三話 帝国侵攻
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「国境線にて、帝国軍の侵攻を確認しました。四日後にディアマント領軍と合流し、防衛に向かいます」
「今回の戦いが初陣となるのか」
「はい。アイゼン様は百人隊を麾下に入れ、戦場に赴くように言われておりました」
国境線の砦から帝国軍の侵攻を知らせる早馬がディアマント領、クラウト領に現れた。国境を侵攻してきたのは敵軍の総数は約三千、現在は守備隊四百が砦に籠城し防衛していた。
そこでディアマント領軍は三千、クラウト領軍は千を砦に派遣することを決めた。防衛戦の為、敵軍と同数以上の数を派遣すれば勝利を確実と王国軍四千を砦への援軍を送ることになった。
「では、俺の部隊は騎兵で統一しよう」
「かしこまりました、アイゼン様にお伝えいたします」
クラウト領は植物の品質も良く、それを餌に食べている馬は大陸でも良馬と知られていた。他の馬は約六万ジルで取引されているがクラウト領産の馬は最低でも十万ジルで売買される。
良馬を使うクラウト領の騎馬隊は王国では最強の部隊と呼ばれていた。損害を出したのは前回の防衛戦くらいだろう。
「ヴァ―ル様の隊には私とハイデが加わります。今回の防衛戦では先ずは後方で待機して、アイゼン様とアルディート殿の戦いを見られてください」
ハイデ・ヒューゲルは家臣では年齢こそ若いが騎兵隊の運用能力はクラウト領随一であった。彼の部隊は隊長自体がお調子者であるからのか、全体的に規則に緩く、古参の家臣からは白い目で見られていた。
「今回は誰が出撃するのか?」
「アイゼン様を始め、アルディート殿、ザント殿、アルト殿が砦に、他の方々は万が一、砦を抜けてきた敵軍の処理をする為、各町に布陣します」
砦には家臣の中でも武闘派が派遣されて、他の家臣は別働隊に備えて、主要な町の防衛を担当していた。
ヴァ―ルはハイデを呼び、兵の選定や配置を相談した。主戦力はアングリッフ率いるディアマント領軍とアイゼン率いるクラウト領軍本隊である為、配置などは簡単に決まっていった。
――七日後
王国軍は国境に到着した。帝国軍は援軍を発見すると素早く後退し、橋を背に布陣した。偵察の結果から敵軍総数は約五千と判明した。また、攻城戦を意識してか騎馬隊は居らず、歩兵隊と破城鎚で軍を構成していた。
到着したその日には戦闘は起きず、不気味な睨み合いが続いていた。ディアマント領の間者からの情報によれば、今回の侵攻は一貴族の独断で行われており、帝国本国でも問題となっているらしい。
情報共有の為に砦で軍議が行われていた。そして、今回はディアマント領軍主体となっているので前回みたいなくだらない論争などは起こっていなかった。
「敵軍の主体は民兵ですね。正直、独断という情報がありますが収穫時期にこれだけの兵を出しているということはここを突破されたら村々ではそれこそ草の根も残らないほどに略奪が行われると予想できます」
「そのことはここに居る誰もが分かっていることだ。前回のように中央からの邪魔さえなければ、我々は勝つ。そうだろう、諸君!」
「「「おう!」」」
王国軍の士気は旺盛であった。誰しもが前回の屈辱を晴らしたいとこの日の為に腕を磨いてきた。特にクラウト領軍は領主の弟を失っているため、どの部隊より気合いが入っていた。
――翌日
草原には領軍を合わせて総数九千が犇めいた。王国軍は三千の兵を三つに分け、布陣していた。残りの千は敵軍の伏兵の対応する為に砦近くで待機していた。
敵軍が撤退を選択しなかった時点で王国軍は勝利を確信していた。兵数では劣っているがそれを払拭できる戦術と練度があった。
今回の戦闘に参加している帝国軍の兵は村から徴発された村人であるが王国軍は長期にわたる訓練を施された兵である。また、西辺境領は同じ訓練を行っている為、他領の軍で配置されても一糸乱れぬ連携が取れるのであった。
「敵軍、侵攻を開始しました」
「わかった。散兵隊を前に」
アングリッフの号令で先ず、第一戦列と第二戦列の散兵が前方全面に展開し、第三戦列の散兵は第二重装歩兵隊の後方へと移動を開始した。
