プロローグ
「異常を感知、システムを起動します。」
抑揚のない少女の声が侵入者を知らせるランプとブザーと共に真っ暗な部屋の中から聞こえてくる。ランプは赤い光を一定のタイミングで点滅しブザーは人に危機感を抱かせる空襲警報のような音を響かせる。
この部屋はとある開発施設の一つで真っ白な壁に床、さらに家具までもが真っ白であり白いという感想ぐらいしか出ない場所であった。
その部屋に今、数えられない数のコードや機器にくっついている少女といかにも研究者だと分かる白衣を身にまとった女性が立っていた。
「マスター。侵入者を検知しました。プログラムに従い侵入者の排除に・・・」
少女がマスターと呼んだ研究者に報告をし、これからの行動について話そうとしたとき研究者の女性は少女に抱き着く。少女は報告をやめ、マスターが何を考えているのか理解しようとしていた。
「マスター。どうしましたか?」
少女が問う。研究者は少女に抱き着いたまま話し始めた。
「ごめんなさい・・・もう戦わなくていいわ。あなたはもう十分に頑張った。これ以上あなたには苦労を掛けたくないの。だから・・・逃げて。」
研究者は涙を堪えながら震える声で少女に話した。少女は無表情のまま研究者の背中を見つめる。周辺にある機械が思考を深めていくにつれて排気の音が大きくなっていく。
「マスター権限により命令を下す。Nゼロ番機、これからの命令を忘れなさい。ただし、正確に実行しなさい。大丈夫?」
少女は研究者の目を見ながら力強くうなずいた。マスターの命令をしっかりこなしてやるというやる気と意思が込められている気がした。
「じゃあ、机の上にあるUSBをセットして私についてきて。」
研究者がそういうとすぐにUSBをセットした少女が研究者についていく。研究者の女性は、白い部屋から出て右に曲がり出口に向かって走っていく。研究所の廊下は部屋と同じく真っ白な壁と床出来ていた。定期的にある照明がどんどん後ろに流れていく。何度か廊下を曲がり走り抜けると角度の小さい上り坂に差し掛かる。廊下と比べて高さや横幅が小さく狭いので裏口や脱出のための通路であろうか。その壁には、D31と書かれている。このお通路の名前だろう。その通路を使って外に出ると真っ白の次には明かり一つない真っ黒な世界が広がっていた。あたりを見回すと小さな島であることが分かった。島に波が打ち付けられ引いていく心地よい音が聞こえてくるが少女と研究者には波の音を楽しんでいる余裕はなかった。すぐに岩陰に移動し少女の脱出の準備をすすめる。
「マスター。侵入者の最新位置情報を確認。侵入者の位置は・・・D31脱出用通路です。」
研究者が目を大きく開いている。「目には信じられない。」と同様の色が窺える。
「そんなバカな!計算上はあと10分持ったはずなのに・・・」
研究者の計算など待ってもくれず侵入者はこちらに向かって近づいてくる。
通路から上がってくる侵入者たちの足音が波の音に紛れ聞こえてくる。金属が擦れる音が聞こえ上がってきた侵入者が武装していることが分かり研究者の女性は鼓動が早くなっていく。
「マスター。心拍数が上がっています。このままの数値だと侵入者に発見される危険があります。」
一定の心拍数を超えた者を発見する装置が軍事関係の間ですでに当たり前の世界になっていた。心拍数といっても検知しているのは心拍音。心臓の独特な「ドクン、ドクン」という音を探しているのである。この性能は高く近くにいる敵をほとんど逃すことはない。この侵入者がその装置を持っていない保証などないのである。さらに、この研究所は極秘の開発を行っている機関でありこの研究開発所は日本の中でもごく一部しか知らない施設である。この侵入者は日本単独の極秘開発をしている施設に侵入しその開発を盗もうとしていると考えられる。侵入者は日本以外の多国籍軍の精鋭で間違い無いだろう。
侵入者が通路から飛び出してくる。しかし、その様子は突っ込んだというよりも一番警戒しているようにも見えた。先頭が素早く左右と地面、空中に何もないか確認し後続に合図を出す。次々と侵入者たちは通路から出てくる。その数は10人。全員がフルフェイスのヘルメットをかぶっている。
「マスター。どうしますか?殲滅ですか?生け捕りですか?」
少女は無表情のまま研究者の女性に命令を促す。今までの経験から研究者に危険があるものは排除しなければならない。という結果を出したのだ。
「待って、今助けを呼ぶから。」
研究者の女性は携帯端末で何やら作業を始めた。
「了解、マスター。それまで警戒態勢に移ります。」
少女は侵入者たちを注意深く観察し発見された時の対処方法について頭をフル回転させて考えていた。しばらくすると研究者の女性が作業を終了し端末の電源を切った。侵入者たちは、脱出通路の近くに誰もいないか探し始めた。つまり少女たちを探し始めたのである。ツーマンセル。二人組を組んで端から順にこちらに向かって近づいてくる。
研究者の呼んだ助けはまだ来ない。
「マスター。私も救援を呼んでも良いでしょうか?」
さすがにマスターが危険であると感じたのか少女が提案をする。研究者の女性は少し考えるそぶりを見せたが少女に返事をする。
「お願いできる?」
申し訳なさそうな顔で女性は少女に確認をとる。
「大丈夫です。この身はマスターのために。」
