちょうどよさそうな場所を見つけて引っ越し、新婚生活をスタートさせた。

 スタートしてみたのは良いが結局お互いの家を行き来する日々で別々の家族という境はほとんどなく、俺が生まれても若菜が生まれても変わらず、一家そろってお互いの家を行き来して過ごすという生活を送っていた。

 そんな関係が変わったのが俺たちが幼稚園の時。優菜さんの家の近くにある家族が引っ越してきてからだ。その家も俺たちと同じ3人家族で若菜と同い年の男の子がいた。それが俺の幼馴染で弟分でもあり親友でもある昴だ。ご丁寧にご近所を挨拶して回っていた昴の家族が優菜さんの家にも挨拶に来た時に話が合い家族ぐるみで仲良くなった。そして当然のように優菜さんたちが俺たちを紹介してそのまま3家族が仲良くなった。昴の母親、彩華さんはしっかりしていてなぜ母さんや優菜さんたちと話が合うのかわからなかったけど、とにかくしっかり者の彩華さんは頼りになった。特に父さんたちには救いの神に見えただろう。ほぼ毎日行き来していた俺たちは基本的に自分の家で過ごすようになった。といっても結局あまり変わらないけど。苦手な部分を補うように3家族の家のことを得意な人がやるようになり、時間が取れなくて満足にできない時は誰かを呼んで手助けしてもらう。これは彩華さんにとってもよかったようで昴が大きくなってからにしようと思っていた仕事に復帰した。共働きの昴の家のことを母さんと優菜さんで補うようになり、母さんたちが苦手なことを彩華さんがやる。そんな持ちつ持たれつな関係で、もはや俺たちは9人家族として過ごしてきた。毎年9人でキャンプや海にも行ったり。俺はここ数年不参加だけど。

 仲良くなったのは母さんたちだけじゃなく父さんたちもだった。生意気な若菜に傷つけられた浩一さんが昴の父親の一輝さんと一緒にうちに来て父さんと飲み明かすのは一時期毎週金曜日の恒例行事だった。

 子供たちはというと、俺と若菜は昔から仲が悪い。この従妹は、昔から周りに甘やかされ、まるでお姫様かのように振る舞うわがままな女だ。といっても優菜さんや浩一さんが悪いわけじゃない。甘やかすが叱るところは叱っていた。恐らく、いや、確実に俺の父さんが悪い。怒られてばかりでは可哀想だと俺の父さんが叱られて泣く若菜を甘やかすからあいつは付け上がるようになったんだ。そんな若菜を更生させるべく俺はいつも怒っていた。いや、ただ単にあいつとは合わないというだけだ。いろいろあるけどあいつとは相性が悪い。一方の昴について。昴は俺の最も信頼する存在になった。出会った頃の昴は人見知りで親の後ろに隠れるような子供だった。だけど俺がゲームに誘うとすぐに打ち解けてくれ学校の友達よりもよっぽど仲良くなった。頭が良くて要領も良い、それに人を思いやることができる心優しい良いやつだ。それになぜかわからないが俺のことをヒーローだと慕ってくれる。きっかけになったことは教えてもらっているもののなぜそれでそこまで喜んでくれたのかはよくわからない。だけど慕ってくれて悪い気はしない。最近若菜の生意気がうつってしまったのか俺に少し当たりがきついのが玉に瑕だ。昔は俺の言うことになんでも素直に従ってくれていたのに。でも俺が昴を一番信頼して大切な幼馴染で弟分で親友だと思っているのは変わらないからな。そうだ、今借りてる国語辞典の表紙の裏に昴が好きなゲームの主人公の絵を書いてやろう。

 そしてそんな昴だが1つ信じられないことがある。それが昴が若菜のことが好きだということ。あんなに良いやつなのに女の趣味だけが悪くて残念だが本人の意思を尊重してあげている。若菜のことをお姫様みたいに可愛いだの妖精みたいだの、不思議なことを言う。小学生の時に一緒に眼科について行ってあげたが目に異常はないらしい。お手上げだ。

そんなこんなでつまり、今いる優菜さんだけではなく、9人の中の誰がいても不思議ではない家なのだ。これが俺の、俺たち9人の日常だ。そしてそう思っている間に親子丼を平らげて席を立とうという時母さんのストップがかかった。


「ねえ、そういえば最近あの女の子来てないわよねー。あのショートカットの子」

「え、いつの話?とっくに別れてるよ」

「また別れたの?まあ相変わらずあんまりいい子そうではなかったけど」

「母さんや優菜さんのお眼鏡にかなう女っていないんじゃない?」

「女の子って言わないと駄目よ、隼人」


 母さんが言うのは俺が前に連れてきた元カノのことだ。高校に入ってすぐに別れたからもう1年以上前の話だ。まったく、いったいいつの話をしてるんだ。相変わらず母さんの頭はゆったり時間が流れてるんだよな、とため息をつく。


「そうそう、高校に入って若菜に友達ができたって話したっけ?」

「へえ、物好きなのがいたんだ。これでぼっち卒業だね」


 もう俺の元カノの話は終わりだ。この2人はいつもこうだ。突然始まって突然終わる。女子高生みたいにやいやいといろんな話で盛り上がる。父さんはニコニコと聞いているだけだ。

 根っから優しいのは事実だがそれだけじゃなく裏がある父さんに俺は恐怖すら感じる。俺が小学高学年の頃仕事の物とかある部屋だから入っちゃだめだと言われていた書斎に興味本位で入った時のこと。壁一面に母さんの写真がポスターになって貼られていた。それで部屋から出れば良いものの俺は机の引き出しを開けた。そこには母さんの字で書かれた封筒が数十枚入っていた。ただのラブレターか、とそのまま戻そうと思ったが奥にボイスレコーダーがあった。恐る恐る再生してみると明らかに母さんの声だった。『琉依さんへ。初めて会った時から好きです。……えへ、恥ずかしいですね、えっと……』俺はそこで停止させた。まさかのラブレターの音読。そして本棚には素人では作れない完成度の高い母さんの写真集が10冊はしまってあった。俺は静かに部屋を出た。その日から俺の父さんを見る目が変わった。それから思った。俺は父さんみたいにはならないだろう。

 俺は自分の家族といる時が一番楽でいられるがこのかしましい女子高生たちと本性が見えない父親のことが全然わからない。さっさと部屋に戻って久しぶりに昴に電話でもしよう。最近なにかと忙しくてあまり話していなかった。

 そう思って食器をキッチンに置きに行こうと立ち上がる。


「あ、ちょっとー酷いこと言うしまだお喋りしようよー」

「俺は忙しいの」

「忙しいってテストも終わったばかりでしょ。昴にテスト勉強に誘われなかったからいじけてると面倒な男だなって言われちゃうわよ」

「煩いな。昴はそんなこと言わないよ」

「隼人の影響で昴の口が悪くなってるって自覚あるのかしらねー」

「きっと若菜のせいだーとか思ってるのよーきっとね。それで若菜の友達がどうしたのー?」


 あちこち話が行ったり来たりしてこの人たちの頭はいったいどうなってるのか。きっと花畑だな。そう思ってため息をつくと食器を片付けてリビングから出て階段を上がり自分の部屋に入った。



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