敵が接近してくるも王国軍は毅然と隊列を崩さず、迅速に配置へと移動して行く姿はまるで一つの生き物のようであった。
「第一重装歩兵隊を前へ。散兵隊は攻撃を開始せよ」
散兵は敵軍が射程に入りしだい投げ槍などの投擲兵器で攻撃を始めた。その間に第一戦列の重装歩兵隊は更に前方に移動し、敵歩兵隊を待ち受けていた。
散兵の攻撃で帝国軍の隊列は乱れ始めていたが後退せず、重装歩兵との距離が縮んでいく。
「敵軍、退きません」
「ならば、しょうがない。最前列の散兵隊は後退せよ」
後退した散兵隊は第一重装歩兵の後方で隊列を整え、援護を開始した。後退で生じた隊列の隙間を狙い、敵軍が殺到するが重装歩兵が強引に隙間を埋めていく。
完璧に隙間を埋め終わると敵兵を蹂躙し始めた。どんどん、重装歩兵隊の鎧は人の地で赤黒く、染まっていく。敵歩兵の何人かが逃げ出したが弓矢が突き刺さり、地に倒れ落ちた。
「逃げ出したものはこの場で処刑する。また、逃げ切っても家族も反逆罪で極刑とする」
後方にいる弓兵の弓矢は敵軍でなく、逃亡しようとしている味方に向けれていた。逃げ出そうしていた兵達も踏みとどまり、生きるために目の前の王国軍を殺すために槍を振るった。
「相も変わらず、帝国の貴族はやることは汚いですね」
「そうだな。ヴァ―ルがこれを見て、突撃しなければいいが」
今までの防衛戦でも兵達の家族を盾にして、逃亡を許さないことは度々あった。アングリッフ達は見慣れた光景であるがヴァ―ルにとっては初めての戦場で見ることである。
帝国軍の所業を見て、日常から民と触れ合い、愛しているヴァ―ルが怒りに囚われて、騎馬隊で突撃をしないとも限らない。
「やはり、ヴァ―ル様から突撃の許可を求める使者が来ました」
「ふむ。右翼側に展開し、合図がありしだい突撃せよと伝えろ」
「ハッ」
指示を受けた、騎馬隊が王国軍右翼側に展開していた。死兵となった帝国兵の攻撃で第一重装歩兵隊の被害が増大していた。
「第二重装歩兵隊から前進の許可が来ています」
「何故、急ぐのか。まぁ良い、第二重装歩兵隊は前進、第一戦列にいる部隊は後退、後詰めの部隊は後退の援護」
第一戦列で戦っていた部隊は後退を始めたが一部の部隊は攻勢が激しく、後方に下がれていなかった。第二重装歩兵隊も救出する為に敵を屠っていくが距離が縮まない。覚悟を決めた時、遠くから叫ぶ声が聞こえてきた。
「我はクラウト領主アイゼン・ラーデン=クラウトの子、ヴァ―ル・ラーデン=クラウトである。これより敵中に残された、味方を救出しに行く。勇気がある者は続けぇぇ!」
ヴァ―ルは味方部隊の救出する為にアングリッフの指示を待たずに敵軍へと突撃した。帝国軍は騎馬隊が接近するまで気付かず、急に現れたヴァ―ル達の対応に追われていた。その間に第二重装歩兵隊も到着し、取り残された部隊は後退することが出来た。
「やぁやぁ、我は帝国、、、」
「……」
帝国軍の一人が名乗りを言っていたがヴァ―ルは敵中を突破することしか考えておらず、その兵は馬に踏まれて絶命した。
「命令無視ですね」
「まぁ、儂が注意せずとも奴が言うさ」
アングリッフの視線の先には鬼のような形相をしているアイゼンがいた。手には投げ槍を持ち、今にも敵中を突破したヴァ―ルに投げつけようとしていた。
「全軍、隊列の立て直しが終了しました」
「では、この戦いに終止符を打つ。全軍、前進せよ」
立て直しが完了した王国軍は帝国軍を殲滅する為に前進を始めた。そして、重装歩兵の攻撃と空から降ってくる槍に帝国兵は撤退も出来ずに屍となった。
帝国軍の大将は味方が崩壊して、逃げ出そうとしていたがアイゼンの放った槍が胸に刺さり、馬から音を立てて落ちた。
指示をする者が居なくなったことで残っていた帝国歩兵は投降するか逃げ出していた。王国軍も敵を追い返すことが目的だった為、勝鬨を上げた。
「勝鬨を上げよ」
「ハイル・フロイント! ハイル・フロイント! ハイル・フロイント!」
王国軍の声が大地を揺らし、敗走していく帝国軍に恐怖を与えた。しかし、ヴァ―ルは岩の後で吐いていた。
「ヴァ―ル様、大丈夫ですか?」