無表情でなにを考えているかわからないがこの言葉には少女のやさしさが込められているような気がした。そんなはずは絶対にありえないのに。その感情を奪ったのは私たち、いや、私なのだから。罪悪感に浸り頭をうなだれる。
少女は目を閉じて手を胸の前で組んで祈るように声を発した。
『お願い。マスターを助けて。』
これまでの抑揚のない声とは違う。とても澄んでいてどこまでも届きそうな声。純粋な思いを乗せて。細く、すぐに折れてしまいそうな、だがずっと聴いていたくなるような、そんな声。本当の人のような声を発した。
研究者の女性は今まで聞いたことのない声音に驚きを隠せないでいた。
その時、侵入者がいる方で動きがあった。
「間違いない、あの岩の向こうにいる。」
侵入者の一人が仲間に向かって説明している。
「この機器は心拍音を聞き取って人のいる場所を教えてくれる物だ。この反応だとあの岩の向こうに人が一人いるはずだ。」
研究者の女性が少女の声に驚きその時の心拍音を聞かれてしまったのである。女性はまだ驚いていて動けず少女は祈りを捧げるように手を組んだまま動く気配はない。
侵入者たちは警戒をしながらゆっくりと少女達がいる岩に向かって近づいていく。銃口を向け侵入者たちが警告を発する。
「逆らう意思がないならゆっくりと岩陰から出てきなさい!」
侵入者は発音が少しおかしい日本語だが大きく抵抗を許さない声が暗い島に響く。小さい島なので端から端まで聞こえる大きさだ。しかし、その警告は大悪手。隠れているのは一人、圧倒的優位にあると思っていた侵入者たちの後ろ。いや、後ろを警戒していた者も気づかない。彼女たちは、空に浮かんでいた。無表情な彼女らは、不自然に光る眼で侵入者たちを見ていた。不自然に光っている彼女たちの眼の原因は月の光がカメラのレンズに光っているからだ。
「警告する。マスターに手を出すならば我々がその敵を排除もとい消滅させる。」
空に浮かぶ少女達からの警告は侵入者たちに大きな混乱を生む。しかし、侵入者のリーダーはすぐに次の指示を出した。彼らは少女たちの正体を知っていたのである。少し前まで世界中で起きていた戦争時に日本の国防軍とともに行動していたロボである。数機確保するも調査に入る前に自爆をする戦場の悪魔と呼ばれていた。そして、彼女たちを見たら逃げるか先制攻撃を成功させ直ちに全滅させなくてはならない。敵と判断されれば体が朽ち果てた後も食いついてくる。
「総員!攻撃開始っ!!」
リーダーの指示に「ハッ!」となった侵入者は少女たちに向けて発砲を始める。それに合わせて少女達も反撃を始めるが人の判断の方が早く何体か撃ち落されていた。
「どうしてあの子たちが!?」
彼女たちは研究所の奥に隠されていた。中から出ることはできず。また、外から入るにも何人もの上級研究者のパスワードと鍵が必要なはずだった。そこから出てきたとなると人を超える想像力、開発力が彼女らにあると考えられる。
いや、今はそんなことを考えている余裕などない。ゼロ番機を逃がすことが日本の未来のためであり今やるべきことの最重要である。
「ゼロ番機、付いてきて。今から最後の命令を出すわ。ここから西へ向かって真っすぐ泳いで。日本についたらこの家に向かいなさい。あなたをかくまってくれると思うわ。そして、そこに住むこの人を次のマスターに定めて従いなさい。」
そういうと白い部屋でセットしたUSBの中から地図と一人の顔写真が入っていた。USBにはほかにも様々な情報が入っていたがガードが固く見ることができなかった。
「ボートを準備できなくてごめんなさい。そして、今までの記憶を泳ぎ始めて一時間後にすべて消去しなさい。」
少女の顔はいつもの無表情であったが何やら不安そうなオーラが出ている
「大丈夫、あなたの妹たちもデータとしてだけど生きてるしあなたの記憶もUSBに残るはず。私もすぐに貴方のそばに行くわ。最後に、こんな体にした私が言うのも変だけど、普通の女の子のようにいきなさい。これは、命令ではありません。お願いです。さあ、行きなさい。ここにいてはいけない。さようなら。あなたの記憶が戻るまで・・・」
少女はマスターの方を見て手を伸ばすも命令に従い海に入って泳ぎだした。島ではまだ空を飛ぶ機械の少女たちと研究所への侵入者たちが銃撃戦を続けている。火薬の匂いは周辺の海の上まで漂っている。逃げるように命じられた少女はその命令を自身の全力をもって遂行する。あと一時間でマスターの事を忘れてしまう。せめて、最後の最後まで今のマスターに忠誠を誓い。ないはずの感情を表す。そう、黒く冷たい海によって隠されているが少女は涙を流していた。ないはずの機関を体内開発で生み出し一人泣きながら冷たい海を泳ぎ続けた。
記憶消去まであと1分23秒―――
島も見えなくなった大海原の真ん中で少女は呟く。
「みんないなくなった。私も消える。そして生まれる。それでも私はーーー。『多分、一人だ』」
記憶消去が始まる。記憶がすべて研究所の部屋のように真っ白に消えていく。
『怖いな・・・この感覚』
少女は記憶をなくし、また日本に向かって海を泳ぎ始めた。
リアルが忙しいんで投稿は遅いかも・・・
週1は上げられるように頑張るので色々よろしくお願いします!!
誤字・脱字があったら報告お願いします。
アドバイスもあったらお願いします。できる限り頑張ってこたえたいと思います。