第2話
自治防衛官:自治防衛組織において事務員以外の要員を指す用語。
自治防衛官の階級:ポストの目安
・自治防衛総監:総司令官
・一等自治防衛監:総司令副長
・二等自治防衛監:師旅団長
・三等自治防衛監:師旅団副団長、団長
・自治防衛監補:連隊長
・一等自治防衛正:副連隊長
・二等自治防衛正:大規模中隊長
・三等自治防衛正:中隊長
・自治防衛正補:小隊長
・自治防衛士長:班長
・一等自治防衛士:分隊長
・二等自治防衛士:
・三等自治防衛士:組長
・自治防衛士補:
彼に連れられ、2人は総幕僚長と対面する。
少し白髪が混じった50代の男性……彼が現在の「鎌倉市自治防衛隊」の自治防衛隊員中トップ、神保幸司総幕僚長であった。
鎌倉市自治防衛隊の設置根拠にもなっている「自治防衛法」で定められた階級でいうならば自治防衛総監。下から自治防衛士補、三等〜一等自治防衛士、自治防衛士長、自治防衛正補、三等〜一等自治防衛正、自治防衛正補、三等〜一等自治防衛監と自治防衛官の階級は分けられている。その中の上位に立つのがこの自治防衛総監であった。
「失礼します。第1旅団隷下第3連隊、第1中隊第1小隊長。高野達也自治防衛正補です」
「同小隊第1分隊長。横山小春一等自治防衛士です」
2人はそれぞれ名乗り、無帽敬礼……要はお辞儀をする。高野はいつもと変わらない声音で、横山はやけに硬く、緊張した声音で名乗った。
「総幕僚長の神保だ。急な呼び出しすまないね」
細いメガネフレームのメガネを掛けている神保はそういい少し微笑む。一見柔和な普通のおじさんに見えるが、その彼も同じく国防色の制服を身に纏っており、総幕僚長章と自治防衛総監の階級章が煌めいていた。彼が座っているデスク一式の後ろはササリンドウの市章と星が付いた総幕僚長旗が掲げられており彼が持つ権力を堂々と示していた。
「早速だが、本題に入らせて貰うよ。鎌倉武士団はどの程度、知っているかい?」
何か意味ありげに微笑む総幕僚長を見て、2人は察してしまった。途端に横山は仄かに顔を上気させる。
「……それは特殊部隊たる鎌倉武士団のことでしょうか」
興奮で少々語尾が震えつつ、横山が答えると神保は満足そうにうなづく。
「そうだ。先の戦いでも活躍した部隊で間違いない。そして、諸君らをその鎌倉武士団へ転属させたいと考えている」
一度、言葉を切り2人を見る。
「と、いっても。鎌倉武士団隷下に新部隊が設置される。そこへ君達は配属したいのだよ。それに高野正補、貴官は元陸自と聞いている。そこでも十二分に活躍できるはずだ。そして横山一士も良い成績だ。求められる水準より上だ活躍できるだろう」
自治防衛隊といっても所謂、軍事組織となんなら変わりない。要請でなく、命令であることは確かであった。
「諸君らはどうしたい?」
「高野達也自治防衛正補、拝命致します」
「横山小春一等自治防衛士、拝命します」
2人は踵を合わせ、背筋を伸ばし間髪入れずに宣言した。
「ふむ。ありがとう」
神保は目元を綻ばせ、椅子から立ち上がる。
「さて、新部隊の編成完結式は今日から31日後。そして新部隊編成に伴う訓練が明日から始まる」
その言葉に、高野も驚くほか無かった。圧倒的に早過ぎるのだ。今からでも準備をしなければ間に合わないといったところだろう。
「まぁ、言いたいことはわかるがすまないね……こういう方針でね。辞令は本日午後発行する、連隊長から受け取ってくれ。具体的な指示もそこで行ってもらう。質問はないかね?」
「いえ、ございません」
「同じくありません」
一瞬後任人事について不安を抱いた、高野であったが野暮な質問であることを自覚し、定型文通りな受け答えをする。
「では、以上だ」
その言葉で、先程案内をして来た男がドアを開け、手で示す。2人はそれに従って退出した。
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「敵襲ー! 総員警戒体制!」
その声で、高野は直ぐさま意識を夢の中から現実へと引っ張り上げる。染み付いた癖だ。差し込む月明かりのみで装備品を素早くかつ隠密に装着し、小銃を構える。腕時計を見れば0312。素晴らしく早いモーニングコールである。ゆっくりと狭いテントから抜け出し、周辺警戒を行う。特に声の方角、4時方向に最大限留意する。