「すまない。動物と違って、同じ人間を殺すのは気が滅入るな。冷や汗と吐き気が止まらない」
「誰も通る道でございます。人を殺して喜ぶのは気狂いの殺人鬼のみです」
嘔吐を続けるヴァ―ルの背中をさするクルークをよそに王国軍は撤収作業を始めていた。そんな中、町の方から数騎が本隊に近づいていた。
「あれはラッヘン様とフルト殿にザント殿、ニヒツ殿ではないか。しかし、近くの町の守護に就いていたはずだが何故、ここに」
「不味い。ラッヘンを父上に近づけてはならない」
ヴァ―ルは弓を取り、弓矢を放った。矢は吸い込まれるようにラッヘンを向かったが馬に突き刺さり、ラッヘンは落馬した。
「誰だ!? 矢を放ったのは!?」
「ラッヘン、俺だ」
落馬したラッヘンはすぐに立ち上がり、己に矢を放った者を探すがまさか、自分の兄が名乗りを上げるとは思わなかった。
「何故、ラッヘンを狙った。ヴァ―ル?」
「父上にはご報告していませんでしたがラッヘンは教国と内通していおり、王国南部の弱体化を狙い、父上とアングリッフ様の暗殺を企んでいると私の手の者が教えてくれました。不確か情報だったのでお伝えしていませんでした。しかし、町の守備という任務を放棄し、ラッヘンがこの場所に現れたことが何よりの証拠であります」
アイゼンの問いかけにヴァ―ルは全てを伝えた。反教会主義のクラウト領家の次男であるはずのラッヘンであるが毎週のように教会に通っていた。
悪ガキ仲間から選んだ面子で教会を監視し、ラッヘンの配下に間者を送り込んでいた。その情報によりラッヘンの内通が明らかとなったが情報が不足していたために泳がしていた。
「今や王国は教会に支配されており、その権威を利用するのが得策ではありませんか? なのに、父上は領内から教会を排除するばかりか、無能である兄上を後継者とした。
兄上は帝国の戦闘で死んでくれてたら良かったのですがこうして、生き残ってしまった。まぁ、ここで全員殺してしまえば問題はありません。そう! 全ては赤き、正常なる世界の為に!」
ラッヘンに魔力が集まり始め、その中心で両手を広げ、狂ったように嗤う。集まる魔力に比例して、ラッヘンの身体は膨張していく。
「距離を取り、陣形を整えろ!」
「ですが、ラッヘン様に攻撃など出来ません!」
「もう、ラッヘンはラッヘンではない。この現象は呪いによる、魔人化だ! こうなってしまっては殺すしかない」
アイゼンの言葉で兵は覚悟を決めて、陣形を整えた。既にラッヘンはかけ離れた姿となっており、背丈はオーガに届いた。
「来るぞ!」
陣形も関係なく、兵は太い腕で吹き飛ばされていく。決死で攻撃を仕掛けるが剣も弓も傷を負わせることは出来なかった。ヴァ―ルは兵の指揮をするアイゼンの元に駆け寄った。
「父上、このままでは全滅してしまいます。しかし、精霊の力を使えば、倒せると思います」
「お前の言うことも分かるが契約者ということが大勢に露見してしまう」
「それでも、ここで弟を楽にしてやりたいのです」
「わかった。お前の好きにしろ」
ヴァ―ルはアイゼンの了解が取れると前線に向かった。魔人となったラッヘンを殺すには精霊の力を借りるしかなかった。
「シオン、力を借りたい」
「周りにはバレてないけど、君の中は灼熱地獄のようになっているよ。ヴァ―ル」
「当然だ、家族を化け物にされたんだ。術者やこの件に関わった奴は全員殺してやる」
ヴァ―ルの肩に座る少女は人形くらいの大きさしかないが瞳と髪は夜の空のように黒く、肌は雪のように白かった。
「ラッヘンを久しぶりに見たけど、醜い姿になったね」
「あぁ、だが家族だ。俺が兄として、後始末をつける」
「あんなに悪口を言われているのに家族とは相も変わらず、優しいね。ヴァ―ルは」
シオンは光球となって、ヴァ―ルの身体の中に戻った。契約者は精霊の許可が無くても力を使用できるがヴァ―ルは許可を取るようにしていた。
「ラッヘン、最後の兄弟喧嘩しよう」
「ヴぁ、ヴァ―ル。ころ、コロス。オおまだ、けはオレがコロスゥゥゥゥゥ」
ヴァ―ルの周りには高濃度の魔力が集まっていた。王国軍はアイゼンの指示で後退し、二人を見守っていた。
ヴァ―ルとラッヘンの最後の兄弟喧嘩が始まろうとしていた。