ライトも付けられず、閃光弾を発射することが許されない環境下で重宝されるのが暗視装置だ。鉄帽に装着し、跳ね上げていた個人用暗視装置、V8——簡単に言えば自衛隊でも使われている代物だ——を下げて右眼の位置まで持ってくる。相手も同じく暗視装置を使っている可能性もあるため18式小銃——こちらは自衛隊の新式小銃である——に装着した赤外線スコープは電源を落としたままにする。
一通り警戒し終わると、足音を忍ばせ数人の迷彩服が高野の方へとやって来る。すぐ様、所属確認。鎌倉市章があるか、自分の小隊員か識別する。そんな感じで最初の号令から5分以内に彼の小隊員、全員が集まる。因みにこの記録は彼から言わせればまずまずと言ったところであった。しかし、初期は15分もかかっていたのでそれに比べれば良い方ではあると言えるが。
「……」
「……」
高野は一言も発さず手信号だけで各分隊へと指示を出す。各分隊長は頷き、同じく各々の分隊員へと手信号で指示を出す。その間に横山と高野を含めた小隊本部員は小隊本部の設置へと取り掛かる。高野のテント付近に機材設置、陣地構築を行う。
未だに隠密性を求められる為塹壕を掘る訳には行かない。しかし軽く土嚢を積み、陣地を作ることは可能だ。手短に積み、中隊本部からの指示を待つ。
《こちら、第2中隊。各小隊報告。オクレ》
作業がひと段落ついたところで丁度よく無線が入る。小隊長たる高野はすぐ様レスポンスした。
「第1小隊接敵無し、哨戒を続ける。オワリ」
それに続けて各小隊も報告を返す。全小隊が報告後、渋い声で有名な彼らの中隊長、加納二正が各小隊へと通達する。
《総員、演習弾の装填を今一度確認せよ。他、手順通り。オワリ》
それ以降、無線は静寂に包まれる。今は待つしかない。
闇に身を潜めること数十分。待つ方が辛いとは言ったものだ。長い時間の静寂を経て無線が息を吹き返す。
《第3分隊哨戒完了敵影無し。オクレ》
《第1分隊同じく敵影無し。オクレ》
《第4分隊。同じく敵影無し。オクレ》
《第2分隊、同じく敵影無し。オクレ》
その事にひとまず息をつき、マイクに手を添え、高野は応答する。
「ご苦労、全分隊からの報告確認。その場で待機せよ。オワリ。第1小隊から第2中隊へ。哨戒完了敵影無しオクレ」
《こちら中隊了解》
各小隊から中隊へ報告を返し終わった数分後、状況終了を加納中隊長が宣言する。
《総員へ、状況終了。良い夢を》
「各分隊、聞いてたな? 帰投せよ」
そう言って高野は電池式のランタンを付けて周りを照らす。LEDの突き刺さるような冷たい白光は闇夜に慣れた目には厳しい明るさだ。小隊本部員は一様、眩しそうに目を細めながら土嚢やら装備を片付け始める。班長が小さく「クソッタレ」と呟いたのを高野は聞き逃さなかった。そうは呟かせたのは眩しさか、この訓練か。何方でもとれる様な呟きであった。
——あと数分もすれば分隊員全員が帰投するだろう。点呼して、終われば6時の起床ラッパまで寝れる。
そんな計画を高野は心内に立て、名簿を用意する。そんな彼の計画通り5分以内に全員帰投し、点呼を行う。欠員、負傷者確認を済ませすぐに解散。
すでに、慣れてしまった行程である。
と、言うのも今彼らは「新部隊編成に伴う訓練」及び「西部三浦半島条約機構合同軍事演習」この二つに参加していた。因みに彼らは葉山町の阿部倉山に居た。訓練前期は座学を、中期は実務訓練、後期は合同軍事演習。そんな具合であり、今は丁度実務訓練の中盤に差し掛かって居た。
御察しの通り、鎌倉市が誇る特殊部隊の名に恥じない素晴らしい訓練が行われていた。先程受けた様なほぼ24時間緊張を強いられる実務訓練である。幾ら選抜メンバーとはいえ誰1人として憔悴して居ないものはいない、過酷な訓練でもあった。
高野は寝不足から来るであろう、イライラに耐えつつ、寝袋に籠る。初めは階級が正補から三正に進んだ事を密かに喜んでいたが、今ではそんな喜びすらも吹き飛ばしてしまう様な訓練にただ振り回されるだけであった。潜ってからすぐに彼の意識は微睡み、意識は途絶えた。
※18式小銃はオリジナル小銃です。